『ぎゅうぁっ』
飛びかかりながら硬い嘴での殴打を試みたイャンクックが最後に発した声は、ジンによる噛み付きで喉を締め上げられたことによる苦しげな呻き声だった。
そのまま噛み潰され、頭がゴロンと地面に転がる。司令塔を失った胴体はその場に崩れ落ちて本来ならば勝者であるジンの糧になるのだが、今はそうもいかない。
『グルルルァァァッ!』
右翼の付け根にジンが噛み付くと死骸を振り回し、背後から飛び掛ってきたナルガクルガ亜種へと叩き付ける。
地面へと打ち付けられたナルガクルガ亜種だったが追撃のお手が炸裂するよりも素早く体勢を立て直すとサイドステップで回避し、彼女の右側面へと回り込む。
ナルガクルガに相応しい身軽な身のこなしで難を逃れたが、ジンも追撃の手は緩めない。
『ぶっ!?』
お手を放った右前脚を軸とし、体全体を反時計回りに回転させて尾でナルガクルガ亜種の頭部を殴打した。
捻りが加えられていた事で刃となっている尾側面の甲殻による切り付けではなく、リオレイアから継承した毒針による打撃となる。
突き刺さった毒針から猛毒が流し込まれたナルガクルガ亜種は顔を歪めている。打撃による外部からの痛みと毒による内部からの痛みに板挟みにされ、足取りが怪しくなる。
「ジン後ろ! でっかいのが!」
『ぐぁう!』
建物の中に避難している先生の声は何体いるのかも分からない大型モンスターの群れが立てる騒音に掻き消されかけているが、ジンにはしっかり届いていた。
背後に位置取っていた、極めて特徴的な形状をしている尾を振り回した遠心力を用いて自身の巨体を投げ飛ばす形で飛んできてきる
ジンに匹敵する巨体が遠心力に乗って飛んでくるとなれば、その破壊力は想像を絶する。
直撃なんてすれば文字通り木っ端微塵にされてしまうか、超重量にすり潰されて挽き肉にされてしまうだろう。
『グオオオァァァッ!!』
『ゔあっ!?』
回避するのが当然だが、ジンはそれを拒否して真っ向から迎え撃つ。
両前足を持ち上げて二足歩行の姿勢を取り、尾を地面へと振り下ろして埋め込むことで体を固定。
飛来してきたドボルベルクを待ち構え、強烈な激突音と共に受け止めた。
「と、とめ、た……? あんなに大きいのを、止めたぁ!?」
「ジンさん大丈夫かな!? あんな無理して、絶対骨とか!」
恐怖を与えてきた対象でありつつも、ジンは自分達に可愛らしくじゃれ付いてくれた相手でもある。
そんな人物が無理をすれば怪我をしていないか心配するのもごく当然でありモモイとミドリは飛び出しそうになったが、先生が腕を2人の前に出して制する。
「まだダメ。終わってない」
『ヴルルルルアアアァァァァ!』
受け止めたドボルベルクの尾にジンは噛み付いたが、硬い甲殻に覆われており牙の通りが悪いのかすぐに口を離す。
だが諦めない。前脚を何度も何度も振り下ろして尾の甲殻へと叩き付け、甲殻に亀裂を走らせる。
ジンがブルーアーカイブの世界に迷い込んだ時点でのモンスターハンターシリーズにおいて、尾を部位破壊出来るモンスターは相当数存在するがドボルベルクとその亜種はその中でも変わったタイプの部位破壊が起こる。
1段階目が甲殻への亀裂。この状態で尾が地面に埋まる攻撃をした際、ピッケルがあれば採掘が行えるという狩猟には役立たない小ネタがあった。
そして2段階目が痛々しいのだが、甲殻が丸ごとボロッと外れるのだ。ある意味では在り来りな尻尾が斬り落とされるタイプの部位破壊より痛そうにも見える。
(ヒビ出来たァッ!)
