「グゴルルルル」
霞龍オオナズチの前に落雷と共に現れたジンが、お座りの姿勢を取りながら唸り声を上げている。
警戒している……のとは違うみたいだ。目付きが普段のバカっぽいまん丸お目目だ。
『Kukurorrrr』
オオナズチも鳴き声は上げているものの敵対姿勢は取っていない。ジンの真似をするように後ろ足を畳んで地に付け、前足は伸ばすことで頭の位置を高くしている。
睨み合うのではなく、見つめ合う。ジンもリラックスしているのか無防備に首筋を掻いており、オオナズチもぷらーんと舌を垂らしている。
「ぐがるるる、がごるる」
オオナズチ……マジかぁ……
深い溜め息を吐きながらジンが唸った。
まさか古龍種まで出てくるなんて思っていなかった。いや、いずれ現れるだろうとは思っていたもののこんなに早くに現れるとは思っていなかった。
オオナズチはまだ比較的温厚な方の古龍種だが、それでも毒を操ったり透明化したりと厄介な能力を持つ。
敵対していないだけまだマシ、と自分に言い聞かせつつもやはり古龍種が出現してしまったという事実に頭を抱えたくなった。
『Gukorrr?』
お主がジンじゃな?
オオナズチとしてもジンが現れてくれるのは予期せぬ幸運だった。いつかは会いたいと思っていたが、その願いがこうも早くに叶うとは思わなかった。
それに、お陰で
例えそれが、自分たちが本来無関係であるこの世界に介入する元凶となった者達の一人であっても、だ。
問いかけられたジンが頷く。
飛竜種は高い知能を持っているとされ、狩猟に反対する集団が存在したりもするが古龍種はそれよりも遥かに高度な知能を持つ。
「ごがう、あがるるる?」
私を知っているの?
『Ourrrr,fohurrr』
無論、
人間に匹敵する知能を持つオオナズチと中身が元人間のジンだからこそ、双方は意思疎通が出来た。
そしてオオナズチが口にした発言に、ジンはフリーズしてしまった。儂らが生み出した、つまり自分をこの世界に転生させてジンオウガの肉体に魂を突っ込ませたのは、目の前のオオナズチ含めた古龍種ということになる。
『Fukua,ahagurrrr』
生徒を、この世界を愛したお主じゃからこそこの世界に招いたのじゃよ
「あふるるる……うがうあぅ」
えへへへへ……照れますなぁ
恥ずかしそうに頬を掻くジンにオオナズチが近寄り、前足を上げて反対側の頬にぽんぽんと触れた。
オオナズチから見ればジンは娘みたいなもの。それがここまで大きくなり力を付けた事は産み出した目的云々を度外視したとしても嬉しかった。
実を言えば、転生の候補者はジンだけではなかった。
彼女以外にも『ブルーアーカイブをプレイした人物』であり『モンスターハンターシリーズをプレイした人物』でもあり、『その双方を楽しんでくれた人物』なんて大勢居る。
たまたま運悪く、古龍種たちからすれば運良く、それ等の条件に合致しながらも
それでも、オオナズチにとっては可愛い愛娘だ。
『Akurarr,farliarrr』
何故呼び込んだか話そう。少し長いがな
オオナズチは可愛い愛娘の頬に柔らかい前足を押し付けながら、ジンという本来存在しないモンスターを産み出した理由を語り出す。
原因は端的に言えば『この世界がドチャクソ運が悪かった』からである。
ブルーアーカイブには様々な人物が登場し、その人物ごとに野望を持つ。
アビドスの土地を狙うカイザーコーポレーション、アリスの破壊を目論む調月リオ、ホシノやシロコに目を付けた黒服、生徒を洗脳し目的を果たす為の駒としたベアトリーチェ、エデン条約に絡むゴタゴタ……
そういった欲望は誰もが持つものであり、欲望の中身が危険なものであると理性が抑え込むのが普通。
それが出来ない者、大義の為だと欲望を着飾る者、自分の事しか考えられない理性を持つ生物として未熟な者が暴れ、そこに生徒を守り導く先生が立ち向かうことでブルーアーカイブのストーリーは展開していく。
だが、この世界は
『Humanarr…alraa』
