狂犬が拾った雷狼竜、元人につき   作:ジンオウガを飼いたい

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狂犬()と狼

 私がアビドス高等学校自治区を訪れたのは仕事の合間、書類整理に一段落を付けて息抜きの為に携帯を見たのが原因だった。今から数日前の話か。

 特段関心ごとがない私の携帯は芸能人のスキャンダルから流行りの食べ物、ファッション等々の幅広い情報を片っ端から収集して私に提示してくる。

 

 私は絶賛、ジン欠乏症を起こしていた。彼女が私の元から離れていったことを受け入れはしても、それによる寂しさまで受け入れられる訳では無い。

 また彼女と戯れたい。撫でてあげたい。そんな欲求が四六時中頭の中でぐるんぐるん回って、毎晩ベッドの中でジンの帯電毛を纏めたものに顔を埋めて眠っていたよ。

 

 彼女のことだから一人で寂しい思いをしているとは思っていない。あれだけ人懐っこいのだから、きっとまた頼れる仲間に巡り合えていると確信していた。

 それでもやはり、寂しいものは寂しい。

 

 ため息を吐きながら携帯を見、飲みかけのコーヒーを口に含んでいた私はとあるニュースを見た瞬間にコーヒーを吹き出していた。

 

 ニュースの見出しは……たしか『D.U区内に巨大狼出現!』だったか。

 

 見出しを見た時はその文字通りに受け取り、獣害事件にならなければ良いなと思う程度だった。

 しかし記事の中に通行人が撮影したと思われる写真があり、そこにはヘイローのない一人の女性と横並びで散歩をしていると思われるジンの姿が思いっ切り映り込んでいた。

 

 まさかそんな所にまで行っているとは思わなかった。相当離れているはずなのによくもまあそんな長距離を走ったものだと感心したくらいだ。

 

 驚きはしたがとりあえず、無事なのは確認できた。それは良かったのだが、写真を見た途端に私の脳裏はジンとの楽しい日々の記憶が蘇って埋め尽くしていく。

 

 一緒に駆け回った記憶。一緒に湖で泳いだ記憶。

 一緒に風呂に入った記憶(入っていない)。

 一緒に体を洗い会った記憶(洗い合っていない)。

 

 共に食事を楽しんだ記憶から子を成そうとした(していない)記憶までそれはもう次から次へと溢れて止まらない素晴らしくて尊い記憶の濁流に、私は大人しくしていられなかったのだ。

 

 山積みの書類を全て片付け、私の上司とも言える不知火カヤに長期休暇申請を提出。

 自分が今まで解決してきた凶悪犯罪を詳細を纏めたデータも送信した上で『申請が受理されない場合は局長の座を降りる』と脅しをし、受理を確認するまでもなく部下を引き連れて飛び出してきた。

 

 私の代理を務めるのはあの森でジンと出会った部下だ。彼女も仕事は相当に出来る、1ヶ月くらいは私が不在でも問題ないだろう。

 

「で、私がここまで来た、というわけです。ご理解いただけましたか?」

 

「いや分からないよ!?!?」

 

 私の説明を聞いても目の前にいる女性、シャーレの先生は理解出来なかったようだ。目を丸くして困惑しており、頭を抱えてしまう。

 

「なるほど…激務疲れで判断力が鈍っておられるのでしょう。一度仮眠を取られては如何ですか? 気分も優れるでしょうし」

「いやぁ……私としては疲れているとは貴女だと思うんだけど?」

 

 ジンと交戦状態にあったヘルメットを被った集団、カタカタヘルメット団の身柄は私たちが預かった。

 野次馬の皆さんからも事情聴取を行い、自白の内容と照らし合わせたことでカタカタヘルメット団が黒見セリカの誘拐を企て、それに勘づいていたジンが防衛を行ったという今回の騒動の一連の流れを把握するに至った。

 

 そこまで調査を進められれば少しの間くらいは皆に任せて大丈夫だろう。そう判断した私が久しぶりにジンと戯れようかと思っていると、彼女の周りには写真に写っていた女性と複数の生徒がいた。

 

 話を聞くと女性は連邦捜査局シャーレに所属する先生であり、複数の生徒たちは誘拐対象と同じ学校の生徒だと分かった。

 つまりは今のジンと行動を共にする仲間、というわけだ。そうなると挨拶をしない訳にもいかない。

 向こうとしても私の話を聞きたい様子で、学校まで案内されて私とジンの馴れ初めから今に至るまでを滾々と語らせてもらったという流れだ。

 

