『グルオオオオオッ!』
数多の大型モンスターが形成した大軍によってカイザーPMCの拠点が攻め落とされる数時間前。
アビドス砂漠の乾いた砂を運ぶ風が吹き付ける中、ジンの雄叫びが夜空に響く。
向かい合っている相手に対して『来い!』とでも言うみたいな声で、体を低く屈めて身構えている。
「ギュグアアアアァァァァァッ!」
ジンの目の前にいる相手、
耳を押さえて動けなくなるくらいの声量で、待ち構えるジンに対して『行くぞ!』と宣戦布告をするみたいだった。
合図もなしに走り出して、角を激突させる。生き物の部位をぶつけ合ったとは思えない、硬い金属が激突したみたいな音と火花が散る。
二体のモンスターがどちらが上かを競い合っているのに私は、その火花が夜の暗闇に明るく咲いた花みたいで綺麗だなぁなんて呑気なことを考えていた。
数時間前、先生がどこかに行った。何か覚悟を決めたみたいな、普段の優しい感じとは違った張り詰めた気迫を帯びて出ていった。
逃げ出したんだとは思わない。先生はこれまで、投げ出したくなるような面倒事に巻き込まれても私たちの傍から居なくならなかったから、今回も戻ってくると信じている。
先生がアビドス高等学校から離れた数分後、ジンまでどこかに行こうとして、それを私たちは追い掛けた。
私たちが追い掛けていたのは匂いで分かっていたのかもしれないし、そもそも勘づいていたのかもしれない。
ビルからビルへと飛び移るのではなく、私たちでも歩ける道をのっそのっそと歩いていた。着いて来させようとするみたいに。
少しして、ジンと私は砂漠へと出る。
そこでジンは高らかに雄叫びを上げた。相変わらず耳を塞ぎたくなるくらいの大音量で、相手を挑発するのではなく呼びかけるような優しさを感じさせる声。
その声に反応して姿形から体色から体格、骨格まで異なる何種類もの巨大生物たちがやってきた。
地上を歩いてくるものもいれば空から飛んでくるもの、地中から現れるものまで多種多彩。あっという間に私たちはジンよりかは小柄だけど十分巨大な怪物たちに取り囲まれてしまった。
『ごぐるるるあぅ』
集まった巨大生物の中には縄張りを荒らされた、とでも思ったのか少し殺気立っているものもいた。
ジンもそれは感じ取っていただろうに、その場にお座りをして穏やかな雰囲気で鳴いた。
まぁまぁ落ち着いて
ただの鳴き声だったけど、私にはそう言っているように感じた。
巨大生物たちもジンが敵対意識を抱いていないこと、殺し合いではなく話し合いを望んでいることが伝わったのか漂っていた緊迫感が薄れていく。
そして座り込んだり砂に半分体を埋めたりと各々がリラックス出来る姿勢になって、何を言っているのか分からない話し合いが始まった。
鳴き声が上がったかと思えば一方から唸り声が返って来て、それに対してジンが頷いたり頭を下げたりと何か説得を試みているような光景が長々と続く。
たまに上がる大きな声に驚くことはあっても、巨大生物に囲まれているとは思えないくらい私たちは落ち着いていた。
皆、私たちに手を出さない。出そうとすればジンが話を中断してでも止めに入り、その巨大な鉤爪や稲妻を使って脅すことで守ってくれたからそれを見て『私たちに手を出してはならない』と理解してくれたみたいだ。
本当のことを言えば……私たちは、ジンのことを少し恐れていた。
ブラックマーケットとか砂漠で見せた大暴れもそうだし、あの透明な怪物と楽しげにやり取りをする姿も怖かった。
知っているつもりになっていた人の新たな面を見て、それがあまりにも普段の面とはかけ離れていて、どう接すれば良いのか分からなくなった。
私たちを助けてくれるのは分かっているけど、それでもやっぱり何処かでジンに対する恐怖があった。
「ギュグルルルル…」
でも、それも数分前までのこと。
私たちを守ろうとする姿は相変わらず力強いし、私たちに見せてくれるまん丸お目目は可愛いし、その在り方に偽っているような気配は感じられなかったから。
