「ゴルルルルルル…………」
私を乗せて砂漠を踏み締めているジンが警戒している唸り声を発する。確かめるように地面を叩いたり、時には咆哮を放ったりと周囲に自分の存在をアピールするような仕草を繰り返している。
ゲヘナ学園の風紀委員会とのやり取りを終えて戻ってきたジンが咥えていたメッセージボード。
そこに書かれていたカイザーコーポレーションがアビドスの砂漠で何かを企てているという情報と、以前発覚したアビドス自地区の土地権利が第三者へ譲られていた事実。
その後の調べで土地権利を保有しているのがカイザーコーポレーションの傘下企業、カイザーコンストラクションであることも判明した。
何故カイザーコーポレーションがアビドスの土地を手に入れようとするのか、その答えがアビドス砂漠にあると踏んで実地調査に乗り出そうとした時、ジンがまた抵抗した。
『ガグルルルルァウ!』
私たちの目の前に立ち塞がり、姿勢を低くして威嚇していた。
あの時と同じだ。カタカタヘルメット団の拠点を襲撃しようと話した際と同じで、ジンは私たちが砂漠に向かうことを拒否していた。
何かに怯えているとも、警戒しているとも取れる。それくらいに激しい拒否であり、ヴァルキューレ公安局の所属生徒たちと元カタカタヘルメット団構成員含め総出で宥めることで何とか許してくれた。
「皆、大丈夫?」
『ほいほ〜い。こっちはなんともないよ〜』
私とジンがアビドス高等学校に訪れる前に行われたカタカタヘルメット団との抗争で出来た廃バス。
その屋根を切り取って元工事現場に放棄されていたワイヤーと組み合わせた即席ソリにホシノたちは乗っている。
自分たちの足で歩くことすらジンは許してくれない。
牽引するソリの上に乗らないのであれば連れて行かないと、ジンの目が訴えていた。
『ジンさんは何をそんなに警戒しているんでしょう……』
『砂漠ですから見通しも悪いし、カイザー側からの奇襲とかじゃない?』
ノノミの疑問にセリカが答える。
現状で最も有り得るのはそれだろう。此方はジンという心強い助っ人がいるとはいえ、生身に武器一つ持って砂漠を突き進んでいるのだから。
「ゴルガゥ!」
ジンが背後を振り返り、苛立たしそうに吠えた。
「皆、静かに。ジンが怒っている」
この砂漠に足を踏み入れてからずっとこうだ。少しでも誰かが喋り出し、それに対するレスポンスがあるとジンは怒り出してしまう。
酷く気が立っている。苛立ちとも殺意とも取れるどす黒い威圧感のようなものが垂れ流しとなり、背中に乗る私も目眩を感じるような圧迫感を受けていた。
普段のバカっぽいまん丸お目目ではない。鋭い眼光を放つ捕食者然とした面構えをして、数歩進む事に周囲をキョロキョロと見回している。
(巨大な生物……まさかね…)
ジンが持ち帰ってきたメッセージボードには砂漠で暗躍するカイザーコーポレーションの存在と、巨大な生物を使役している可能性が有るとされていた。
普通に考えれば巨大な生物なんて馬鹿馬鹿しいと一笑したい所だが、そのメッセージボードを受け取ってきたジン本人がその存在を否定し切れなくしている。
それに私は見ている。
アビドスの地に足を踏み入れたその日のうちに、シロコを猛追してきた四足歩行の巨大な竜を。
ゲヘナの風紀委員長 空崎ヒナが言う巨大な生物も『四足歩行である』という記載があった。
別に四足歩行の生物自体は珍しくない、むしろ二足歩行の生物の方が珍しいくらいだから特段気にする内容でも無い。
でも、繰り返しになるが私は見ているのだ。空間を歪めてしまう程の大声と真空波を武器として用いた、あの四足歩行の巨大な竜を。
「……二時の方向、アプケロスの群れ。どうする」
「ガグァウ」
「分かった、無視だな」
唯一隣を歩く事を許されているカンナが双眼鏡を用い、周囲の環境を警戒している。接近する生物が確認されれば直ぐにジンへと報告、どうするかの指示を仰いでいた。
聞けばカンナは私がジンと出会う前、とある森でそれは恐ろしい悪魔のような怪物を協力して仕留めたことがあるそうだ。
私もあの巨大な竜をジンの仕留める所には居合わせていたけど、仕留めるのを手伝った訳では無い。
そこの差、共に窮地を乗り越えた二人の間に築かれている信頼関係があるからこそカンナは隣を許されているのだと思うと、ほんの少しだけ羨ましく思えた。
身の丈に合わない過ぎた望みだというのも分かっている。私はキヴォトスの外から来た存在、弾丸一つで簡単に死んでしまう脆弱な存在だ。
その弾丸を何発受けても全くの無傷でいられるジンが警戒するような存在を相手にするなんて自殺行為であると分かってはいるけど、それでもと願ってしまうのが人間の醜さなのだろう。
『なにあの生き物……あんなの居なかったよね…』
カンナが口にしたアプケロスなる生物の群れが近付いてきて、ホシノが困惑したような声を漏らす。
背面を甲羅で覆い、モーニングスターのような尾を生やした四足歩行の巨大な生物。
一瞬『これがゲヘナの報告にあった……』とも思ったが、ジンが無警戒な姿を見て違うと判断した。
何かに追われるような慌てっぷりでアプケロスの群れは現れた。
その先にジンが居てさぞ驚いたのだろう。足がもつれて転倒しそうな勢いで走り去っていく。
「アウォォォン! オッオッオッ!」
「ドスジャギィだ! あれは仕留めるだろう!?」
