12月の寒さを吹き飛ばす熱気に包まれている中山レース場、有馬記念。ファンはありったけの声援を送り、ウマ娘達を応援していた。
先行争いも落ち着き、第1コーナーから第2コーナーへと向かうウマ娘達。逃げウマ娘が緩いペースを作り、後続は続くように走っている。
《第2コーナーに入って先頭はコサックステップ、コサックステップが先頭だ。逃げウマ娘のコサックステップがペースを作る。2番手には1バ身遅れてデュオタージェが内に、外にマルシュアス。すぐ後ろにはテイエムオペラオーがつけています。テイエムオペラオーは内につけている》
《好位置につけていますね。難なくこの位置を取ることができましたし、非常に落ち着いたレース運び。好走が期待できますよ》
《そしてテイエムオペラオーを見るように外にメイショウドトウ。テイエムオペラオーをマークしています。凱旋門賞ウマ娘アグネスタキオンはメイショウドトウから離れて2バ身差、7番手から8番手の外につけているか?アグネスタキオンをマークするようにマンハッタンカフェ、そしてフリルドアップルが続きます。まもなく向こう正面、脚を溜める段階です》
バ群は固まっている。テイエムオペラオーはメイショウドトウとフリルドアップルからマークを、アグネスタキオンはマンハッタンカフェとナリタトップロードからマークされていた。共にレースの優勝候補、最優先で警戒されている。また、他のウマ娘も上位人気のウマ娘をマークするように動いており、結果的に固まったバ群となっていた。
ペースはやや遅め。1000mの通過タイムは62秒2であり、前有利の様相を呈している。
バ群のやや外側を走るアグネスタキオンは他のウマ娘を警戒しながら走る。
(オペラオー君は内、か。ただ後方の2人と前にいるウマ娘がマークするように動いている。こちらと同じ、か)
後ろへと視線を向けると、すぐ近くをマンハッタンカフェが走っているのを確認。さらにはナリタトップロードも近くにおり、アグネスタキオンをマークしているのは明白だった。
(全く、人気者は辛いねぇ。こっちは長距離未経験なのだから手加減して欲しいんだが)
向こう正面へと入るレース。隊列に乱れはなく、このままのペースで走るだろう……と、思われていたが。
「さぁ、ここから楽しもうじゃないか!」
突如としてテイエムオペラオーが位置を押し上げる。これには走っているウマ娘達も目を見開いた。
「っく!」
「あわわわっ……!」
彼女をマークしていたウマ娘達も慌てて進出を開始。先行集団と中団で綺麗に分かれる。アグネスタキオンは──冷静に俯瞰していた。
(ここにきてペースを上げた?向こう正面に入りたて、この場面で?……あぁ)
「持久力勝負に持ち込むつもりかな?」
アグネスタキオンが辿り着いた答えは、スタミナ勝負。緩やかなペースをハイペースに傾けることで、スタミナ勝負に持ち込むつもりだろうと推察する。
ただ、テイエムオペラオーらしからぬ戦法だ。だからこそ、他の出走者も驚いている。そして。
「……どうするべき?ここで外すのは、でも」
マンハッタンカフェも例外ではない。アグネスタキオンをマークしている彼女だが、わずかに揺らいでいる。行くべきかどうか迷っている。
逃げウマ娘と先行集団は固まりとなって動く。アグネスタキオンが控えている中団とは4バ身近い差が開こうとしていた。
《向こう正面半分を過ぎて早くも動きが見えます!テイエムオペラオーが先行集団を引っ張って位置を押し上げる!逃げるコサックステップとの差は半バ身、デュオタージェとマルシュアスも果敢に攻める!メイショウドトウとフリルドアップルもテイエムオペラオーに続きます!》
《ここで動きましたか!緩いペースを感じ取ってか、ハイペースにするつもりでしょう。最後の末脚勝負になると、アグネスタキオン相手では分が悪いと感じ取ったのかもしれませんね!》
《さぁテイエムオペラオーが果敢に行く!先行集団のウマ娘達はペースを乱されたぞ!自分のペースに持ち直せるか!?そして中団はアグネスタキオンが引っ張りますがっ、外からナリタトップロードも上がって行く!ナリタトップロードが先行集団との差を詰める!アグネスタキオンは冷静に走っています、これにはつられない!》
最終的に、マンハッタンカフェはアグネスタキオンのマークを続けることにした。仕掛けどころを誤るわけにはいかない、ここはまだ動くべきではないと判断する。
この状況に、アグネスタキオンは舌打ちをする。
(カフェもつられてくれると助かったんだがね。最後の直線でまとめて躱せる自信があったんだが……)
旗色がよろしくない。それが結論だった。
(先程から徹底マークでスタミナを削られている……!少々まずいね、これは!)
