佐岳さんに会ってから数日が経過してすぐの頃。
「元気にしているかな?高村トレーナー」
「あ、佐岳さんおはようございます」
佐岳さんが自分のところに来てくださった。わざわざどうしたのだろうか?
「なぁ高村トレーナー。君は凱旋門賞を目指すと宣言したね?」
「……そうですね。自分は凱旋門賞を目指します」
「けど、専門的な知識は不足しているはずだ。だから、このあたし様がアドバイザーになってやろうと思ってね」
佐岳さんがアドバイザーに?それは凄くありがたいことだけど、良いのだろうか?
「自慢じゃないが、あたし様は凱旋門賞への造詣は日本じゃ一番だって自負している。必ず君達の役に立つはずだ」
「佐岳さんがアドバイザーになってくれるのはありがたいのですが……いいんですか?」
「いいんだよ。理事長室で君の話を聞いていた時、とても真っ直ぐな目をしていたからね。君なら賭けてもいいかもしれない、悲願を叶えてくれるかもしれない。そう思ったんだ」
あたし様の勘だけどね、と照れくさそうに締めくくる佐岳さん。佐岳さんが凱旋門賞までサポートしてくれる、ってことか。それはかなりありがたいことだ。
(凱旋門賞のデータを洗い出すのは時間がかかる。でも、佐岳さんは凱旋門賞の知識は随一だって本人が断言している)
彼女の言葉は嘘じゃないだろう。だから佐岳さんというアドバイザーが協力してくれるのは、アグネスタキオンの目標に大きなプラスとなるはずだ。
こちらに手を差し出す佐岳さんの手を取り、握手をする。
「よろしくお願いします、佐岳さん」
「あぁ!よろしくな高村トレーナー!凱旋門賞制覇に向けて頑張ろう!」
こうして、新たな協力者を得てスタートをすることになった。
とはいっても、まず迎えるのは夏合宿。ジェンティルドンナが加わっての初の合宿だ。
「さぁッ!今度こそは水上バクシン理論を完成させますよッ!委員長に続けーッ!」
「毎年やってますね!?いい加減「バクシンバクシーーーンッ!見事海上を走ってみせますよー!」あぁ!またバクシンオーさんが海の上を……海の上を!?」
「おぉ、ついに走ったねぇ。これは凄い」
「……何をしていますの?あの方は」
呆れた視線を送るジェンティルドンナ。うん、初見だとそうなるよね。でも毎年恒例みたいなものなんだ、バクシンオーのアレは。というか、ついに海の上を走れるようになったか。どういうことなの?
「ハーッハッハッハッハ!バクシンは全てに通ずッ!不可能などありませんッ!これが水上バクシン理論ですッ!」
「す、凄い!本当に走れてますよバクシンオーさん!」
「……私もやるしかない!できることが証明された今、臆する理由など無し!」
「落ち着きたまえよドゥラ君……もう遅かったねぇ。そしてドゥラ君は沈んだねぇ」
海上を走っているバクシンオー。それはいいんだけどさ、どうやって戻ってくるの?
「さぁ!後はこのまま……このまま……このままどうしましょうか!」
「えぇ!?何も考えてなかったんですかぁ!?」
「海の上を走ることばかりで何も考えていませんでした!それにこれ、アレですね!さては脚を休めている暇がありませんね!?」
今更気づいたんだ。そりゃ脚を止めたらそのまま海にドボンだからね。早いところ砂浜に戻ってこないと、力尽きることになるよ。
「す、水上バクシン理論は完成しました!後は私の遺志を継いだ誰かがガボボボ……」
「ば、バクシンオーさぁぁぁぁぁぁん!!??」
「やっぱり沈んだねぇ。ま、そうなると思っていたが」
最終的にバクシンオーはドゥラメンテと同様に沈んでいった。そんな気はしてたよ。
「全く、バカなことをやっていますのね」
「おやぁ?君はやらなくていいのかい?君ならば、モーセのごとく海を割ることぐらいはできると思うが」
「……考えたことがありませんでしたわね。少し、やってみますか」
「待ちたまえ。私が悪かったから止めてくれ。君まで
この後ジェンティルドンナがモーセよろしく海を割ることができたのかは割愛しておく。少しだけ触れておくなら。
「……次はもっと長い時間割れるようにしたいわね」
と、恐ろしいことを考えていた。
夏合宿中は色んな子達と合同でトレーニングもやったりした。
「やぁ。今日は我々と一緒にトレーニングをしないかい?丁度練習パートナーを探していてね」
「シンボリルドルフか。うん、こちらからお願いしたいぐらいだよ」
「お互いに実りのあるトレーニングにしよう」
シンボリルドルフ達とトレーニングをしたり。というかアレだ。マンハッタンカフェのお友だちさんが僕の頭の上に乗ったりして楽しそうにしていた。
〈~♪〉
「フフ、楽しそうだね、アナタ」
「僕はいまだに仲間だと思われているのか」
こっちはちゃんと生きているんだけどね。それはいいとして、だ。
「さてさて、会長。私がやりたいことはただ1つだ……私との併走で領域を使いたまえよ」
シンボリルドルフとの併走で、アグネスタキオンがそんな提案をしていた。
領域というのは、限界の先の先、自分の力を100%引き出すものだ。時に自分さえも知らない剛脚を生み出すこともあるらしい。時代を創るウマ娘が必ず通ってきた道、それが
そんな力を併走で出してくれとアグネスタキオンは言い放った。シンボリルドルフは目を細めている。アグネスタキオンの意図を探っているようだった。
