新しい目標が決まり、宿泊先に帰った後佐岳さんに諸々の事情を報告した。とはいっても、恐怖心のことは喋ってはいない。
「……つまり、タキオンに異常はないんだな?」
「そうなります。まだ自分の触診だけですが、彼女に異常は見られませんでした」
「ライブも問題なさそうに動いていたし、君の言うことが本当なんだろうな……だとしたら、何故彼女に駆け寄ったんだ?」
「……まぁ、嬉しかったもので」
嘘ではない。勝って嬉しかったのは本当だ。それ以上にタキオンが心配だっただけで。
「う~ん……まぁあまり追求することでもないだろう。君達が大丈夫と判断したわけだからな」
「ありがとうございます」
幸いにも佐岳さんは深く追求することなく、この話題は終わった。一安心である。
「しかしどうしたものか……本当だったら祝賀会を開く予定だったのだが」
「祝賀会?」
「あぁ。なんせ凱旋門賞を勝ったんだからな!今思い出しても泣きそうだ……」
瞳を潤ませる佐岳さん。ずっと勝ちたかったレース、世界の頂に手が届いたんだから当然だろう。並々ならぬ情熱を注いでいたのを知っているし、佐岳さんには本当にお世話になった。
そんな彼女に頭を下げる。これまでの感謝を込めて。
「改めて、ありがとうございます佐岳さん。あなたの力があったからこそ、凱旋門賞を勝つことができました」
「聖トレーナー?」
「練習場所の手配や費用のこと、特にロンシャン攻略は佐岳さんの力があってこそです。佐岳さんがいなかったらどうなっていたことか」
「君の場合は、自力でなんとかしそうな気がするけどな」
佐岳さんは苦笑いをしているけど、本当に感謝しかない。彼女がいたからこそ、ここに辿り着くことができたのだから。
「本当に、ありがとうございます。アドバイザーを務めてくれて、ここまで一緒に頑張ってきてくれて」
「……礼を言うのは私の方だ、聖トレーナー。君の力があってこその凱旋門賞制覇。君のおかげで、私は今日最高の景色を見ることができた」
照れくさいのか、帽子を深く被る佐岳さん。けど、すぐに満面の笑顔を見せる。
「ありがとう聖トレーナー。君を信じて、君のおかげで──最高の日を迎えることができたよ!」
屈託のない笑顔。こうして僕達の凱旋門賞は幕を閉じた。
……と、思ったが。
「そういえば祝賀会のことなのですが」
「う~ん、最悪延期をしても構わないんだがどうする「中々興味深い話をしているじゃないか」うわっ!?た、タキオン!?」
「祝賀会だって?参加者はどうなっているんだい?」
「参加者は……まぁささやかなものにするつもりだから私達しかいないぞ。盛大に祝うのは日本に帰ってからにするつもりだからな」
どうやら祝賀会と言っても僕達だけのものになるらしい。それを聞いたタキオンはというと。
「ほほ~う!それならば良い!さぁて、早速料理の手配は頼んだよ2人とも!あ、私はちょっとレポートやらなんやらまとめたいことが多いからお先に失礼させてもらおう」
僕達に準備を任せて、さっさと部屋に戻った。佐岳さんと顔を見合わせる。
「……やるか、パーティ」
「そうですね」
お互いに苦笑いを浮かべつつ、パーティを開くことになった。僕達遠征メンバーだけのささやかなパーティ、けれど。
「さぁ!委員長がみなさんの料理を取り分けてあげましょうッ!遠慮する必要はありませんッ!」
「自分で取り分けますわ。あなたの手助けなど不要です……あら、悪くないわね」
「う~ん美味しいです!あ、おやつにはよいとまけを用意してもらったのでみなさんどうぞ!」
「あっ!ダメですよタキオンさん!ピーマンを避けたら!しっかり食べないと!」
「おいおい、私は主役だぞ?今日くらいワガママをしても許されるはずだ」
「美味しい」
みんな楽しい時間を過ごせていた。思わず顔がほころぶ。
「お疲れ様、聖トレーナー。長いようで短かったが、とても有意義な時間だったよ」
