中山レース場に響く、地鳴りのような歓声。かくいう僕も、先程から興奮を抑えきれない。ターフに立っている、荒い呼吸をしているタキオンを心配する気持ちもあるけど、それと同じくらいドキドキしている。
今丁度、有馬記念の決着がついた。勝ったのは。
《大外からまとめて撫で切る光の脚!これが世界の頂点に立ったウマ娘の力だ!力尽きたと思われた姿は全て残光!気づけば瞬く間に先頭へと躍り出ました!アグネスタキオン1着ゥ~!》
《第3コーナーで後退していった時はアクシデントかと思いましたが……いやはや、最後の最後に恐ろしい末脚!見事に欺かれました!》
《2着は半バ身差でマンハッタンカフェ!3着はハナ差でテイエムオペラオー!4着はこちらもハナ差メイショウドトウ、5着はクビ差でナリタトップロードです!》
タキオンだ。タキオンが、冬のグランプリレースを制した。
「これは見事なバクシンッ!思わず私も走りたくなっちゃいましたよ~!」
「やったやったー!タキオンさんが勝ったー!」
「おめでとうございまーす、タキオンさーん!」
バクシンオー達も喜びの声を上げている。そんな折。
「凄まじいな。そうそうできる判断ではない」
「えぇ、そうですわね。お見事という他ないでしょう」
ドゥラとジェンティルは別のところに注目していた。それはやっぱり、第3コーナーの仕掛けだろう。
タキオンは第3コーナーで減速した。思わず僕達も心配の声を上げるほどの、見事な擬態。力尽きたと周りに思わせていた。
(でも、実際には力尽きていなかった。最後の直線に向けて、力を溜めていた)
ハイリスクハイリターンの勝負。失敗すれば大敗が見えていた状況で……タキオンは選択したんだ。そして、勝った。これが結果だ。
「それにしても見事なバクシンですッ!第3コーナーで失速し、力尽きたと見せかけるとは、なんと巧妙な罠でしょうかッ!」
「え、え?」
「通常、第3コーナーは最後の直線に向けて少しでも前へと位置を押し上げたい場面だ」
少し戸惑っているキタサンとタルマエに、ドゥラ達が説明する。タキオンがやったことを。
「脚を溜めるのももちろん大事ではありますが、何よりも位置取りです。せっかく溜めた脚も、発揮できなければ無意味」
「だが、タキオンは
「え、え~っとぉ……あっ!?」
キタサンも気づいたのだろう。タキオンが取った行動の意味を。
「そしてッ!最後の直線で一気に爆発させるッ!そうすれば勝てると踏んでいたからこそ、ですねッ!」
バクシンオーが一気にはしょった。いや、そこも大事ではあるんだけどね。
「……それもありますが、なによりも第3コーナーで下がったこととレースの展開。これが重要ですわ」
「少しでも前につきたい場面で下がったら、普通動揺しちゃいますよね……しかも、後半はハイペースだったから」
「そう。そして、最も影響を受けたのがマンハッタンカフェだ」
マンハッタンカフェは終始タキオンをマークしていた。だからこそ動揺したはずだ。前に行きたいこの場面で、マークしていたタキオンがペースを下げたのだから。
前半のスローからテイエムオペラオーによってハイペースに持ち込まれたレース。スタミナ勝負になることは頭にあったはず。テイエムオペラオーはスタミナ十分、後ろにつけたら不利。それを理解していた。
そんな状況で、マークしていたタキオンの不可解な行動。考えが纏まらなくなった彼女は……タキオンのマークを止めて、前へと進出した。
(これもタキオンにとって有利に働いた。少しでもスタミナを回復することができるからね)
かといって、マンハッタンカフェの判断が間違いか?かと言われたら微妙なところだ。まさか一度下がってから追いついてくるとは思わないだろう。
にしても、考えれば考えるほど凄さが伝わってくるな。かなりのリスクを背負ったはずだ。
「囲まれたら大変でしたが、タキオンさんは見事なバクシンを見せてくれましたッ!お見事ですよタキオンさーんッ!」
手をブンブン振るバクシンオー。肝心のタキオンはというと、マンハッタンカフェ達と話していた。
◇
……あぁ、ヤバいねぇ。さすがにガス欠だよ。膝をついて、荒い呼吸を繰り返す。もう本当に、私の体力は枯渇し切っていた。
(無茶なことはやるもんじゃないねぇ……!)
