「先生! ジンさん! 大騒ぎになっているからどうしたのかと思ったらお2人だったんですね! お久しぶりです!」
謎の巨大オオカミがミレニアムサイエンススクール内に侵入して駆けずり回っている。
時折見ることがある意味不明な夢なんかよりも数倍意味不明度の高い話を聞いたユウカは、すぐにその巨大オオカミとやらがジンであることに勘づいた。
最近動きがあったことは知っている。
アビドス高校自治区で巨大生物が多数目撃されるようになったというニュースを見た際に、ジンが複数の巨大生物を引き連れてのそのそ歩いている光景を見た際には飲んでいた飲み物をそれはもう盛大に噴き出したものだ。
「やぁ、ユウカ。久しぶり。元気そうだね」
「えぇ。元気そうというか、こうも滅茶苦茶にじゃれ付かれたら元気になるというか……」
『がぅふるるるるる♪』
先生としても初めてキヴォトスの地に足を踏み入れた初日に出会った生徒の1人であるユウカとの再会は嬉しかった。
彼女の元気そうだねという言葉にやや困り顔で答えるユウカの顔は、既にジンの強烈なじゃれ付き攻撃の被害を受けてヨダレでベッタベタにされている。
メイクをしていたとなればそれはもう悲惨なことに成り得る状況下ではあるが、ユウカは半ば諦めているという形で受け入れていた。
それに純粋な好意で甘えているのは分かっているし、書類整理等々で大なり小なり疲れていた所にこの強烈なじゃれ付きはリラックス出来て良いものでもあった。
「す、すごい……見てよお姉ちゃん! ユウカさん、あんなヨダレでベタベタなのに平然としてるよ!」
「うわっはははは! 今むりぃ〜〜!!!」
尊敬なのか驚きなのか、ちょっと釈然としない大声をミドリが上げたがモモイに返事をする余裕はない。
『ぐぅうるるるるる♪』
バカっぽいという火の玉ストレートを叩き付けられて拗ねてしまったジンを慰めていたことで、2人はすっかり打ち解け合っていた。
先生とユウカが会話をしている中、ジンの角の間にモモイを座らせて走り回っている。
他の生徒達も巨大生物が危険な生物どころか誰かとじゃれ合うのを楽しみ、じゃれ付き具合の加減も可能だと知ると再びざわつき始めていた。
「凄い……あれだけの巨体、四肢にかかる負担は相当な物だと思われるのに軽快な走りを見せている……! あの身体メカニズムを解明出来れば、もっと役立つパワードスーツが!」
創作意欲がモリモリ湧き上がっている生徒がいれば
「既存の生物のどの特徴とも合致しないぞ! 顔立ちはオオカミに似ているがあの角はなんだ!? 尾の形状も初めて見るタイプだ! なんだ、あの生物はなんなのだ!?」
知的好奇心がビンビンに刺激されている生徒もいる
「撫でたい」「モフりたい」「舐められたい」
単純にジンとじゃれ合いたい生徒も現れ、周囲の人混みはその密度と騒がしさが加速度的に増して行っていた。
「ジンって、不思議な生き物ですよね。見た目は如何にも近寄り難い危険生物って感じなのに、ああやってはしゃいでいる姿を見ると」
「うん、私もそう思う。危険生物っぽさが吹き飛ぶんだよね」
再会の挨拶も程々にして、2人は駆け回っているジンへと視線を向ける。
すっかり打ち解けたモモイの頭に乗せて爆走していたジンが止まっており、四肢を屈めて座り込んでいる。どうやらモモイが軽く酔ってしまったらしい。
振り落とされないよう角にしっかりと掴まっていたこともあり、疲労が現れたのもあるのだろう。
ジンが顎を地面に接地させると手をプラプラさせながらモモイが飛び降り、そのままジンの右前脚へと腰を下ろす。
「ふいぃ〜〜! 楽しかったけど酔ったよ〜!」
『くるるるぁう♪』
「うわっ!? ちょっと、もう! ビックリさせないでよ!」
許可していないのに足に座られたがジンは怒らない。見た目はバカっぽい目をした巨大生物であるが、中身はブルーアーカイブに登場する生徒達を愛おしく思っている元人間だ。