まもなく第3コーナー。風除けでスタミナも温存できず、集中的なマークでスタミナを削られ続けるアグネスタキオン。かなり分が悪い状況だ。
◇
カフェのマークがキツい。トップロード君はオペラオー君を警戒するためにペースを上げたが、カフェは引っかからなかった。私のマークを、続けているッ!
(本当に人気者は辛いねぇ!そこまで思われて、嬉しい限りだよ私は!)
でも、もうちょっと手加減してくれてもいいんじゃあないのかい!?こっちは長距離未出走なんだぞぉ!?スタミナがないかと言われたら別にそんなことはないんだが。
第3コーナーを回って、先行集団との差は推定5バ身程。十分躱せる範囲にあるが、カフェのマークを振り切るのが大分難しいねぇ。
(私が動くよりも先に動くはずだ。そうしなければ、私には勝てないから)
カフェとのよーいドンなら私が勝つ自信がある。というか、この場にいる誰にも負けないという自信がある。カフェもそれが分かっているだろうから、私よりも先に仕掛けるはずだ。
じゃあ私もカフェの動き出しに合わせてスパートすればいい、と単純な話になるのだが……そうはいかない理由がある。
(スタミナは互角、私とカフェが五分の条件ならいけただろう。だが……すでに五分ではないっ)
私はスタートから今の今まで削られ続けている。対してカフェはほとんどマークされていない上に、本質がステイヤーだ。私の方が不利なのは間違いない。
これでも打てる手は打っていたのだ。カフェのマークを振り切るために、他のウマ娘を盾にしたりしてね。それも全部無意味に終わったが。
(まさか一直線に私の方に向かってくるなんてね。それほどまでに脅威に見ているか、私をッ!)
オペラオー君よりも誰よりも、私を警戒しているのが伝わってくるレース運び。その執念は賞賛に値するよ、カフェ。
にしてもまずい。ここからどうやって勝つか?必死に頭を回転させる。これもスタミナを余分に消費するが、必要経費だ。割り切るしかない。
カフェの位置、オペラオー君の位置、そして緩やかなペースからハイペースになったレースの展開。これらを総合して考える。
(……一つだけ、あるにはある。だがそれは)
考えた末に出した結論は、超大博打。失敗したら負け確定、ただし成功したら……このレースを勝てる。そんな妙案が頭に浮かんだ。
本来であればリスクのある行動は控えるべきだ。こんな大博打、やる必要などない。
(頭では、分かっているんだけどね)
リスクは必要ない。この先を見据えるなら、ここで負けても……。
「さて、
そんな思いとは裏腹に、私は──賭けにでた。
◇
終盤を迎える有馬記念。向こう正面でテイエムオペラオーが位置を押し上げたことで先行集団と中団との差は開いていった。
いや、テイエムオペラオーだけが原因ではないだろう。第3コーナー半ばを過ぎた辺りで、アグネスタキオンは
「へっ?」
「なん、で……」
マークしていたウマ娘達は困惑する。突如としてアグネスタキオンがペースを落とした。もうすぐ第4コーナー、最後の直線を迎えようというこのタイミングで、アグネスタキオンは下がったのである。
《第3コーナーを越えて第4コーナーへ向かう各ウマ娘達!先頭はコサックステップ、しかしテイエムオペラオーがじわりじわりと詰め寄ってくる!テイエムオペラオーが内から上がる!そしてっ、おぉっとこれはどうしたことか!?アグネス後退、アグネスタキオン後退!アグネスタキオンが下がっていきます!?中団の先頭を走っていたアグネスタキオンが、今は中団の真ん中外につけています!》
《マンハッタンカフェは前との距離を詰めに掛かりました!ですがアグネスタキオンはなにを狙っているのでしょうか?》
《第4コーナーへと入りました!もうすぐで最後の直線、先行集団6人と後続の差は5バ身はついている!差を詰めておきたいところだ!だが、アグネスタキオンは後退している!アグネスタキオンは早々に脱落か!?》
この事態に観客は悲鳴を上げる。驚き、信じられない声を出していた。
「まさか、アクシデントか!?」
「そんな!嫌ぁぁぁ!」
「タキオンが負けるのか!?光速の神話は、ここで終わるのかよ!」
そして、ミーティアのメンバーも驚いている。特にサクラバクシンオーとキタサンブラックはさらに大きな声で応援の声を送っていた。
「負けないで下さぁぁぁい!タキオンさぁぁぁぁん!」
「バクシンですよーッ!バクシンの心を忘れないでくださいタキオンさーんッ!」
拳を強く握りしめる高村。
(僕にできることは、応援だけ。歯がゆい……ッ!)