「佐岳さんも、お疲れ様です。また、お世話になることがあったらお願いします」
「あぁ、惜しみなく協力させてもらおう!好きな時に呼んでくれ!」
こうして僕達の挑戦は本当に終わった。後は、日本に帰るだけである。
◇
と、凱旋門賞が終わって数日が経ち。具体的には菊花賞が始まる1週間前くらいに日本に帰ってきた。
「ひっっっさしぶりの日本です!」
「そうですねキタさんッ!こちらに帰って来てからも変わらずのバクシンを心がけましょうッ!」
「長いようで短かったですね~」
「時差ボケを解消するのに苦労しそうですわね……ふわ」
「それじゃあ諸君!これまでお疲れ様だ!またこれから先会うことがあればよろしく頼むぞ!」
ここで佐岳さんとは本当にお別れ。お互いのこれから先を祈って別れた。
そしてトレセン学園に帰ってくる。ここに帰ってくるのも随分と久しぶりだ。
「それじゃあみんな、ここで解散だね。時差ボケが解消するまでは辛いだろうけど頑張って。タキオンは近いうちにインタビューがあるから忘れずに。遠征お疲れ様」
「「「お疲れ様でしたー!」」」
みんなとも別れて、僕は1人理事長室へ。今回の遠征の結果を報告するためだ。
(結果に関しては知っているだろうけど、報告はしっかりしないとね)
友達に聞いた話だけど、こっちでは凄いお祭り騒ぎだったって聞いてるし。
理事長室の扉をノックして入ると、満面の笑みを浮かべた秋川理事長とたづなさんが出迎えてくれた。
「祝杯ッ!おめでとう高村トレーナー!」
「遠征お疲れ様です、高村トレーナー。素晴らしい結果を残すことができましたね!」
「秋川理事長、たづなさん。ありがとうございます。無事に勝利して帰ってこれました」
「歓喜ッ!そして慰労ッ!本当によくやってくれたぞ!メイなんて時差があることも忘れて、嬉しそうに私に報告してきたからな!」
そうだったのか。でも理事長は笑顔、つまり悪くは思ってないはずだ。詳しいことは分からないけれど。
「高村トレーナーはどうされますか?さすがに今日から少しの間くらいは休んでいて欲しいのですが……」
「そうだ!なんなら2週間とか休んでも構わないぞ!」
「ひとまず、今日はもう休んで明日からまた頑張ろうかと」
……2人揃って渋い表情された。なんでだろうか?
簡単な報告を済ませてトレーナー室へ。仕事をする気はないけど、何となくここに来た。そして、荷物が届いているのを確認する。
「……よし、頼んだ通りのものを買ってきてくれたみたいだ」
中に入っているのは新聞だ。それも、タキオンが凱旋門賞を勝った時の記事。友達や父さん母さんに頼んで買ってもらっていた。買うのに凄く苦労したとは友達の話。今度会った時に何か奢らないとね。
棚からタキオンのスクラップブックを取り出して、記事を切り取って貼り付ける。1枚1枚貼り付けているうちに、凱旋門賞を勝ったんだという気持ちがふつふつと湧き上がった。
「……よし」
気づいたら、小さくガッツポーズ。誰にも見られなかったのが幸いだね。見られていたら……ちょっと恥ずかしいかもしれない。
スクラップブックの作成が終わったら家に帰る。久しぶりの家だ……時差のせいでまともに寝れなかったけど。
眠気を我慢する日々が続く中、キタサンとドゥラがトレーナー室へとやってきた。
「どうしたの?2人とも」
どこか気まずそうな表情をしているキタサンと、こちらを真っ直ぐに見ているドゥラ。何の前触れもなく訪れたものだから驚いている。
2人はこちらに歩み寄ると、ここに来た目的を口にした。
「その、タキオンさんどうしたのかなって」
「……タキオン?」
「誤魔化しはできない。凱旋門賞後のタキオンに駆け寄る時のトレーナーは普通じゃなかった。何かあったとみるべきだ」
「だから、教えて欲しくて。タキオンさんになにがあったのか」
……まぁ、凄く慌てて駆け寄ったから何事かと思うよね。話題を逸らすこともできないだろうし、どうするべきか?
