ビヨンド・ザ・ライトレス   作:カニ漁船

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ジャングルポケットの吐露。


幕間 受け入れること

 ホープフルステークスまではまだ何とかなった。あんなスゲー走りをするヤツがいるのか、俺の同期はあんなに強いヤツがいるのかって心が躍った。自分も同じ場所に至れるって、根拠もなく信じていた。

 けど、皐月賞で積み上げた自信はへし折られた。圧倒的な速さ、それによって生み出された光に、どれだけ努力しても届かねぇんじゃないか?って思うようになった。実際アイツの言う通りだよ。俺は皐月賞で怯えた、恐怖した。アグネスタキオンの、あまりの強さに。

 

(あんなに凄いのに、日本ダービーには出ないって言われた。それは、俺が不甲斐ないから)

 

 トレーナーの励ましやタキオンを見返したいって気持ちから、なんとか立ち直ることができた。日本ダービーに向けて、頑張ることができた。

 

「いつか追いついてやる!どれだけ強くなろうが関係ねぇ、最強は……俺だ!」

 

 ……それが、どれだけ無謀なことかなんて知らなかった。

 日本ダービー。アイツと同じステージ──領域に至りかけた。景色が見えたんだ。真っ白な景色に自分だけがいるような感覚。なんだこれ!?スッゲー!って思ったけど、次に襲ってきたのは……俺の前を走るアグネスタキオンの幻影。

 勿論分かってる。アイツは日本ダービーにいない。俺の目の錯覚だって、都合の良い幻影だってのは理解できてる。でも、本当にいるような気がして。気がついたらがむしゃらに走ってた。

 

「お前を追い抜いて、最強を証明する!俺がこのレースを勝って、最強になるんだッ!」

 

 けど、どんなに頑張っても追いつけなかった。差は開くばかりで、俺は引き離されるだけで……まるで、これが俺とタキオンの差なんだって見せつけられているようで。

 アイツの言葉がずっと頭の中で反芻する。

 

「私に対して勝てないと思っている相手と走って、私に何の得がある?……時間の無駄だ」

 

 あの日からずっと心の中に残っている言葉。ライバルだと思っていた相手に、自分が認めた相手に初めてそんなことを言われた。認めたくないけど認めざるを得ない……その通りだったから。

 

「チクショウ……チクショウ……ッ!」

 

 俺は、悔しがることしかできなかった。

 

 

 その日からだ。頑張ろうとするたびに、レースや併走で走ろうとするたびに、今回の出来事を思い出すようになった。アイツと同じステージまで至りかけたことで、差を如実に感じるようになったからだって思ってる。

 

「どんなに努力してもタキオンには勝てねぇよ」

「あんな桁違いの才能相手に、まだ勝とうとしてんのかよ?」

「無駄な努力だ。とっとと止めて楽になれ」

 

 必死に振り切るようにがむしゃらに走る。頑張っていればいつかは届く、トレーニングは嘘をつかない。差だってきっと縮まるはずだ……そんな気合いとは裏腹に、俺の足は少しずつ止まっていった。

 見せつけられるタキオンの幻影。振り切ることもできず、追いつくこともできない。どんどん先を行って、眩く照らす光に。俺は、どうすることもできなくて。

 ダービーはベストな走りができた。だけど、皐月賞のタキオンには届かない。あの日のタキオンを超えることができない。

 

(なにより、アイツは今も成長を続けてる。世界相手に戦って、どんどん強くなってる)

 

 差は開いていくばかりで追いつくことはないのだろう。アグネスタキオンにはそれだけの強さがあり、自分にはない。最強はタキオンで、自分はどうあがいても超えることはない。そのことを理解した時──完全に足は止まってしまった。

 タキオンとの差を痛感してしまった。領域に至ることで、この先追いつくことはないのだと本能で理解した。だからもう……タキオンと走ることはないんだ。

 

 

 

 

 

 