だが、結果として勝つことはできた。上々の結果じゃあないか!あわよくば領域のことも考えないといけないのだが、気にする余裕もなかった。
疲れで脚が震えている。ちょっと休憩しよう、そんな時に。
「……タキオン、さん」
カフェが私のところへと来た。悔しさを滲ませて、私を睨みつけている。
「やぁカフェ。この勝負は私の勝ちのようだねぇ」
「……えぇ。とても悔しいですが、その通りです」
座り込んでいる私と、立ち上がっているカフェ。必然的に見上げる形となる。それにしても凄い睨んでくるじゃあないか。
「あれだけ啖呵を切って、結果は私に敗北!どんな気分だい?ん~?」
「……」
「あ、ちょ、止めたまえ!無言の抗議は止めたまえ!今の私はガス欠なんだ、抵抗するだけの力はないよ!」
カフェしかいないはずなのに、先程から冷や汗が凄いんだが!?他に何かいるのかい!?
カフェは溜息を吐いて、私を見つめる。
「何故、第3コーナーで下がったのですか?」
あぁ、あの第3コーナー……私の博打か。
「なぁに。私にとって最も勝つ確率が高かったのが、あそこで下がることだった。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「……ですが、普通あの場で下がるのは、考えられません。あなたの、レーススタイルからも」
確かに、私は主に先行気味に立ち回る。普通ならば、あのままペースを上げるべきなんだろう。
だが、それは悪手だ。
「おいおい、カフェは私にスタミナ勝負をしろってのかい?それは無理な話だカ~フェ~!3000mを走れる君達相手に、私がスタミナ勝負で挑んでも勝てるわけがないだろぉ?」
「……」
おっと、視線が滅茶苦茶冷たくなったね。絶対零度だねぇ。
「だからこそ、私は脚を溜めたのさ。消費したスタミナを少しでも回復するために、先頭から
「位置はもう、どうでも良かったと?」
「そうさ。後は囲まれないように立ち回るだけだ。そしたら最後の直線でまとめて躱せる……確信があったからねぇ」
実際には結構な博打だったんだが、これは言わなくていいだろう。
「ですが、かなり危険な賭けだったのでは?囲まれないように、とは言っても、未来が読めるわけではありません」
「おや、バレていたか」
「当然です。それに、相手はあのオペラオーさんです。あなたとしても、かなりリスクの高い行動だったのでは?」
……そこまでお見通しか。まぁいいだろう。
「実際、博打だったのは確かだ。同じことをやれと言われても多分無理だねぇ……ま、その内できるようにするが」
「……」
「けど、後半ハイペースで流れたレース、オペラオー君の脚も消耗しているだろう。彼女にとってはスタミナ勝負の方がありがたかったはずだ」
だったら、わざわざスタミナ勝負をする必要はない。
「だからこそ、私はその勝負に乗らなかった。初挑戦の長距離で、相手が望む舞台で戦う気は、私にはないよ」
「……そう、ですか」
後はまぁ、心のどこかで信じたかったのかもしれないね。
(私とトレーナー君で作り上げた、この脚は絶対に大丈夫だと。そう信じたかったのかもしれない)
脚を撫でる。いつの間にか震えは収まり、枯渇した体力もある程度回復していた。
立ち上がり、カフェと同じ目線で立つ。
「……次は負けません、タキオンさん。またどこかで、戦いましょう」
カフェの目は──諦めていない。私の輝きを受けてなお、立ち上がり戦おうとしている……ッ!
(素晴らしいッ!きっと、これからも成長し続けるだろう!)
ダンツ君とポッケ君もそうだが、私の良いモルモットになってくれそうだ……っ?
(モルモット?本当に、それでいいのか?)
心に戸惑いが生まれる。そうじゃないだろう、と。もっと適切な言葉があるだろう、と。私の中の何かが問いかける。
何度も何度も考えるが……結局答えは生まれず。
「タキオン、さん?」
不思議そうに首を傾けるカフェに対し、私は。
「──あぁ、楽しみにしているよ」
それだけ告げて、去る。
カフェと別れた後はオペラオー君にも遭遇した。
「いやぁ、負けてしまったね!
「お褒めの言葉ありがとう。私は急いでいるから「あぁそうだ、タキオンさん」……なんだい?」
「なに、次は負けないというのと」
オペラオー君は、不敵に笑う。
「
そう告げた。ふん、負けず嫌い……か。
「今更気づいたのかい?あぁそうだ、私は──とても負けず嫌いなようだ」
会話はそれだけ。他に語ることなどないだろう。それにしても疲れた。
(トレーナー君におんぶして帰ってもらうか)
我ながらい~い案だ!トレーナー君は断らないだろう!それに、彼はもう少し筋肉をつけるべきだからねぇ。これから先のことを考えて、ウキウキ気分で控室へと戻っていった。
◇
なお、帰り道。
「おおおお下ろしたまえ委員長君!私はトレーナー君にだねぇ!」
「遠慮する必要はありませんッ!この学級委員長が寮まで送り届けますよ~!バクシンバクシーーンッッ!」
「あーっ!?」
「……ご愁傷様」
サクラバクシンオーの100%の善意によって、運ばれていた。
驀進タクシー。