一応、タキオンにLANEを入れてみることに。あの話をしても構わないか?と。即座に返信が来た。
(構わない、か。なら、話すか)
「そうだね……それじゃあ話そうか。立ちっぱなしも疲れるから、そこにあるソファに座って」
「「はい(分かった)」」
僕は2人に話す。タキオンが100%の領域に至れたこと、その結果起こったことを隠さずに。
2人とも信じられないような表情を浮かべていたが、僕の口ぶりと表情から嘘ではないことを察したのだろう。素直に話を聞いていた。
「そうですか、タキオンさんが……」
「絶えず未来の自分が破滅し続ける光景か……想像を絶する辛さだ」
「今までできてたことが急にできなくなるかもしれない。そう考えると、かなり怖いことだからね」
それにやっぱり、分かっていても怖いことはある。人生を左右することならば尚更だ。
「じゃあ、どうすれば……」
不安そうにしているキタサンとドゥラ。どうすれば、か。
「大丈夫だよ、2人とも。そのために僕がいる」
「え?」
「タキオンが恐怖に打ち勝てるように、なんとかする。今のところ何の解決策も浮かんでないけど、どうにかする。それが僕の仕事だ」
ポカンとしているキタサンに、強い眼差しで僕を見るドゥラ。
「そうは言うがトレーナー。簡単なことではないはずだ。脚が折れる恐怖と戦うなんて」
「そうだね。簡単なことじゃない」
「ならば「だけど諦めるわけにはいかない。難しいからって諦めたら、頑張っている君達に失礼だから」……」
「それに、タキオンが望んだことだから。もっと走りたいって、全力を出せるように恐怖に打ち勝ちたいって。だったら、僕は全力でサポートする……変わらないよ」
僕の言葉を聞いて、静かに目を閉じるドゥラ。……というか、廊下に誰かいるなコレ。歩いて向かい、扉を開けると。
「あら、何か用かしら?」
「……こっちの台詞だよ。なにしてるの?ジェンティルにタルマエ。バクシンオーも」
不敵に笑うジェンティルと、バレてバツが悪そうにしているタルマエがいた。バクシンオーは、特に変わらない。
「いえ、タキオンさんのことを聞きに行こうかと思いましてッ!ですがすでにキタさんとドゥラさんがいるとは……委員長ながら出遅れてしまいましたッ!」
「ぬ、盗み聞きするつもりはなかったんです!いえ、本当に!」
「素晴らしい言葉でしたわね?思わずこちらも感銘を受けましたわ」
「……からかうのは止めてくれるかな?」
ニヤニヤしながら言われても説得力がない。
「私の時にもその調子で頼みましたわよ?まさか、できないとは言いませんわよね?」
「まさか。君の時も同じだよ。僕は君を全力でサポートする。君のトレーナーだからね」
「……そう」
「さすがはトレーナーさんですッ!いよ、世界一の名トレーナーッ!最高の指導者ですッ!」
止めて欲しい。照れるから。
とまぁ、タキオンがいない場でタキオンの現状がみんなに知れ渡ったわけだけど。
「この話はこれでおしまい。もうすぐトレーニングも再開だし、また頑張ろうか」
みんなの元気良い返事で解散となる。さて、タキオンが恐怖に勝てるようにまずは色々と調べてみるか。
あんなの聴いたらモルモットになってまう。