狂犬が拾った雷狼竜、元人につき   作:ジンオウガを飼いたい

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番狼(ばんろう)

 黒見セリカがバイトを終えた所を襲撃するプランを立てていたカタカタヘルメット団だったが、アビドス高等学校に住み着いてしまった巨大な狼が彼女を守るようにキッチリと隣に立っていたせいで決行出来ずにいた。

 

 腕だけでも人間よりも長さ、太さ共に勝っている。あんなもので叩き付けられたり、鋼のような鉤爪で引き裂かれでもしたら絶命は免れない。

 だがカタカタヘルメット団とて依頼を受けている。兵器の供与も受けているのだから『ターゲットを守るボディーガードにこわくて作戦を決行出来ませんでした』では済まされない。

 

 故に作戦を変更。ターゲットが就寝した所でマンションを襲撃し、室内に睡眠ガスを散布してより深く眠らせた上で誘拐することにした。

 

「はぁっ! はぁっ! ま、まだ追ってきてる!?」

「だ、ダメだ追い付かれうわあああ!!」

 

 眠っている所を襲えば誘拐するなんて楽勝。そう思っていたカタカタヘルメット団構成員たちは現在、物音に気付かれないように遠くに停めていた誘拐用のトラックに向けて走っていた。

 

 走る時には邪魔となる銃を投げ捨てて身軽になり死に物狂いで走る彼女たちの背後。

 人が3人横並びで歩こうものならいっぱいになる細い裏路地を、周囲への被害を完全に無視して破壊しながら一切速度を落とすことなく猛追してくる巨大な狼がいた。

 

 まさかセリカのマンションの屋上に潜伏しているなんて、誰も想像していなかった。観察班からセリカが部屋に戻る前、狼も撤退していたのを確認していた。

 それなのに、狼は潜んでいた。カタカタヘルメット団の作戦を知っていたかのように、悟られることなく舞い戻って仕掛けられるのを虎視眈々と待っていたのだ。

 

 最初、二手に別れる作戦を立てた。片方が狼の気を引き、もう片方がその隙にセリカの身柄を押える。

 そのはずだったのに、狼が静かに甲殻を展開して金色の雷を身に纏う姿を見た瞬間に全員の頭から作戦が焼き払われた。

 

「うひゃあああぁあぁあああぁああぁああぁあぁあぁああぁぁああぁあぁあ!! 暗いよ怖いよおおおぉおぉおぉーーーーー!」

「たっ、食べられた! 逃げろ逃げろーーー!!」

 

 逃げている最中に恐怖で足がもつれ、逃げる速度が低下した構成員が狼に食べられた。

 頭からぱっくりと一口で口の中に閉じ込められ、閉ざされた口の向こうから聞こえてくる悲鳴に仲間たちの恐怖は更に増幅する。

 

 狼は一人を捕まえるとその場で立ち止まり、味わって捕食しているのかしばらく動かなくなる。

 恐怖に飲み込まれている構成員たちは立ち止まった後に何をしているのか確認する余裕すらも無く、車両を目指してひたすらに走る。

 

「ゴゴグルルルルル……うげぇ」

 

 立ち止まった狼は舌の上で転げ回らされた構成員を吐き出し、匂いを頼りに追跡を再開する。

 数分も立ち止まったのは追跡をする上で相当なタイムロスになるが、この狼の身体能力は既存の狼や軍用犬を比較対象として成り立たせない程にズバ抜けている。

 

 狭い裏路地であろうとも肉体を無理やりに突っ込んで追跡を続け、あっという間に追い付いて見せた。

 

「ウソ!? もう追いついてきた!」

「くっそおおぉぉぉぉぉ!」

 

 もうすぐで車両に辿り着ける。芽生えかけていた安堵感を踏みにじられた絶望と怒りと恐怖が伝播し、周囲に存在がバレないよう禁止されていた発砲を始める者まで現れてしまうほどに構成員たちは精神的に追い込まれていた。

 

