凱旋門賞を見据えて高地トレーニングをすることとなったチーム・ミーティア。期間は2週間ほどだ。
「どことなく空気が薄いような気がしますッ!」
「そりゃあ普段の平地よりも高い場所にいるからね。空気は薄いでしょ」
「なにを当然のことを言ってますのあなた」
そんな一幕はあったものの、プチ合宿のようなものが始まる。
「どこであってもやることは変わらずッ!バクシンバクシンバクシンシーーーンッッ!」
「あたしも続きます!バクシーーンッ!」
「いや、ちょっと待って……もう行っちゃったよ」
「まさか、普段と同じトレーニングをするつもりじゃないでしょうね?あの方々」
そうならないことを祈るばかりだけど……厳しいだろうなぁ。と思ったが、すぐに帰ってきた。
「荷物を宿泊施設に置くのを忘れましたッ!」
「あ、あはは~……」
「……なんにせよ戻ってきてくれてよかったよ。トレーニングメニューの確認もするから、勝手にトレーニングはしないでね。ここで倒れたら本当に洒落にならないから」
「はいっ!すいませんでしたッ!」
「ご、ごめんなさ~いっ!」
まぁ戻ってきてくれて一安心だ。倒れでもしたら本当に一大事になるからね。佐岳さん先導のもと、しばらくの間宿泊する施設へと向かう。
「着いたぞ。ここが君達が寝泊まりするところだ!」
「「「おぉーっ!」」」
「かなりしっかりしていますわね。ま、これなら及第点でしょう」
ジェンティルドンナの言う通り、かなり豪華なところだった。部屋に入ると、ふかふかのベッドがあったり施設の中にはジムなんかもある。さすがはアスリート御用達の施設だ。思わず気圧されたよ。こんなところ使っても大丈夫なのか?なんてちょっと思ったりもした。
荷物を置いたら早速トレーニングメニューの確認。高地なので普段よりも控えめの量だ。
「普段よりずっと少ないですね。やっぱり、色々な問題があるからですか?」
「そうだね。ホッコータルマエの言う通り、平地と高地では勝手が違う。酸素も薄いし、高山病の危険もある。だから、初日からしばらくの間は慣らし運転みたいな感じで行こう。ここでの生活に慣れておくんだ」
「はいッ!分かりましたッ!」
「後は、体調チェックも細かく実施するよ。毎朝の体重管理……は、佐岳さんにやってもらうとして。何か異常があればすぐに報告すること」
「「「はいッ!」」」
みんなの元気の良い返事が聞こえたところで、早速トレーニングに移る。初日なので軽めのトレーニングだ。ストレッチにジョギング、簡単な反復動作しかやらない。
「う~ん……普段とあまり変わらない気が?でもいつもよりちょっとキツいかも?」
「そうなのか、キタサン。私はキツく感じるのだが……」
「個人差があるからね。別にキツく感じるからと言って、ドゥラメンテが悪いわけじゃないよ」
こまめに休憩、安全第一。なんにせよ、トレーニング期間を無事に過ごすことを最優先で動く。
「こまめな水分補給を忘れるなよ?高所でのトレーニングは脱水症状になりやすい、常に水分を補給しておくんだ!」
「水は十分に確保してあるから、こまめに補給してね」
食事のメニューに関しても気を遣う。この辺は宿泊施設お抱えの料理人さんがいるので大丈夫……と思っていたが。
「おいおいトレーナーくぅん、私の分は君が作りたまえよ」
「私もトレーナーさんの料理を食べたいですッ!」
「あ、あたしも~……」
何故か僕が作る羽目になった。一度言ったら聞かないので料理人さん達の指導を受けながら毎日の献立を作る。佐岳さんや料理人さん達の微笑ましいものを見るような視線が痛かった。というか、ジェンティルドンナ達は何も言ってなかったのに。
「あら、私の分はありませんの?」
「私もトレーナーの料理を食べたい」
「わ、私も~……」
なんか不満そうにしていたので最終的には僕が作ることになった。いや、なんで?僕の料理なんてその辺の人が作るのよりもちょっと低クオリティなのに。アグネスタキオンのお弁当とか作ったりしてるから、さすがに上達してはいるけど。本場の人達には勝てないのにどうして?