「負けるな、タキオン……ッ!頑張ってッ!」
思わず口に出した。勝負は第4コーナーを過ぎて──最後の直線へと持ち越される。
最後の直線を先頭で入ってきたのは先行集団の6人。先頭はコサックステップだが、すでに息を切らしていた。
「ハヒィ、ハヒィ……む、む~り~っ」
1人脱落。ナリタトップロードが先頭に変わる。だが、ナリタトップロードも万全とは言えない。
(無理にペースを上げたから、スタミナが……ッ!)
テイエムオペラオーのペースアップに付き合った揺り戻しが来た。けれど五分の条件、そう思ったナリタトップロードの視界に入ってきたのは──
「ハーッハッハッハッハ!覇王の舞台が始まるよ!余すことなくボクの輝きを目に焼き付けたまえッ!」
(どうして……ッ!)
気づく。テイエムオペラオーがどこを走っていたかを。
テイエムオペラオーはずっと内を走っており、さらには前を走るコサックステップを風除けに使っていた。対してナリタトップロードは外、風除けにしていたウマ娘もいない。距離のロスと風の抵抗をモロに受けるため、スタミナの消費は激しい。
「やられ、た……ッ!」
それでも負けるわけにはいかない。なんとか先頭をキープしようとする。しかし後続も追い上げてきていた。
《最後の直線に入ってコサックステップ脱落!ナリタトップロード先頭、ナリタトップロード先頭!だがその差は僅か!内からテイエムオペラオーが上がってくる、メイショウドトウは真ん中だ!デュオタージェも必死に食らいつく!さらに後続からマンハッタンカフェが来たぁぁぁ!》
《菊花賞ウマ娘がここにきて!この勢いならもしや!》
《アグネスはどこだ!アグネスはどこだ!?1番人気アグネスタキオンの姿が見えない!役者はそろいつつあるのにアグネスタキオンはまだ来ない!まだ中団、まだ中団だ!先頭との差はおよそ8バ身!中山の直線はあまりにも短い!この差は絶望的か!?》
ファンは絶望する。もうアグネスタキオンは来ないのだと。凱旋門賞ウマ娘はここまでだと。彼女の神話は……ここで終わるのだと。
──そんな声をあざ笑うかのように。
「さぁ、検証を
呟いて、アグネスタキオンは加速した。
あまりにも速く、他のウマ娘が止まって見えるほどのスピード。大外をぶん回して、先頭へと襲い掛かる。
《きたきたきたぁぁぁぁ!アグネス来た、アグネスが来た!アグネスタキオンが大外から追い上げてくる!マンハッタンカフェは前との差を2バ身に縮める!残り200を通過!先頭はナリタトップロードからテイエムオペラオーへ!最内テイエムオペラオーが有利か!?しかし大外からアグネスタキオンが追い上げる!差を瞬く間に詰めていく!》
テイエムオペラオーは笑みを抑えきれない。
「あぁ、やはりキミは来ると思っていたよ!決着をつけようじゃないか!」
最内から上がって行くテイエムオペラオー。必死に食らいつくナリタトップロードとメイショウドトウ。
外から急襲するマンハッタンカフェとアグネスタキオン。アグネスタキオンはすでにマンハッタンカフェに追いつきそうになっており、あと少しもあれば追い抜きそうな勢いだった。
(あれだけスタミナを削ったのに、どうしてッ!?)
疑問は尽きないが、負けるわけにはいかない。啖呵を切って、この舞台に引きずり出したのだ。彼女に勝ちたい、ただその思いがマンハッタンカフェを突き動かす。
《アグネスとマンハッタンの新世代は外から、内からはテイエムとナリタそしてドトウ!5人が抜け出している!残り100!ここでついにマンハッタンカフェとアグネスタキオンが並んだ並んだ!さぁテイエムオペラオーは競り合いに強いぞ!これをどうするか!?》
火花散らすデッドヒート。アグネスタキオンは……笑う。
「全て計算ずくさ」
呟き、外から全員躱して──先頭に立つ。
《アグネス先頭!アグネス先頭!アグネスタキオンが先頭に変わった!残り50を切って、大外アグネスタキオンが先頭に変わる!》
《な、なんて凄まじい大外一気……!どこから計算していたのでしょうか!?》
《そのまま力で押し切った!アグネスタキオンが先頭に変わって今ッ!中山の直線を駆け抜けたぁぁぁぁ!アグネスタキオン1着ゥゥゥ!大外の道を光で照らす!有馬記念っ、冬のグランプリを制したのはアグネスタキオンンンン!》
年末の一戦を制したのは、アグネスタキオン。
なんだぁ?コイツ(畏怖)。