ビヨンド・ザ・ライトレス   作:カニ漁船

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本番。


開幕 宝塚記念

 ついに迎えた、宝塚記念の日。控室でタキオンと2人、最後の確認をする。

 

「……という具合だね。君は集中的にマークされるだろうし、何よりマンハッタンカフェの存在だ」

「間違いなく、前回以上に厳しいマークをしてくるだろうねぇ、カフェは」

 

 これはもう確定しているだろう。有記念の敗戦があるのと、タキオンが本領を発揮する舞台なのは頭にあるはず。だからこそ、この宝塚記念では今まで以上にタキオンを警戒して走るだろう。これが僕とタキオンの見解だ。

 

「ジャングルポケットはマークしてくるかもしれないけど、彼女が望むのは君との真っ向勝負……キツいマークはしないだろうね」

「加えて、カフェの存在だ。私をマークするということは、カフェからのマークも同時に受ける。それはポッケ君からしても避けたい事態だろう」

「だね。だから彼女からのマークはそこまで気にしなくていい。後はダンツフレームだけど」

 

 こちらはそもそも、マークしてこない。向こうは少なくとも、マンハッタンカフェとジャングルポケットがマークしてくると考えているはずだ。そこに割って入るよりは……。

 

「ダンツ君は漁夫の利を狙ってくる形だろうね。私達から離れ、控えて脚を溜める……そんなところか」

「タキオンがマークされることは分かってるだろうしね」

「人気者は辛いねぇ」

 

 笑いながら言うタキオン。とても楽しそうだ。多分だけど、そんな状況を攻略するのが楽しくて仕方がない……といった具合かもしれない。

 

 

 これにて作戦会議は終わり。もうちょっと時間はあるけど、そろそろ出ていこうか。

 

「あぁトレーナー君。少しいいかな?」

 

 そんな時、タキオンに呼び止められた。立ち上がろうとして、止める。

 

「どうかしたの?タキオン」

「いやなに。些細なことではあるのだが、今言っておこうと思ってね」

 

 タキオンの瞳は真っ直ぐに僕を捉えている。表情は、柔らかい。一体何を言おうとしているんだろう?彼女の二の句を待っていると、微笑みながら。

 

「ありがとう、トレーナー君」

「……ん?」

 

 お礼を言われた……え?何がだろうか?何のことか見当がつかないんだけど。この場でお礼?……なんの?

 戸惑っていると、タキオンはけらけら愉快そうに笑っていた。いや、人が戸惑っているところを見て笑わないで欲しい。

 

「ここで感謝の言葉を贈っておこうと思ってねぇ。結果的に君の戸惑う表情が見れたから満足かな?」

「……びっくりしたよ。それで、何の感謝?」

「決まっている。ここまで私を導いてくれたことさ」

 

 タキオンは毅然と言い放った。笑うのを止めて、自分の脚を撫でる。

 

「いつ壊れてもおかしくはなかった脆い脚……そんなガラスの脚を、君はここまで鍛え上げてくれた」

「……特別なことはしてないと思うけどね」

「謙遜する必要はない。私は知っている……君が常に、私の体質克服のために頑張っていたことを。お弁当だってその一環さ」

 

 タキオンは1つずつ語ってくれる。今までタキオンにやってきたことを、トレーニングのことを、レースのことを。

 

「君がいなければ、私はどこかのレースで勝手に諦めていただろう。まがい物の果てに満足して、燻って、後悔する。不思議とそんな気がするのさ」

 

 一つ一つの思い出を大事にしているのか、タキオンの表情は優しい。普段の狂気的な笑みとは違う、慈しむような表情。

 

「君が私に次を与えてくれた。未来を提示してくれた。あまり言葉にはしてこなかったが、これでもかなり感謝しているんだ」

「そ、そうなんだ」

 

 ヤバい、ちょっと声が上ずった。気づかれてないだろうか?……ツッコんでこないってことは気づいてないな。良かった。

 

「ところで今、声が上ずったねぇ?もしかして、照れているのかなぁ?」

 

 前言撤回。普通にバレてた。ニヤニヤしながらこちらに詰めてくるタキオン。恥ずかしいから止めて欲しい。

 少しの間押し問答が続いて。からかわれたけどそれなりに満足したのかタキオンは離れた。た、助かった。

 

