「だ、大丈夫……なのかな……」
最初に廃墟区画へ踏み入った時同様の不安感に襲われながらモモイ達は探索を再開した。
ジンが撒き散らした電撃によって持ち込んだ電子機器の類が壊れてしまった……なんてことは無く、モモイがゲーム開発部廃部を回避する為に探し求めている物の反応を目指して歩を進める。
小柄な肉体に似合う小さな歩幅での歩みは、その小柄さに似合わない重々しさを伴っている。
目的物があるかどうか不安になってきたから、では無い。ヴェリタスの力も借りているのだから無いという事は無いだろう。
「一応……ジンさんが見てくれてはいるけど……」
ミドリも身を縮めてモモイにピッタリと寄り添い、目に見えて怯えた様子で周囲を見渡しながら歩いている。
彼女達の歩みを重くしている原因は、彼女達を取り囲んでいる大型モンスター達はせいだ。
自分達を襲うのでもなくどこかへ誘導しているのでもない。モモイ達を守るように円陣を組み、彼女の進行方向に合わせて移動している。
『ぐぉうゔるるる……』
数分前まで殺そうとしていた脆弱な生物達の小規模な群れを、大型モンスター達が護衛するような挙動をする原因となったジンは大きな欠伸している。
目付きは依然として普段のバカっぽいまん丸お目目ではなく、警戒心を緩めない野生動物を思わせるものだが少なくとも纏っている雰囲気は幾許か緩んでいるのが欠伸する姿から伝わった。
「せ、先生……この大きなモンスターたちに囲まれて、なんでそんな平然としていられるの……?」
「まぁ…色々ね、あったんだよ。大人っていうのはそういうものでね」
アビドス高校でもジンが大量の大型モンスターを引き連れてカイザー陣営と激突した光景を目にしている先生は、自分を容易く殺せてしまう生物に取り囲まれている状況に多少の恐怖心は抱きつつも冷静さを失わずにいられた。
我ながら変なことに慣れたなぁ、と操作していたシッテムの箱をしまった先生は苦笑いを浮かべる。
(あーあ、やっちまったなぁ…)
のそのそと緑化した廃墟区画の地面を踏みしめるジンは内心で激しく後悔していた。
オオナズチとの接触によって大型モンスターと言葉を交わすことが出来たジンは、その力を用いてアビドス廃校対策委員会とカイザー陣営のゴタゴタを乗り越えている。
廃墟区画もそう出来れば良かったのだが、今回は言葉でのやり取りを最初から選択肢より排除していた。
平和的解決であり最もクレバーなやり方ではあるのだろうが、仮に話し合いが拗れて時間を食ってしまえばそれだけこの先に待ち構えているはずの人物の身の安全性が加速度的に損なわれる。
故に大虐殺を見せ付けて逃走か服従を迫るという暴君を思わせる選択肢を取り、結果として最後まで残り続けた大型モンスター全ての心をへし折り従わせた。
『ぐぁう』
『っ、ぎきぃ?』
真っ先に逃走し、大虐殺が撒き散らす音が聞こえなくなり戻ってきたアルセルタスにジンは声を掛けた。ねぇねぇ、くらいの軽い声掛けだった。
それに対してアルセルタスは本気で怯えており、体を小刻みに震わせながら反応を示す。誰がどう見ても怯えていた。
彼だけでは無い。
ジンに裏拳で殴られ気絶していたドスファンゴも
大量の部下を殺害されたドスフロギィとドスバギィも
種族と属性の2面で後輩と言えるトビカガチも
亜種になれば同属性を扱えるようになるアンジャナフも
足首に噛み付かれて足を引き摺っているリオレイアも
尻尾を斬り落とされたゲリョスも
それ等全ての大型モンスターが、ジンに対して明確な恐怖を抱いていた。
「どうして私たちを襲おうとはしないんでしょうか……簡単に食べられちゃうのに…」
「私たち、特に私はこの中じゃ1番長い時間をジンと共にしているからね。彼女の匂いが付着しているだろうし、そんなのを襲うことは出来ないと思うよ」
無邪気にじゃれ付いているだけであり本人にその意思は無いが、ジンの行為は野生動物が縄張りを主張するために樹木に引っ掻き傷を付けたり体を擦り付けて匂いを付けるマーキングの効果もあった。
生息圏に踏み入ってきて破壊的な大虐殺を見せ付けてきた相手と同様の匂いを漂わせているモモイ達を襲うなんて選択肢は、錯乱したとしても捻出されないだろう。
まだまだ大型モンスターとの関わりが少なく怯えている才羽姉妹を落ち着かせながら、先生は先頭を歩くジンの後ろ姿に首を傾げた。
(ジン……貴女、焦っているの?)
(何処だぁ…たしか原作だとロボット兵に追いかけ回されてって流れだよなぁ……?)
大型モンスターの群れが自分に対しての恐怖に基づいて同行してくれているのは悲しいが、それを悲しんでいる暇はジンにはない。
機械じかけの花のパヴァーヌ編の内容を思い出しながらお目当ての建造物 工場を探す。
本編ではゲーム開発部が廃墟区画探索中にロボット兵とエンカウントしてしまい、逃げ回った先が工場だった。
そこで資格がどうのとやり取りがあった後に床が抜け、落ちた先でモモイ達はとある人物と出会う。
(わっかんねぇよどれが工場なんだよ!)
