ビヨンド・ザ・ライトレス   作:カニ漁船

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大目標を見据えてね。


目標のために

 バクシンオー達がトレーニングをしている中、今後のことについて考える。

 

「さぁて委員長君、今日も併走パートナーをよろしく頼むよ?」

「やや、またですかタキオンさん!勿論受けて立ちましょうッ!委員長は逃げも隠れもしませんッ!」

「あたし、タイム測りますね!」

 

 メイクデビューを快勝したアグネスタキオンだけど、次のレースは間隔が空きそうな状態だ。もしかすると、ホープフルステークスに直行することになるかもしれない。

 

(そして夏合宿だけど……基本的にはバクシンオーにパートナーを務めてもらうことになるか。それもだけど後は)

「VRウマレーターの使用、か」

 

 トレセン学園にはVRウマレーターという機器がある。トレセン学園に通うウマ娘向けに開発された、レース用シミュレーターだ。どんなコースの条件も再現可能であり、重バ場や芝かダート、距離を自由に設定可能。レース用からはちょっと外れるが、ゲームの世界を体感できるようにもなるらしい。

 このVRウマレーターの凄いところは、VR世界で蓄積した経験値は現実でも適用されるということ。鍛えたら鍛えた分だけ、現実でも強くなれるのだ。トンデモ技術である。

 

(ま、だからこそ利用者が後を絶たないわけだ)

 

 そんなVRウマレーターは学生間でも凄い人気だ。利用者がたくさんいるし、基本的に一日の予約はすぐに埋まる。また、全員が効率よく使えるように制限も設けられているので時間にも限りがある。早々使えるような代物ではないということだ。

 

「アグネスタキオン……タキオンが作ろうとして失敗してたな。さすがに独学じゃ厳しいものがあるか」

 

 それに畑違いだろうし。

 

「凱旋門賞を目標に据えたのは良いけど、そうなると是が非でもVRウマレーターは使いたい。ロンシャンの芝も再現可能なのはVRウマレーターぐらいだし」

 

 海外の芝と日本の芝が違うというのはよく聞く話だ。ロンシャンの芝を経験するためにも、VRウマレーターをより多く使いたいんだけど……制約が重く圧し掛かってくる。

 

「どうにかならないものかな……」

 

 すっごいワガママなのは分かっている。分かっているんだけど、それでも凱旋門賞を勝つために手を尽くしたい。考えて考えて……

 

「たづなさんに相談してみるか」

 

 聞くだけ聞いてみよう、ということでたづなさんに相談することにした。まぁ100%断られるだろうけど。聞くだけならタダだし。

 

 

 

 

 

 

 理事長室の扉をノックして入る。たづなさんは理事長秘書なのでここにいるだろうと考えて。

 

「すみません、失礼しますっ?」

 

 中から許可が出たので入室したのだが、秋川やよい理事長と見知らぬ女性の方が話していた。理事長のお知り合いだろうか?たづなさんもいるようだ。

 もしかして、取り込み中だったのだろうか。それはちょっと悪いな。

 

「申し訳ありません。お取込み中だったのですね。後でまた出直してきます」

「いやいや、問題はないぞ高村トレーナーッ!今日はどうしたのだ?」

「いえ……あまり急ぎの用事でもありませんので」

 

 出直そうと扉に手をかける、が。

 

「やよい、もしかして……この人がさっき君が言っていた?」

「明察ッ!その通りだメイ!彼こそが今最も勢いのあるトレーナー、高村聖トレーナーだ!」

 

 自分の名前が出たので立ち去ることもできず。後はたづなさんがニッコリとこちらを見ていたので扉に手をかけるのを止めた。理事長達に向き直る。

 

「成程成程……そうかそうか、君がそうなのか!」

 

 メイさんと呼ばれた方は自分のことを観察するようにジロジロと見ている。やがて満足したのか、こちらへと手を差し出してくる。

 

「君に会えて嬉しいよ、高村聖トレーナー!私は佐岳メイ。よろしく!」

 

 握手を求める彼女。慌てて自分も手を差し出し、握手に応じる。

 

「はい。私は高村聖と申します。よろしくお願いします、佐岳さん」

「堅苦しい挨拶は大丈夫だぞ、君!フランクに接してくれて構わない!」

 

