エリア2でアオアシラの真似をして魚を採って食べていると、不意に風に乗って嗅ぎ慣れない匂いが漂って来た。
ログハウスが完成したカンナが朝食でも作ったのかと最初は思ったが、食べ物の匂いではない。食欲を奪うような匂い、獣臭い匂いだ。
この森で今まで相手にしてきたどの大型モンスターとも合致しない匂いであり、新たな大型モンスターが発生したと私は断定。
いきなりダッシュしては相手に逃げられると思って忍び足で匂いが漂ってくる方向に向かっていると、今度は閃光玉が炸裂して放つ閃光が暗い森の中を駆け抜けた。
続けて、微かな銃声とカンナの怒鳴り声。どうやらカンナは私が作り方を教えた閃光玉と拳銃を用いて、ログハウスまでやってきた大型モンスターを相手取り始めたらしい。
(ログハウスには私の匂いをたっぷり塗り付けたのに来たってことは、余程腹ペコってことだよね)
カンナが相手を始めてしまったとなればのんびり忍び足なんかしていられない。
木々を薙ぎ倒しながら全力疾走し、嗅ぎ慣れない匂いの主を追跡した。
ログハウスには私が入念にマーキングを行い、私の匂いをこれでもかと塗り付けてある。
昨晩もカンナが寝る前、そして寝た後にも3回ばかり体を擦り付けて匂いを入念に塗り付けたというのに、カンナを襲っているモンスターはログハウスまで来た。
(そしてこの足跡だ。奴だな)
立ち止まりはしないものの、移動している閃光と銃声を追う最中で地面に刻まれた足跡を視認して襲撃者が誰なのかは察する事が出来た。
嫌な読みほど当たるものだ。この森大丈夫かなぁなんて思った数日後にこのザマだ。
やっぱりこの世界いずれ滅びるんじゃないかなぁ……
そんなことを考えながら追跡を続けていると、仰向けに倒れるカンナと彼女を追い詰めている襲撃者の姿を遠目に視認した。
狩人とも呼ばれるだけあってジンオウガは視力も良い。暗い木々の中にいるのにその姿をはっきりと視認することが出来るのだから。
(やっぱり……)
健啖の悪魔、恐暴竜イビルジョー。
高すぎる新陳代謝が常に強烈な飢えを引き起こし、世界各地を転々としながら生態系を破壊してしまう程にモンスターを食い荒らす古龍級生物。
しかもあれ、特殊個体の怒り喰らうイビルジョーだ。カンナの抵抗に余程腹を立てたのか口から龍属性ブレスが漏れ出ている。
初級の大型モンスターばかりと戦っていたらいきなりストーリー終盤に出てくる大型モンスターと鉢合わせた。
これがゲームならクエストリタイアするなり救難信号を出すなりやりようはあるが、この世界は現実。
そんな好都合なものは無いし、何よりもカンナの身が危ない。
「ガルルルルルル……」
人間の私の精神だけなら恐ろしくて動けなかったかもしれない。しかし今の私にはもう一つ、ジンオウガとしての精神も持ち合わせている。
角折れ一生童貞タイガーこと怨嗟響めくマガイマガドに真っ向勝負を挑み、ヌシ化すればあのアマツマガツチにも喧嘩を売るような気高さと荒々しさを兼ね備えるジンオウガの魂。
それが私の体を動かし、イビルジョーに奇襲を仕掛けるとかいう基地外ムーブを可能にしてくれた。
数発こちらが先制して食らわせてやり、私とイビルジョーは睨み合う。
(許さない)
仮にこのイビルジョーが私よりもずっとずーっと古くからこの世界に転生して生きてきた元人間だったとしても、だ。
このクソボケブチ切れゴーヤを生かしてはおけない。私の推しキャラ……というかもはや推しキャラを通り越して一人の仲間、家族として見ている彼女をコイツは食おうとした。
絶対に許さない。殺そうとしたことも食おうとしたことも全て許さない。
全てだ。全て、全て全て全て全て!!!
