菊花賞を終え、新しいクラシック世代の評価は固まりつつあった。
皐月賞をレコードタイムという圧倒的な速さで制したアグネスタキオン。本命不在と謳われながらも実力を証明したダービーウマ娘ジャングルポケット。春の全休を経てステイヤーとして覚醒した菊花賞ウマ娘マンハッタンカフェ。またクラシック三冠で全て掲示板内という名脇役の様相を呈していたダンツフレームと様々なウマ娘がいた。
とはいっても、新世代最強はアグネスタキオンで揺らがないだろう、というのがファンの認識だった。
「タキオンの走りだけ次元が違うよ!ありゃ凄く速いからな!」
「もうほんとに、ビューン!って感じで!とにかく凄いですよね!」
「ジャングルポケットや他の子も悪くないんですけどね~。でもアグネスタキオンには一歩劣るっていうか」
それほどまでに強い衝撃を残しており、現在トゥインクル・シリーズで最強と名高いテイエムオペラオーに勝てるクラシック級ウマ娘も彼女だけだろう、と目されていた……
マイルチャンピオンシップで秋のマイル王に輝いたダンツフレーム。ジャパンカップで世紀末覇王を下したジャングルポケット。アグネスタキオンだけではない、他のウマ娘も結果で実力を証明してきていた。
「待って、この世代……滅茶苦茶強くねぇか?」
「タキオンだけじゃない。全員のレベルが高すぎる……!」
「最強世代かもしれねぇなこりゃ!」
人々の興奮は高まり続けている。彼女達はどこまで結果を残すのか?これから先、どんなレースを我々に見せてくれるのか?そう考えると、次のレースが待ち遠しくて仕方がない気持ちに駆られる。中には仕事に支障をきたすファンも現れるくらいだった。
そんな中突如として決まった、次なる対戦カード。
「おいおい、マジかッ!」
「もう今年は出走しないと思ってたのに……ッ!どこまでも楽しませてくれるよ本当!」
「マジで!?超楽しみ~!テイエムオペラオーも出走するし、本当にどうなっちゃうんだろう!」
予想外だった。遠征の疲労を考えて、今年は出走しないとばかり思っていた。しかし、人々の予想を裏切って、彼女は出走を決めた。
「なぁに、少々気分が向いただけさ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……そういうわけですので。我々は出走を決めました。勿論、出る以上は勝ちます」
誰もが心躍る対戦。日本で、その進化した脚が見られる。年末の大一番、最高のカード。
果たして、有馬記念を制するのはどのウマ娘か?
◇
ジャパンカップも終わり、世間は有馬記念に向けて大きな賑わいを見せている。東京大賞典にホープフルステークス、海外だと香港が注目されているけど、最も注目を集めているのは今度の有馬だ。
「世間ではとても豪華な対戦カードと言われてますねッ!タキオンさんが注目されているので、委員長としても鼻高々ですッ!」
「いまだ無敗の凱旋門賞ウマ娘、タキオンにいまだ実力は健在の世紀末覇王……加えて」
「ダイヤちゃんのトレーナーさんと同じチームの、カフェさん……特にカフェさんはステイヤータイプだから」
「手強い相手ですよね」
みんなも注目しているみたいだ。ジェンティルだけはいつも通りだけど。
「加えて、メイショウドトウにナリタトップロードもいるからね。例年以上に盛り上がってるらしいよ」
「そう。私はあまり興味が湧きませんわね。誰が相手であっても変わりませんもの……あぁでも、参考にはさせてもらいますわ」
うん、いつも通りだ。
さて、タキオンの調整だけど……順調ではある。遠征の疲労や久しぶりに走る日本のレースに違和感を覚えないかが心配だったけど。
「……タイムは落ちてないね。自己ベストタイだよ」
「そうかい。とりあえず、後もう一本いくよ」
「分かった。しっかりと測っておくよ」
問題ない。併走の時もそうだったけど、ちゃんと対応できている。遠征の影響は心配しなくていいだろう。
心配すべきなのは、相手だね。やっぱり。
(タキオンにとっては初となる長距離……2500だし、スタミナも問題はないから心配はない。そもそも長距離の適性Aだし)
それに、ロンシャンも高低差を考えたらかなりのスタミナがいる。あくまで目安にしかならないけど、問題はないだろう。
でも、テイエムオペラオーにマンハッタンカフェが相手になる。テイエムオペラオーは五分、マンハッタンカフェはステータス上超えているとはいえ、あくまで数値の話。絶対視するものではない。
そして、2人にはあってタキオンにはないもの。それが長距離の経験。そう考えるとタキオンが微不利だ。
