そろそろ7月も終わりそうかというある日。
「よし、今日は実際にロンシャンで走るぞ!」
僕達はロンシャンレース場へと足を運んでいた。ここが凱旋門賞が開催されるレース場か……現地に来たのは初めてだな。VRで体験してはいるけど。
今からやるのはスクーリング、というヤツ。言うなれば下見だ。ぶっつけ本番でレースに挑む前に、控室やパドック、コースを直接体験することができる。本来ならレースの直前にやることが多いんだけど、佐岳さんの計らいでこの時期にやることができた。
「ありがとうございます、佐岳さん」
「な~に気にするな!これくらいさせてくれよ!」
「沢山やってもらっている気がします。とにかくタキオン、早速走ろうか」
「分かっているよ」
佐岳さんには本当に色んなことをやってもらっている。遠征費のことだったりアドバイザーとしての仕事だったり、本当にたくさんのことをしてもらった。感謝してもしきれないし、頭も上がらない。
(それだけ、佐岳さんにとっては勝ちたいレースなんだろう、凱旋門賞は)
改めて思い知らされる。彼女の熱意、覚悟を。この厚意を無駄にするわけにはいかない。このスクーリングでもできるだけ多くの経験を積んでいこう。
一分一秒でも無駄にしないように走るタキオン。まずは軽く一周だ。
「頑張ってくださーいタキオンさーんッ!バクシンですよバクシーーンッ!」
「ワッショイワッショーイ!」
「トレーナー、私も走りたい」
「大丈夫ですか?佐岳さん」
「勿論構わない!今後のためにじゃんじゃん走ってくれ!」
ドゥラが希望する形で走ることになったが、最終的にはみんなで走ることに。
「おぉッ!やっぱり日本とは違いますねッ!」
「い、いずれはあたしも走ることになるのかなぁ……?」
「……フッ!」
「確かに、走り辛さを感じますわね。VRで走ったことはありますが、多少の差異があります。ですが、問題はありませんわ」
「これが本場の芝かぁ」
タキオンだけではなく、チーム全員にとっても良い経験になるだろう。
コースを軽く1周するタキオン達。そして──ロンシャンレース場の名物、フォルスストレート(偽りの直線)へと入った。
(最後の直線前に待ち構える直線コース……入る前が下り坂だから、上手くスピードをコントロールしないと余計に脚を消耗することになる)
求められるのは我慢強さ。最後に自滅しないためにも、冷静なレース運びが重要となってくる。
1周したタキオン達が戻ってくる。それぞれの所感をまとめていたが……多かったのは最初のコーナーに入るまでの坂だ。
「最初こそ平坦だが、それ以降はほとんど上りだ。コーナーに入るまで下りはない」
「それに、下りは上りの時よりも傾斜が急だ。上手くスピードを殺さないと、そのまま暴走しかねないだろう」
「いや~、新鮮な体験でしたねッ!」
バクシンオーだけなんか違うけど、概ね同じ意見。
「タキオン、凱旋門賞のレース映像を覚えているか?」
「覚えているとも。ほとんど密集状態で進んでいたね」
「そうだ。基本的には団子状態で進む。例外はあるだろうが、縦長の展開は期待しない方がいい。だからこそ」
「位置取りが重要、ってことですよね?それも、早い段階で済ませておく必要がある」
頷く佐岳さん。できることなら……コーナー手前までに前目の位置につけておきたいね。タキオンのポジションなら前の位置がベストだ。ただ、良い位置につけたいというのは他の出走者も一緒。最初のコーナーまでは苛烈な位置取り争いが繰り広げられることになるだろう。
そんな状況でいかに冷静に立ち回れるか?が課題となる。最悪、ベストポジションを捨てるメンタルも必要になってくるわけだ。
「上り坂を走るパワーも必要、適切な取捨選択ができるメンタルも必要、大前提としてスピードも必要……ということですわね」
「そういうことだ。今日はとことん走ろう!時間は待っちゃくれないぞ!」
佐岳さんの言う通り、時間は有限。可能な限りロンシャンのバ場に慣れておきたい。なので、適宜休憩を挟みつつひたすらに走った。レース場を覚えるために。
「有意義な時間だったよ。これならば、ロンシャン攻略のプランも進むというものさ」
「それは良かった。あたし様も嬉しいよ!」
スクーリング後はいつものトレーニングに戻る。凱旋門賞を勝つための準備は着々と進んでいた。
◇
海外遠征から大分日が経ち今は8月、1ヶ月が経ったわけだ。タキオンの調子はというと。
「さぁて、時差ボケもなくなったし調子も良好だ!惜しむらくは実験が難しいことぐらいかな?」
「どこに行っても変わらないね」
好調そのものだ。不安も何もなく進んでいる。ステータスも順調に伸びていってるし、この調子ならと思わなくもない。でも、油断は禁物だ。しっかりと気を抜かずにやっていかないと。