私たちを取り囲むようにして横たわり、喉を鳴らしながら翼の下に隠してくれている
『グルルオオオォォォッ!』
「ギュグアアアァァァッ!」
時代劇とかで見る鍔迫り合いのように角をぶつけ合い、ジンと三又角の竜は雄叫びを上げる。
両者一歩も引かない。自分よりも大柄なジンに張り合っているのが凄いのか、自分よりも小柄ながらも怪力を持つ相手に張り合っているジンが凄いのか、湧き出て当然の疑問ですら『そんな些細なもの、どうでも良いじゃないか』って思えるド迫力。
呼び寄せられた巨大生物たちの中で、一番最後に現れたのがあの生物だった。ジンと巨大生物たちの会議が終わりを迎えた頃、だったかな。
気性が荒いのか周りの巨大生物たちにいきなり襲いかかろうとしたのをジンが止めて、不服そうに喚いていたのを頬への平手打ちで黙らせたのが少し笑えたね。
『え?私はたかれた?』って言いたげなキョトンとした顔が、纏っている物々しい雰囲気とかと噛み合ってなくて面白かった。
いくら獰猛な生物でも不意打ちを喰らえばビックリするし、そこに地面を叩きながら『大人しくしてて!』と注意するような声を浴びせられれば気圧されてしまい、大人しくしている他なかった。
「あっ! ジンさんが!」
三又の角にジンの角を食い込ませて、首の力だけで地面に対して垂直に持ち上げる。自分よりも体格では勝っているはずなのに……突進を受け止めたのといい、あの竜は凄い怪力だ。
持ち上げたジンを背中から地面に叩き付けるみたいに、自分諸共後ろへ倒れ込む。
格闘技の中にあんな感じのがあった気がする……たしか、ブレーンバスターとかいう名前だったかな。
話し合いが終わってから、ジンは三又角の竜と数回言葉?を交わした後に取っ組み合いを始めた。
話が決裂したのかとも思える流れだったけど、その時の雰囲気はそんな感じじゃなかった。むしろ、話し合い自体は凄いスムーズに進んでいたように思う。
「でもジンだって負けてないわ!」
倒れている所に追撃とばかりに振り下ろされた三又の角。
それを起き上がった勢いのままにグルンと一回転して振り回した尾で弾いたジンの姿に、熱の入った応援をするみたいにセリカが拳を突き上げる。
弾いて怯ませたところに、掬い上げるようなアッパーカット。
回避されたけどそのままの勢いで尾を振り上げて空中で一回転。顎をかち上げ、落下の勢いを乗せた殴打を地面に打ち込んで3列の隆起を三又角の竜に向けて走らせる。
顎をかち上げられて隆起が迫ってくるなんて分からないだろうに、三又角の竜はサイドステップでこれを回避。
本能的に避けたんだろうね、回避した後に安堵したみたいなため息を吐いている。
「ゴギュルルルァァ……」
『ガヴフルルルっ!』
顎を叩かれて視界がふらつくのを無理やり直したのか、地面に顔を数回叩き付けた三又角の竜が苛立ちを感じさせる唸り声を放つ。
それに対してジンはどこか楽しそうで、はしゃいでいるみたいに明るい声色の鳴き声を放ちながら両前足で何度も地面を叩いている。
多分だけど、ジンと三又角の竜が今やってるのは殺し合いじゃない。話し合いで決着が付けられないから殴り合って決めようって流れになったんだと思う。
三又角の竜は殺気立っているけど、ジンは全く殺気立っていない。ジンとしては殺し合っているつもりじゃないんだと思うな。
不良少年漫画とかで見る『夕日に照らされる中でライバルと殴り合ってお前やるなって言い合う』みたいな認識をしている気がする。
「ジンさん、あれ煽ってません? お相手がかなり苛立ってるんですけど……」
アヤネの感想に私も同意。
ジンの楽しげな声を聞いて三又角の竜が苛立ちを募らせていくのが雰囲気でわかった。低い唸り声を立て、右足で地面を掻き、尾を叩き付ける。
態度もそうだけど、ジンを相手にお得意の潜行が使えないのも三又角の竜を苛立たせている気がする。
視覚に頼れない地中であの竜が頼みを置けるのは音だ。嗅覚とかも当てにならないだろうから、地中にいる間はどうしても聴覚に集中せざるを得ない。
