息が苦しい。荒い呼吸を繰り返す。どれだけ吸っても、また新しい酸素が欲しくなる。我ながら、とんでもない疲労だ。観客の声援に応える暇がないくらい、今の私は疲労困憊と言えるだろう。
(あぁ、だが……)
「クックック……ッ!中々どうして、悪くないっ」
呟き、先程の己を思い出す。最後の1ハロン、前を走るカフェ達から感じた闘志を、熱い思いを。そして……それらをねじ伏せて、圧倒した自分の走りを。
疲れていてもとめどなく溢れてくる。レースを勝ったという、喜びが。
後ろを振り向く。先程から感じていた視線、目を向けると私と同じく疲労困憊のカフェ達。そんな彼女達に、教えてやろう。
「──私の、勝ちだねぇ」
ゴールした時と同じように、ね。
《凄まじい走り、1ハロンの逆転劇!5バ身差の窮地を、あっという間にひっくり返したアグネスタキオン!》
《ジャングルポケット達も遅くはありませんでした……しかしっ!アグネスタキオンの速さは群を抜いていました!圧巻という他ないでしょう!》
《レースは……当然のレコード勝利!勝ちタイム2分9秒5という驚異的なタイムを披露!光速の神話はまだ終わらない!次はどこへ向かおうというのでしょうか!?どこに刻むつもりなのでしょうか!アグネスタキオンの神話は、まだまだ続いていくぅ!》
悔しげにこちらを睨むカフェ達。やがて──納得したかのように、倒れ込んだ。
「だぁ~クソッ!負けだ負けだ!」
「また、勝てなかった……!」
「ほ、本当に、強いね、タキオンちゃん」
私を讃える声。悪い気分じゃないねぇ。
「つーか、マジで速すぎだろお前!どうなってんだよ!」
「……どういう、怒りですか、ポッケさん」
「当然さ!私とトレーナー君が力を合わせているわけだからねぇ!」
「あ、あはは……よく分かんないや」
彼女達からの目には……諦めなんてものは感じられない。皐月賞とは明確に違うと断言できる。ここでは負けた、でも次は負けない。そんな気概を感じさせるもの。これもまた、ライバルってヤツなのかもしれないね。口に出すのは癪だから言わないでおくが。
それに、彼女達の走りは悪くなかった!とても心躍るものだったとも!
「しかし、君達も良くやってくれた!」
「ど、どういうこと?タキオンちゃん」
ダンツ君が不思議そうな声を上げるが理由は単純、私の想定を超えていたからだ。
「私にとってのデッドラインは、6から7バ身程だと定めていた。それ以上差が開けば追いつけないと仮定していた」
「「「……」」」
「しかしっ!最終的には5バ身差を詰めるのが精一杯だったのさ!6バ身ついていたら間違いなく負けていた。君達は私の予想を、1バ身も上回ってくれたんだ!これは実に凄いことだと思わないかい?」
声高にそう告げるが……ポッケ君達は怒りの表情。おやぁ?
「バカにしてんのかテメー!?ンなこと言われても全く嬉しくねーよ!」
「……同感、です。人をバカにするのも、大概にしてください」
「タキオンちゃん、さすがにどうかと思うよ」
おやおや!?ダンツ君ですら見たことのない怒りの表情を見せているんだが!?私としては褒めたつもりなのだがねぇ!
「そうだった……!コイツは、こーいうヤツだったわ!」
「おいおい、褒めたつもりなんだがねぇ」
「うるせーよ!」
ポッケ君はこちらに指を差してくる。ただ、不思議と──怒りのようなものは感じられなかった。
「
「……私も、とある目的を果たして、もう一度挑戦します。いえ、一度じゃない……
「また負けちゃったけど、次はわたしが勝つよ!
