ビヨンド・ザ・ライトレス   作:カニ漁船

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タキオンとカフェのお話。


研究者と幻影

 トレセン学園の旧理科準備室。2人のウマ娘が思い思いの時間を過ごしている。

 

「クックック……、メイクデビューだけでも素晴らしいデータが得られた!これから先、もっともっと素晴らしいものが取れるだろうねぇ」

 

 PCのキーボードを叩きながら、なにかの研究データとにらめっこしているアグネスタキオン。

 

「……」

 

 もう一人はコーヒーを飲みながらゆったりと過ごしているウマ娘、マンハッタンカフェだ。ここ、旧理科準備室はこの2人の共同スペースのようなものであり、アグネスタキオンが研究ラボとして、マンハッタンカフェがカフェスペースとして使用している。

 作業がひと段落したのか、アグネスタキオンはPCに向かい合うのを止め、マンハッタンカフェの方へと視線を向けた。

 

「ところでカフェ?最近お疲れだったりしないかい?」

「……なんですか、唐突に。まぁ、少しだけ、トレーニングの疲労があるかも、しれませんが」

 

 カフェの返答にタキオンはそれはもう楽しそうに笑みを深める。どこからか怪しい液体が入った試験管を取り出し、カフェへと差し出した。

 

「そうかそうか!ではここに疲労が一発で取れる試験薬が「いりません、飲みません。さっさとしまってください」つれないねぇ。ちょっとばかし副作用があるだけなのに」

「むしろ、飲むと思ってるんですか?」

 

 タキオンをジト目で睨みつけるカフェ。これがこの2人にとっての日常だった。

 

 

 

 

 

 

 カフェに試験薬を提供したのに断られてしまったよ。副作用もさほど困るものでもないというのに。トレーナー君ならノータイムで飲んでくれるんだがねぇ。

 

(まぁいい。そろそろ小腹も空いてきたし、トレーナー君が作ってくれたお弁当でも食べるとしよう)

 

 さてさて、今日はどんなおかずが入っているかな~っと。

 

「ほほ~う!今日も彩り豊かで食べ応えが……あーっ!?」

「今度は、なんですか?お弁当を広げたと思ったら、大声を出して」

 

 と、トレーナー君のヤツめ!あれほど苦いものは入れるなと念押ししたというのに!

 

「トレーナー君のヤツ、ゴーヤーチャンプルーなんてものを入れてるんだぞ!?これは正式に抗議するしかないだろぉ!」

「栄養バランスを、考えて作られているメニューでしょう?残さず、食べてください。というか、お弁当の一画に、ちょこんとあるだけじゃないですか」

「ぐぬぬ……!今度とびっきり強力な薬を飲ませてやる!目だけ光らせてやるぞ!」

「作って、もらっておいて……」

 

 カフェの呆れるような視線が突き刺さるが関係ない!これは断固抗議するしかあるまい!まぁそれはそれとしていただくんだがね。うん、今日も美味しい。

 お弁当を食べていると、カフェが興味深そうにお弁当を見てくる。

 

「なんだい?生憎とカフェの分はないよ?まぁこの試験薬を飲むというのならあげるのもやぶさかでは「飲まないと、言ってるでしょう」アッハッハ!」

「いつ見ても、美味しそうなお弁当だと、思っただけです。……あの人、が?」

 

 あの人、というのは私のトレーナー君のことだろう。カフェとは面識があるからねぇ。

 

「そうだとも。全く、私のためといってお料理教室に通ったらしいからねぇ。よっぽど私をお世話したいようだ」

「あなたの、食生活が壊滅的な、だけでしょう。なんですか、あのミキサー食は?」

「時間と効率を考えたら行きついただけさ。ま、もう食べたくはないがね」

 

 なんせトレーナー君がお弁当を作ってくれるからねぇ。あのミキサー食も食べる必要は無くなった。まぁ今となってはあのミキサー食は自分でもどうかと思っているのでもう食べることはないだろう。

 

 

 お弁当を食べ終わった後、紅茶を淹れてゆっくりと過ごす。

 

「……相変わらず、どれだけ砂糖を入れるんですか?」

「入れれば入れるだけ幸せになれるからさ」

 

 カフェが何か言っているが気にしない。紅茶に砂糖を入れて飲む。研究はひと段落したしね。トレーナー君から貸してもらったノートを広げながらくつろぐ。ノートに書いてあるのは、我々の能力値について事細かに記録されたものだ。彼が言う適性やスピード、パワーといった能力値が記されている。

 

(他の人からすれば眉唾物だろうねぇ。ま、そもそも信じられないと言われそうだが)

「その、ノートは?」

「うん?このノートかい?」

 

 気づけば、カフェが興味深そうにノートを見ていた。

 

「これはトレーナー君が書き記した、我々のデータをまとめたものさ。適性に能力値が詳細に書かれているよ」

「適性に、能力値……ですか」

「そうだとも。全く、彼の目は驚愕の一言に尽きる。まさか、見ただけでウマ娘の能力から適性まで一発で分かるとは!」

 

 一体どういう原理で、どのような脳の構造をしていたら見えるようになるのか非常に気になる!トレーナー君は調べても無意味といっていたが、とても興味深い目だ!あの死んだ目にかかれば、ウマ娘の競走能力が全て分かるわけだからねぇ。

 ただ、カフェは懐疑的な目だ。本当にそんなものがあるのか、のとはちょっと違うね。むしろ、どうして信じられるのか?みたいな目だろうか?