「いや~どうしてでしょうねぇ?」
「なんでだろうなぁ?あたし様には皆目見当もつかないよ」
佐岳さん達のニヤニヤとした視線の意図は聞かないでおいた。聞いたら最後、弄られそうな気がしたから。
ただ、ちょっと苦労したのが睡眠だ。しばらくの間は睡眠が浅くなるとは聞いていたが。
「トレーナーさんッ!目が覚めてしまいましたッ!」
「……それで、どうして僕の部屋に来たのかな?バクシンオー」
「報告するべきだと思いましたのでッ!それでは私は睡眠に戻りますッ!模範的な睡眠を取るのも学級委員長の務めぇぇぇぇぇぇ……」
夜に施設を歩いていると、結構な頻度でみんなを見かけた。どうも眠ったと思ったらすぐに起きてしまうみたいだ。
「気をつけてはいるのだが、どうしても眠れなくてな……」
「目が覚めちゃうんです。ちょっと水飲んだらすぐに戻りますから!」
「ふわ……ちょっと夜風に当たりたかっただけですわ。心配せずとも、すぐに戻りますわよ」
そのまま寝ようとしても寝付けないので夜風に当たったり水を飲んだり。色々と策を講じているようである。
自分の部屋に戻り、明日の準備をしながら考える。
(睡眠に関しては慣れるまで我慢だな。トレーニングはするし、徐々に眠れるようになると思う)
「……僕も明日早いし、もうちょっと仕事をしたら寝るか」
明日も朝からみんなの分の料理を作らないといけないし。しっかりしないとね。
◇
1週間。高地トレーニングの折り返し。少し前から負荷を強くしているのだが、アグネスタキオンは問題なくこなしている。
トレーニングは基本的に走りだ。スタミナを鍛える、ひいては心肺機能強化のために走りの量が多い。
「身体も順応してきたねぇ。もう少し負荷を強めても構わないよ?」
「それなら、トレーニングの量を増やそうか。走りの量をさらに追加で」
「ハッハッハ!問題ない、軽~くこなしてみせるとも!」
調子良さそうに走るアグネスタキオン。今朝の体調も問題なかったし、全てが順調といったところだ。
……問題があるとすれば。
「トレーナー君ッ!何回言えば分かるんだい!?私の苦手なものを入れるなと常日頃から言ってるだろぉ!」
「ジェンティルドンナ、固定」
「はいはい分かりましたわ……全く、手間取らせないでくださいな」
「あ、ちょ、止めたまえ!ジェンティル君の怪力はさすがの私でも振りほどけ……いたたたたっ!?分かった分かった!分かったから離してくれ!私の腕が圧縮されてしまう!」
この好き嫌いだろうか。トレーニング関係ないな、これ。しかもいつも通りのことだし。毎回ジェンティルドンナの力を借りて食べさせている。こうでもしなきゃ食べないし。
「今までは苦くしない味付けにしていたというのに……何故だい!?」
「あんまり甘やかしすぎるのも良くないと思って」
「えー!?別にいいじゃないか!」
とはいっても、工夫を凝らす必要はあるだろうね。毎回ジェンティルドンナの手を借りるのも悪いし。また前みたいに工夫して食べさせるか。
脚のチェックも欠かさない。というよりは、一番念入りにやっている。
「……問題はなさそうだね。異常なしだ」
「私の脚も、最初の頃に比べると随分と強靭になったものだ。だが、まだまだ足りないねぇ」
アグネスタキオンの脚は彼女のエンジンに耐えられるようになってきている。このままいけば、凱旋門賞までには100%の力を発揮できるようになるだろう。
(身体が出来上がってきている、ってのもあるんだろうな)
けど油断はしない。絶対に怪我をしないという保証はどこにもないのだから。
調子良さそうなアグネスタキオンに、佐岳さんもご満悦といった感じ。
「うんうん、良い調子じゃないかタキオンは!」
「はい。負荷を強めていますが、問題なく順応しています。後は平地に戻った時ですね」
もっとも、僕はステータスが見えているので効果は一目で分かるのだけども。夏合宿ほどではないが、普段のトレーニングよりもスタミナの上がり幅が大きい。しかも、賢さトレーニング以外はスタミナが上がっている。高地トレーニング様様といったところか。
「凱旋門賞は日本のウマ娘にとってタフなレースになるからな。スタミナはあるに越したことはない!」
「高低差に加えて2400mですからね。後は芝でしょうか」
「その通りだ!ま、基本中の基本だな」
アグネスタキオンのトレーニングを見守りながら、とても満足げに頷く佐岳さんだった。
これはトレーニング関係ないのだが、報道陣が取材の依頼を申し込んできたこともあった。どこからか高地トレーニングのことを聞きつけてやってきたらしい。僕への取材だけでいいのならば、と了承しインタビューを受ける。
「これもまた凱旋門賞のためのトレーニング、と」
「はい。そうなります」
「ほうほう……この熱の入りよう、本気で狙っていますね?」
「出走する以上は勝たせます。それだけです」
「ッ!これは凱旋門賞が楽しみですね~!アグネスタキオンの実力は誰もが知るところ、期待が高まります!」
そう言ってくれると嬉しいな。でも、ちょっと釘を刺したいことがある。
「その、僕がURAから圧力を受けているという記事ですが……」
「あ、あ~……どこかのゴシップ記者が書いてましたね、ソレ」
この人達が出したわけじゃないんだけど、しっかりと言っておかないといけない。否定しないと、後で大変なことになるかもしれないからね。
記者さんも思い当たる節があるのだろう。苦笑いを浮かべている。というか、あまり良い感情を抱いてないのが分かるな。
「いくらなんでもアレはねぇ……ちょっと考えればそんなことないとは分かるんですが。案の定信じている人はいませんし」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「はい。我々が独自で調査したところ、あの記事を信じている人は0に近いです。当然ですね」
それでもちょっとは信じている人がいるのか。
「我々の方でもアレがデマであることを記事にしようと考えています。それに、いつかはみんな忘れてくれますよ」
「そうですね。人の噂も七十五日と言いますし」
「そもそもが嘘ですからねぇ……とんでもない陰謀論ですよ本当に」
こうして笑い話にできるのが救いかもしれない。なんにせよ、記事がデマあることを広めてくれるのはありがたい。少しはマシになるだろう。
色々とあったが、高地トレーニングはとても順調に進み、充実したものとなった。
良い記者さんを引いたようである。