足に座られるくらいは屁でもなく、虫の居所が悪い時でもなければ怒る必要もない。だが近くで無防備を晒されたとなればイタズラもするしじゃれ付きもする。
酔いを誤魔化すように息を吐いているモモイの頬を巨大な舌でベロンと舐め、驚いた彼女の反応を楽しんでいた。
「あ、あの……撫でても、良いですか?」
どこからどう見ても危険性は視認出来ない。そうとなれば興味関心を堪えられなくなる生徒が続出し、座り込んでモモイを構い倒しているジンが取り囲まれた。
『あぅあゔ!』
「わっ、凄い! 顎の下サラサラしながらも硬い!」
「オオカミでありながら甲殻や鱗が確認出来る…ますます意味が分からないが、それが更に私の好奇心を掻き立てます!」
「なるほど……自重を支えている要素のひとつはこの逞しく発達した四肢か。後脚は前脚に比べれば小さくとも、それでも十分に自重を分散させ支え切る事を可能として……」
ネームドキャラが人気になるのは当然だが、ブルーアーカイブは固有名を持たないモブキャラ達もデザインが特徴的であり大変可愛らしいものである。
それに取り囲まれて優しい手つきで触れられ、撫で回され、ジンは心底満足といった様子で目を細めている。モモイへのベロベロ攻撃を続けながら。
「はぁ……ジンさんがモモイにああもじゃれていると、ゲーム開発部の今後について話すつもりだったのに気分が削がれるわね」
「あはは…彼女たちから手紙がシャーレに届いてね、少しは話は理解しているよ」
部活の存続に関わる内容の救援要請となると、先生もどう手を貸したら良いのか分からない。
物的支援をしてどうにかなるものでもなく、アビドス高校のように校舎を狙う生徒達を追い払うような真っ先に取り掛かるべき事案も見えてこない。
ならばとりあえず、1度ミレニアムサイエンススクールに赴いて実際に話を聞いてみることに先生は決めた。
助けを求めてきてくれたゲーム開発部について以外にも、彼女には聞きたいことがあった。
「ユウカ。この近辺で見慣れない生物が確認されるようになった……そんな話は聞いてないかな?」
アビドス高校自治区にモンスターが現れた。
ならば他の学校の自治区内でも出現している可能性は考慮すべきであり、小型であっても生徒達へ十分危害を与えられるモンスターの危険性を直接見た先生は見過ごせない。
既に連絡可能な範囲でキヴォトス内に存在する学園へ未知の生物の存在が複数確認されていること、危険なため刺激せず遭遇時には逃げに徹すること、発見した際はシャーレへ連絡するようにと通達は行っている。
だが通達したからはいOK、と片付けられる簡単な案件ではない。
そこにゲーム開発部からの救援要請が届いたのはミレニアムサイエンススクールに赴く口実にもなり、先生としても有り難い手紙になっていた。
「アビドス高等学校での件ですね。ニュースにもなっていましたし、モンスターに関してはミレニアムでもチラホラと確認されているので対策を講じていたところなんです」
ユウカがミレニアムでもモンスターの姿が確認されている、と先生に打ち明けたのと同時にジンが身動ぎした。
起き上がるつもりなのだと察したモモイが前足から降りると、ジンはその巨体をのっそのっそと揺らしながらユウカへ近寄る。
「被害は?」
「追い掛けられたり飛びかかられるといった被害は出ていますが負傷者は少数ですし、その負傷も逃げる際に転げて擦り剥いた等の二次被害ですが……確認されたモンスターはこの2種類です」
セミナーはミレニアムサイエンススクール自治区内に出現しているモンスターへの対策を講じるために、生徒達から写真も集めている。
ユウカの元にも情報提供や写真提供が行われており、部外者ではあるがモンスターへの理解があり信頼出来る相手である先生なら見せても大丈夫だろう、と自身の携帯を見せた。
「これは……昆虫?」
ミレニアムサイエンススクールにて存在が確認されている2種類のモンスターというのは、どちらも昆虫のような見た目をしていた。
ヘラクレスオオカブトの前半分とコオロギの後ろ半分を接合したような地上性昆虫