彼女達の言葉。何度でもリベンジするという宣言。
(──面白い)
口角が吊り上がる。笑みがこぼれる。ならば、彼女達への言葉は決まっている。
「
手をひらひらさせて立ち去る。今日は──とても気分が良い。
◇
宝塚記念が終わって数日。タキオンと2人で今後の予定を立てていく。
「……というわけで、このプランで考えているんだけど、どう?」
「悪くない。はてさて、この選択がどういった結果をもたらすのか……ひじょーに楽しみだねぇ!」
タキオンは笑っている。宝塚記念後から大分調子が良さそうだ。喜ばしいことだね。
さて、話し合いも終わったわけなのだけど。
「トレーナーくぅん、冷蔵庫にあるプリンを取って来たまえ。そして私に食べさせたまえ」
「……いや、プリンを取ってくるのは構わないけど、食べさせる必要はどこに?自分で食べなよ」
「は~?私の状況が見えていないのかい、トレーナー君?」
タキオンはというと、資料をもって何かのデータを取っている。まぁ……両手がふさがっていると言えなくもない。
「生憎と私は忙しくて両手がふさがっているんだ。だが糖分は補給したい。なら、君が食べさせてくれればいいという判断だ!」
「いや、資料を置けばいい話だよね?プリンを食べるのに集中するか、資料を確認した後に食べるかにすればいいでしょ」
「イ・ヤ・だ!私は今食べたいんだ!食べたい食べたい食べたい!」
なんか、ワガママっぷりが酷くなってる気がする。子供みたいな駄々をこねないで欲しい。タキオンのためにならないからキッパリと断るけど。
「あんまりしつこいようだと、バクシンタクシーを呼ぶ「さ~て、研究はこの辺にしてプリンを食べよう!」変わり身が早いね」
よっぽどバクシンタクシーが嫌らしい。ちなみにバクシンタクシーとはバクシンオーにおんぶされて運ばれることだ。
プリンを食べるタキオンと無言で作業をする僕。他のメンバーはまだ来ていない。なんというか、こういう時間も結構増えたような気がするね。
「あぁ、そうだトレーナー君。聞くのを忘れていたよ」
「……なにかな?」
唐突に、タキオンがこちらへと視線を向けた。こっちを試すような目、なにかを聞こうとしている。
「宝塚記念、控室で私は君に言ったね?私と君の研究成果を、しかと目に焼き付きたまえと」
タキオンから言われたこと。うん、しっかりと覚えている。
愉快そうに、面白おかしそうにこちらを見つめるタキオン。悪戯を仕掛けているかのような笑みを浮かべて、楽し気に聞いてきた。
「どうだい?私の光を──余すことなく収めることはできたかな?」
……答えは決まっている。
「ハイライトが復活するぐらいには綺麗だったよ。眩しすぎて目が潰れそうだったけど」
ポカンとした表情のタキオン。予想外だったのかな?僕としては思ったままのことを伝えただけなんだけど。
けれど、ポカンとしたのも一瞬だけ。すぐに楽しそうに笑った。
「アッハッハッハ!それはそれは!……そいつは良かったよ」
さっきまでのいたずらっ子のような表情ではない。本当に嬉しそうな、慈しむような。そんな笑顔だった。
まだまだ、タキオンの道は終わりじゃない。
「でも、これから先も見せてくれるでしょ?タキオンの光を」
「当然だとも!何回でも、何度でも!君に見せてやろうじゃあないか!」
これからもレースには出走する。その度に、彼女は光のように駆け抜けるのだろう。
「トレーナー君のおかげかな?それともせいかな?100%では満足しない……120%でも、150%でも発揮したい気分だからねぇ!」
「120は聞いたことあるけど、150は聞いたことないね」
ファンの記憶に刻むような走りを。アグネスタキオンというウマ娘が描く軌跡を。
「さぁトレーナー君!これが今日の試験薬だ!アレをソレしてどれをこれした薬だとも!」
「凄いね、何の情報も伝わってこないよ。飲むけど」
「相変わらずの狂いっぷりだ!さぁさぁ、どんな効果が出るのか楽しみだねぇ!」
僕はこれからも記憶に刻んでいく。アグネスタキオンというウマ娘の走りを。眩いばかりに周りを魅了する──狂気の光を。
◇
──イギリス、ニューマーケットレース場。大歓声に包まれている会場の外で、2人のウマ娘が会話をしている。レースまで時間はたっぷりとあった。
ウマ娘──アグネスタキオンは目の前の少女に対し、嬉しそうに反応する。
「やぁやぁカ~フェ~!私を激励しに来てくれたのかい?」
「……別に、何の心配もしていませんが。ただ、ポッケさん達の、伝言もありますので」