執拗な殴打によって甲殻が耐えられなくなり亀裂を生じさせると、そこにジンが再び牙を突き立てた。
今度は守れない。亀裂の隙間に彼女の牙がしっかりと入り込み、そのまま甲殻に守られていた肉体内部へと突き刺さる。
ドボルベルクが激痛に耐えかねて吠えようとしたが、それは叶わない。
アビオルグを仕留めたのと同様に体内へ直接電撃を流し込み、そのまま感電死させてしまった。
『ヴヴヴアアッッ!!』
まだ終わらない。背後には打撃と毒の二重苦に苛まれながらも今だ存命のナルガクルガ亜種を筆頭に、多数の大型モンスターが控えている。
これ等を蹴散らすのは無理だ。数が多過ぎる。時間も無い。
ブルーアーカイブ本編ではゲーム開発部が廃部回避のためにヴェリタスの力を借りて発見したとある物を手に入れる為に廃墟を訪れ、そこでとある人物と出会う。
その人物は人外的身体能力を持つ生徒が多数いるキヴォトスにおいても特に抜きん出ているが、モモイたちと出会うまでその人物は眠っているのだ。
(急がないと、間に合わないかもしれない!)
余程邪悪な心の持ち主でもない限り眠っている人物を見付けたとして襲うことは無いが、今の廃墟区画を牛耳っているのは人間ではなくモンスターだ。
邪悪だ善良だの区別はない。無防備なのであれば子を失ったばかり等の特別な場合を除いて襲い、殺し、食らう事が突然の生物達が支配している。
モモイ達がその人物を発見するまでに要した時間は不明だが、遅くなれば遅くなるだけ先にモンスターがその人物を発見してしまう可能性が跳ね上がり続けることとなる。
どれだけ人外的身体能力を持っていようとも無防備な状態で、頭部を食い千切られたり胴体へ風穴を穿たれたとなれば絶命は避けられない。
「うっっっそぉ……」
絶命させたドボルベルクの死骸を首の力だけで持ち上げ、弧を描くように振り上げた。
ジンとほぼ同等の全長を誇り、彼女よりも重量級ではないかと思わせる重厚な体格が振り上げられる光景に先生はポカーンとする。
『に"ゃっ、』
振り上げられたドボルベルクの死骸は二重苦に苛まれて動けないナルガクルガ亜種を叩き潰し、絶命させた。
この場にいる中では最も巨大であるというだけで襲われにくく、警戒の対象ともなるドボルベルクが容易く受け止められて殺されたとなり、周囲の大型モンスターのジンに対する警戒心はより強固なものとなる。
その警戒心がどれ程のものなのかを確かめるべく、ジンはドボルベルクの死骸の上へと飛び乗った。
(おーおー、見てる見てる)
イャンクックを一撃で葬り去る残忍性を持ち、機敏性に富むナルガクルガ亜種を身軽な動作で翻弄し、重量級であるドボルベルクを受け止め投げ飛ばせる怪力も秘めている。
警戒するなという方が無理なだけの存在感と脅威度をジンは示した。
アビオルグとの一件もあり彼女も警戒心が強まり殺気立っている。
それも良い方向へと作用し、彼女達を取り囲んでいた大型モンスターの群れの中でも弱い部類の個体は逃走しており包囲網に穴が空いていた。
『グヴルルル……』
牙を見せつけながら唸る。
静電気が周囲へ散布され、肉体に取り付いていた雷光虫だけではなく緑化が進行した廃墟区画に元々生息していた雷光虫にもアプローチが行われた。
周囲の草むらや建造物の残骸に繁茂していた苔や蔦に潜んでいた雷光虫が集まり始め、ジンの周りが青白い光の粒によって彩られていく。
「……綺麗」
自分を取り囲んで威嚇している多数の大型モンスターの前で光の粒を身に纏うジンの姿は野生の力強さを感じさせつつ、幻想的にも見える雰囲気を纏っている。
ミドリが抱いた感想は自然と口から漏れており、ジンの耳にも届いていた。
抱いていた恐怖が幾分か緩和されそうになったが、そんな事は起こらない。
静かに、ジンの甲殻が展開される。
金色の毛が部分的に混ざる帯電毛がゆらゆらと逆立ち、甲殻の隙間から白い光が立ち上る。
通常のジンオウガにおける超帯電状態へと移行した。
