狂犬が拾った雷狼竜、元人につき   作:ジンオウガを飼いたい

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空崎ヒナだって癒されたい!

 私、空崎ヒナが駆け付けた時にはなんとも言えない変な空気が漂っていた。

 

 なぎ倒されている風紀委員会の皆。

 

 武器を構えるか構えないかで悩んで変に腰の引けた姿勢になっているアビドス高等学校の生徒たち。

 

 私が現れたことに困惑しているアコ。

 

 どこか怖さを感じる気がする笑顔のチナツ。

 

「あひひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!! うぎっ、いひっ! うひひひひ!!!!」

 

 そんな彼女に見下ろされながら、昨日の銀行襲撃事件を引き起こした狼に押さえ付けられて足をベロベロ舐め回されて大爆笑しているイオリ。

 

 てっきりイオリが要件も伝えず、自分の行動がどんな結果を招くかも考えないで突っ走って交戦が始まっているとばかり思っていたから、用事を済ませてこっちに来た時はあまりの静かさに少し驚いたくらいだったわ。

 

「……これはどういうこと?」

 

 色んな場面に出くわしてきたけど、こんなに捻りも含みもない『どういうこと?』と発したのは初めてかもしれない。それくらいに意味が分からなかった。

 

 壊滅的被害を受けている風紀委員会の有り様にもだけど、何よりもイオリがベロベロに舐め回されているシチュエーションが意味不明。

 

 何か狼に対して攻撃を仕掛けたけど相手にもされず、むしろ玩具にされて弄ばれている。

 チナツは止めたけど聞く耳を持たなかったから罰則の意味も込めて静観している…そんな所かしら。

 

「ごぐるるるる♪」

 

 大爆笑しているイオリの反応が楽しいらしい。狼が上機嫌に唸っているわ。

 

(大きいわね……)

 

 20mは軽く超えているわね。それだけの巨体を支えるのだから、イオリを押さえ付けている前脚はかなり屈強。

 甲殻によってよりマッシヴ感が高められ、あれで殴られたらひとたまりもないだろうと想像させられる。

 後ろ足も前脚に比べれば貧弱だけど、それでも人間の胴体よりも太い。

 

 これが暴れたのであれば風紀委員会じゃどうしようもないわね。銃火器でどうにか出来る相手じゃ無いわ。

 

「あ、委員長。案件お疲れ様です」

 

「う、うん。チナツもお疲れ様……何があったの?」

 

 イオリに対して向けていた笑顔を私にも向けてきたチナツに少し怯みながらも、彼女のくれた言葉に返答しつつ事の顛末を聞こうとする。

 

 予想は出来ているけどそれはあくまで私が『こんなことがあったんじゃないか』と妄想しただけで、現場を見ていたチナツの口から直接の説明が欲しかった。

 

「先程までいた便利屋68の身柄確保の為に来たのですが、そこにアビドス高等学校の皆さんが」

「待って」

 

 折角話してくれた所を悪いけど、私はチナツの言葉を遮った。どうして、と言いたげな顔を向けられたけど生憎構っていられない。

 

「……がぅ」

 

 狼が私を見ている。イオリを舐め回すのをやめて、頭だけではなく全身を私に向けて短く鳴いた。

 生憎、私に生き物の感情は分からない。怒っているのか警戒しているのか、それすらも判別が付かないわ。初めて見る生き物だから、というのももちろんあるだろうけど。

 

 シャーレ所属の先生を諸々あってシャーレオフィスへと護送する際に目の前にいる狼と遭遇・共闘したとチナツからの報告書には書かれていた。確か名前は……そう、ジンと書かれていたわね。

 報告書の通りならジンは人間に対して害を与えない友好的な生物ってことになるけど、ならなんでそんな生き物が昨日の銀行襲撃事件なんて起こしたの?

 

 銀行員を意識不明の重体に追い込んでしまうなんて、友好的な生物がやることじゃない。

 

「……」

 

 私の前まで歩いてきたジンは、私の方に顔を向けながら円を描くように歩き始める。付け入る隙を探すかのように。

 

 悪い言い方だけど……凶暴性の感じられないバカっぽいまん丸な目が、昨日の事件のせいで逆に怪しく思えて仕方がない。

 人を騙すのにはうってつけの目だ。チナツの報告書には高い知性を有する可能性が、とも書かれていたのだから人を騙すくらい簡単にやってしまえるだろう。

 

 視線を逸らせばそこに食い付いてくる。そんな気がして、私はジンの動きに合わせて体の正面を見せ続けた。

 

「ゴグルルルルル……」

 

 私の周りを旋回してくるだけで何もしてこない。ゲヘナ最強なんて呼ばれることもある私だから、その強さを感じ取っているのかしら。

 最強とかどうでもよかったけど、今回は感謝している。真正面からは飛び掛りにくいらしいわ。

 

 でも、何もしてこないのが逆に引っかかる。

 銀行襲撃事件の際、狼は雷を操ったと記事には書かれていた。それが本当ならこんなグルグル旋回して隙を窺わずとも、雷を使った攻撃でさっさと仕留めに来ても良いはず。

 

(何を目論んでいるの)

 

 自分の能力を最大限に引き出して活かすことが出来ない、なんてことは有り得ない。高い知性を持つと思われる以上は考えられない。

 

 絶対に何か目論んでいる。気を緩めることなくジンを警戒していると、旋回に合わせて私も回っていたことでジンを挟んだ向こう側にアビドス高等学校の生徒たちの姿を捉えた。

 

 そこから一人だけ別の学校の制服……というか、警察らしき制服を着た女性が歩いてくるのが見えた。

 背中には私のものと同等くらいにゴツゴツした折り畳み式の銃を背負っている。相当な重量があるだろうに、その女性はケロッとしていて少し怖かったわ。

 

(あの腕章……ヴァルキューレ警察学校?)