 浴びせられる弾丸を、狼は避けない。肉体を包み込んでいる頑強な甲殻と鱗が弾丸を受け止め、弾き飛ばしてしまう。

 情けない音を出して弾丸が弾かれているのを理解していながらも、トリガーを引く指を離すことは出来なかった。

 

「何やってんだお前! 逃げるぞ!」

「うわあああああぁあぁあああぁああぁああぁあぁあぁああぁぁああぁあぁあああぁあぁあああぁああぁああぁあぁあぁああぁぁああぁあぁあ!!!!!!」

 

 受け止め切れない負の感情で肉体の主導権が失われ、止めようとする仲間の声すらももう届いていない。

 

 そうしている間にも狼はどんどん距離を詰めてくるし、銃声で周囲の建物で室内灯が灯り始める。

 このままこの場にいては自分たちの存在が露呈する。車両まで用意しているのを目撃されたとなれば、後々の活動で不利を背負いかねない。

 

「ぎゃあああああああああ!! ヌルヌルして気持ち悪いよおおおぉ〜!」

 

 また仲間が一人食われたのを見ながら、構成員たちは車両に乗り込んでエンジンをかける。狼は口の中に居る構成員に夢中で車両が走り出せる用意が整ったことにも気づいていない様子だ。

 

「逃げるぞ! 逃げ遅れても助けになんて」

『バカ前見ろ!』

 

 他の車両もエンジンをかけ終えて逃走の用意は整った。先頭にいる構成員がアクセルを踏み込もうとした瞬間、後方の車両から切羽詰まった様子の声が無線機越しに鳴り響く。

 

 その声の様子に驚いた構成員が前を向く。

 

 狼が居た。物音一つ立てずに車両の前へと立ち塞がり、上体を起こして右前脚を振り上げていた。

 

「ひっ」

 

 殺される。あんな腕で叩き付けられたらぺちゃんこに叩き潰されて死んでしまう。

 

 恐怖に声が漏れ、肉体が硬直してしまう。

 そこに、狼の腕が振り下ろされた。

 

 金属がひしゃげる音を伴いながら誰も乗っていなかった助手席側が真っ平らに叩き潰される。振り下ろした勢いとその絶大な力は車体を削り取り、その下にある硬いアスファルトを叩き割る程。

 

「グァヴゥ!」

 

 コンテナに噛み付き、車両を持ち上げて振り回し始める。

 運転を開始する上で欠かしてはならない『シートベルトを着用する』という当たり前のことさえ出来なかった構成員は、そのまま運転手席から落下していった。

 

 誰も降りてこないことを確認すると、狼は車両をアスファルトに叩き付けて完全に破壊。車両として再生することも難しいレベルにまで追い込むと、次の車両に襲いかかっていく。

 

「銃も効かない! 車で逃げることも出来ない! こんなのどうしろって言うんだよォ!」

 

 構成員たちは完全にパニック状態に陥っている。ハイビームで狼の目眩しを試みたりクラクションを鳴らして威嚇してみたりとあらゆる手を試すが、狼は止まらない。

 

 傍目を気にする余裕すら無くなっていた。闇夜をつんざく轟音に野次馬たちが集まってきており、ヘルメットを被った集団と巨大なモンスターが争っている異常な光景に見入っている。

 

「このっ、化け物がっ! これでも喰らえってんだよぉ!」

 

 一人の構成員がスクラップと化した車両のコンテナから何かを取り出し、肩に抱えて狼の前に立つ。

 

 ロケットランチャーだ。生物相手に使用するものでは無い代物を持ち出して、自分たちを襲うモンスターへぶちかまそうとしている。

 構成員たちからは歓声が上がった。弾丸が通じない相手でもこれなら殺せると、最後の希望に全てをかけた。

 野次馬たちはロケットランチャーが持ち出されたとなり爆発や爆風に巻き込まれまいと一目散に逃げ出していく。

 

「消し飛べ化け物おおおぉぉぉ!」

 

 引き金が引かれ、ロケット弾が放たれる。白煙を後方から吹きながら飛翔し、自分の持ち主の目の前に立つモンスターへと襲い掛かる。

 