「そうだ、トレーナー君」

「な、なにかな?」

 

 タキオンはこちらへと振り向く。今度はいつもの笑み、狂気的な笑みで僕を見ていた。

 

「観客席でしっかりと見たまえ──君と私の研究成果を。私の光で、宝塚記念という舞台を彩るその瞬間を、ね」

 

 自信満々に、そう告げたタキオン。それに対する僕の答えは。

 

「──勿論。僕は君の勝利を信じている。君が1着で駆け抜けるって、僕は信じているよ」

 

 たった一つ。信じるってことだけだ。

 僕の言葉にタキオンは、さらに笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 阪神レース場に多くのファンが詰め寄っている。空は晴れ渡っており、走るのに絶好の天気となっていた。

 

《ウマ娘達が続々とターフに姿を現します、ファン投票に託された夢、G1レース宝塚記念!あなたの夢、私の夢は叶うのか?阪神レース場芝2200m、晴れ空が見下ろす絶好の良バ場日和!注目すべきなのはやはり、あのウマ娘ですよね?》

《そうですね。ファンが一番注目しているのはやはり、アグネスタキオンでしょう!》

《これまで8戦8勝、凱旋門賞を制し、ドバイシーマクラシックで見せた圧倒的な速さ!今回の宝塚記念でもダントツの1番人気で出走!果たしてどんなレースを見せてくれるのか?非常に楽しみです!》

 

 注目を集めるのはやはりアグネスタキオン。現時点における世界最強のウマ娘であり、レース前の最終追いきりでも絶好調と報じられたことからファンは期待を寄せていた。

 

「アグネスタキオンは、一体どんな走りを見せてくれるんだろうか?」

 

 宝塚記念の中心は間違いなく彼女だ。

 

 

 地下バ道を通るアグネスタキオン。鼻歌を口ずさみながら上機嫌に歩く。そんな彼女の前に、ジャングルポケット達が立ちはだかった。

 

「よう、随分とご機嫌じゃねぇか……大注目のスターさんよォ」

「……おやぁ?」

 

 アグネスタキオンを睨みつけるジャングルポケット。レース前でありながら闘志を滾らせ、周りが委縮するほどの圧を放っている……にも関わらず、アグネスタキオンは気にしない。ダンツフレームにマンハッタンカフェも同様である。

 愉快そうな笑みを浮かべるアグネスタキオン。

 

「なんだい、ポッケくぅん?私がご機嫌な理由でも知りたいのかい?」

「ケッ、別に知りたかねぇよ」

「わたしはちょっと気になるかな~……なんて」

「どうでも、いいです」

 

 三者三様の反応を見せる。そんな彼女達の姿に、アグネスタキオンはさらに笑った。

 

「随分と強くなったみたいだねぇ。これは中々、研究が捗りそうだ」

「相変わらず、研究目線なんですね」

 

 タキオンの言葉に呆れるカフェ。そんな彼女を手で制し、ジャングルポケットはタキオンに向けて指を差す。

 

「──今日こそはお前に勝ってやる。俺の影を、踏ませてやるよ」

 

 ジャングルポケットの言葉にダンツフレームとマンハッタンカフェは……頷く。

 

「違うよ。勝つのはわたし。誰にも負けない、センターに立つのは……わたしだ!」

「長距離ほど、得意ではありません。ですが……負けません。勝たせてもらいます」

 

 かつて戦った相手からの宣戦布告。アグネスタキオンは──口角を吊り上げる。

 

「中々どうして、愉快だねぇ」

 

 ケタケタと笑い、彼女達の横を通り過ぎて……呟く。

 

「精々頑張って追いつきたまえ……私という光に、ね」

 

 言葉はそれだけ。しかしジャングルポケット達のやる気はさらに上がる。

 

「上等ッ!」

「頑張るぞ~!」

「……いつも通り、ですね」

 

 彼女達は青空が広がるターフへと足を踏み入れた。

 

 

 アグネスタキオンが入場してきた瞬間、一気に会場が沸いた。主役の登場に色めき立つ。

 

「来たぁぁぁ!アグネスタキオン!」

「今日はどんなレースを見せてくれるの?楽しみ!」

「超光速のプリンセス~!」

 

