ジンの甲殻が食い千切られ、鉄臭い大量の鮮血が噴き上がる。
大怪我なんてものでは無い。鎧を剥がされるのと同時に皮膚を剥がされるようなものであり、その痛みは想像しようがない。
「ジンッ!」
名前を呼んだところで意味なんてない。私の声に痛みを和らげる効果なんてない。
分かっていても、ジンが傷つくのを見て黙っていることなんてできなかった。
「〜〜〜ッ!!!!!」
声にならない悲鳴を上げてジンが硬直している。あのジンが、極度の痛みで動けなくなっている。
「がるるあぁっ!」
竜が勝ち誇ったように声を上げた。忌々しいが、勝ち誇るに足るだけの傷をコイツはジンに追わせている。
誰がどう見たってこれは致命傷だ。深い傷を付けられ、その果てには傷諸共に甲殻と肉を食い千切られる。ショック死してもおかしくない痛みに襲われているはず。
「〜〜ッガアアアアアアァァァァァッ!!!!」
「ギャヴッ!?」
襲われているはず……それなのに、ジンは止まらない。
痛みを堪え、怒りを爆発させるような咆哮を放ちながら動いていた。
勝ち誇り、食い千切った甲殻と肉に一瞬だけ注意が向いていた竜の首筋に間合いを詰めて噛み付く。
機敏な動きをするのに欠かせない前腕の片方を封じられているのに、それを強引に動かした。
回避行動をとる度に痛みで呻いてしまう程の大怪我を負わせられ、更にそこを食い千切られておきながら、ジンはまだまだ諦めていなかった。
「ヴア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!」
噛み付いたまま、首筋に電撃を流し込んでいる。肉体をどう動かすかを決める司令塔である脳に可能な限り近い場所から電撃を流し、脳を破壊しようとしているのだろう。
(誘っていたってことなの!?)
ジンは竜の喉や首を狙っての攻撃が多かった。
食い千切る事が出来ればそのまま即死させられるし、食い千切れずとも傷付けられれば継戦能力の大幅削減や危険極まりない大声での攻撃を封じることが出来る。
激突した時に竜が放った咆哮も、ジンは張り合うように咆哮を放って掻き消しにかかった。
不自然だが、まるでこの竜が
大声が私とシロコにとって防御不能で即死クラスの技になることも知っていたように。
大声が武器になることは本人が1番よく理解している。首や喉を狙われて傷を負わせられてしまうと武器が奪われることも同様に。
ジンは首への噛み付きや喉元もしくは胸部への打撃といった大声を放つのに欠かせない部位への攻撃を徹底していた。
他の部位を攻撃している際にも頭や喉を押さえ付け、主目的の部位よりかは弱いもののダメージを与えていた。
そうやって武器となる部位への攻撃を徹底する接近戦を押し付け、竜にこのまま接近戦を押し付けられ続けることへの危機感を抱かせる。
そして敢えて飛ぶ斬撃を放つように
(斬撃と咆哮以外に武器になるとしたら尾と鉤爪と牙くらいなものだけど……それはリスク極大のギャンブルみたいなもの!)
斬撃を当てて身動きを封じてしまえば、竜から見ればあとはトドメを刺すだけ。
武器になるものの候補として挙げた三択のうち、尾はトドメを刺す武器にはなりにくい。
鉤爪による喉元や心臓への攻撃も有り得たが、竜は一度ジンに前腕を噛まれて電撃まで流されている。あの痛がり方を見れば電撃を苦手とするのは火を見るより明らかで、同じ轍を踏む恐れのある行為は竜としてもやりにくいだろう。
牙も噛み付いたところに放電を合わせられればカウンターとして成立してしまうが、奴はジンと交戦しながら私とシロコを食べようとした。
最初にとっ組み合う形になった時もいきなり至近距離で咆哮を浴びせるのではなく、噛みつきを狙いに行った。
殺してから食うのではなく、食う過程で殺そうとしてきた。
新陳代謝を維持する為にも莫大なエネルギーが必要だからなのか、元からグルメな種族なのかは分からないがこの竜は『食べる』という行為に対して強い執着があると考えられなくもない。
だがこれは賭けだ。傷を負い、食い千切る事が可能な有り様に意図的に成ることで相手から間合いを詰めてくれる行動に誘い込む……賭けに負ければただ不必要な怪我を負うだけだ。
「グゥッ!」
顎を狙った鉤爪による引っ掻きが命中し、深い切り傷が刻まれる。直撃の衝撃で噛み付きが緩まり、そこに合わせて首を振り回されたことで抜け出されてしまった。
苦手と見える電撃を浴びていながらも、その一撃はまぐれ当りではなくしっかりと狙って当てているのが分かった。
首に噛み付かれ、電撃まで流し込まれる。ラプトルたちが竜によって刻み込まれた『死に対する恐怖』が、竜にも刻まれたであろう痛烈な一撃だ。
距離を取る為のバックステップを放つ予備動作、体を軽く屈める動きが見えた。
再び距離を取って斬撃を放つつもりなのだろうが、既に仕留めに掛かっているジンはそれを許さない。
左前脚を右前脚で踏み付けてバックステップを潰し、再度放電。竜の姿が金色の雷に呑み込まれた、そう思わせるほどに激しい光とスパーク音に包み込まれる。
「グガ、グググガガガガガッ!」
スパーク音に紛れる竜の声。痙攣し、やけにビブラートがかかった声だった。
放電が止まり金色の光が消える。竜はバックステップの予備動作の姿勢のまま肉体を小刻みに震わせ、麻痺を引き起こしている。
