練習場が1人のウマ娘の圧によって緊迫した空気になっている。
「──貴様、やる気はあるのか?」
発している主はオルフェーヴル。鋭い目で眼前のウマ娘を睨み、周りが委縮するような怒気を放っている。
オルフェーヴルの目の前にいるウマ娘、ダンツフレームは息が上がりながらも、頭を下げる。怒られて当然、と言わんばかりの態度だった。
「……ごめん、オルフェちゃん」
「余が聞きたいのは謝罪の言葉などではない。やる気はあるのかと聞いておるのだ」
ここ数日、ダンツフレームは練習に身が入っていなかった。凡ミスを繰り返し、誰が見ても集中していないことが分かるぐらいに彼女は落ち込んでいた。一日だけならまだしも、何日も続くとさすがに物申したくなったのだろう。
練習に身が入っていない原因は1つ、数日前のアグネスタキオンとの会話だ。
ジャングルポケットについていく形で乗り込んだダンツフレームだが、そこで聞かされたダービー出走回避の理由。自分達はすでにライバルとして見られていないという事実に、ダンツフレームは少なからず思うところがあった。
ただ、彼女が一番気にしているのは……
(タキオンちゃん、皐月賞の前はわたしにも期待してるって言ってくれた……なのに、今は)
自分にとって利益はない、心が折れた相手に興味はないと切り捨てられた。前はダンツフレームに期待していると言ってくれたのに、その期待を自分は裏切ってしまった。そのことが、心に深い影を落としていた。
皐月賞のアグネスタキオンの走りは凄かった。出走していた全員の心をへし折るぐらいの圧倒的な走り。その走りに、ダンツフレームの心も折られてしまった。
二度と追いつくことはないのだと。このまま差は開いていくばかりなのだと。アグネスタキオンには、永遠に届かないままなのだと痛感する。結果、トレーニングにも影響を及ぼしてしまっていた。
「……ごめん」
「チッ」
「おおお、オルフェちゃん怒らないであげて!ダンツちゃんにもさ、色々とあるんだから!」
「そ、そうだよ!もうちょっと怒気を鎮めていただけるとありがたいかな~って」
頭を下げるダンツフレーム。その様子を見て舌打ちをするオルフェーヴル。見かねて仲裁するマチカネタンホイザとトレーナー。
オルフェーヴルは踵を返す。
「くだらん、時間の無駄だ」
そう言って彼女はどこかへと去ってしまった。トレーニング中であるにもかかわらず、だ。ダンツフレームは、俯くばかり。
(オルフェちゃんに呆れられても仕方ないよね……練習も、ボロボロだ)
「……」
俯いて涙を零しそうなダンツフレーム。どうすればいいか分からずオロオロとするマチカネタンホイザ。すでに姿は見えなくなったオルフェーヴル。この事態を見てトレーナーは。
「今日は練習中止!ま~最近頑張りすぎてたからね、今日はこの辺で終わろうか!」
「……と、トレーナーさん」
「マチタンはオルフェの様子を見てきて!ダンツは、私とちょっと話そっか」
精一杯明るい声を出して練習の中止を宣言する。マチカネタンホイザはムン、と気合を入れた後オルフェーヴルを探しに行き、ダンツフレームはトレーナーと2人っきりで話すことになる。
部室で話すことになるダンツフレームとトレーナー。申し訳なさそうな表情を浮かべるダンツに、トレーナーは心配にならないようにと明るい調子で問いかける。
「それで、なにかあったの?ダンツ」
「、っ」
「ここ最近は輪をかけて練習に集中できてないよね。も、もしかして……私にはもうついていけないって感じ!?」
「ち、違いますよ!そんなことありません!」
ガーン、と効果音が付きそうなほどに落ち込むトレーナーを見て、さすがのダンツフレームも慌てる。
「よ、良かった~。三行半を突きつけられるかと思った……」
「ありませんよそんなこと……」
何の心配をしているんだと思いそうになるが、それだけ心配をかけさせてしまったのだとさらに落ち込みそうになる。そんな彼女にトレーナーは。
「でも、何かあったんだよね?ダンツが凄く落ち込むようなこと。良かったら、私に話してくれないかな?」
「……トレーナー、さん」
優しい声色で再度問いかけた。本気で心配している、なにか力になれないだろうか?と思わせるようなトレーナーの態度。これ以上話さないのはダメだと思い、あの日起きたことを話すことにした。
「実は……タキオンちゃんがダービーに出ない理由を聞いて」
「アグネスタキオン?聖君のとこだ!」
「そうなんです。その理由が……」
アグネスタキオンがダービーに出ない理由の一端が自分にあること。彼女を恐れていると指摘されたこと。それが事実であること。そのことに、自分はなにも反論できなかったこと。そんな相手と走ったところで何の意味もないのだと一蹴されたこと。彼女の期待を……自分は裏切ってしまったこと。包み隠さず、全てを話す。
「タキオンちゃん、皐月賞の前はわたしにも期待してるって言ってくれたんです。でも、もう期待はされてないんだろうなって……」
「ダンツ……」
「あ、当たり前ですよね。だって、皐月賞のタキオンちゃんを怖がるようなわたしだから……タキオンちゃんも、幻滅しても仕方ないよねって……」
話している間に、色んな感情が胸に込み上げてきたのか涙を流す。自分の心の弱さに呆れそうになり、どうして自分はこんなにダメなのだろうと思い始めた。
拭ったそばから溢れる涙。そんな姿を見てトレーナーは、堂々と言い放った。
「ダンツ!私は──雷が怖い!」
「……へっ?」
あまりにも唐突なカミングアウトに思わず素っ頓狂な声を上げる。しかしトレーナーは止まらない。なおも言葉を続ける。