 ファンの声援を受けながら、彼女はウォーミングアップを開始する。その光景を高村達は観客席で見ていた。

 

「タキオンさん、調子良さそうですね」

「控室でも問題なさそうにしてたからね。大丈夫だよ、タルマエ」

「きっとトレーナーさんからありがたいお言葉をいただいたのでしょうッ!タキオンさ~ん、バクシンですよー!」

「バクシンバクシーーンッ!」

「我々のチームが誤解されるから止めてくださる?その掛け声」

 

 今更なジェンティルドンナのツッコミがありつつも、順調にこなしていく各ウマ娘。そして、ゲートインの時間がやってきた。

 1人ずつ順番に入っていく出走者達。それぞれの思いを胸に、ゲートに収まっている。そして、最後のウマ娘がゲートに入った。

 

《最後のウマ娘がゲートに入りました。未だ不敗神話を続けるアグネスタキオン。彼女の神話は続くのか?それとも彼女のライバル達が止めるか!注目の一戦宝塚記念!》

 

 静まり返った阪神レース場。誰もが口をつぐみ、ゲートが開くその時を待ちわびる。ゲート内のウマ娘達も、はやる気持ちを抑えて呼吸を整えていた。

 長い時間が流れたか、それとも一瞬か。ゲートが今──開いた。

 

《ゲートが開いたッ!ウマ娘達が一斉に飛び出します!最初にハナを切るのはどのウマ娘か、誰がペースメーカーになるのか?11番のアレスタントが少し出遅れた!注目のアグネスタキオンは内枠からまずまずのスタート、内から前へと上がって行きます》

《第1コーナーまでの距離は長いですからね。速いペースで進むかどうか?》

《先頭飛び出したのはクライネキステ、クライネキステが先頭か?いや、外からエフェメロンも上がっているぞ。クライネキステとエフェメロン、この2人が先頭か?この2人が先頭だ!競り合い、ガンガンペースを上げている!やはり速いペースで流れるか宝塚記念、激しい先行争いになります!》

 

 先頭を奪おうとしているのは2人。自分がペースを握るためにと飛び出し、結果競り合って第1コーナーを走っている。後続はそんな2人ほどではないものの、自分のポジションを探しながら他のウマ娘をけん制する。

 アグネスタキオンは3番手争いの位置、先行集団の先頭を走ろうかと考えていた。3番手争いの中にはジャングルポケットの姿もある。

 内から前へ出る機会を窺い、外へと視線を送る。見えてきた光景に、納得するように頷いた。

 

(やはり私をマークするようだねぇ、カフェ)

 

 外から内へと来るバ群の中にいた。マンハッタンカフェが。彼女と視線が交錯し、意図を感じ取る。また、アグネスタキオンは自分に視線が集中していることも感じ取っていた。

 

(他のウマ娘も私の存在がチラついているようだ。ポッケ君は……まだこちらにはこない。はてさて、どうしてやろうか?)

 

 アグネスタキオンはこの状況でなにをするべきかを考える。この先の展開、自分に集中するマーク、そして自分の脚を分析して……弾きだす。

 決めたら行動は早かった。アグネスタキオンは3番手争いから早々に脱落し、その後ろへとつける。マンハッタンカフェも外からアグネスタキオンの後ろにつけ、ポジションをキープしようとしている。ジャングルポケットは3番手争いの位置につけていた。ダンツフレームは後方集団に紛れている。

 

《注目のアグネスタキオンは7番手の位置でレースを展開。前から7番手、内にアグネスタキオンがつけています!まもなく第1コーナーのカーブ、先頭を走るのはエフェメロンとクライネキステ。3番手争いの位置にはダービーウマ娘ジャングルポケット!3人のウマ娘と競り合っています!》

《ただ、ジャングルポケットは内を気にしていますね。アグネスタキオンの存在がチラついているのでしょうか?》

《そうかもしれませんね。やはり、最優先で警戒すべきウマ娘だと頭にあるのでしょう。そんなアグネスタキオンは前から7番手の内側につけています。アグネスタキオンをマークするようにマンハッタンカフェ。ピッタリとマークしています!縦長になろうとしている展開、第1コーナーを曲がっていきます!》

 

 宝塚記念は速いペースで流れていた。

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