この時期になると、前哨戦であるニエル賞の出走メンバーも出てくるようになった。現時点における有力候補を佐岳さん、タキオンとまとめることに。
「2000ギニーの勝ちウマ娘であるヘルモン、リュパン賞とパリ大賞を制したキチェビアール、そしてフランスダービー……ジョッケクルブ賞でキチェビアールを下したアクアアンバーだな」
「注目されているのは、タキオンを含めた4人ですね」
日本から来たタキオンもかなり注目を集めている。嬉しい反面、相手が油断することがないので残念な気持ちもある。タキオンが評価されているからやっぱり嬉しいけど。
「どの相手も一筋縄じゃいかない。前哨戦から激戦だな、これは」
「逆に、ここを勝てばタキオンは勢いに乗ったまま凱旋門賞を迎えることができる……強敵を下すことで、自信がつく」
「私としては、強い相手と走れればそれでいい。私の実験に協力してくれるのならばね」
前哨戦とはいえ、是非とも勝っておきたいレースだ。他の有力ウマ娘を勢いづかせないため、こちらが勢いづくためにも。
「そろそろ凱旋門賞に出走を表明するメンバーも固まってくる頃だ。今のところ有力なのは……ウォーターペインターか」
「無敗でフランスオークスを勝ったウマ娘ですよね」
「そうだ。彼女が次走に選んだヴェルメイユ賞の結果次第では、凱旋門賞の最有力候補に名を上げるだろう。警戒しておけ」
ニエル賞の対策が終われば、次は凱旋門賞だ。むしろこっちが本命だろう。
「……今のところ、突出しているウマ娘がいるわけじゃないですね」
「そうだなぁ。警戒すべき相手はいるにはいるが、抜けて強いウマ娘は現状いない。勿論、これから現れる、って可能性も高いが」
有力候補と呼ばれているウマ娘達の直近のレースを映像で確認。対策を重ねる。現時点では突出したウマ娘はいない、佐岳さんと見解が一致した。
……のだが。8月の
《インターナショナルステークスもいよいよ大詰め!早々に先頭に立ったサリーブが差を開いていく!さらに差を広げるサリーブ!サリーブが他のウマ娘を引き離す!》
ヨークレース場にて開催されたG1レース、インターナショナルステークス。現在先頭で独走しているウマ娘は、長らく休養していたウマ娘。前走で1年ぶりの復帰を果たした子だ。英ダービーを2着に入ったものの、戦線離脱していたことからG1勝利はまだない。
(いや……これは、ちょっとな)
出走している他のウマ娘の中には、同じくG1レースであるエクリプスステークスを制したウマ娘だっている。しかし、赤子の手をひねるかのように走っていた。
《サリーブ独走!サリーブ独走!これは勝ちました文句なし!2番手に7バ身の差をつけて今っ、ゴォォォォルイン!インターナショナルステークスを制したのはサリーブ!これがG1初制覇だ!》
喝采に包まれるヨークレース場。勝ったサリーブは嬉しさからか涙を流し、ファンからの声援に手を振って応えている。願わくば、僕が浮かべている苦々しい表情は見えてないことを祈るばかりだ。
佐岳さんと顔を見合わせる。彼女は、厳しい表情を浮かべていた。
「抜けて強いウマ娘はこれから現れるかもしれない……確かにそう言ったが」
「はい。本当に現れるとは思いませんでしたね」
サリーブはすでに凱旋門賞に出走を表明している。タキオンとぶつかること間違いなしだ。最有力候補はいなかったが……ここにきて生まれてしまった。
(間違いなくサリーブが、凱旋門賞における最大の障害となる)
サリーブ
適性:芝A ダートB
距離:短G マC 中A 長D
脚質:逃げG 先行A 差しC 追い込みG
スピード:S 1011
スタミナ:A+ 980
パワー :A 885
根性 :A+ 911
賢さ :SS 1104
ステータスも高め、加えてスキルも他の子に比べて豊富だろう。タキオンも一部のステータスは負けず劣らずとはいえ、厳しい勝負を強いられるのは間違いない。さらには、ほぼ確定で領域持ちだということ。
(あれだけの強さで持ってないはずがない……彼女をどう攻略するかが勝利の鍵、か)
「勝てる余地はある。帰ったらトレーニング内容を詰めましょう、佐岳さん」
「ッ!あぁ、そうだな。君の言葉を信じよう、聖トレーナー」
ヨークレース場を後にする。帰ったら今回のレースをタキオンと確認しないとね。
そして9月。いよいよニエル賞が近づいてきていた。
「もうすぐニエル賞。さらに気合を入れて頑張ろうか」
「分かっているよ。さぁ、今日も始めようか」
みんなにはサポートに回ってもらう。タキオンのトレーニングも仕上げの段階だ。
(今のところだと、他の子達と比べてタキオンのステータスは抜けている。勝つ分には問題ない)
ニエル賞に出走する子達と比べて、ステータス上はタキオンが勝っている。ステータスが全てではないとはいえ、ちょっとは安心できる、かな?
(まずは前哨戦。ここを勝とう)
ニエル賞はもうすぐだ。
次回はニエル賞。