マンハッタンカフェはウマホを起動し、テレビ通話を繋げる。画面にはジャングルポケットとダンツフレームが眠そうに目をこすっているのが確認できた。思わず噴き出すアグネスタキオン。繋がっていることが分かったのか、画面越しの2人は慌てている。
《ばっ、いきなり繋ぐなってカフェ!あ、あ~、聞こえてっか?タキオン》
「も、勿論聞こえているとも……!じ、時差があるとはいえ、眠そうだねぇ……っ!」
《笑いながら言わないでよ!は、恥ずかしい……っ!》
顔を真っ赤にするダンツフレームだが、ジャングルポケットはお構いなしだ。アグネスタキオンに向けて、言葉を贈る。
《良いか?ゼッテー負けんじゃねーぞ!お前を負かすのは俺なんだからな!》
「アッハッハ!一回も私に勝てていないくせに、威勢がいいねぇ!」
《うるせーよ!》
《頑張ってね、タキオンちゃん。日本で応援しているよ!》
2人の言葉に楽しそうに笑うアグネスタキオン。マンハッタンカフェはその光景を見ているだけだった。
次の瞬間、タキオンはカフェに目をつける。
「それでそれで?カフェは私に何か言ってくれないのかな~?ん~?」
「……面倒くさい人ですね、相変わらず」
心底めんどくさそうな表情を見せているカフェ。変わらずダル絡みをしているタキオン。画面越しにジャングルポケット達も笑っていた。
4人の会話。タイムリミットが来る。
「タキオン、そろそろだよ」
「おっと、もうそんな時間か」
高村を始めとした、ミーティアのメンバーがタキオンを呼びに来た。高村の方へと歩みを進めるタキオン。
「タキオン、さん」
最後に。呼び止めるカフェ。タキオンは振り向き、笑みを浮かべる。
「なにかな?カフェ」
質問するタキオンに、カフェは答えた。
「先程も言ったように、何の心配もしていません。ただ……応援はしています。トレーナーさん達と、一緒に」
彼女なりの激励。タキオンはさらに笑みを深める。
「──任せたまえよ。ま、かる~く勝ってやろうじゃあないか」
「……それで勝てるあたり、タキオンさんって本当に凄いというか」
「いつもの調子で良いのではありませんの?強者は強者らしく、どのような場所であっても変わらない態度で臨むべきです」
ホッコータルマエとジェンティルドンナの会話。その通りなので苦笑いを浮かべる高村達だった。
パドックを終え、出走者達がニューマーケットレース場へと姿を現す。アグネスタキオンが入場してくると──地鳴りのような歓声が上がった。
「『来たぜアグネスタキオン!また見せてくれよ、世界最強の走り!』」
「『楽しみだわ~!彼女の走りを生で見るの初めて!』」
「『頑張れよ~!タキオ~ン!』」
「バクシンバクシーーンッ!バクシンですよタキオンさーん!」
出走するウマ娘達は、アグネスタキオンを鋭く睨む。負けるわけにはいかない、勝つのは自分だと、殺気をぶつけている。
そんな状況で、アグネスタキオンは狂気的な笑みを浮かべていた。
「『実に素晴らしいねぇ……私を、楽しませてくれたまえよ?』」
わざと、聞こえるように言い放つ。勿論聞こえたウマ娘達は、さらにやる気をみなぎらせていた。
《ニューマーケットレース場、チャンピオンステークス。距離は10ハロン*1!良バ場での開催となります!最注目はやはりっ!日本からやってきた1人のウマ娘!かつて凱旋門賞を沸かせた立役者、アグネスタキオンでしょう!》
《ここまで10戦10勝の無敗、前走のアイリッシュチャンピオンステークスを制して乗り込んできましたからね。どんなレースをするのか、非常に楽しみですよ》
《そのアイリッシュチャンピオンステークスは6バ身差の快勝劇!光速の神話はまだまだ続くのか?それとも途切れるのか!目が離せない瞬き厳禁の勝負!余すことなく目に焼きつけましょう!》
ウマ娘達がゲートに収まり、発走の時を待つ。静かな空気の中で、高村は呟いた。
「今日も刻もうか。君の光を」
その呟きが聞こえたか、否か。ゲートの中でアグネスタキオンは──頷いて、呟く。
「ここにも刻んでやろう──私という、光をね」
ゲートが開く。ニューマーケットレース場、チャンピオンステークスが幕を開けた。
「さぁ、検証を
アグネスタキオンは走る。それは、どこであっても変わらない。
これにてタキオン編、完!なんでさらっとアイリッシュチャンピオンステークスを6バ身差で勝ってんだよ(畏怖)。
今後につきましては活動報告の方で。