 そうは言うが、ちょっと厳しいかもしれない。最初はいまいちピンとこなかったが、そういえばこの人はURAの人だ。自分よりもお偉いさんである。それに、敬語で喋るのはもう癖のようなものだ。矯正は難しい。

 

「すみません。これは癖のようなものでして……少し難しいです」

「そうか……まぁいい。さほど重要なことじゃないからな。それにしても、君に会えるとはな」

 

 先程から気になっていたが、佐岳さんは自分のことを知っているのだろうか?僕の噂を聞いたことがあるような反応をしているけど。

 

「失礼を承知で伺いたいのですが、私のことをご存じなのですか?知っているような反応でしたが」

 

 佐岳さんは目を丸くして驚いた後──大笑いした。うん、そんなにツボに入ったのかな?

 

「そりゃあ勿論!君のことはURAでも有名だよ?史上最年少という肩書を引っ提げているだけじゃなく、最初の担当ウマ娘を無敗の三冠ウマ娘に導いたトレーナー!その手腕は、URAでも大きく話題になっているからね!」

「そんなに、ですか?無敗の三冠ウマ娘のトレーナーといえば、シンボリルドルフのトレーナーさんなどがいると思いますが」

「シンボリルドルフのトレーナー……天城(あまぎ)君のことか。確かに彼も有名だが、それでも無敗の三冠ウマ娘のトレーナーというのは絶大なネームバリューがある。自分が思っている以上に、君は有名だよ。覚えておくといい」

 

 そんなに有名なのか、僕。……いや、冷静に考えればそうか。最初の担当ウマ娘で無敗の三冠に導いたんだから。我ながらちょっと恥ずかしい質問をしたな。佐岳さんが大笑いするのも頷ける。

 

「それで、高村トレーナーは今日はどのようなご用事で理事長室に来られたのでしょうか?」

 

 おっと、そうだった。早速話すとしよう。

 

「すみません、実はVRウマレーターのことで少し」

「VRウマレーター?もしかして、申請でしょうか?」

「……そうですね。申請です」

 

 うん、さすがに言いにくいものがあるね。凱旋門賞を見据えたいのでVRウマレーターを1つ独占させてくださーい、なんて言えるはずもないだろう。

 

「それでしたら、事務室で申請ができますが……わざわざここに来たということは、なにかあるわけですね?」

 

 たづなさんの目が鋭くなる。勘が良いな、たづなさん。

 意を決して、口を開く。自分の目的を。

 

「実は、とあるレースを見据えたくて。そのためには、VRウマレーターの使用が必要不可欠なんです。それも1日1回、限られた時間だけじゃ無理なことが」

「……」

凱旋門賞……世界最高峰の舞台を勝つために、VRウマレーターの使用を許可して欲しいんです」

「「「ッ!」」」

 

 驚いた表情の理事長達。う~ん……やっぱりダメだろうな。そりゃ一個人のワガママが許されるわけがない。まぁ100%断られるだろうと思っていたから問題はないか。

 と考えていたのに、返ってきたのは意外な反応だった。

 

「……どうして、凱旋門賞を目指そうと思ったんだ?」

 

 そう切り出したのは佐岳さん。どうして凱旋門賞を目指そうと思ったか、か。

 

「担当ウマ娘が目標へと至るため──そのためには、世界中から強豪が集う凱旋門賞を目標に据えることが最適だと判断しました」

「ほう?クラシック三冠やシニア級……宝塚記念やジャパンカップでの戦いではなく、か?」

「はい。強い相手と戦うのであれば、日本だけではダメだと思いました。世界を相手に戦ってみるのが、担当ウマ娘の目標に適していると、私はそう思ったんです」

 

 アグネスタキオンの目標でもあるウマ娘の限界速度の果てへと至ること。強い相手は多いに越したことはない。日本だけじゃなく、海外の強いウマ娘と競い合うことで、アグネスタキオンはさらに上へと進むことができるだろう。

 重い沈黙が支配する理事長室。どんな言葉が返ってくるのか、ドキドキしている。心臓がうるさいくらいに鳴っている。刑の執行を待つ囚人の気分だ。

 沈黙を破って返ってきたのは、佐岳さんの鋭い視線。こちらを試すような、睨むような目だ。

 