 

「……よく、信じる気になりましたね。見ただけで、ウマ娘の適性が、分かる目なんて」

 

 カフェの気持ちは分からなくもない。見ただけで適性が分かると言われても、そんなバカな話があるかと一蹴するし、私も最初は疑っていた。けど、彼には実績があった。

 

「まぁ結果を残していたからね。彼のサブトレーナー時代の話を聞いたことはあるかい?」

「……いえ」

「彼はサブトレーナー時代にその目を使ってウマ娘の適性を見抜いていた。これは間違いないことだ」

「……トレーニングを見ていて感づいた、とか。偶然、という線は?」

それはない。中距離で惨敗していた子を、中距離で勝たせたんだぞ?マイラーと呼ばれた子を中距離で勝たせ、一度もダートで走ったことがない子をダートで走らせ勝たせた……サンプルはまだまだある」

 

 彼の目は、本当に適性を見抜いているとしか説明がつかないような結果を出し続けてきた。これだけでも信じるに値するだろう。

 

「カフェは信じていないのかい?彼の特異な目を」

「そういうわけでは、ありません。ただ、やはり、信じるには難しいものがあるってだけです」

「気持ちは分からなくもないよ。そんな便利な目があったら、なんて誰もが思うからね」

 

 トレーナー陣からすれば羨ましいことこの上ない目だろう。本来適性や能力というのは、トレーニングを積んだりレースを経験したり……色々なものを積み重ねて気づくようなものだ。見ただけで分かるんだったら苦労はない。

 けど、トレーナー君は見ただけで分かる。恐ろしいことだ。私の場合興味深さの方が勝るがね!

 

「ま~……そのせいなのかどうなのかは知らないが、彼は死んだ魚みたいな目をしてるからねぇ。しかもよくノートを取ってブツブツ呟いているらしいし。そりゃあ敬遠もされるだろう」

「私は、嫌いではありませんが。お友だちも、楽しそうにしていますし」

 

 カフェの言うお友だちとはイマジナリーフレンドのことだろう。いや、幽霊の線が太いか。トレーナー君も見えていたらしいし。そのお友だち曰く、トレーナー君は仲間らしい。死者から仲間扱いされる目とは。

 しかし、こうして話していると興味がどんどん湧いてくるねぇ!

 

「さて、今度はトレーナー君にどんな実験をしてやろうか?筋力増強の薬もあるし、アドレナリンを高める薬もある。どれを試すか迷うねぇ!」

「……その内、見限られても知りませんよ」

 

 おっと、カフェが呆れた視線を向けてくるが私は止めるつもりはないよ。それに、これはお互い合意の上なのだから!

 

「おいおい誤解しないでくれよカ~フェ~?向こうからの許可はちゃんと取っているんだからねぇ!」

「あなたの場合、脅迫でもしてそうな、ものですが」

「心外だねぇ!ま、言われるだけの心当たりはあるんだがね」

 

 生憎と否定できるような材料がないねぇ。トレーナー君との実験がお互い合意の上なのは事実なんだが。

 

「なんにせよ、これからのレースが楽しみだよ。次走はどうなるのか、そこで私はどこまで走れるのか!非常に興味深い!」

「……相変わらず、ですね」

 

 レースの勝利など、私にとってはさほど重要なことじゃない。私にとって重要なのは、自分がどこまで速く走れるのか、ウマ娘の限界速度への挑戦ということだ。

 メイクデビューを走ったことで分かったのだが、やはり他のウマ娘と競い合うのは重要な要素になり得る。加えて、強い相手と走るとなると……私のパフォーマンスはさらに向上するだろう。となると、だ。

 

「ところでカフェ。君のメイクデビューはいつ頃なんだい?」

「唐突、ですね……何故急に?」

「おいおい、つれないことを言わないでおくれよ。私と君は友達だろう?友達のデビュー日が気になるのは当然じゃないか!」

「……なら、そのいかにも悪いことを考えています、みたいな表情を止めてください」

 

 おぉっと、興奮が抑えきれなかったか。これは失敗だ。

 カフェのトレーナーは会長とテイオー君を育て上げたトレーナーだ。間違いなく強くなる。そんなカフェと競い合えるのだったら、私は更なる速さを得ることができるだろう。

 

「まぁ、もうすぐですよ。夏合宿が終わればかと」

「ほうほう!もしかしたら、どこかで走る機会があるかもしれないねぇ!」

「……なにを、考えているんですか?」

「なにも。君と走るのが楽しみなだけさ」

 

 訝し気な視線。明らかにこちらの真意を探っているような、疑っているような目を向けられる。うん、我ながら信用が全くない。

 

「……おっと、もうこんな時間か。また研究に戻らないと」

「いつも、熱心ですね。授業は、どうするんです?」

「優先事項は研究だ。授業など後回しでもいい。必要最低限は出席しているわけだからね」

「そんなことだろうと、思いました」

 

 さ~て、有力なウマ娘のデータをピックアップしなければ。いや、そっちはトレーナー君がやってくれるだろう。今取り組むべきは、私の脚をより強靭にする方法。

 

(トレーナー君のサポートのおかげで、見違えるほどに強度を増した。だが、まだまだだ)

 

 私が果てへと至るにはまだ足りない。私の描く理想にはまだ届かない。一日でも早く実現するために、実験をしないとねぇ。

 またPCとにらめっこしながらキーボードを叩く。トレーナー君との実験によって得られたデータを参照しつつ、改善点を洗い出し、次の実験に繋げる。カフェはいつの間にか授業へ向かったらしい。

 

「ふぅン」

 

 自分以外誰もいない理科準備室に、私が叩くキーボードの音だけが響いていた。




次回 ヤツがくる。
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