あの併走から時間が経って。ダンツフレームのマイルチャンピオンシップを観戦しに来た。
「早くいくぞトレーナー君!始まってしまうじゃないか!」
「時間はまだあるよ、タキオン。良い席で見たいのは分かるけど」
「しかーし!バクシンするのは大事ですッ!バクシンバクシーーンッッ!」
「うん、バクシンオーも落ち着いてね」
せっかくなのでチームのみんなで応援に。敵情視察もかねて。それにしても。
(菊花賞からマイルチャンピオンシップって、かなり思い切ったな)
3000mの長距離から1600mのマイル戦。かなり攻めたローテだ。果たしてどう転ぶのか、気になるところである。
結果はというと。
《ここで最後の直線に入ります!ダンツフレームはまだ中団、まだ中団だ!先頭からは8バ身から9バ身程差がついているでしょうか?先頭を走るのは14番アンペールユニット!ウマ娘達が一斉になだれ込んでくる!バ群から抜け出しているのはアンペールユニット、このまま差を広げることができるのか!?》
最後の直線でダンツフレームは18人中11番手くらいの位置。残り10人躱さなければならない。
「頑張ってー!ダンツー!」
気づけば近くに来ていた朝霞さんの応援の声が飛ぶ。マチカネタンホイザも一生懸命に応援していた。こっちもバクシンオーとキタサンが大きな声で応援している。
「バクシンですよダンツさ~んッ!バクシンバクシーーーンッッ!」
「ワッショイですダンツさーん!」
「統一した方がよろしいのではなくて?」
ジェンティルのツッコミは置いておいて、ダンツフレームはバ群の外につけている。かなりロスが激しい位置だけど……ダンツフレームはここぞというタイミングで上がって行く。
「今度こそ勝つ!わたしがセンターに……立つんだぁぁぁぁ!」
そして、彼女の圧が増した。バクシンオーとタキオンが即座に反応し、他の子達も反応を見せる。つまりは。
(彼女も到達したわけか。領域に)
その後のダンツフレームの追い上げは凄かった。1人、また1人と瞬く間に躱していき、残り100mで2番手につける。先頭との差は1バ身もない。手に力が入る。
《外からダンツフレーム来た!ダンツフレーム来た!ダンツフレームが外から追い上げる!瞬く間に躱して先頭のアンペールユニットを猛追する!アンペールユニットもそろそろ苦しいか!?内からは9番のジュエルトパーズ、ジュエルトパーズ!真ん中切り裂いて8番のストレートバレットも来た!しかし大外ダンツフレーム凄い勢い!?》
《この末脚は一番ですね!さぁここから先頭に追い付けるか!》
《ダンツフレームが大外から上がってくる!ジュエルトパーズもストレートバレットも振り切った!さぁ残り1バ身まで詰めたぞ残り100m!》
あと少ししかない。けれど。
「勝つんだぁぁぁぁ!」
ダンツフレームの裂帛の気合い。思いが通じたのか──アンペールユニットを躱して先頭に立つ。そして、ゴールラインを割った。
《ダンツフレームだぁぁぁぁぁ!ダンツフレームが大外からまとめて躱しましたぁ!マイルチャンピオンシップ、秋のマイル王に輝いたのはダンツフレーム!》
《中団から鋭い末脚、よく我慢しました。ここぞ!というタイミングで抜け出せましたからね!お見事です!》
《クラシック級のダンツフレームが初G1を勝ち取りました!ついに掴んだ主演女優の座!この
「や、やった……?~~~ッ!やったぁぁぁぁぁ!」
ダンツフレームは歓喜の声を上げる。朝霞さん達も嬉しさを爆発させて、拍手しながら祝福の声を送っていた。
「……そうかい」
タキオンは興味深そうに眺めている。多分だけど、触発されたのだろう。次はジャングルポケットのジャパンカップである。