 

 左腕に取り付けられている腕章に描かれている校章はアビドス高等学校のものでは無い。

 キヴォトス全土の治安問題に対処してくれる特定の自地区を持たない学校、ヴァルキューレ警察学校の校章だ。

 

 ということは……あの人、私と同じく学生ってことね。随分と大人びているから学生だと気付けなかったわ。

 彼女が一度だけパンッと手を鳴らすと、ジンがそれに反応。旋回するのを辞めて後方に身を翻しつつ飛び下がり、私から離れていった。

 

「連れがすまないことをした。私はヴァルキューレ警察学校公安局の局長を務める尾刃カンナだ。ゲヘナ学園風紀委員会会長 空崎ヒナだな」

 

 身長差のせいで見下ろされる形になる。怖い顔付きのカンナに見下ろされると自然と背筋が伸びるわね……

 

「すまないが、貴女はジンを警戒し過ぎだ。彼女は」

 

「分かっているわ。人懐っこい、無意味に人を襲ったりはしない……でもそれなら、昨日の銀行襲撃事件を起こした理由の説明がつかないわ」

 

 チナツの報告書にもあったジンの性格。それはカンナの後ろに隠れるように身を屈め、角を擦り付けている姿を見れば嘘じゃないと分かる。

 カンナも嫌がったりはしていないし、怖かった顔付きが少しマイルドになった。2人の間に信頼関係があるからこうなのだろうけど、それでも私はジンに対して気を許せない。

 

 意識不明の重体にまで銀行員を追い込むほどの事件だ。

 便利屋68とか温泉開発部とか美食研究会とか等々の欲望に忠実な生徒が多いゲヘナ学園だけど、人の命が危ぶまれるような危険な事件を引き起こすことは極めて稀。

 

 比較対象が同じ学校の生徒なのは少し悲しいところだけど、彼女たちと比較してもジンが起こした事件は重大度が違い過ぎる。

 

「あの銀行がどのような銀行か知っているだろう?」

 

「ええ、知っているわ。様々な犯罪行為で集められた資金が集まり武器弾薬へと変化、次の犯罪行為に使われる犯罪組織。カイザーコーポレーション傘下の企業、カイザーローンと繋がりがある、というのも調べが付いている」

 

 ヴァルキューレ警察学校の生徒ならこれくらいの情報は持っている。そう見越しての発言だった。

 

「そうだ。そしてジンは、そのカイザーローンとの繋がりに激怒してあの銀行を襲った」

 

「……どういうこと?」

 

 それに対してのカンナの返答が一瞬理解に困る内容で、私は首を傾げる。

 

 カイザーローンと繋がりがあったから襲撃した?

 なんで? もしかしてカイザーコーポレーションの開発事業によって住処を奪われたとか?

 

 ぱっと思いついたのはこれだったけど、カンナがちらりと背後にいるアビドス高等学校の生徒たちを見る仕草が『違う』と語っていた。

 

「他校の事情故私が詳細を語る訳にはいかないが…あの学校とカイザーローンは少し関係があってな、そこでジンが怒り狂ってしまったんだ」

 

「そう。まぁ私としてもゲヘナに悪影響が無いのなら深く詮索はしないわ。それに他校自治区近郊での武力行使なんてルール違反をしたのは私たち風紀委員会、詮索するなと言われれば従うわ」

 

 話が早くて助かるよ、とカンナは言った。事実なんだろうけど本人を前にしてそれを言うのは如何なものなのだろう。

 

 カイザーローンに対して怒り狂った。

 つまりジンはあの企業が何をしているのかを知り、理解した上で銀行襲撃事件を引き起こして意識不明の重体にまで銀行員を追い込んだことになる。

 

 失礼な考えにはなるけど、人間に近しい知性を持つだけでジンはただの獣だ。企業が行っている悪行なんて調べられるはずがない。

 人間社会に紛れ込んで調査をする、なんてことは人間に化けられるキツネくらいじゃないと出来ないわ。

 

(あの獣……なにか隠してるわね)

 

 何かを知っている。あの獣は何か、この場にいる誰もが知らない何かを知っている……そんな気がしてならないわ。

 

「がう」

 

「おっとと…すまない、少し時間をかけすぎたな」

 

 角の側面で横腹をぐりぐりと押されたカンナが苦笑を浮かべながら横に退き、ジンが間合いを詰めてくる。

 