 当たる。モンスターは周囲への被害を危惧しているのか避ける気配がない。

 これで殺せる。大幅はタイムロスにはなってしまったが当初の目的である黒見セリカ誘拐にようやく取り掛かれると、僅かばかりの希望も生まれた。

 

「がぐぅ!」

 

 でも、希望は打ち砕かれる。

 

 飛来するロケット弾を狼は口で挟み込み、キャッチしてしまった。

 

「……は?」

 

 避けるでも受け止めるでもない、そもそもロケット弾に役割を果たさせないという選択肢。

 少しでもタイミングを誤れば体内でロケット弾が爆発する危険極まりない行為をあっさりと成功させられ、構成員たちの心は本格的に折れてしまった。

 

「どけどけどけどけええぇぇぇぇぇ!」

 

 困惑による沈黙が訪れるも、直ぐにそれを消し去るクラクションの音と狂ったような怒声。

 

 一人の構成員がとうとう限界を迎え、セリカを運ぶために用意していた大型トラックで狼に向かって突っ込んで行った。

 自爆覚悟の特攻。血走った目を見開いて脂汗をかきながらアクセルを限界まで踏み込み、引き攣った笑みを貼り付けている姿は狂気といっても差し支えない有り様だった。

 

「ゴルルルルル……」

 

 咥えていたロケット弾を噛み砕いて破壊した狼が不愉快そうに唸る。

 避ける気配はない。その場に座り込み、受け止めようと待ち構えている。

 

 構成員は文字に起こすことも出来ないような支離滅裂な言葉を吠えている。自分が死んでしまう恐れもあるのに、その恐れすらも自覚できていない。

 

「うおおおおおおあああぁああああぁぁぁぁぁ!」

 

 絶叫しながら目の前に立ち塞がるモンスターに突進していく。

 やがて激突し、クラッシュ音と共にキャブがぐしゃぐしゃに潰れてしまった。

 

 口を開いた状態で待ち構えていたモンスターは的確に運転手席の構成員だけを口の中に収め、激突したトラックを後退することなくあっさり受け止めていた。

 

 無傷で生存させた構成員を吐き出すと、鬱陶しそうにトラックを前足で叩き潰して破壊。

 ありとあらゆる手段を全て破壊し尽くし、セリカ誘拐作戦を決行前に失敗させてしまった。

 

「……」

 

 座り込んでいる構成員を傍目に、狼が口の中に居る少女を吐き出した。激突の衝撃で意識が途切れたらしく、何も言わずに丸まっている。

 心配そうに角の先端でつつき、うぅんと微かに唸るのを聞いてほっとしたように息を吐く。

 

 視線が野次馬たちへと向けられた。特定の人物を探しているのかキョロキョロと見回し、鼻をヒクつかせて嗅覚も用いて探し回っている。

 

 次は何をするつもりなのかと野次馬たちも興味津々。そこに、1台のバイクと複数の装甲車両が駆け付けた。

 また狼を狙う奴が現れたのとザワつく野次馬だったが、バイクと車両の側面にヴァルキューレ警察学校の校章が刻印されていることに気付いて別の意味でのざわ付きが起こる。

 

「ごろるるるる……」

 

 狼が先頭を走ってきたバイクに乗る人物を見た途端、目付きを変えた。

 

 鋭かったものがまん丸お目目に切り替わり、嬉しそうな唸り声を放つ。

 

『全く……お前は変わらないな、ジン』

 

「わんっ!」

 

 ヘルメット越しのくぐもった声に、ジンと呼ばれたモンスターが明るい声色の鳴き声を上げた。

 

 顎下のベルトを外し、ヘルメットが脱がれる。押さえ付けられていた獣の耳がぴょこんと立ち、うっすらと青みがかった灰色の双眸が顕となる。

 

「ヴァルキューレ公安局局長 尾刃カンナだ! これより実況見分を行う! 抵抗する者は敵対の意思ありと見なし、武力制圧も辞さないことを理解してもらおうか!」

 

 ジンにとって思い出深い人物、ヴァルキューレ公安局の局長を務める尾刃カンナの声が深夜のアビドス自治区内に響き渡った。

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