続けて、立派な襟巻きを生やした巨大なラプトルのような大型生物が現れる。カンナが自分で仕留めたと話した生物と同名、ドスジャギィ。
ホシノたちもカンナの警戒している声色に反応して即席ソリから身を乗り出し、肉薄してくる巨大な生物の存在に驚いていた。
前足の鉤爪と鋭利な牙が放つ威圧感は相当であり、ホシノ達が怯えてしまい追い払おうと攻撃を仕掛けてしまう恐れも考えられた。
「ゴルルルア”ヴッ!」
「ギュウっ!?」
だけど、誰かが何かしらのアクションを起こすよりも先にドスジャギィはジンの忌々しそうな唸り声だけで追い払われてしまった。
今にも飛びかかって食らいつきそうな殺気に怯んだようだ。立ち去り際、口惜しそうに振り向いた所を再びジンが怒鳴り付けて追い払った姿は申し訳ないけど少し面白かった。
「ゴグルルルルルァァ……」
ドスジャギィの後ろ姿が見えなくなった頃、ジンが立ち止まる。
鼻を何度もヒクつかせ、嫌な匂いでも嗅ぎ取ったのか唸り始めた。
同時にアヤネから前方に巨大な施設が確認されたという連絡が入る。連絡の直前に見られたジンの反応から、私はなんとなくだけどその施設が何なのか分かったような気がした。
「ジン、お願い」
立ち止まってはいられない。ジンも私の声に頷き、歩みを再開してくれる。
数分後、砂嵐の向こうにアヤネの報告通りの巨大な施設が現れた。
侵入者を拒むように張り巡らされている有刺鉄線が物々しい雰囲気を醸し出しており、施設の巨大な壁面が威圧感を生み出している。
しかし、まだ未完成のようだ。
工場のようでも石油ボーリング施設のようでもない、砂漠という環境には凡そ似つかわしくないその異質な佇まい。
「ガグルルルルッ!!!!」
ジンが苛立った様子で唸り始めた。
まだ何かをされた訳でもないのにこれほどの怒りを剥き出す。
地面をガリガリと引っ掻き、目を血走らせ、牙を剥き出しにして全身で苛立ちを表現している。
これ程に強烈な怒りを示すジンを、私たちは最近見たばかりだ。
「まさか…カイザーか?」
「ガヴアヴッ!」
カンナの口にした名前に対して、強烈な怒りを示した。
アヤネも建築物の壁面に何かマークを見付けたと報告してくれて、そのマークがカイザーコーポレーション傘下の企業、カイザーPMCであると教えてくれる。
その報告と、カイザーPMCが建築している巨大施設から警報音が鳴り響いたのは殆ど同時であった。
正面入口が開き、中から先程現れたドスジャギィに酷似したフォルムの小型生物に跨った武装兵が飛び出してくる。
『あれがゲヘナの報告にあった使役されてる巨大生物ってやつ!?』
『違う、と思う』
数が多い。騎乗している武装兵だけでもその数は50に迫るかどうかという程であり、武装兵単体と小型生物単体も含めれば200は間違いなく超えている。
小型とはいえ、それは比較対象が先程であった生物2種とジンだからそうなるだけ。私たち人間基準で考えれば十分大型ではある。
セリカもそう思って発言したのだろうけど、私と共にあの竜の襲撃を生き延びたシロコは私と同じ感想を抱いていた。
確かに巨大ではあるけど、報告にあった生物とは異なる。そんな気がしてならなかった。
『先生! 武装兵が騎乗している生き物、何かおかしいです! 体の一部に
「機械化!? 生物兵器ってこと!?」
続いて飛び込んできた報告に私は驚いて声を上げてしまう。
生物に機械化されている部位が確認された。
それは使役しているとは言えない。支配やコントロールと表現すべきだろう。
アヤネからズームした画像が送られてきたが、確かに機械化されている部位が確認される。
たしかに脚部や尾、頭部の一部に生物感のない機械が取り付けられている。
これで行動を制限して意のままに操っているのだろうと思うと、腹が立って仕方ない。
生命に対する明確な侮辱行為だ。人間は確かに欲深い生き物ではあるけどその欲には限度があるべきであり、普通なら理性が働いて止めてくれるはず。
でも、彼等にはその理性がないようだ。
「ガグアウルルルルル……ゴガアアァァァァッ!」
ジンも苛立ちを隠さなくなった。
施設が何を目的とするものなのか気になりはするが、今はそれを気にするよりも此方に迫ってくる武装兵と生物兵器への対処が先だ。
「ジン! 君とカンナだけじゃアレには対応しきれない! シロコたちにも援護させるよ!」
ソリから下ろすことを拒否していたジンだが、周囲の状況を鑑みて自分とカンナだけで対応するより私の提案を受け入れた方が良いと判断してくれた。
渋々、本当に渋々ながらも頷いてくれる。そうなれば後は私の出番、シッテムの箱を起動しながら指示がより正確に届くようにインカムに手を当てた。
「皆! あの武装兵と生物兵器を撃退するよ! 生物兵器は危険度が未知数だから無理に相手はしないこと!」
私が立ち回り方を指示し終えると共にホシノたちがソリから飛び降りる。
こうして私たちとアビドス砂漠で何かを企てているカイザーコーポレーションの傘下企業、カイザーPMCの抗争が幕を開ける。
その出だしは私たちが優位に立てた。生物兵器には少し手を焼かされたものの、弾丸は通るし頭部の機械を破壊してしまえば動きを止められるという弱点も見付かりサクサクと攻略出来たのだが……
その後に現れる存在に、私たちは絶望感を植え付けられることとなった。