◇
この前の併走が頭から離れない。結局最後まで、ダンツ君達は私に食らいつこうとしていた。
「諦めたくない!タキオンちゃん達に勝って、わたしはセンターに立ちたい!逃げるなんて絶対に嫌ッ!怖くても立ち向かう!わたしは、そう決めたの!」
「俺はこの弱い自分を──受け入れる!怖くても突き進む!いつかテメーを超えるために、俺はどこまでだって立ち向かう!最強は、俺だッ!」
怖くても立ち向かう?弱い自分を受け入れる?どういうことか、さっぱり見当がつかなかった。
(けれど、頭から離れない……彼女達の言葉が、今も頭にこびりついている)
私に流用できるものか?検討するが結果は芳しくない。当たり前だ。理解が追いつかないのだから。
(恐怖に立ち向かう理屈が分からない。別に、避けられるものならば避けてしまえばいいのではないか?だがそれは……)
私にも言えること。私にも逃げるという選択肢があるのに、逃げることはしなかった。理由は1つ、私の目指す果てが、そこにしかないから。
今私は東京レース場にいる。トレーナー君達と一緒にだ。目的は1つ、ポッケ君のジャパンカップを観るため。
《向こう正面を走っています。もうすぐ半分を過ぎようかというところ。ペースはやや遅め、焦燥を感じずにはいられないペースです。テイエムオペラオーは5番手の位置に控えます。前を走るウマ娘達をじっくりと、じっくりと見る形。この程度では崩れません、覇王テイエムオペラオー!》
《本レースの1番人気。やはり彼女がどのようなレースを見せるのか?と注目が集まっていますからね》
《さぁここでアジーザが外から果敢に上がって行きます!海外勢のアジーザが大外から追い上げる!瞬く間に他のウマ娘を躱していきます!このペースにつられるウマ娘もチラホラと見受けられる!テイエムオペラオーはっ、動かない動かない!まだ機会をじっくりと窺いますテイエムオペラオー!》
最注目のオペラオー君は好位置につけている。いつでも動き出せる、なにより囲まれても彼女ならば問題ない。東京の直線は長いからねぇ。大外から上がるウマ娘につられる子もいるが、大半はペースを守っていた。理由なんて明白、オペラオー君をマークしているからだ。
(彼女がまだ動いていない。他の子は、オペラオー君の動き出しに合わせるつもりだろう)
それでも一筋縄ではいかないのがオペラオー君だ。トレーナー君曰く、本レースで一番高いステータスをしているらしいからねぇ。ポッケ君はかなり分が悪いそうだ。
大ケヤキを超えて第4コーナーを回る。ここでついに、オペラオー君が動いた。外へと持ち出し進出する。前と後ろの差が詰まり、バ群は1つの塊になりつつあった。ポッケ君はというと……最初から変わらず、オペラオー君を徹底マークしている。
《ここでテイエムオペラオーが動いた!外へと持ち出し一気に躱す!まもなく最後の直線!テイエムオペラオーが内からバ群の中央へと持ち出した!先頭は大外から上がって行ったアジーザ!しかしテイエムオペラオーが追走する!最後の直線で一団となったウマ娘達!誰が抜け出すか!誰が飛び出すか!?最後の直線525m!》
東京レース場がオペラオー君の応援の声一色で染まる。これが世紀末覇王の人気、というわけか。
(彼女のレース運びは盤石だ。加えてレースの実力も申し分ない……
が、それはあくまで数値上の話。数値はあくまで数値でしかない。
必死の表情で走るウマ娘達。勝利に向かってがむしゃらになっているとも取れるが、オペラオー君が発している圧にやられているのもいるだろう。その中でポッケ君は──
(……笑っている?この局面で、オペラオー君を前にして。笑っている?)