それを、ジンは大咆哮で妨害出来る。破壊能力を持つ咆哮なんて地中で聞いてしまえば潜行を維持出来ない。
仮に無視出来るとしても、その咆哮を自分目掛けて放たれたとなれば自由な方向転換も難しいであろう地中では回避出来ない。
それにそもそも論として、地中に潜る為の穴掘り中にジンに捕まる。尾でも噛み付かれようものならそのまま引きずり出され、一方的に優位な試合展開に持っていかれる恐れだってある。
『あぐるるっ!』
相手の得意領域を封じ、機動力に勝る己の有利を押し付ける。
自分が優位にいるという慢心からなのか、それとも敢えて隙を晒して相手を動かし『有利かつ膠着』という状況の打開を狙ったのか。
ジンが尾を咥えた。刃のように変化している部分に噛み付いて、牙と刃状の甲殻の間で火花を散らす。
本当に彼女は生物なのか
生物の真似をする精巧な機械なのではないか
金属同士が擦れるような音を立てるその行為に、私はそうでは無いと分かっていつつも抱かずにはいられない疑念を抱かされた。
「ギュルググググ……」
三又角の竜が唸り、首を振りながら曲げる。雄叫びを放つ前兆だ。
私は耳を塞ぐ。ノノミ達も耳を塞ぐ。
周りにいる巨大生物たちも表情が変わる。周りの空気が張り詰める。
仕留めにかかる気だと、察するのにはあまりにも判断材料が揃い過ぎていた。
『グゴアアアアアアアアァァァァッ!』
耳を塞いで、それでも尚聞こえてくる空間を震わす野太い大咆哮。
背中を駆け抜ける悪寒。ヒヤッとした時、緊張した時に滲み出てくるものとは量が比べ物にならない程に吹き出してくる冷や汗。
暑いはずなのに体は震える。暑苦しくなると分かっているのに身を寄せ合って、目の前の怪物に視線を向ける。
ジンが特別に変なせいで忘れていたというか、麻痺していたというか。
普通、これなんだ。自分よりも大きくて力もある生物に遭遇したとなれば、こんな風に恐怖を感じることが普通なんだって思い知らされる。
黒色だった部位が変色、血のような赤色へと変わる。
体には赤色の筋が浮かび上がり、ジンの肉体に刻まれ発光する傷跡に似た変容が起こる。
どういう原理なのかは分からないけど肉体から吹き出している白煙が、三又角の竜の物々しくて禍々しい気迫をより掻き立てていた。
仕留めに掛かるんじゃない、殺しに行く気なんだと、簡単にあの怪物の思惑を読み取れた。
『グゴルルルル』
相対するジンも、三又角の竜の狙いが伝わったんだと思う。そして尾を咥えた理由、研磨も終えられていた。
刃状の甲殻が頑丈な牙で研磨され、甲殻に擦り付けられた摩擦で赤々と煌めいている。ゆらゆらと陽炎みたいなものに包まれて、相当な高温なんだろうなって察せられた。
あんなもので切り付けたら一溜りも無い。文字通り、一刀両断されるだろう。
『ウウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!』
雄叫びを上げて、その体から稲妻を放つ。
白い雷。全身の甲殻が展開して刺々しい風貌に磨きをかけ、口から赤い稲妻を帯びた黒煙が吹き出てくる。
顔が飲まれる。向こう側が見えない黒い煙の中に包まれているのに、それでも赤い目だけはギラギラとした光を宿している。
両前足にも黒い霧が漂っていた。
これもまた凄く禍々しくて、なにか
「ジン…」
目の前にいる自分を殺そうとする怪物に張り合うような気迫を纏っているのに、それでも殺意は感じられない。
むしろワクワクしているみたいな、そんな雰囲気すら感じる。
相手は自分を殺すつもりなのに、その余裕はどこから来るのか。
確かにジンは強いけど、相手だって彼女の怪力に張り合う馬鹿力の持ち主だ。それに角を突き立てられたらひとたまりも無いはず。
大丈夫なのだろうか。ジンは殺されないだろうか。
どうしようもない不安が渦巻いて口からポロッと零れ出た声は、多分誰にも聞こえていない。
『『グゴオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!』』