「おかしいって…いくらジンに会いたいからってシャーレ(うち)からアビドス(ここ)まで飛ばしてくるって……第一、どうやって調べたの?」

 

「近隣店舗への聞き込みを行い、貴女が大量の飲食物やクーラーボックスを買い込んだ事を知りました。その際に貴女がアビドスへ向かうと話していた、という情報も得ています」

 

「それって職権乱用じゃないの!?」

 

「違います。愛の前には全てが合法となる、聞いたことはありませんか?」

 

「ないよ!」

 

 ふむ、シャーレの先生は余程お疲れと見える。今度コーヒーでもご馳走してあげた方が良さそうだ。

 

「がうあう!」

 

「ふふっ…よしよし。何やら、また少し逞しくなったんじゃないか?」

 

 校舎内で話を聞くことに最初はなったが、それは断らせてもらった。そこまで長居をするつもりは無いし、何よりも室内ではジンと触れ合えないからな。

 

 別れる前には無かった目元や前腕の傷。痛々しいながらも、箔を与える良い仕事をしている。与えた相手は褒めてやらなければならないな、許しはしないが。

 ジンも私との再会を心から喜んでくれているみたいだ。エラの辺りを撫でてやると、尻尾をちぎれそうな勢いで振り回してアビドス高等学校校庭の砂を巻き上げている。

 

 私に尾が生えていたとしたら、私も彼女に負けないくらいの勢いで振り回していたことだろう。

 首元に顔を押し当てて目一杯息を吸い込む。流れ込んでくる懐かしい匂いに鼻と肺が満たされ、激務によるストレスが物凄い勢いで駆逐されていくのを感じる。

 

「あぐるるる♪ わふっ、わんっ♪」

 

「おお〜よしよしよしよし♪ お前は本当に撫でられるのが好きだなぁ♪」

 

 ゴロンと仰向けに寝転んだジンの横腹を撫で回す。本当に懐かしくて、なんだか涙が出てきそうだ。

 泣きはしないがな。ジンを不安がらせてしまうし、懐かしくて泣いてたなんて恥ずかしくてとても説明できるものでは無い。

 

「ごらるるあぅ、がううあ?」

 

「お、よく気付いたな。やはり大声モンスター同士、惹かれ合う何かがあるのかもな」

 

 楽しそうに撫でられていたジンが私のポケットに興味を示す。その中には手作りの革製ストラップが取り付けられている私の携帯が入っていた。

 

 取り出して見せるとジンは興味深そうに顔を寄せ、匂いを嗅ぐ。鼻先がピクピクするのが見た目の厳つさに見合わなくて可愛いんだ。

 少し匂いを嗅いだ後、このストラップの元となったモンスターを思い出したのだろう。目を丸くして『お前マジか』と言いたそうな視線を向けてくる。

 

「ああ。私が仕留めたドスジャギィの革を剥いで作ったんだ。上手く出来ているだろう?」

 

「……わ”ゔ!?」

 

 お、驚いた顔をしている。

 

 私はジンがいなくなった後もあの森に住み続けている。ログハウスにも家具を続々と搬入し、ちょっとした畑を開墾して自分で食べる用の野菜を育てたりもしているんだ。

 

 そんな中、私のログハウスがあるエリアの入口付近でアプトノスがドスジャギィに襲われる事件が起こった。

 痛ましいことに子供のアプトノスが2頭餌食となり、私が駆け付けた時には既に絶命していたよ……奴が率いていたジャギィ共は皆、私と部下数名で仕留めて晩飯にした。

 

 それを機に、私も大型モンスターを狩るようになった。ジンのような真正面からねじ伏せるフィジカルは持ち合わせていない為、罠を総動員してのはめ殺しみたいなものだったが。

 落とし穴を掘り、残されたアプトノスの遺体から肉を少し拝借して麻痺成分のあるキノコを混ぜ込んだシビレ生肉を作った。

 

 それらを用いて身動きを徹底的に封じた上で、尖らせた木材と大小様々な石で押し潰してドスジャギィを圧殺した。

 このストラップはその時に仕留めたドスジャギィの皮を剥ぎ取り、なめして加工したものだ。

 

「あのぉ〜……おじさん達、置いてきぼりなんだけどぉ〜」

 