V字トサカのラプトルを仕留めた時と同じ、電撃による麻痺だ。
「ガウッ!」
酷い傷を負っている左前脚を振り下ろし、竜の頭部を殴打。
V字トサカのラプトルなら容易く叩き潰せたが、傷の具合と龍の骨の頑丈さが今回はそう上手くは行かせない。
痛みを伴うはずのその攻撃を仕掛けた理由は、頭部へ少しでもダメージを与えるのと同時に押さえ込む為だった。
麻痺により肉体の自由が奪われている竜は力の入らない左前脚でも容易に押さえ付けられ、腹這いに。
そこに三度目の放電が放たれる。またしても視界が金色一色に染め上げられたが、今度は少し違う。
竜の声が聞こえない。麻痺に襲われている間も震えた声で呻いていたのに、その声がピタリと止んでいる。
そして同時に、肉が焼け焦げたような嫌な匂いが鼻をつく。
入念に、声も聞こえなくなったのにも関わらず『確実に殺し切る』という強烈な殺意を感じさせる長時間の放電が止まった。
金色に埋め尽くされていた視界がクリアになる。竜はどうなったのか確認する為に見下ろすと、ジンの下に倒れ附していた。
「……仕留めた?」
噛み付いていた場所にはくっきりと歯型が残され、牙を通して電撃が流し込まれたのか焼け焦げている。
竜は白目を剥いて沈黙しており、開かれている口の中からも鉄臭い黒煙が上がる。角で喉の中を突き刺した際に傷口から流れ出た血液が、電撃によって焼け焦げたのだ。
左前脚の甲殻を食い千切られてから、あっという間の逆転劇。
徹底的に弱点部位への攻撃を集中させ、相手の行動を誘導し、自分の体を傷付けてまで、ジンはこの竜を仕留め切って見せた。
「ハァ……ハァ…あぐっ、づっ、ハァ…ハァ……」
下手をすれば失血多量でショック死を引き起こしかねない危険な作戦を乗り越え、ジンは荒々しくて不規則なリズムの呼吸を繰り返している。
とはいえ、勝ちは勝ちだ。竜は仕留められ、大きい傷を負ったものの生き延びることが出来た。
肩の荷が軽くなったような気分になる。
「ジン、お疲れ様」
労いの言葉をかけても、何も答えない。激痛に耐えているのかまだ気が立っているのか、どちらであっても無視されたとて仕方ない。
やがてジンは仕留めた竜に背を向け、当初の目的地であるアビドス高等学校がある方向に向けてゆっくりと歩き出した。
左前脚を踏み出す度にジンの肉体は傾く。声こそ漏らさないが、相当な痛みに今も襲われ続けている。
どうにか治療、或いは応急処置が出来ないものかと近くに動物病院が無いかシッテムの箱で検索しようとした瞬間。
本当にほんの一瞬で、私たちの前後がクルッと入れ替わっていた。ジンが急に振り返っていた。
驚いた私が「どうしたの」と聞くよりも先に耳が拾う、バタバタと地面を踏み締めながら突進してくる音。
「ゴギュアッ、ガッ! ゴルアァッ!」
最後の気力を振り絞ったような掠れた雄叫びを放ちながら、絶命したはずの竜が大口を開けて突進してきていた。
「死んだはずじゃ!?」
あれだけの時間、頭の近くで電撃を流し込まれたとなれば脳が焼き切れていてもおかしくは無い。死んだフリをしていた、と考えるのには無理がある。
奇跡的に息を吹き返した、そうとしか思えない。死んだフリであれ奇跡的な蘇生であれ、今の傷付いたジンでは相手が出来ない。
逃走を指示しようとジンに視線を向けると、黙って竜が突進してくるのを待ち構えていた。
避けようとする気配も無く、身を屈めて静かに待ち構えている。
「ゴアッ、ゴギュルアアッ」
「ガヴッ」
やがてジンと竜が距離が近くなり激突すると思ったが、それはなかった。
ジンが頭を右上に振り上げて、振り下ろす。
竜の武器であった大声を奪った角がその動きに合わせて振り下ろされて、激突寸前の距離にまで迫っていた竜の左目を突き刺していた。
電撃を流すまでもない。右後頭部から貫通した角が顔を覗かせて、完全に仕留めたことを物語っている。
そこに電撃を流し込んだのか四肢が不随意的にばたつき、完全なトドメを刺したと理解した。
(凄い執念だ)
起き上がって、そのまま斬撃を飛ばすことだって出来たはず。
竜がそうしなかった理由は分からないが、恐らくは私たちを飛ぶ斬撃なんてものでは無く己の牙で噛み殺し、食い殺してやらなければ気がすまなかったのだろう。
傷ついた肉体を癒す為の糧とするためだったのかもしれない。食べるという行為に対して強い執着があると考えられる竜だから私たちを破壊し、切り裂いて、食べることを死ぬ瞬間までずっと考えていたのだろう。
ジンの執念も凄まじい。徹底的に弱点を狙い続け、相手を誘導して何度も電撃を浴びせる。
今の死亡確認もそうだ。容赦無く、徹底的にやっている。
角を引き抜いたジンが再度振り返りアビドス高等学校に向けて歩みを進める中、後ろを振り向いて竜の亡骸を見る。
竜の雄叫びが耳に焼き付いている。当分の間、ふとした拍子に思い出してしまいそうだ。
何の変哲もない住宅地が砂に呑み込まれかけている異質な光景を眺めながら、私は軽くため息を吐いた。
「がふぅ……」
竜を仕留め切り、ジンもようやく張り詰めていた気が緩められたのだろう。深いため息を吐き、体を震わせていた。
ウィンドスクリーンが噛み砕かれたせいで走ることは出来ない。
ゆっくりと散歩をするような足取りで、ジンは私たちをアビドス高等学校に連れて行ってくれるのだった。