ジンと三又角の竜がぶつけ合った咆哮に掻き消されてしまっていただろうから。
周囲の砂を吹き飛ばしながら轟いた咆哮が消えたのと同時に、ジンたちは駆け出す。
三又角の竜が放った突進をジンは飛び越えることで回避、そのまますれ違いざまに背中を赤熱化した尾で切り付ける。
背中を守る甲殻が切り裂かれて、それでも三又角の竜は怯まない。
急ブレーキを掛けつつ後ろを振り返り、その勢いのまま三又の角を振り上げてジンの尾を真下から突き刺した。
「ジンッ!!」
骨が砕けたような音と、飛び出す血飛沫の音、砂を赤く染める鮮血。
とてもでは無いけど直視したくない光景、聞きたくない音だった。それを誤魔化したいという気持ちもあったんだろう、自分でも驚くくらいの大きな声が出た。
尾を突き刺しただけでは終わらない。
突き刺した勢いで頭を振り抜き、ジンを地面に叩き付けた。
潜行を封じるという優位から一転、角で地面に固定されてしまうという不利を背負わされる。
三又角の竜も折角捕らえたのだから逃すまいと、角を深く地面に突き刺して尾を完全に固定している。
『ギュゴルルルァァァ!』
自分の優位を確信し、勝ち誇るような雄叫びを三又角の竜が放つ。
ジンを自由にしないために固定していなければならず、その固定に自分の角を用いているせいで頭を下げているようにも見える不格好な姿だけど、それでもジンが劣勢に立たされているのは変わらない。
そんな中、ジンが仰向けの姿勢からゆっくりと体を起こす。
尾が捻れるのも厭わず、むしろ三又角の竜がしっかりと固定していることを確認するように振り返った。
『………』
無言のまま彼女は
前後の右足が後方に引かれる。
私は何となく、ジンが何をする気か読めていた。
『ギュウゥッ!?』
三又角の竜が呻いた。
顔の周りを光の玉が、ジンに力を貸している発電能力を持つ虫の集合体が飛び回っている。
それが竜の顔面に激突し、怯ませていた。
『ウオオオオオオオオオアアアアアァァァァッ!』
気合を入れるように吠えて、ジンは尾を角で突き刺されて固定されているのに力任せに体を回転させる。
複数の相手に取り囲まれた時に用いることが多い横薙ぎのサマーソルト。
捻れた状態で尾がピンと張った。千切れる、そう思ったよりも先に聞こえたのは地面が抉れる音。
三又角の竜は怯んでいるせいで踏ん張りが効かない。それではジンを地面に繋ぎ止められない。
それに三又の角が地面にしっかりと突き刺さっているとしても、その地面がジンの怪力に耐えられなかったとしたら?
「りゅ、竜が……」
「ぶっ飛んだぁぁぁぁぁ!?」
引っこ抜くというよりもブチ抜くと表現するのが正しいのではないか、とも思える力技。
角が食い込んでいた周囲の地面ごと、ジンは三又角の竜をサマーソルトでぶん投げてしまった。
土の塊が地面に落下する音や砂埃の巻き上がる音に紛れ、ぶん投げられた三又角の竜の呻き声が聞こえてくる。
切り裂かれた背中から地面に激突した痛みに身悶えているところに、ジンが追い討ち。
身を一瞬だけ眺めた後に飛び掛り、起き上がりかけていた三又角の竜の背中に飛び乗ると全体重を掛けて押し潰した。
振り落としてやる
怒声を上げて身を捩ろうとする三又角の竜が心の中で放った声が、聞こえたような気がした。
それはジンも同じだったんだろう。
尾を首に押し当てて『少しでも抵抗すれば首を切り落とす』と無言の脅しを仕掛ける。
自分が負けた、と三又角の竜が認めたのが雰囲気の変化で分かる。
溢れ出ていた殺意が引っ込められ、背中から降りたジンに頭をぐりぐりと押し当てる。
自分を負かしたジンを認めたとも気に入ったとも取れるその仕草に、負かした本人であるジンが一番困惑していた。
『ご、ごるるぁう?』
キョトンとして目を丸くしている。少し前までの流血を伴う殴り合いが嘘みたいだ。
私も、ジンに対する認識を改められた。
怖いけど、やっぱり頼もしい。
その認識はこの数時間後、カイザーPMCを巨大生物の大軍と共に容易く壊滅させたことでより強固なものになった。