「──本気、なんだな?君は本気で凱旋門賞を獲ろうとしているのか?」

 

 佐岳さんの言葉。僕は、即答する。

 

勝たせます。それが担当ウマ娘のためですので」

 

 長い沈黙──にはならなかった。佐岳さんの笑い声が理事長室に木霊する。

 

「アッハッハッハ!成程ねぇ。果たしてこれは自信か、それともただの蛮勇か……気になるところだ!」

「……けど、さすがにダメですよね?他のウマ娘だっていますし、自分のワガママでVRウマレーターを独占させてくれだなんて」

「まぁそれはそうですね。残念ながらダメです」

 

 手で小さくバツを作るたづなさん。分かってたことだ。

 

「すみません、わざわざお時間を取らせてしまって。今回のお話は忘れてください。失礼します」

 

 一礼して部屋を退出する。申し訳なさそうにしているたづなさんの表情が目に入ったが、元々はこちらのワガママだ。こっちが謝る側だろう。

 仕方がない、限られた時間でできることをやろう。VRウマレーターの利用時間ギリギリを攻めて……いや、たづなさんに怒られるだろうから止めた方が良いな。

 

「……やれるだけのことはやるか」

 

 理事長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 高村が退出した後、佐岳メイは表情を柔らかくする。

 

「ハハ、無敗の三冠の次は、凱旋門賞を目指している、と来たか。確かに凄い新人だな、やよい」

「うむっ!ウマ娘想いの良いトレーナーだ!」

 

 メイの言葉に満足げに頷くやよい。だが、メイは表情を厳しくする。

 彼女は知っている。凱旋門賞に挑むのがどういうことなのか。世界最高峰の舞台と呼ばれた場所、そこで勝つのがいかに難しいのか。メイは知っていた。

 

(惜しいな……もう少し経てば、プロジェクトL'Arcが発足するというのに。本当に、惜しい)

 

 実はメイがここに来たのは、とあるプロジェクトの打ち合わせをするためだった。その名もプロジェクトL'Arc……凱旋門賞を目標に据えた、海外挑戦の一大プロジェクトだ。もしプロジェクトが始まっていれば、彼らはすぐにでもメンバー入りしただろう。

 しかし、()()()()()()。資金も設備もメンバーも、なにもかもが足りない。

 

(もしかしたら、彼らならば……そう思わずにはいられないのに!)

 

 自信に満ちたあの発言。

 

「勝たせます。それが担当ウマ娘のためですので」

 

 メイを真っ直ぐに見据えて言い放ったあの言葉が、頭に残り続けていた。まるで勝利を確信しているような、凱旋門賞を獲ることは約束されているような、そんな自信に満ちた発言。

 今まで見てきたことはあった。彼のように、凱旋門賞を勝つと意気込み……夢破れていった者達をメイは知っている。

 現実の見えていない新人の言葉と誰もが思うだろう。難しさを知らない、世間知らずだと誰もが思うだろう。それでも。

 

(彼は大真面目に言っていた。凱旋門賞を勝つと)

 

 新人の戯言と切り捨てることは、メイにはできなかった。

 

(……プロジェクトは間に合わない。けど)

「やよい。あたし様は決めたぞ」

「どうした、メイ」

 

 メイは決意の籠った瞳で宣言する。

 

「あたし様は──彼の可能性にかけてみたい。凱旋門賞を勝たせると言い放った、彼を支持しようと思う」

 

 プロジェクトはなくともできることはある。メイがこれまでに培ってきた知見を、彼に全て叩き込む。メイはそう決めた。あの新人の言葉に、かけようとしているのである。

 メイの言葉にやよいは──笑みを浮かべていた。

 

「……にしても、本当に死んだ目をしていたな。さすがのあたし様もビビったぞ。彼ちゃんと休めてるのか?」

「ご、誤解ッ!?我々は何も関与していないッ!トレーナー業はホワイトだぞ!?」

「いや、にしてもなぁ……」

 

 ついでに、メイも高村聖の目はちょっと気になったようである。




プロジェクトラークはない模様。
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