『ヴルルルルル……』
低い唸り声を発し身を屈めた。何かを仕掛けてくると相手に予感させる予備動作であり、力を貯める動作でもある。
ジンを取り囲む大型モンスターの群れを構成する1頭 夜鳥 ホロロホルルは翼を持つ者特有の得意領域である空中へと飛び上がり、ジンの出方を伺いつつ安全な場所へと避難した
空中に居れば安全であると、気を抜いていた。
ジンの姿が忽然と消えるまでは。
『ほろっ!?』
驚きの声を漏らしたのとホロロホルルが絶命したのはほぼ同タイミング。
足場としていたドボルベルクの死骸を蹴り飛ばしてジンは跳躍しており、上空にいるホロロホルルの顔面に食らい付いていた。
生物共通の急所ということもあり頑丈な頭蓋骨に保護されている頭部だが、ジンの咬合力を耐えるのは無理だった。
骨が碎ける嫌な音を立てながら元夜鳥だった肉塊は墜落し、足元にいた爆鎚竜 ウラガンキンへと落下していく。
攻撃しながら火薬岩を撒き散らす際によく行う尾を振り抜く動作で墜落してきたホロロホルルを撃ち落としたが、墜落させた張本人であるジンの姿が無い。
『ガアァッ!!』
落下してくるホロロホルルに気が向いて視界の下方向に死角を生じていたウラガンキンが、ドボルベルク程では無いにせよ巨体である筈なのに後方へと引っ張られる。
迎撃の為にウラガンキンが肉体を回転させた隙にジンはホロロホルルの死骸を蹴って跳躍しており、ウラガンキンの真上を飛び越えていた。
尾の先端に食らい付き、強引に引き倒して姿勢を崩すと再度跳躍。空中で身を捻りながら落下し、ディノバルドから継承した尾の側面を覆う刃状の甲殻を首へと叩き付ける。
(逃げてくれれば御の字なんだけど……逃げないねぇ……)
大暴れと大虐殺を見せ付ければ怖気付かせることが出来て逃げてもらえるかと思っていたが、ジンの思惑は外れる。
短時間で5頭の大型モンスターを仕留めたというのに、逃げ出した個体数よりこの場に留まっている個体数の方が明らかに多い。
かなり好戦的な個体が多いのか、それとも何か廃墟区画を進むのを足止めしたい理由があるのか……
いずれにせよ、超帯電状態に移行した
(さぁてどうなるかなぁ!)
現在のジンはモンスターから継承した部位や能力を除けば、容姿はヌシ・ジンオウガと金雷公を混ぜ合わせたようなもの。
戦闘方法も基本的にはジンオウガの動作をベースとしつつ他モンスターの動きを組み合わせてみたり、モンスターハンターシリーズ内で見せたことは無いもののジンオウガならやりかねない動作が大半を占める。
超帯電状態もジンオウガ特有の能力であり、亜種や二つ名個体にもこれに相当する能力が確認されている。
そしてその中でも雷狼竜の王と呼ばれることもある金雷公には、
(まだ試したことは無いけども、やってみないと事態が好転しないからなぁ! ぶっつけ本番上等だァ!)
激しく暴れ回っていたジンがピタリと止まり、歯を食いしばりながら佇む姿は不用意な接近を許さない気迫を纏う。
隙だらけなのに大型モンスターは攻められない。無策に、無謀に近寄れば雷に撃ち抜かれて殺されると感じていた。
『グヴゥルルル……ガルルァァヴ!』
地面を何度も叩きながら力を全身へと込め、蓄電殻をフル稼働させて猛烈な勢いで静電気を生み出しては帯電毛へと集めていく。
地面を叩き、身体を震わせ、雄叫びを放つ度に帯電して淡い白を混ぜた黄金色に輝く帯電毛が揺れ動き、その動きに合わせて静電気が撒き散らされ、更に大量の雷光虫を呼び寄せる。
雷光虫はジンの生み出した静電気を受け取ることで活性化し、今までであれば超電雷光虫と呼ばれる個体へと変化していた。
それが今回は異なる。普段よりも遥かに強力である静電気は雷光虫をより強く刺激し、より激しく活性化させる。
(偉く強くて個人的には少し苦手だったんだけど、やっぱり金雷公は格好良かったからさぁ! 真似できるなら真似してみたかったんだよ!)