受けているプレッシャーは途轍もないものだろう。ここにいる私ですら感じ取れる圧だ、走っているウマ娘達に掛かるプレッシャーは並大抵のものじゃない。それでもなおポッケ君は、笑っていた。
◇
あぁ、つえぇなぁ。本当に強い。ずっとマークしてたけど、オペラオーはマジで強い。崩れないレース運びに圧倒的な実力。勝つべくして勝つ、そんな強さを肌で感じていた。
今の俺が敵うとは思わねぇ。多分だけど、総合力では俺がずっと劣っているんだろう。
(脚が竦む、立ち止まりそうになる……目の前にはタキオンの幻影もいる、それが俺の恐怖を、増長させる)
ハッ、俺にとって怖いものが2つも来てんのかよ。心が折れそうになるぜ。
……けどなぁ。
(俺はもう、折れねぇって決めたんだよッ!)
確かに敵わねぇかもしれねぇ、総合力じゃ劣っているかもしれねぇ。だからどうした!理屈や数値じゃねぇ、俺はただ……アイツらに勝ちてぇんだよ!
《外からジャングルポケットが上がって来たぁ!ダービーウマ娘ジャングルポケット!新世代の1人が世紀末覇王に襲い掛かる!テイエムオペラオーかジャングルポケットか!?東京の坂を上って抜け出したのはテイエムオペラオー!そして外のジャングルポケット!この2人が抜け出した!》
《ナリタトップロードとメイショウドトウも来てますよ!これは、もしかするかもしれません!》
俺よりすげぇ走りをするアイツらに勝ちてぇ!俺よりずっとずっと強いアイツらを追い越してぇ!理屈なんて知ったことか、俺はただ!
「アイツらに──勝ちてぇんだよ!」
気づけば恐怖なんて忘れていた。ただただ、勝ちたいという思いだけが残って……タキオンの幻影は、いつの間にか消えていて。
(なんだ、これ?身体の奥から力が湧き上がってくるみてぇな……!)
視界がクリアになる。どこまでも走れそうな感覚が、どこまでだっていけそうな感覚が俺を襲う。不思議と悪い気分はしねぇ、むしろ心地いいような……ッ!
(あぁ、そうか……これが、本当のッ!)
「最強はぁ、俺だぁぁぁぁ!」
領域ってヤツか!
前を走るオペラオーを射程に捉える。きっとアイツも、領域に入っているはずだ!
「ブラーヴァ!素晴らしい走りだ!ボクを追い詰めたまえ!その上で──ボクが勝つ!」
けど関係ねぇ!後はもう、追い抜くだけだ!この、衝動のままに!
◇
ポッケ君がオペラオー君に追いついた。それだけじゃない。
(オペラオー君の走りに匹敵している……なにより、ポッケ君の雰囲気が変わっているッ!)
最早彼女から恐怖といった感情は読み取れない。あるのは、楽しいという感情ぐらいだ。
《ジャングルポケットとテイエムオペラオーの一騎打ちになるか!?しかしメイショウドトウとナリタトップロードも差を詰める!ここは譲らない覇王オペラオー!残り100m!ジャングルポケット追い詰めるか、テイエムオペラオー突き放すか!?後続も来ているぞ!》
理解できない。何故、恐怖という感情が楽しいという感情に変わる?その理屈が、ただ分からない。
分からない、分からない。そんなことを考えていたら……いつの間にかレースが終わっていた。勝ったのは──
《ジャングルポケットだぁぁぁぁ!最後の最後で世紀末覇王テイエムオペラオーを躱したぁぁぁぁ!この世代はどこまで強いのか!?凄まじい新世代の到来だジャングルポケット1着ゥゥゥゥ!》
《激しい叩き合いを制しての勝利!これは文句のつけようがありませんね!》
《アグネスタキオンより弱いとは言わせない!自分こそが最強だ!この東京レース場に、歓喜の咆哮ジャングルポケットォォォォ!》
「うおおおおおおぉぉぉぉぉッッッ!!!」
ポッケ君だった。ポッケ君の咆哮が聞こえる。いつものようにうるさい咆哮が観客の声援と混ざり合う。けれど私の頭にあるのは、分からないという感情。そして。
(何故私は……面白いと感じている?)
気づけば口角を吊り上げていた。
ダンツとポッケの完全覚醒。そしてタキオンの疑問。戦いは有馬記念へと。