「……ほう?それは何故だい、アグネスタキオン」
「決まっているとも。私の目的には領域に至ることが必要不可欠。だが、それはそれとして他者の領域も気になるところだ。サンプルは多ければ多いほどいい……委員長君だけではない、君のサンプルも貰っておきたいのさ」
怪しげな笑みを浮かべるアグネスタキオン。対するシンボリルドルフは無言ながらも強大な圧を放っている。まともなウマ娘ならば倒れかねないほどの。
「あぁ勿論。テイオー君も領域を使いたまえ。遠慮はいらない、私の実験に協力してもらおうか」
アグネスタキオンの視線はトウカイテイオーにも向けられる。トウカイテイオーは──笑っていた。
「別にいいけどさぁ……折れないでよ?」
「あぁ。領域を使うことに異論はない。だから──折れてくれるなよ、アグネスタキオン」
笑顔でアグネスタキオンに圧をかける2人。アグネスタキオンは狂ったように笑う。
「アッハハハハハ!そうでなくては面白くない!さぁ、本気を見せたまえ!そして私の実験に付き合ってくれたまえよ!」
「いいだろう。絶望してくれるなよ?」
「自信満々じゃ~ん。ま、いいけどさ」
「いやぁ、楽しみだねぇ!委員長君以外の領域を直に体験できるまたとない機会だ、よいサンプルが増えるよ!トレーナー君、しっかりと記録したまえ!」
「分かってるよ」
シンボリルドルフ達との併走は余すことなく記録した。アグネスタキオンは併走後、疲労困憊で倒れ込んでいたが、満足げな表情を浮かべ。
「ハーハッハッハッハ!とても素晴らしい体験だった……!私の実験は、更なる高みへと至るだろう!」
「とても満足そうにしていますわね……理解できませんわ」
「まぁ、アグネスタキオンはこういう子だから。ひとまずアイシングするから、脚を出してアグネスタキオン」
「おっと、そうだった。よろしく頼むよトレーナー君」
今回の実験を喜んでいた。
そして夜。夜だと合宿所でご飯が出るんだけど。
「というわけでトレーナー君。晩ご飯を出したまえ」
何故かアグネスタキオンが僕のとこに来ていた。なんで?というかそんなもの無いけど。
「いや……ないけど」
「えーっ!?それはどういうことだい!?」
アグネスタキオンはご立腹だった。耳を絞り、尻尾を逆立たせてこちらを睨んでいる。
「どういうこと、って言われてもね。合宿所で出るでしょ?」
合宿所でみんなのご飯は出るはずだ。僕が作る必要ある?僕だって宿舎のご飯を食べるつもりだったし。
「知らないよそんなこと!私のご飯を作るのは君の役目だろぉ!?」
「……まぁ、確かに今まで作って来たけども」
「そうだろう?だから、この合宿でも君が作るべきなんだよ!ほら、早く出したまえ!早急に!」
「さっきも言ったけど、作ってないよ。僕だって宿舎のご飯を食べる予定だったんだから」
言い訳を並べるけど、アグネスタキオンが納得するはずもなく。要求はエスカレートしていった。
「はーやーくー、はーやーくー!私の晩ご飯を作ってくれよぉ!」
「……分かったよ。厨房にいって器材を借りれないか頼んでくるから。だからもうちょっと待ってて」
「早くしたまえよ!私はもうお腹がペコペコなんだ!」
この後厨房にいって料理を作る。アグネスタキオンは満足げな表情で帰っていった。
(まさか、合宿中ずっと来るつもりじゃないよね?)
「……手は打っておくべきか」
「君も大変だね……聖君」
シンボリルドルフのトレーナー、天城さんに慰められながら、今後はご飯を作っておくべきだろうと認識することになった。というか朝も来るだろうな、あの調子だと。
◇
アグネスタキオンの合宿は、基本的に併走が中心だった。それも、ドリームトロフィーで活躍するようなウマ娘との。
「おう、ウチもか?」
「そうだよタマモ君。あぁそうだ、君にはもう一つ聞きたいことがあってねぇ……」
「なんや怪しい実験に付き合わせるつもりやないやろな……?」
基本的には領域を使っての併走。色んなウマ娘の領域を体験することで、己の糧とするアグネスタキオン。僕は基本的に記録をつける。
「毎日凄いですね、タキオンさん。あたしも見習わないと!」
「その意気ですよキタさん!さぁ、夕日に向かってバクシンしましょうッ!バクシンバクシーーーンッッ!」
「はい、バクシンオーさんッ!バクシンバクシンワッショーイ!」
「まだ夕日は出ていませんわよ。というか真昼間ですわ」
他の子達は基礎トレを中心に。充実した合宿を過ごしていた。
そしてあっという間に合宿の終わりがやってくる。帰りのバスで考えるのは、アグネスタキオンの次走。
(やっぱり、ホープフルステークスに直行になるんだろうな)
アグネスタキオンはあまりレースを使いたがらない。それがどういうことかは分からないけれど、このままだと他のレースを使わずにホープフルステークスに出走することになるだろう。
「ま、直行でも問題はないか。次のレースに向けて、やれるだけのことをやっておこう」
アグネスタキオンの次走を考えながら窓の外へと視線を送る。綺麗な海が見えていた。
タキオン「私を置いていくなアアアア!(ジェンティルドンナまでボケに回ったらツッコミがいなくなるだろ!)」