ビヨンド・ザ・ライトレス   作:カニ漁船

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ドバイシーマクラシック本走。


ドバイに刻む光

 ドバイ、メイダンレース場はたくさんのレースファンで賑わっている。

 

「す、凄い人ですね~。気を抜いたらはぐれちゃいそうです」

「キタさん!私の手をしっかりと掴んでいてくださいねッ!トレーナーさんも、この学級委員長ががっしりと掴んでおきましょうッ!」

「うん、ありがとね」

 

 僕はバクシンオーと手を握っている。結構混雑しているし、はぐれるわけにはいかないからこれが最善策だ。他にもドゥラ・タルマエ・ジェンティルの3人で手を繋いでいる。

 

「全く……何故私がこのようなことを」

「はぐれないようにするためだ。異国で離れてしまったら最悪の事態を招く可能性がある。あらゆる危険は排除すべきだ」

「あぁ……せっかくのよいとまけが」

 

 タルマエはここによいとまけを持ってこれなかったことを悔いているけど。タキオンとの打ち合わせも終わったし、次はレースの観戦だ。

 

 

 ドバイワールドカップミーティング。ドバイで開催されるレースの総称で、複数のG1を一日に開催する祭典だ。さらに、世界中から強いウマ娘が集ってくる。タキオンが挑むにはもってこいの舞台だ。

 その中でタキオンが出走するのは、ドバイシーマクラシック……芝のメインレースになる。距離は2410mと微妙な距離だけど、中途半端な理由は色々とあるらしい。

 観客の波をかき分けて、どうにか見やすい位置を確保する。間もなくドバイシーマクラシックに出走するウマ娘達の本バ場入場が始まろうという時間だった。ベストタイミングだね。

 

《続々とウマ娘達が姿を現します。次はG1、ドバイシーマクラシック!芝2410m、天候は晴れ、芝は良バ場との発表!今年も世界中から強豪ウマ娘達が集いました。中でも注目を集めているのは!》

《はい。やはり日本のアグネスタキオンでしょう。凱旋門賞で見せたサリーブとの競り合いはまだ記憶に新しい人も多いかと思われます。現・世界最強のウマ娘の始動戦、気になりますね》

《本レースでもダントツの1番人気!果たしてどのようなレースを見せてくれるのか!》

 

 入場してきたウマ娘達がウォーミングアップをしている中──最後にタキオンは現れた。

 瞬間、会場の空気が一変し、ヒリついた空間が形成された。全員が彼女に注目し、出走するウマ娘達はギラついた目でタキオンを睨み、レースを観戦しているファンはありったけの歓声を送る。うん……滅茶苦茶注目されているね。

 

「……私も耐えられる」

「ドゥラ、あんまり無理しなくていいよ」

 

 ドゥラは小刻みに震えていた。タキオンにかかっているプレッシャーは尋常じゃないだろう。もっとも……それを気にするタマじゃないと思うけど。現にタキオンは他のウマ娘を興味深そうに観察しているし。なんなら不気味な笑みを浮かべている。

 ふと、彼女と視線が合った。タキオンは僕達を見て……にっこりと笑う。

 

「心配はいらない。勝ってくるさ」

 

 そう語っているような笑みだった。そんなタキオンの笑顔に、僕達も安心感を覚える。

 

「大丈夫そうですわね。もっとも、あの方が今更縮こまるウマ娘ではないことは知っていますが」

「そうですね!頑張れー!タキオンさーん!けっぱるべー!」

 

 みんなの声援を受けて、タキオンはゲートへと向かう。ゲートは内枠。最初のコーナーまでの距離を考えるとかなり有利になるだろう。

 

《ウマ娘達がゲートに入ります。1人、また1人と入るこの緊張の一瞬!イギリスのチャンピオンステークスを制したハイガル、ドイツのダービーウマ娘ゴーラル、そして凱旋門賞ウマ娘アグネスタキオン!このドバイの地で、至上の輝きを放つのはどのウマ娘か!》

 

 今、最後のウマ娘がゲートに入った。会場は静まり返っていて、ゲートが開くその瞬間を待ちわびている。やっぱり、いつまでたってもこの瞬間は緊張するね。ドキドキしている。

 緊迫した空気が流れる中……静寂を切り裂いて、ゲートの開く音が響いた。

 

《最後のウマ娘がゲートに収まりました。ドバイシーマクラシックが今……っ!始まりました!ウマ娘達が一斉にゲートを飛び出します!最初に飛び出したのはサクラール、サクラールが飛び出しました。ハナを切るのは9番のサクラール!》

 

 ドバイシーマクラシックの幕が開いた。頑張れ、タキオン!

 

 

 

 

 

 

(ふぅン、外に持ち込めたのは重畳。いつでも抜け出せるように準備できている)

 

 私の前には4人のウマ娘。現在走っている場所は向こう正面を半分過ぎた頃。私は5番手集団につけている。周りは私をマークしているためか、囲むような立ち回りを見せているが……そうはさせないさ。

 

(囲まれるのは最悪手だからねぇ。それだけはごめんだよ)

 

 外へと揺さぶりをかけ、並ぼうとするなら無理に競りかけるのではなく、後ろに下がって外につける位置取りをする。レースの序盤から外につけることを意識して動いていたら、周りのウマ娘も徐々に諦めていったね。ま、私をマークするあまり自分が疎かになっては本末転倒、賢明な判断だ。

 このレースにおける私の目的は……()()()()()調()()だ。

 

(最後の併走で、やれるだけのことはやった。後は……私次第ということだ)