人間とは…恐ろしいのぅ……
元はと言えば欲望を理性で抑え込めない者達が暴れることが原因ではある。
しかしそれは『ブルーアーカイブ』という世界で見れば間違いなく悪いことであるものの、世界の在り方としては正しいのだ。
それなのに、それを良しとしない存在がいた。
存在自体が御伽噺に登場する空想の生物とされ、古来では生物単体を指す名ではなく自然現象の一種を指す名とされた存在。
時間や空間すらも超越し、オオナズチたち古龍種と同種扱いされつつも危険度では比較にならない存在。
黒龍ミラボレアスだ。
ミラボレアスがたまたま、本当にたまたま、この『ブルーアーカイブ』という世界を観測してしまった。人間の欲望や、それに伴うバッドエンドを観測してしまい怒らせてしまった。
元から人類に対して嫌悪感を抱いていたミラボレアスがそんなものを見て、黙っていられる筈がない。
自分の主戦場であるモンスターハンターシリーズの世界とは毛色が違い、色彩という危険な存在も居る世界だがそれでも介入して破壊を企てた。
それを止めたのが、オオナズチたち古龍種だった。
『Rahlrrr』
儂らは懇願したんじゃ
ミラボレアスの介入未遂によってブルーアーカイブの世界を覗き見する機会を得たオオナズチたちは、この世界を『滅ぼすには惜しい世界』と判断した。
確かに醜い欲望とは切っても切り離せない歪んだ世界ではあるものの、そこで懸命かつ真っ当に生きようとする命が大勢居る。
それを一時の怒りに任せて滅ぼしてしまうのはあまりにも勿体ない、どうか止めてくれないかとミラボレアスに対して懇願した。
殺されると思ったのぅ、とケラケラ笑うオオナズチだがジンはミラボレアスの名前が出た頃から既に蹲って頭を抱えていた。
(ミラボレアスきやがったかぁあああぁぁぁぁぁ!)
悪い予感はしていた。カイザーPMC理事が繰り出してきた機械によるゾンビ兵なんか、やっていることはイコール・ドラゴン・ウェポンみたいなものだ。
そりゃミラボレアスもキレる。それを除いたとしてもブルーアーカイブの作中に登場する悪役たちの欲深さとか所業を考えればキレて当然。
とはいえそこからミラボレアスが介入に踏み切るとは思わなかった。ブルーアーカイブのストーリーが気に食わないからって運営会社のサーバーを直接破壊に来るみたいな暴挙だ。
自分だって怒り狂うだろうと予想は出来るが、その更に上の次元に行ったミラボレアスの規格外さに呆れとも恐れとも取れる感想を抱かずにはいられなかった。
(あれ? でもなんでジャギィとか居んの?)
モンスターを殺して機械で操るのはミラボレアスも怒るだろうが、そもそもブルーアーカイブ世界にモンスターハンターシリーズの生物が居ること自体おかしい。
なんで、と問いたかったがオオナズチの話を邪魔するのは気が引けたジンはその疑問をグッとこらえることとした。
『Akerrr,ofalrrr』
まだ時間はある、備えるんじゃ
オオナズチたちは『欲深く醜いだけの世界ではないと証明するに足る人物たちを集める』とミラボレアスに提案、何とか承認してもらうことが出来た。
刻限はブルーアーカイブ本編において最終章、諸々の事件を乗り越えた先生がシッテムの箱片手に全裸で生徒に駆け寄るハッピーエンド?を迎えた後。
その時、ミラボレアスは再度ブルーアーカイブ世界に介入し、今度こそ降臨する。
その時までにオオナズチたちが提案した人物たちを集め、対面し、認められなければ世界を滅ぼす。この条件でミラボレアスは一旦、その怒りを引っ込めることとなった。
「わふるる…ごるるあ?」
それで、なんで私を作ったの?
ミラボレアスが怒ったことも、それに対する古龍種の対応も、この世界に迫る刻限についても理解はした。
でもまだもっと根本的な疑問、ジンという生物が生み出された事に対しての説明が無い。
こればかりはどうしても気になり、口からポロッと疑問が飛び出してしまった。
『Gyurrrr……』
お主、いつ死んだか覚えとるか?
