ドバイから日本に帰国して、すでに1ヶ月が経った。4月から5月に移り、宝塚記念に向けての調整をしつつ私はとある目的のために動いている。
カフェと2人きりの旧理科準備室。いつものようにお互いが自分達のやりたいことをやって過ごしているんだが……私が何をやっているかというと。
「ふむふむ……トレーナー君から借りたトレーナーライセンス試験の過去問題だが、中々面白いじゃあないか。暇を潰すにはもってこいの教材だねぇ」
トレーナーの勉強だ。ま~トレーナーになるというよりは、チームのサブトレ的なポジションを目指しているわけなんだがね。どちらかと言えばプレイングマネージャーが適切かな?資格が欲しいわけではないが知識は必要、こうしてトレーナー君から教材を借りて勉強に精を出しているというわけだ。
「……授業に、出たらどうなんですか?」
おっとぉ、カフェから鋭いツッコミが入ってきたねぇ。授業に出ろと言うが、答えなんて決まっている。
「必要最低限は出ているから問題はないさ。テストだって文句のつけようがない満点、むしろ出席する理由はあるかい?」
「……はぁ、もう、いいです」
言っても無駄だということが分かったのだろう。カフェはあっさりと引き下がった。それでいいさ、授業に出るよりもこちらの勉強の方が有意義なのだからねぇ。
静かな時間が流れる。私のページをめくる音と、カフェがお友だちとやらと会話をする声だけが響く部屋。いつもの時間にいつもの光景、なんてことはないありふれた景色、なのだが……ふふ、随分と久しぶりのように感じるよ。中々悪くない。
勉強しながら頭にふと浮かんできたのは、カフェが出走した春天だ。対抗として挙げられていたのはトップロード君。この2人が人気を集めていた。
結果はというと……カフェが半バ身差でトップロード君を抑えての差し切り勝ち。見事な末脚に、これは研究が捗る、と思ったものだ!まぁそれはそれとして、後日お祝いの品を送ったがね。ドバイで買った希少らしいコーヒー豆を*1。ドバイには特段関係ないが、袋がドバイっぽいしまぁいいだろう。カフェも喜んでたし。
(……おっと、気づけば終わっていたか)
さて、教材も終わったし一休みするとしよう。軽く伸びをして、カフェへと視線を向ける。
「そうそう、カフェは宝塚記念に出るのかい?」
カフェは耳を立て、こちらへと視線を向ける。
「……その、つもりです。前回は、私の得意な舞台で、勝負しました。なので、今度は……あなたの舞台で、戦います」
ほう、随分と心優しいことじゃないか。私の土俵で戦ってくれるとはねぇ!
「アッハッハ!律儀だねぇ!だが、前回君は負けた。しかも得意の長距離で、だ。私への勝算は──あるのかね?」
なので、軽いジャブをくれてやろう。君だって前回煽ったんだ、なら煽り返されても文句はあるまい?
カフェはというと……私を睨みつけている。事実、憤り、リベンジ……なんとなくこれぐらいは読み取れる。彼女の表情からね。
私は止めない。カフェへ事実を列挙していってやろうじゃあないか。
「ご存じの通り、中距離は私が最も得意とする舞台だ。中距離ならば誰にも負けない自信がある」
「……」
「そして、ドバイシーマクラシックで
つらつらと、ただ事実のみをカフェに告げる。悔しそうに歯噛みする彼女だが、全て事実だ。
(カフェ達の実力も勿論上がっているだろう。だが、彼女達は見たはずだ。ドバイシーマクラシックをね)
この事実を受け止めた上で、彼女はどういった選択をするのか……それが楽しみでならない。
カフェの言葉を待つ。ただ、そう遅くはならなかった。私が言い終わったのとほぼノータイム。カフェは私を睨みつけ。
「──それが、どうかしましたか?」
毅然と、言い放った。
「関係、ありません。あなたの強さは、よく知っています。ドバイシーマクラシックも、凄かったですから」
「お褒めに預かり光栄だねぇ。それで?なおも挑んでくると?」
「当然、じゃないですか」
今度は呆れるような声。なにを当たり前のことを、そう言わんばかりの態度。
「私はあなたに勝ちたい、それ以上の理由が、必要ですか?」
ッ!あぁ、そう来たか。成程成程……
カフェが私に挑む理由は、勝ちたいから。とてもシンプルな答えだ。あぁ、シンプルだからこそ……素晴らしい!ウマ娘ならば誰もが持ちうる闘争心、それを私にぶつけようとしてくる!宝塚記念は私の得意な中距離かもしれない。だが、油断すれば私の喉元を食い破らんばかりの勢いで彼女
内心心躍っていると、カフェが溜息を吐いた。おやぁ?