 

 別に完全に克服したわけじゃない。だが、不思議と私の胸は高鳴り続けている。この理論を試したいと、新しい私を試したいと心が逸る。

 

(まだ、まだだ……仕掛けるのは第4コーナー。最後の直線以降だ)

 

 何とか抑えつけて第3コーナーへ。後ろにはチャンピオンステークスを制したハイガル君がピッタリとつけている。

 

《第3コーナーへと入ります。先頭は依然としてサクラール!サクラールがやや早めのペースで展開。2バ身離れて先行集団を形成します、先頭はゴーラルです。ゴーラルに続いてバラブーグ、トロピオル。5番手外にはアグネスタキオンが集団を形成しています》

《アグネスタキオン、良い位置につけていますね。抜け出しやすいように外目をキープしています》

《注目の凱旋門賞ウマ娘、マークも人一倍キツイはずですが意に介しません!楽に進みますアグネスタキオン!少しずつ固まってきているバ群、まもなく第4コーナー!》

 

 さて、第4コーナーか。ここらで進出を開始しよう。

 外から少しずつまくって上がって行く。私の前にいたトロピオル君はギョッとした表情を浮かべたが、すぐに競り合うように上がって行った。そうそう、その調子で頑張りたまえ。

 

(君達の頑張りが、私をさらに強くする!)

 

 だからそう……()()()()()()()()

 広がっていたバ群が徐々に固まってくる。後続は私に続くように差を詰めてきて、前は逃げるサクラール君を捕まえるためにペースを上げる。ハイガル君は後方に控えているのだろう、いまだ姿は見えない。

 大外の位置につけ、トロピオル君にバラブーグ君、ゴーラル君を抜いてサクラール君を射程圏内に。

 

「くそっ!」

「させないっ!」

 

 ほほう、良い気合いだ。置いていかれないように必死に粘っているねぇ。

 

《バ群が固まってきました第4コーナー!アグネスタキオンが位置を押し上げる!外からグングン上がって行くアグネスタキオン!集中マークを振り払って、逃げるサクラールを捕まえようとしているぞ!》

《他のウマ娘もマークしていましたが、細かく調整して囲まれないようにしていましたね!これはアグネスタキオンが上手かった!》

《まもなく最後の直線!アグネスタキオンが先頭のサクラールを捕まえる!先頭で入ってきたのはアグネスタキオン!アグネスタキオンだ!》

 

 視界が一気に開けた。後はもう、最後の直線を走るだけ。そうか、では──

 

「検証を開始(はじ)めよう」

 

 目を見開き、ただゴールのみを見据える。さぁ……刻みたまえ、狂気の残光(アグネスタキオン)を。

 

 

 

 

 

 

 メイダンレース場は静まり返っている。およそレースの決着がついたとは思えないほどの空気に包まれているが、誰もが口を開くことを拒んでいた。

 

「あ……う……」

「す、ごぉ……」

 

 目の前で見ていた景色が信じられない。自分達が目にした光景が、脳に焼き付いて離れない。あまりの衝撃的な出来事に、言葉を失う。

 

《あ、あ、あ……》

 

 実況さえも、起こった出来事の理解を拒んでいた。口を大きく開け、思わず自分の仕事を忘れてしまうほどに固まっている。解説もまた、同様だった。

 ゴールしたウマ娘達は、1着で駆け抜けたウマ娘を畏怖の目で見つめる。

 

「なん、て……強さ……ッ!」

「これが……世界、最強ッ!」

 

 彼女達の視線を一身に受けて、勝者は──怪しく笑う。

 

「検証は成功だ。中々楽しいレースだったよ?諸君」

 

 その呟きと共にメイダンレース場を──爆発が起きたかのような歓声が支配する。

 

《す、凄まじい強さだ!なんていう強さだ!?これが世界最強ウマ娘の強さだ!ドバイシーマクラシックを制したのはアグネスタキオンだぁぁぁ!あまりの出来事に私、放心していました!》

《いや、仕方ないですよ……あまりにもモノが違ったレースでしたからね!》

《最後の直線、先頭で入ったアグネスタキオン!必死に追いすがるウマ娘達をあざ笑うかのように、大きく大きく差を広げ!最終的に9バ身差圧勝を飾りました!タイムは文句なしのレースレコード!これはもう文句なし!世界最強ウマ娘は間違いなく彼女だぁぁぁぁ!》

 

 誰も彼もがアグネスタキオンを讃える。レコードで制した彼女に、惜しみのない賞賛の拍手を送る。

 

「『すっげぇ、すっげぇよアグネスタキオン!』」

「『さすがは世界最強ね!次も楽しみにしてるわー!』」

 

 アグネスタキオンはその声援に応えるように手を振り……トレーナーである高村聖へと視線を移して、笑顔を浮かべた。

 高村は一瞬呆けた表情をしていたが、タキオンがこちらを向いていることを悟るとすぐに取り繕う。そして、ぎこちないながらもサムズアップをしていた。他のメンバーもタキオンを祝福するように笑顔を浮かべる。

 アグネスタキオンは笑う。

 

「ついに……完成した……ッ!」

 

 己の領域は、ついに完全なものになったのだと。笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

「さぁて、次走が楽しみだ!そして、トゥインクル・シリーズでの最終目標も、ね」

 

 アグネスタキオンは踵を返してターフを去る。次なる戦いに向けて、心を躍らせていた。




レースレコード+9バ身差圧勝である。えぇ……()。


タキオン編も終わりが近づいてきている。
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