命日が何時か、なんて普通なら絶対聞かれないし答えられない質問にジンは一瞬困惑したがすぐに生前の記憶を辿る。
ジンオウガが大量発生するイベントが起こっていた時期であり、夏っぽくなり始めていた時期。
スマホゲームである以上はスマホの画面も見ているし、そこに映し出される日付も覚えていた。
5月末頃だ。
『Hyufrr,orz』
その前、何かあったじゃろ
何かあった、という漠然とした言葉と少し悲しげな表情。
モンハン馬鹿なジンには一発でピンと来た。
モンスターハンターシリーズ20周年を記念して行われた『モンスター総選挙』。
それで200体を超える大型モンスターたちの中で栄えある1位に輝いたモンスターこそ、他でもない雷狼竜ジンオウガだ。
ちなみにオオナズチは62位。同時期にゲームに登場した所謂ドス古龍と呼ばれる面子の中で3番目だ。
つまりは『人気モンスターにブルアカ大好き人間の魂ぶち込めばブルアカ世界でも人気出てミラボレアスのお眼鏡にかなう人間集めやすいだろ』という、かなりアバウトな理由だったのだ!
ついでに、ジャギィ等のモンスターがブルーアーカイブ世界に存在するのはミラボレアスが介入未遂事件を引き起こした拍子に『ミラボレアスよりも弱いモンスター』が流れ込んでしまったから。
つまりはまぁ……
(ざ、雑だなぁぁぁ……)
ジンは項垂れて白目を剥いた。古龍種なんて神秘的な生き物がやるにはあまりにも雑な理由過ぎて、彼女の中での『古龍種』という生物が持っているイメージが崩れ去っていく気配がした。
(それに思いっきしやらかしてんなぁ黒龍ゥ……)
そして自分以外の全モンスターをブルーアーカイブ世界に混入させてしまったというミラボレアスの大ポカ、その後ミラルーツにバッキバキにシバかれたという顛末を聞かされてミラボレアスのイメージまで暴落してしまった。
「……がうあう。ごがふるるる」
わかった。なんとかしてみる。
怒りに任せてとんでもない大ポカをやらかしてくれたミラボレアスだが、何もしなければキヴォトスが滅亡させられてしまうのは間違いない。
アイスボーンでミラボレアスの持つ力の異常さは痛感している。フロンティアにおいては蘇生なんてやらかす始末だ。
あんなものキヴォトス最強とされるヒナやミカ、ツルギやネルといった猛者たちがその他大勢の生徒たちと力を合わせたとて勝てる見込みは極めて低い。
時間は無駄には出来ない。
ミラボレアスが一度交わした約束を反故にするような性格でなければ、この世界に来訪するのは最終章を乗り越えた先だ。
死んでしまった自分に第二の命を与えてくれた恩も返さないといけないし、自分が関わってきた大切な元生徒たちや彼女たちを取り巻く環境も、導く先生も殺させはしない。
相手が強大過ぎると過去の経験から痛感していても、この先に待ち受ける困難がどれほど過酷なものか理解しても、ジンは怯まなかった。
オオナズチの顔をしっかりと見据えて、何とかすると確固たる決意を持って答えた。
(ふぉふぉ……本当、強い子じゃ)
ただの人間を生態系上位とはいえただの大型モンスターにぶち込んだところでどうなるものか、と多少の不安こそあったもののそれは正解だった。
サイヤ人が混血になると強くなるように、ジンも人とモンスターの雑種でありながらミラボレアス相手に怯む様子を見せない。
それに、彼女は既に人間の仲間を得ている。この調子なら大丈夫だろうと、オオナズチは自分たちの目論見が現状では良好な進捗を見せていることに安堵した。
翼をはばたかせ、体を浮き上がらせる。あまり長居をすると愛娘と離れたくなくなってしまう。
あっという間に周囲のどの建築物よりも高い位置まで飛び上がり、姿を消してしまった。
見守っていた先生たちも、カイザーPMCの相手をしていた便利屋68も、カイザーPMC理事までもが姿を見失う中、ジンだけは匂いによってオオナズチが最後まで自分を見守りながら飛び去って行くのを知覚していた。
(さて………そうとなったら、張り切りますかぁ!)
気合いを入れるように地面を殴り付け、ジンは身体を震わせる。
背後にいるカイザーPMCの軍団へ振り返ると、まずは前哨戦だと言わんばかりに荒々しい唸り声を上げて飛び掛って行った。