モンスターハンターシリーズを遊んだことがあればお気に入りのモンスターの1体や2体は見つかるものだ。
そこからお気に入りだけは捕獲するとか、お供無しで真っ向勝負を挑むとか、各々が各々なりの方向で沼って逝く。
ジンの場合はジンオウガに沼っていた。
モンスターハンターストーリーズ2で初めてジンオウガがフィールドに現れた時も、当時の適正レベルを考えればまだ勝ち目が薄い中で突撃してタマゴを確保、ラスボス戦を終えるまで常に相棒としていた。
そんなジンオウガ種の中でも特に金雷公には半ガチ恋レベルで沼っており、3Dプリンターを購入して自分なりにフィギュア作ってやろうかと本気で検討するくらいには沼った。
それ程までに熱中させられた相手と同じことが出来るかもしれないという幸福感と、本来生存するはずの人物が死亡してしまう恐れがあるから早く切り抜けばならないという焦りが、彼女の肉体に力を与えた。
『……!』
『〜〜ッ!!』
大型モンスターの群れにもざわめきが走る。ここまで来てようやくジンが願った通りに逃走する個体が目に見えて増える。
本来この世界に存在し得ない大型モンスターが存在出来ているのは黒龍による介入の余波と、ブルーアーカイブの世界に存在する『恐怖』という概念が上手く噛み合った結果。
人知を超える力を有し、生身の人間ではどう足掻こうと抗えない暴威を振るう恐怖そのものであるからこそ大型モンスターはこの世界でも大型モンスターで居られる。
その大型モンスターが恐怖している。目の前で力を溜め、今まさに新たな段階へ1歩登ろうとする特異な恐怖を相手に恐怖した。
『アウヴルルルルッ!! ガァァァヴ、アアァァァッ!』
両前足を持ち上げながらジンが吠えた。体を左右に震わせ、目を見開いて高らかに吠える。
彼女の周囲へ黄金色の落雷が大量に発生。晴天でありながら何度も何度も降り注ぐ落雷は次第にジンへと近寄って行き、先生達が危ないと思った時には直撃していた。
同時に強烈な黄金のスパークが凄まじい風圧と衝撃波を伴って迸る。
自身が生み出した静電気によって活性化させられた超電雷光虫より上位の雷光虫 重雷光虫に与えられた電気エネルギーが最大まで溜め込まれたジンは、超帯電状態を超えた状態へと移行した。
(す、すげぇ……ほんとに出来ちゃった……)
お目当てだった金雷公特有の形態
真帯電状態に
本来の金雷公の真帯電状態と異なり、黄金色の電撃は同様だがそこに緑色の稲妻が混ざっている。
それにジンは気付いていない。気付いていたとしても、何事かと考察する暇は無い。
全身に漲る力が抑え切れない。これなら力で勝ろうとも数の暴力で押し切られるかもしれない現状を引っくり返し、先へ進めるかもしれない。
(これなら突っ切れる!)
事態が好転するかもしれない切っ掛けを得たジンは嬉しさと漲る力に突き動かされ、息を大きく吸い込む。
『グクルオオオアァァァァアアアッ!!!!』
廃墟区画全域に轟く咆哮はジン達を取り囲んでいた大型モンスターの群れにとって、最大級の威嚇になってくれた。
「みっ、耳がっ!!」「お姉ちゃん耳塞いで!」
「ッ、ジンは大丈夫なの!?」
才羽姉妹は初めて経験するバインドボイスに身を硬直させている。
経験がある先生もジンが見た事のない姿になり、相当な無理をしているように見えて胸がザワザワと騒ぎ出して落ち着かない。
『…………何カ、来タヨウダ』
廃墟区画が変容した元凶である翁は、自分の領域に鳴り響く聞き慣れない雄叫びに不愉快そうな声を漏らしていた。