(殺してやる)
水浴びを終えた犬のように体を左右に振り回し、帯電毛が纏っていた静電気を周囲へ散らす。
それを目印に雷光虫たちが周囲の木々の隙間、葉の裏、草の根から飛び立って集まって来てくれる。
集まり、静電気を受け取って超電雷光虫へと進化し、私に力を貸してくれる。
全身に力が巡る。蓄電殻が展開し、角の先から尾の先端にかけて痺れるような感覚が伝わっていく。
(絶対に殺してやる)
カンナを怯えさせてしまうかもしれない。彼女に嫌われるのも恐れられるのも私としては悲しいが、そんな保身を考えるつもりも最早無い。
殺意が溢れてくる。とめどなく、際限なく、私の体にネガティブな力を与える。
こんなに怒ったのは初めてか、あるい力が上手く抑制出来ない子供の時以来だ。
「
ありったけの殺意を込めた雄叫びを放ち、イビルジョーに向けて突進する。
イビルジョーを攻略する上で警戒すべきことは強酸性の唾液と凄まじい咬合力、龍属性ブレスがあるが何よりも危険なのはディアブロスの突進を真っ向から受け止めてしまうその馬鹿力だ。
属性を操ることに長ける古龍種の中でその馬鹿力と腕っ節だけで暴れ回るネルギガンテと張り合い、同じく古龍級生物である金獅子ラージャンと互角の殺し合いを演じられる奴の馬鹿力は決して軽視出来ない。
私はジンオウガの中でも相当に大柄だ。カンナの部下が興味本位で行った測定が正しければ角の先端から尾の先端までで2300cmとちょっと。つまり23m数cmだ。
金冠サイズが小さく見えるほどにでかい。それでもイビルジョーが完全に警戒している状態での力勝負では、私が負けると思うのが普通。
(それがどうした)
真っ向から力勝負を挑むつもりは毛頭無い。奴の得意領域で相手をしてやろうなんて思いはしない。
私はコイツを殺すまでだ。形はどうであれ殺してしまうのだから力関係がどうだのは関係無い。
「グゴアァァァァァァァァァァァァーーーッ!!!!!!」
巫山戯るな、と言うかのようにイビルジョーも吠えて突っ込んでくる。
真っ向勝負を仕掛けてくる、そう思っているのだろう。
馬鹿なヤツだ。生態上仕方が無いとはいえ私を食うことしか頭にない。
激突する寸前、頭を振り上げて噛み付こうとしてきたイビルジョーの頭を掬い上げる。私という獲物の姿を強制的に視界から喪失させて、同時に突進ルートも若干逸らす。
同時に真横を通り抜け、すれ違いざまに左足を左前脚の鉤爪で切り付ける。
(浅いっ!)
ドスジャギィやオサイズチとは格が違う頑丈さの鱗と弾力の皮膚が鉤爪を受け止め、威力を落としてしまう。
この感じだと数十回は切り付けなれば切り落とすことは叶わないだろう。
なら次、別の作戦だ。
「ガグッ!?」
尾をしならせて切り付けた左足に引っ掛け、転倒させる。巨体故に受け身も取れず転倒したとなれば、それなりに肉体にはダメージが入るはず。
前方につんのめるようにして転倒したイビルジョーの尾に食らいついて、突進の勢いのままに引きずり回す。
自分の尾は反り返らせて背中に乗せて、噛み付かれないように対策している。
ガリガリと音が聞こえる。あの小さな前足を地面に突き刺して止めようとしているんだろう。
「ガァァァヴッ!」
抵抗せずとも放してやるよ。
疾走する勢いのままに首を乱暴に振って、力任せにイビルジョーの巨体をぶん投げる。バカでかいゴーヤが木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく姿は爽快だ。
まさかぶん投げられるなんて思いもしなかったんだろう。受身を取ることも出来ずに激しく地面を転がるイビルジョーに、近場に生えていた木の幹に噛み付いて引き抜きながら突進。
奴の口から龍属性ブレスが漏れている。私を迎撃するつもりだ。
イビルジョーのブレスの吐き方はあまり知識のないフロンティアを除けば
①薙ぎ払うタイプ
②直線状に吐くタイプ
③暗黒盆踊り
④直下ゲロタイプ
例外 罠にはまった時の直線状タイプ
この5つくらいだ。これ等の存在を念頭に置いて、システムに支配されているのではなく実際に生きるイビルジョーだからこそ出来る第5、第6のパターンの存在を考慮しなければならない。
(引き付けろッ!)