 先生の隣に立っていたピンク髪の少女、小鳥遊ホシノが手を上げた。確かに置いてきぼりだ、久しぶりのジンに少しテンションを上げすぎたらしい。

 

 他のアビドス高等学校の生徒たちは誘拐をされそうになったセリカの元にいる。友との語らいは不安を払拭するのにはうってつけだろう。

 

「おっと、失礼。私の愛するジンと話していたらつい…」

 

「……君ぃ、随分愛されてるねぇ」

 

「わう」

 

 さて、私がここを訪れた理由は説明を終えた。先生とジンの関係性についても、アビドス高等学校との繋がりについても説明は受けた。

 何やら大変な事態にジンは首を突っ込んだらしいな。校舎を狙う不良生徒たちで構成された暴力組織との攻防、か。

 

 正規の生徒はたった5名。ジンが掻き集めてきた元暴力組織の構成員を合わせても100名と少し。

 たったそれだけの人数で誘拐作戦まで決行してくる能力がある暴力組織とやり合うのは難しいだろう。

 

「本当に、相手は暴力組織なのでしょうか」

 

「それは…どういうこと?」

 

 私の言葉にホシノの目付きが変わり、声色も低いものに変わった。何かを偽っているような気はしていたが……なるほど、今まで見ていたものそのものが偽りであった、ということか。

 

 普通に考えれば疑問が残る。

 盗みや略奪の余罪が自白によって明らかになっている暴力組織とはいえ、長々とアビドス高等学校校舎を狙って攻撃を仕掛け続ける物資的余裕をどこから得た。

 調べた結果ブラックマーケットというありとあらゆるものが取り引きされる闇市があることも把握しているが、そこをフル活用したとしても難しいだろう。

 

「暴力組織が誘拐作戦を決行出来るだけの車両や銃火器、弾薬等の物資的な余裕をどうやって得ているのか。そこに視点を当てると()()()()()()()()()()()()()()()()気がしてならない」

 

「……カタカタヘルメット団の裏に何か別の組織がいる、と?」

 

「そういうことです」

 

 先生は私が言いたいことを察してくれた。

 

 口止め料を受け取っているのか脅されているのか、背後に何か別の組織が居る気配を嗅ぎ取った私が尋問を行ってもそこまでの自白は得られなかった。

 だがただの暴力組織に長々と攻撃を行うことを可能にするだけの物資を提供出来る組織だ、巨大な企業やそれに準ずる何かがいると見るのが妥当な線だろう。

 

「それが何かまでは私にも分かりかねます。ですが気をつけて下さい、仮にその組織が校舎を欲しているのであれば今回の黒見セリカ誘拐未遂事件程度で諦めるとは考えにくい」

 

 相手は大人だと見た方が良い。諦めが悪く、策略に長けた大人。

 それを子供が相手取るのはあまりにリスキーだ。手のひらの上で転がされ、予期せぬ方向に転がされてしまう恐れだってある。

 

 先生とホシノも表情が暗くなってしまった。相手が暴力組織だけでは無いとなればこの表情も無理は無い。

 

 ジンを見ると、彼女は落ち着き払っていた。話の内容は理解出来ているはず。それなのにこの余裕……流石はジンだな。

 

「ですが、安心してください。今回は()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 先生の素っ頓狂な声が聞こえた。なんで私が協力するのか、そう言いたげな顔だ。

 

 事情を説明しようと思ったが、それを邪魔するようにジンの眠そうな欠伸の声が聞こえてくる。

 

「詳しい話は後にしましょう。私はしばらくここに滞在するので何かあれば是非。それでは…ジン。今日はお前の隣で寝たい、良いか?」

 

「わん!」

 

 私も長時間バイクを走らせて疲れている。少し休みたかった。

 寝袋をバイクから回収するとジンに頭を下げてもらい、角と角の間に腰を下ろす。

 

 ぐぅーっと視界が高く上がり、静かなアビドスの夜景が目に飛び込んでくる。

 

「ではまた後日。ジン、頼む」

 

「ごるるるるる………あおおぉぉぉ〜〜ん!」

 

 額を撫でてお願いをすると、ジンを雄叫びを上げて走り出した。

 

 どこで眠っているのか、何を食べているのか、聞きたい事も聞いて欲しい事も山積している。

 眠そうなジンには悪いけど今晩は寝かせられないな、なんて自分の疲労も忘れて夜のやり取りを夢想していた。

 

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