「ずっと怖くて……自分が情けなくて……ッ!最強なんかじゃなかったんす、俺はっ」

「ポッケ……」

「あの日の景色が焼き付いて離れない。タキオンの幻影が、ずっと俺の前を走り続けてる!どれだけ頑張っても届かないんだって、思い知らされてるんす」

 

 ジャングルポケットの思い。皐月賞以来ずっと、アグネスタキオンの幻影に追いつけないでいるという言葉。フジキセキはここまで重症だったのかと、自分を殴りたくなった。

 

(大事な後輩がここまで追い詰められているのに、私はなにをやっていたんだ!)

 

 俯き、肩を震わせ、恐怖に怯えている。もっと早く聞き出しておけば、もっと早く行動に移していればと後悔する。けれど、時間は戻らない。取り返しはつかないのだ。だからこそと、自分ができる最善の選択をする。フジキセキはそう決意した。

 ジャングルポケットは日本ダービーで領域の一端に触れた。それが原因で、アグネスタキオンとの差を実感してしまった。彼女の眩いばかりの光に囚われ、その身を焼かれ続けている。それは、なんと恐ろしいことか。

 

「俺は、弱い。タキオンには、勝てねーンすよ」

 

 ポツリと呟くジャングルポケット。本心からの言葉だろう。けれど。

 

()()()()()()()()()

 

 フジキセキは、弱いという言葉を是としなかった。俯いている彼女の方がわずかに跳ねる。

 

「君は強い。間違いなくね」

「……どこがっすか?タキオンに負けて、悔しいって思うよりも先に怖いって思っちまうようなウマ娘の、どこが強いんすか?」

「まず、ポッケの間違いから正さないといけない」

 

 僅かに苛立ちを含む言葉に、フジキセキは優しく諭す。言葉に嘘偽りはない、ジャングルポケットを認めているからこそ出てくる言葉。

 

「ポッケ──怖いって感情は悪いことじゃないよ

「……え?」

「確かに、あまり良いことではないのかもしれない。怯えていたら脚が竦んじゃうし、行動に移すのも躊躇する。本当だったら、ない方がいいのかもしれない」

 

 ジャングルポケットは僅かに顔を上げる。

 

「でもね、私は怖いことが悪いこととは思えないんだ。怖いからこそ用心深くいくことができる、怯えているからこそ慎重になれる。全部が悪いわけじゃない」

「……フジ、さん」

「ポッケ。大事なのは──恐怖を受け入れることだ

 

 フジキセキの言葉に、目を見開く。

 

「恐怖を受け入れて、自分の弱さと向き合うんだ、ポッケ。誰にだって弱いところや怖いことはある。本当に強いウマ娘は、恐怖の中でも進むことができるウマ娘のことだ」

「……」

「だからこそ、()()()()()()。今までポッケを見てきた私が言うんだ、間違いないよ」

 

 信じられない気持ちになる。自分のどこが強いのかと、そう思いたくなる。

 

「……なんで」

 

 思わず口から漏れ出た言葉に、フジキセキは笑顔で答えた。

 

「君はタキオンに恐怖を抱きながらも前に進んでいる。君は止まっていると思ってるみたいだけど……ちゃんと前に進んでいる」

「だから、なんで」

「君はトレーニングを一日だって休まなかった。それに、札幌記念にだって出走した。どうしてだい?」

「それは……その……」

 

 答えることができず、口ごもる。答えが分からないジャングルポケットの怯える手を握り締め、フジキセキは──迷うことなく告げた。

 

君の心はまだ諦めていないからだ。タキオンに恐怖して、立ち止まりそうになってもまだ諦めていない。アグネスタキオンに……勝とうとしている」

「っ、う、うぅ……」

「まだ立ち上がることはできる。後はもう、君が弱い自分を受け入れるだけだ」

 

 フジキセキは言葉を止めない。ジャングルポケットのために、大切で可愛い後輩のために。ありったけの思いを伝えていた。

 