 カイザーローンだから襲ったのであれば、私が襲われる可能性は無いと見て良いだろう。今回は警戒もせず、武器も構えずに彼女を待ち構えた。

 

「ごぐるるる」

 

 視界に寄ってくるジンの顔。鼻先が額にコツンと触れ、暖かい鼻息がかかる。

 

 匂いを嗅いでいるようね。

 それも顔だけじゃない。肩や腕、胴体から足にかけてと全身の匂いを嗅いでいる……これで匂いを覚えられてしまったわ。

 

『委員長! 危険です!』

 

「大丈夫よアコ。大人しくしてて」

 

 心配してくれるのは嬉しいけど、それでジンの気を悪くしては話しにならない。

 

 アコを落ち着かせつつジンのやりたいようにやらせていると、私の目の前にズンっと腰を下ろす。

 そのまま頭の位置が下がって顎が地面に着いた。私への興味を喪失したのかしら。目の前に晒される巨大な角が纏う威圧感に自然と唾を飲んでいたわ。

 

「撫でてくれ、だそうだ」

 

 どうやら興味を喪失してくれたのではないらしい。カンナが言うのだから間違いないのだろう。

 

 恐る恐る角に触れた。

 固く、太く、雄々しい。鋼鉄の塊でも余裕でぶち抜いてしまいそうな迫力があって、触れているだけでジンの持つ力強さが伝わってくる。

 

「……凄いわ」

 

 不思議なことに、気圧され気味でありながら触ることを辞められなかった。両手で角に触れて気の赴くままに撫で回す。

 ジンは微動だにしない。伏せの姿勢で動かず、私に撫で回されるのを受け入れてくれている。

 

 こうも頑丈で雄々しいと、つい力を入れて握ってみたくなるのは私だけでは無いはず。

 両手で撫で回すのではなく、ギュッと力を込めて握ってみた。

 

 ビクともしない。押しても引いても同様。

 

「ごるるるるる」

 

「きゃっ」

 

 触れるのに熱中していた私は、ジンがいきなり立ち上がったのに驚いて角を強く握ってしまった。

 そのせいで足が地面から離れる。角にぶら下がったまま持ち上げられてしまったんだ。

 

 私らしくない悲鳴が口から出る。咄嗟過ぎて自分でもビックリした。

 

「がふるるるるる♪」

 

 ぶら下がりながら見たジンの目は、笑っていた。

 

 まぶたが閉じられ、山なりに湾曲する。口から盛れる声も少し跳ねた楽しげなもので、私の反応が見れて満足したのか私を下ろしてくれた。

 イオリの足を舐め回していた時点で察するべきだったわね……この狼、見た目に反して相当なイタズラっ子だわ。

 

「イタズラっ子ね」

 

「わん!」

 

 はい!とでも言うかの様な元気な返事が返ってきた。見た目に反しているのはイタズラっ子な性格だけじゃない……という事ね。

 狼なのだから当然と言えば当然なのだけど、大型犬のような印象を抱かされる。

 

 下ろした私の背後に体の側面を向けるようにしてジンが座る。そこから体をCの字に曲げて、私を取り囲んでしまった。

 

「がうっ♪」

「よしよし……良い子なのね」

 

 右側にあるジンの頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めて体を揺らした。

 

 晴れており日差しが良い。そんな太陽の下で地面にぺたんと座り込んでいると、普段の激務と残業が与えてくる疲労感とそれに伴う眠気がドッと押し寄せてきた。

 

 いけない、眠ってしまう。何とか気力を振り絞って立ち上がろうとしたけど、体は言うことを聞いてくれない。

 

「がぐ…がるがぅ」

 

 ジンの前足を覆う甲殻にもたれかかってしまう。ヒンヤリとして心地良く、硬さはあるけど今の私にとっては最高の寝具だった。

 

 頭が動いて太陽光と私の間に入り込み、日陰を作ってくれる。

 

 イタズラっ子だけど、とても優しい子。触れ合ってみれば簡単に理解出来たし、カンナやチナツが言う『無意味に人を襲わない』というのも本当なんだと体感出来た。

 

「ごめんなさい…少し、寝るわ」

 

「がるがる♪」

 

 体を勝手に寝具にすると言うのに、ジンは怒らない。

 

 眠りに入る我が子にキスをする親のように、優しく私の体に鼻先を押し当ててくれた。

 

 そこから先の記憶はない。気付いた時には日が傾き掛けていたから相当長く寝たらしい。

 その間、ジンは動いていなかった。私が起きるまでずっと側に居てくれて、その間にチナツや風紀委員会構成員たちとじゃれあってくれていた。

 

 人が大好きというのも本当らしいわね。

 先生に伝えたかったカイザーコーポレーションに関する伝言、そのカイザーコーポレーションが()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()を書いたプレートを手渡してから漸く帰ってくれたけど、その時も何度もこちらを振り返りながらとぼとぼと帰って行った。

 

 暫くはアビドス高等学校自治区に居るのかしら。もし居てくれるのであれば、また触れ合いたいわね。

 ゆっくり寝たお陰かアニマルセラピー効果なのか、疲れも大分取れた。撤収時の足取りも、なんだか妙に軽かった。

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