(元々中距離一本に絞る予定だったし、長距離を走る気はなかった。今回は本当に特例だ)
意外、でもないだろう。タキオンの性格を考えたら。それに、どうもマンハッタンカフェからの挑戦状らしいし。むしろそっちの方が珍しいかもしれない。
「マンハッタンカフェって、大人しそうに見えるけど案外アグレッシブなんだね」
「カフェが?う~ん……まぁそうかもしれないが、さすがに挑戦状を叩きつけるまでとは思ってなかったよ」
「タキオンも予想外だったんだ?」
「そうだとも。あそこまで対抗心を燃やされるとはねぇ」
やれやれ、といった様子を見せているが、ちょっと嬉しそうにしているタキオン。楽しみにしているのだろう。走りにも影響を及ぼしていた。
トレーニングも終わり、ミーティングを終えて残りの仕事を片付ける。
後は、これも忘れないようにしよう。スクラップブックの作成だ。
(バクシンオーもそうだったけど、どんどん分厚くなっていってるな……特に、凱旋門賞の後が凄い)
たくさんの新聞記事が出回ったし、インターネットニュースでもかなりのとこが取り上げていた。それだけのことなんだけど、うん。
「フフ……」
おっと、思わず笑いが零れてしまった。恥ずかしいな、誰かに見られてないと「……」いいん、だけど。
「「……」」
トレーナー室の扉を開けて、こちらを覗き込んでいたたづなさんと目が合った。うん、多分今の見られてたね。
「え、え~っとぉ……う、嬉しそうですねッ!」
うん、絶対に見られてたね。今の漏れ出た笑い。マジか……マジかぁ……。
「見て、しまいましたか」
「そ、その!可愛いと思いますよ!?こう、楽しそうにしているのがこちらにも伝わってきました!」
「まぁ、別に隠すようなものでもないんですけど……今の笑い声、聞こえちゃってましたか」
顔が熱い。凄い恥ずかしい。いや、たづなさんが悪いわけじゃないし、なにもやましいことじゃないんだけど……こう、なんて言うんだろうか?気を抜いた瞬間の姿を誰かに見られたような、そんな感じ。恥ずかしくもなるだろう。というかたづなさんのこちらを気遣うような仕草が本当に申し訳ない。
「……まぁ大丈夫ですよ。ちょっと気を抜いた瞬間を見られたので恥ずかしいですが」
「な、なんだか申し訳ありません……高村トレーナー」
「いえ、本当に大丈夫ですので。ところで、たづなさんはどうしてこちらに?」
「まだ明かりがついていたので、ちょっと魔が差したと言いますか……」
つまり、特に理由はないと。本当にただの偶然だったわけか。
どことなく気まずい空気。せめてこの空気を打破して帰りたい。なので。
「そろそろ帰るところだったんですけど、せっかくですし見ますか?スクラップブック」
今しがた終わった作業の結晶、スクラップブックをたづなさんに渡す。向こうは目を丸くして驚いていた。
「え?い、良いんですか?」
「はい。先程申し上げた通り、隠すものでもないので。中身はアグネスタキオンの記事を切り貼りしたものですよ」
「そうでしたか……では、失礼して」
スクラップブックを手に取り、ページをめくっていく。時折感嘆の声を漏らしながら、微笑ましそうに眺めていた。
「良いですね。担当ウマ娘の成長の記録、ですか」
「はい。新聞記事を切り貼りして、しっかりと記録に残しておこうと思いまして」
「メイクデビューの頃から……とても大切にしているんですね。心が籠っているのが良く分かります」
……うん、僕の恥ずかしさが増しただけじゃないか?これ。早まったかもしれない。
見終わったたづなさんからスクラップブックを受け取る。棚に戻して、鞄を手に取って。
「それでは、失礼しますたづなさん。また明日」
「はい、高村トレーナー。明日も頑張りましょう!」
たづなさんと別れる。帰り道がてら、どうしようかと考えるけど。
(……たまには早く寝よう)
本当は有馬記念に向けて研究をしようと思っていた。タキオンのためにも万全を期しておきたい。
けれど、ふと頭によぎったのはジャングルポケット達との併走の日。朝霞さん達から言われたこと。
「お前さん、ちゃんと寝ているのか?疲れ切った社会人みたいな目をしておるぞ」
「聖君の場合、本当にやりかねないから冗談に聞こえないんだよ!」
僕はちゃんと寝ているのか問題。うん、そうだな。
「今日は何もせずに寝よう。僕だって寝ようと思えば寝れる、多分」
おそらく、きっと、メイビー。なので自宅に帰りついて最低限の準備を済ませたら寝ることにした。ちなみにしっかりぐっすりだった。
ちゃんと寝ようと思えば寝れるんですよ!え、普段の睡眠時間?……もうすぐレースですよレース!