「Gだって怖いし、深海魚も怖い!食べ過ぎた後の体重計も怖い!あとあと、宿題忘れちゃった時の先生も怖かったし、書類を提出し忘れた時のたづなさんも怖い!」
「え、えぇ?」
「なんなら聖君だって怖い!私より年下なのに、あんだけ凄いんだもん!嘘でしょって思うこともある!」
次々と自分の怖いものを挙げていくトレーナーに、ダンツフレームは困惑する。さっきまで溢れていた涙も止まってしまった。
(なにを、言ってるんだろう?トレーナー)
でもトレーナーは止まらない。ダンツフレームに自分が怖いものを教えていく。
一通り挙げ終わった後、トレーナーはダンツフレームの目を見る。
「──私にはさ、ダンツの気持ちが全部分かるわけじゃない。だからこれぐらいしか言えないけど」
彼女は微笑みかけて、安心させるように。
「怖いなら、怖いままでもいいんじゃないかな?」
「──えっ?」
予想外の一言を、ダンツフレームに告げた。
「誰だってさ、怖いものはあるんだよ。でもさ、それは仕方ないじゃん?怖いもんは怖いんだから」
「で、でも!そしたらレースには……」
「うん、だから……逃げてもいいって私は思うよ。アグネスタキオンと一緒のレースで走りたくないなら、回避しちゃってもいい。私はダンツの意見を尊重する」
「っ!」
あまりにも予想外な言葉。アグネスタキオンが怖いならば、彼女と無理に走る必要はない。別の道があると提案する。ダンツフレームにとっては、考えもしなかった選択肢だった。
トレーナーにも失望されると思っていた。心の弱いウマ娘でごめんなさいと、諦めてしまいそうになってごめんなさいと何度も思った。話している間も幻滅されないだろうか?とずっと思っていた。
だが、トレーナーは幻滅するどころか優しくしてくれた。逃げてもいいのだと、違う道だってあるのだと提案した。そのことが、ダンツフレームにとって嬉しかった。
(トレーナー、さん……っ!)
再度流れる涙。しかし、今度は自分への不甲斐なさからくるものではない。それだけはダンツフレームにも分かった。
「トレーナーがこんなこと言うのも失格だと思うけどさ。でも無理に走ってボロボロになるくらいなら、私はアグネスタキオンと戦わない道を選んでもいいって思う」
「とれー、なー」
「ダンツはダンツのやりたいことをしていいんだよ?私はその道を全力で応援する。勿論、マチタンやオルフェも同じ気持ち」
涙を流すダンツの頭に手を置くトレーナー。身長差から背伸びをするような形になるが、トレーナーは気にせず撫で続けた。安心させるように、応援するように。その優しさに触れて、零れる涙はさらに増える。
(わたし、は……わたしはっ!)
ダンツフレームは、決心がついた。
一通り撫で、ダンツフレームが落ち着いた後、トレーナーは問いかける。
「そ、それでダンツ。ダンツはその~……どうしたい?」
先程までの堂々っぷりは何だったのか?と思うほどキョドるトレーナーにダンツフレームは笑いそうになるが、決意を固めた表情で答える。
「わたしは──まだ諦めたくありません。タキオンちゃんと戦う道を選びます」
「そうなの!?」
「なんで驚いてるんですか!?……まぁ、分からなくもないですけど」
たははと笑うダンツフレーム。けど、決意は揺るがない。
「確かにタキオンちゃんは怖いです。脚が竦んじゃいますし、逃げた方が楽なのは分かるんです」
「う、うん」
「でも、逃げっぱなしで終わりたくない!走って、走って……タキオンちゃんに追いつきたい!ううん、追い越したい!」
拳を強く握りしめ、堂々と宣言する。
「トレーナーは言ってくれましたよね?怖いなら怖いままでもいいって」
「……言ったよ。確かに言った」
「なら、わたしは怖くても立ち向かう!そして、最後にはわたしがセンターに、真ん中に立つ!それが、私の新しい目標です!」
アグネスタキオンに勝つと。そう答えた。
恐怖心が全て取り除かれたわけではない。皐月賞を思い出すと、どうしても足が竦みそうになる。一度抱いたイメージは、そう簡単に取り除けるものではない。
しかし、それでもダンツフレームは立ち向かうことを選択した。どれだけ相手が強大でも、どれだけ相手が怖くても戦うことを選んだ。
決意を固めるダンツフレームに、トレーナーは笑みを浮かべる。
「──それがダンツの選んだ道なら、私は全力で応援するよ!とりあえず日本ダービー!頑張ろうか!」
「はい!わたし、もう挫けたりしません!頑張りましょう、トレーナーさん!」
「「「おーっ!(フンっ)」」」
「……あれ?いつの間に帰ってきてたの、2人とも」
決意表明をしたと思ったら、いつの間にかマチカネタンホイザとオルフェーヴルの2人が帰ってきていた。トレーナーとダンツフレームは驚くが、マチカネタンホイザはからかうような笑みを浮かべている。
「いやいや~、オルフェちゃんったら実はずっと外で聞いて「余計なことを言う口は閉じねばなるまい」むぐっ!?」
オルフェーヴルのアイアンクローによって強制的に口を閉じられるマチカネタンホイザだった。
ダンツフレームの目を覗き込むオルフェーヴル。負けじと睨むダンツフレームの姿に、満足げに頷く。
「よい面構えになった。次からは余を失望させるなよ」
そう告げて、去っていく。練習場の方へと向かっていた。
「え、え~っと……練習、する?」
トレーナーの言葉に、残された2人は笑顔で答える。
「「はいっ!」」
ダンツフレームは立ち上がった。
実は外でずっとスタンバってました byオルフェ&マチタン