「あなたも、分かっているでしょう?だから、無駄な煽りは、止めた方がいいですよ」
「なんだ、分かってたのかい。つまらないねぇ」
「……大方、前回私に煽られた仕返しとか、そんなところでしょう?」
何だ、そこまでバレていたのかい!ならもう隠す必要はないね。
「君ならそう言うと思ったよ。ま、これはポッケ君やダンツ君も同じことか」
「「その通りだぜ(よ)!!」」
おっと、これはお客さんが来たようだ。扉を勢いよく開けて入ってきたのは──ポッケ君とダンツ君の2人。私に対して笑みを浮かべる姿が視界に入った。
「黙って聞いてりゃデカい口を叩きやがって……今度こそは負けねぇぞタキオン!宝塚記念は俺が勝つッ!」
「わたしだって負けないよ!ついでに盗み聞きしてたわたしたちがとやかく言えることじゃないと思うよポッケちゃん!」
「そー言うことは言わなくていいんだよダンツ!」
「ごめんなさい!?」
……コントでもしに来たのか?彼女達は。それはいいとして、こちらもギラついているねぇ。私に対して挑戦するような目、違う。私に勝とうとしている目だ。クックック、素晴らしい!かつては見限った彼女達だが、その判断は誤りだった!今の彼女達は……強い。
「思えば、この4人が全員集まって対戦するのは初めてかもしれないねぇ」
「あ?あー……だな。ダービー以降お前出てねぇし」
「私は……弥生賞にいましたが。ダンツさんとポッケさんは、いませんでしたね」
「わたしは有馬にもいなかったしな~」
皐月賞を勝った私、ダービーを勝ったポッケ君、菊花賞を勝ったカフェ、3冠全てに出走して掲示板内に入着し、クラシック級ながらマイルチャンピオンシップを制したダンツ君。ペリースチーム君は確か、ダートに路線変更したから……世代の芝路線の代表格が集まった感じだねぇ。
「もう情けねぇ俺は見せねぇ。ゼッテーお前に勝ってやる!そしてぎゃふんと言わせてやる!」
「ぎゃふん」
「だ・か・らッ、お・ま・え・は・よぉ!!」
「おお、落ち着いてポッケちゃん!?このやり取り前もあったよ!」
「……学習、しない人達」
アッハッハ、面白いねぇ!面白い……うん、こんな時間も悪くない。
「あーっ!?」
しばらくの間談笑していた我々だが、唐突にポッケ君が大声を上げた……君の声大きいんだから自重してくれないかな?耳がキーンってなったよ。
「タキオン、テメェ!これ、なんだよ!?」
「うぅ、耳がキーンって……そ、それ!」
「……あぁ」
ポッケ君が手に取ったのは──先程私が見ていたトレーナーライセンス試験の問題集である。そう言えば机に出しっぱなしだったよ。というか、変な想像してないかい?ポッケ君。手はわなわなと震えているし、信じられないような目で私を見ている。なんなら、絶望してそうな表情もセットだ。絶対に変な勘違いを起こしているねぇ。
「お、お前まさか……レースに出るのを止めてトレーナーになるつもりかよっ!?」
「いや、そんなつも「畜生ッ!俺が立ち直るのが遅れたばっかりに……!」ちょっと話を「ううん、ポッケちゃんだけのせいじゃないよ。わたしも……」いや、だから「……お2人は、悪くありません。これも、タキオンさんの、選択です」人の話を聞きたまえよ君達ィ!」
というかカフェ!君は事情を知っているだろう!?何そっち側に加担しているんだい!……なんだいそのしたり顔は?やってやったみたいな顔してるんじゃないよ!おかげで面倒なことになってるじゃあないか!人の話を聞かないのは委員長君とキタ君だけで十分だよ!
「別にトレーナーになろうとしているわけじゃない!トレーナー君をサポートするために勉強しているだけだ!第一、私にトレーナーが務まると思うかい!?」
「……ないな。レースプランとかはできるだろうけど、それ以外が壊滅的だわ」
「なんなら担当ウマ娘に管理されそうだもんね」
我ながら信用がないねぇ!事実だから強く言えないけども!
それから懇切丁寧に説明する羽目になった。別にライセンスを取得しようとしているわけじゃないこと、チームのプレイングマネージャーのようなポジションを目指していること、そのためにトレーナー君から教材を借りたこと。全部説明することになってしまったよ。どうにか誤解は解けたがね。
「なんだよ焦らせやがって……マジでびっくりしたぜ」
「生憎と、私はまだまだ走りたいんでね。レースを止めるつもりはない」
ドリームトロフィーの猛者たち相手に鎬を削ってみたいのもあるからね。特に、テイオー君とは戦ってみたいものだ。お互いに中距離に絶対の自信を持っている者同士……楽しみだねぇ!今から胸が高鳴るよ!
ま、今の私の相手は……目の前にいる3人が筆頭だ。ここにいるメンバーは、確定で宝塚記念に出走できるだろう。そしたら。
(必ず至れる……私の目指す理想に、私が思い描く果てに)
心臓がうるさいくらいに鳴っている。あぁ、早くレース本番にならないだろうか?と早鐘を打つ。子供が遠足を楽しみにしているように、彼女達と競い合える日を楽しみに待っている自分がいる。我ながら、随分と変わったものだ。
「……それじゃ、俺はそろそろ行くぜ。オメーらと戦うってんなら、時間は一秒でも無駄にできねぇ。早速特訓だぁッ!」
ポッケ君は部屋を飛び出した。遅れるように、ダンツ君も扉へと向かう。
「わたしも、みんなに勝ちたいから……それじゃあね!」
ダンツ君も部屋を出た。残されたのは私とカフェだけ。いつもの2人だ。
「……楽しみに、しています。宝塚記念」
「あぁ、そうかい」
「進化したあなた……いえ、完成したあなたをも、喰らってみせましょう」
カフェも部屋を出た。残されたのは私一人。机を指でなぞり、必死に抑えていたものを表に出す。
「私も楽しみにしているさ……それは、とてもとても、ね」
口角が吊り上がる。笑みが抑えきれない。どんなに頑張っても零れてしまう。彼女達と戦える日が、非常に楽しみだ……!
タキオンもウッキウキですよ。