「怖がらないで、ポッケ。弱さを受け入れて……君は本当の最強になるんだ。君ならできる、君ならやれる。私もトレーナーも、チームのみんなもそう思ってる。ジャングルポケットこそが最強だってね」

 

 肩を震わせるジャングルポケット。フジキセキの言葉を受けて、彼女は──

 

「本当に……っ、本当に俺は、最強になれますか……?」

 

 瞳を潤ませて、くしゃくしゃの顔で。フジキセキに問いかけた。そんな彼女に、優しく微笑む。

 

「勿論!君は──最強になれる。私が保証する」

「……ッう、くっ」

 

 必死に堪えて、零れる涙を拭き、ジャングルポケットは──笑った。

 

「フジさんが、ここまで言ってくれたんだ。ここで頑張らなきゃ、嘘っスよね?」

「ポッケ……!」

「フジさん、俺、頑張ります。タキオンは怖いし、これから先も迷惑かけちまうかもしんねーっすけど……よろしくお願いします!」

「ッ!あぁ、いっぱい迷惑をかけて。ポッケは私の、可愛い後輩だからね」

 

 月が見守る中、ジャングルポケットは新たに決意を固める。

 

(俺は、バカだ。大バカだ。俺のこと心配してくれてる人がたくさんいたのに、自分のことばっかりだった)

 

 タキオンへの恐怖がなくなったわけではない。今でも立ち向かうことに躊躇する。それでも──もう迷いはなかった。

 

「待ってろよタキオン!こっから強くなって──テメーを超えてやる!!!

「その意気だよポッケ!だけど、もうちょっと声を落とそうか」

「はい!すんません!」

 

 ジャングルポケットは立ち上がる。自分の弱さを受け入れて、アグネスタキオンに挑もうとしていた。

 

 

 

 

 

 その後のジャングルポケットは見違えるようになった。

 

「オラァァァァ!ついてこれねーヤツは置いてくぞ!」

 

 トレーニングに集中して取り組むようになり、かなり気合が入っている。目に迷いはなく、ひたすら前に進んでいた。

 

「な、なにがあったんすかポッケさん……でも頑張れーっ、うぷっ」

「お前も頑張るんだよシマ!でも、ポッケが復活して良かった~!」

「やっぱ、ポッケはこうでないとね」

 

 シマ達もジャングルポケットの復調に喜ぶ。トレーナーも顔をほころばせていた。

 

「……助かったぞ、フジ。お前のおかげじゃ」

「前回はトレーナーが助けたからね。今度は、私の番だよ」

 

 もう心配はないだろう。トレーナー達は確信した。

 

 

 夏合宿も最終的には充実したものとなったジャングルポケット。彼女は、同室のナリタトップロードが心配そうにしている中、凱旋門賞のライブ映像を見る。

 最後の直線、最有力候補と言われていたサリーブとの激しい叩き合い。ジャングルポケットは、アグネスタキオンが必死に走る姿を捉えた。

 

「ッ!」

 

 彼女は気づく。他のウマ娘なら気づかないであろうことに、ジャングルポケットは気づいた。スマホにかじりつき、食い入るように映像を見る。

 どうして気づくことができたのか?それはひとえに、()()()()()()()()()()()

 

(なんだよタキオン……オメーも、そんな表情するんだな)

 

 フジキセキの言う通りだった。どんなウマ娘にだって恐怖心はある。それは……アグネスタキオンも例外ではない。

 

(けど、そうだな。アイツは絶対に乗り越えてくる……だから俺も!)

「乗り越えてやる……絶対にッ!」

 

 凱旋門賞はアグネスタキオンが制した。ジャングルポケットは、彼女との再戦を心に誓う。レースを勝ったライバルに祝福の言葉を贈りながら、彼女は眠りについた。




ジャングルポケット復活ッ!ジャングルポケット復活ッ!
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