左右へ飛び出すような特殊な形状の胴体と、その胴体とは不釣り合いな小さい頭部を備える飛行性昆虫
「私たちは前者をカブトモドキ、後者をガモドキと呼んでいます。生徒を襲うということは危害を加えられ、いつか実害が及ぼされる恐れもあります。それなのに学名等を考えている余裕は無い、というのがセミナーの判断で……ジンさん?」
話途中のユウカはじーっと自分を覗き込んでいるジンが気になってしまい、言葉を切り上げて彼女の方へ視線を向ける。
ジンもユウカの携帯画面を覗き込んでおり、そこにいる2種類のモンスターを確認していた。
『わぅぐるるるる……』
体を揺すると肉体に潜んでいた雷光虫達が飛び立ち、青白い光を描きながら空中に整列して文字を描いていく。
背景が青空であり視認性には少し難があったものの、読み取るのはそう難解でもなかった。
「カンタロスとブナハブラ……これがこのモンスターたちの名前?」
『ぐあぅるる』
ジンが先生の問い掛けに頷き、目を細めて口を半開きにする。
嫌な過去を思い出していた。
クエスト目標の大型モンスターと戦っている時に横から麻痺針をぶっ刺されて麻痺してしまい、攻撃をモロに食らい一乙した過去
運搬クエスト進行中、お目当ての運搬物を運んでいる最中に飛びかかられて運搬物を落としてしまいやり直しになった過去
変なところでモンスターの体液やら甲殻が必要となり、毒煙玉を用意したのに必要数に1つ満たない『妖怪一足りない』の被害にあった過去
『グガルルルルル……!』
思い出すだけで腸が煮えくり返り、ジンが不愉快そうに唸った。
いきなり彼女が唸り出すものだからユウカ達は驚くし、周りの生徒達は警戒するしで周囲の空気がピリつく。
この中で一番付き合いが長い先生だけは、ジンが少しイラついているのを感じ取っていた。
「よしよし……何か嫌な思いでもさせられたんだね」
『クゥン…』
ジンの右前脚を撫でながら慰めるとジンも嫌な過去を思い出して荒んだ気持ちをどうにかしたくて、甘えるような声を出して先生へ角を擦り付ける。
「んん〜〜? これ、どこかで……」
「…あ! お姉ちゃんこれ、この前部室に出た虫だよ!!」
飼い主と飼い犬がじゃれ合うような微笑ましい光景にほっこりしていたユウカの携帯をモモイとミドリも覗き込み、以前ゲーム開発部の部室に出たというトンデモ発言をかます。
「部室に出たァ!?」
『がぁうあうッ!?』
ユウカとジンが驚きの声を上げながら2人へ視線を向けた。
「そうなんだ! 一昨日とかそこら辺かな? 少し部室を片付けていたら、この写真ほどでっかくないけどソックリなのがいたんだ! 煎餅よりも小さいくらいだったし、幼体だったのかな?」
「ビックリして思わず叩き潰しちゃって……変わった虫だとは思ったんですけど、その時は大して気にしなかったんです。多分、その時潰したのはカンタロスかと…」
写真と同サイズの個体が現れたのでは無いというモモイの発言と、叩き潰せてしまう程度には弱いというミドリの発言。
それはつまり、ミレニアムサイエンススクールの何処かで少なくともカンタロスは繁殖してしまっているという事を物語っていた。
「幼体の発見報告は?」
「初めて聞きました……参ったわね。繁殖しているとなれば、早急に対策を」
「その対策を、シャーレにお願いしたいと思うわ」
何を食料として繁殖しているのか、どこで繁殖を行っているのか、繁殖のペースはどれ程のものなのか。
実害が出る可能性が高まってしまい頭を抱えそうになったユウカの動きを静止したのは、この場に居なかった第三者の声。
先生とジンは誰だろうと気になり、ユウカはなんでここにいるのかと驚き、顔を声の聞こえた方へ向けた。
「シャーレはモンスターへの理解があり知識もある……そうよね、先生?」
「リ、リオ会長!?」
ミレニアムサイエンススクールの生徒会 セミナーの長
調月リオ
(声がついてるるる!! リオ会長喋ったぁぁぁァァァ!?)
初めて聞いた調月リオの声に、ジンは内心舞い上がっていた。