突進はやめない。生きている相手だ、攻撃を始める前に動くとそれに対応した行動をしかねない。
ブレスなんて隙だらけな攻撃、避けられないのは勿体無い。
ギリギリまで引き付ける。私が武器を持っているせいで、イビルジョーも『ブレスを吐くふりをして引き付けたところを襲う』なんて真似は出来ない。
引き付けてしまえば、私の
「グルルル……ゴアァァァァァァッ!」
吠えながら、イビルジョーはお得意の龍属性ブレスを直線状に吐き出してきた。
突進したままサイドステップをし、これを回避。今度は薙ぎ払うようにしてブレスを当てようとしてくるけど、それはサイドステップと跳躍を組み合わせて飛び越えた。
2度も回避されたとなればイビルジョーもご機嫌ナナメ、無理やりにでも当てようと頭を上下に振って波打つブレスへと変化させて来た。
やはり生きている個体だ、必要に応じてアレンジを加えてくる。
でも、だからこそ突ける隙がある。
横薙ぎブレスを回避した跳躍を踏まえてこれだけ波打たせれば当てられると読んだのだろうが、私はあれを本気で避けたのではない。
「グルルル……ガアアウッ!」
本気で地面を蹴り、高く跳躍する。木々をも容易く飛び越え、イビルジョーが少し小さく見えるくらい高く。
そんな高度から全力で首を振り、加えていた木をイビルジョー目掛けでぶん投げた。
空を切り裂きながら突っ込んで来る木を無視するほどイビルジョーは馬鹿な生き物じゃない。
なら回避するか、それもない。馬鹿ではないが馬鹿な生き物、それがイビルジョーだ。
迎撃しようと直線状ブレスを木に目掛けて照射。ただの木では打ち勝てるわけがなく、ブレスを受けて木っ端微塵になる。
それでいい。囮になってくれたお陰で、時間を稼げた。
「ア”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ンッ!!!!!!」
雷光虫たちを空中で呼び集め、超帯電状態に移行。
あのラギアクルスともタメを張る電力を、今の私は扱える。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァヴッ!!!!!!!!!!」
殺意を込めた渾身の雄叫びを放ち、イビルジョー目掛けて背面ボディープレスで落下する。
木へ注意が向いたせいでイビルジョーは対応が遅れた。
いくら馬鹿力古龍やサイヤ人モドキキンキラゴリラとやり合える怪力の持ち主だろうと、電撃を纏いながら重力に従って自由落下をぶちかましてくる23mもの巨体を受け切れねぇだろ!
落下している最中も電撃を放出し続け、迎撃として放たれる龍属性ブレスを掻き消す。
モンハン世界の龍属性には他属性を掻き消してしまう効果があるが、今のイビルジョーは横っ腹に角を刺されて全身ボコボコに殴られてんだ。出力が落ちている。
「グガッ、ガァァァァァ!?!!」
放出していた電撃を一つに纏め上げ、稲妻としてイビルジョー目掛けて打ち下ろす。
痺れたのだろう。苦しそうな唸り声が聞こえてくる。
(潰れろっ!)
数秒の自由落下の後、背中から伝わってくる固い感覚とズドンッ!という鈍い音。
最初のほんの一瞬だけはイビルジョーも落下してきた私を受け止め切れたようだが、足に負った傷が受け止め続けるのを許さなかったみたいだ。
ガクッと体の位置が下がり、イビルジョーが地に伏した。
完全に入った。完璧な一撃だ。
(まだだッ! まだ
でも足りない。背中越しにもイビルジョーが持つ桁違いな力強さと、それを裏付ける激しい拍動が伝わる。
むしろ、これからが本番って所だろう。生態系を破壊して古龍に喧嘩を売るだけはある、イカれたタフネスだ。
背中に乗り続けるのも危険だ。さっさと降りて、立ち直される前に離れる。
距離を取り終えた私の前で、ゆっくりとイビルジョーは立ち上がる。
龍属性ブレスが溢れ出て顔面を覆い隠し、その向こうで煌めく赤い双眸をこちらに向けながら。
「グルルル………」
私を餌ではなく『敵』と見なしたらしい。低い唸り声を放ち、睨んでくる。
上等だよ。ハナから私はてめぇを敵として見てるんだ。
むしろ遅いくらいだ。
「
さぁ、第2ラウンドといこうか!