建造物は苔や蔦、立派に成長した樹木によって隠されていたり見た目を変貌させられているせいでパッと見では工場なのか否なのかが判別出来ない。
原作でもモモイ達が建物に逃げ込んだ後に「工場かな?」的な物言いをしただけであり、どんな外観をした建物なのかの言及も無い。
言及があったとしても原作とは掛け離れた風貌になってしまっている現状では見付けるのは至難だ。
同行してくれている大型モンスター達に探索を頼んでみたが、そもそも工場という建物を知らない。
複数の大型モンスターが徒党を組むことで、先程までの殺し合いに加わらなかった大型モンスターとの遭遇は回避出来ている。
滞りなく廃墟区画の探索を進める為にも、大型モンスター達を探索に向かわせ手元から離れられてしまうのは少しの躊躇いがあった。
(それにしても凄い有様だなぁ……)
科学技術が他校と比較しても突き抜けているミレニアムサイエンススクールの自治区内だとは思えない有様は、生前見たアニメや遊んだゲームに登場する人が消えて長い年月を経た元都市を思わせる。
すぐ近くに人が住んでいる地帯があるのに、ここだけまるで雰囲気が異なる。
悲しいくらいに静かでありながら、生息しているモンスター達が纏う気迫や殺意が溶け込み重々しい雰囲気が充満している。
(やっぱりこれムフェト案件かな。廃墟とはいえゲーム内の絵だとここまで自然に飲まれてはいなかったし、リオもいきなりこうなった的な言い方してたしなぁ……)
環境を都合の良いように書き換えてしまえる古龍種 赤龍 ムフェト・ジーヴァ。
出現するだけで天候を乱す古龍種の中でも異質な力を持つかの古龍であれば、廃墟区画を森林に飲み込ませてしまうくらいは容易いだろう。
それにジンがまだ存命だった時点でのモンスターハンターシリーズにおいて、木々の成長速度に干渉する能力を持つ古龍種は存在しなかった。
分泌液で植物の成長を促すガランゴルム、鉱脈を探したりや縄張りを誇示する為に切り崩した地点が耕されて植物が生えるようになるディノバルドのように意図的・恣意的に干渉することはあっても、ここまでの変貌を引き起こすのは無理だ。
(急がないと……ムフェト案件ならアリスの身が無事な可能性なんてほぼゼロだぞ…)
黒龍クラスの超危険生物なのではないかと一部のプレイヤーが考察するだけの実力と危険性を持つムフェト・ジーヴァが居るかもしれないとなれば、廃墟区画を長々と探索するのは自殺行為とも言える。
そして何よりもモモイ達がこれから出会う人物 天童アリスと後に名付けられる少女の身の安全性も無いと断言出来てしまう程に低下する。
一刻も早くアリスが眠っている場所への入口となる工場を見付け出さないと……ジンは最悪のケースを予感し、今にも駆け出しそうになった。
「ジン、落ち着いて」
それを先生が止めた。いきなり話しかけられ、しかも落ち着いてという脈絡のない言葉を投げ掛けられ、ジンの体がビクンと跳ねる。
先生達に背を向けたまま顔だけ振り向かせたジンに、先生は笑顔を見せる。
「何かを気にしているのは分かるけど、焦っていては見落とすはずがないものまで見落とすよ。冷静に行こう、ね?」
『…………ゔぁう』
短い返事をし、ジンは前を向いた。
仮想した相手がムフェト・ジーヴァというかなりの危険生物ということもあり、ジンは自分で自分を焦らせていたと振り返る。
何もムフェト・ジーヴァが絡んでいると確定した訳では無い。環境の書き換えという芸当を既に1度見た事があるからと、過去の事例に囚われていた。
ここはブルーアーカイブの世界にモンスターハンターの要素が混ざった世界である。ジンの想定を超える事態が起きても、ジンの知らない大型モンスターや属性が飛び出してきも不思議では無い。
何しろ、ジン自身が既にモンスターハンターシリーズから逸脱した存在なのだから。
ああかもしれない、こうかもしれないと予測を立てるのは良いがそれに囚われ過ぎては視野狭窄を起こす。
持ち前の知識とは異なる出来事が起こり得るのが、ジンの身を置いている世界なのだから。
『…ヴルルルルゥ』
ジンが前を向いたのを、再び歩き出す為だと考えた先生達だったが身を低く屈めて唸る彼女の姿に緊張が走る。
自分達よりも遥かに力で勝る強者が身構えたとなり周囲の大型モンスター達も各々が警戒姿勢を取り始め、取り囲まれている才羽姉妹は前後左右から漂う空気に気圧されて無言になってしまう。
『グルルル…ギュアァ、ッ!?』
やや体格が大柄なリオレイアがジンの警戒心を向けている相手に襲いかかろうとしたが、それを他でもないジンが止める。
リオレイアの前に角を差し出して行動を抑制し、頭を左右へ振る。
『
命令が下されたとなれば大型モンスター達の動きは素早かった。
「うわっ!?」「ひぃっ!?」
ケチャワチャが才羽姉妹を持ち上げてアルセルタスの背中に乗せ、上空へと避難。飛行能力を持つ大型モンスター達はそのアルセルタスの周囲を陣取るように飛び立ち、警戒態勢をとる。
先生はジンが警戒しながらも伏せたのを確認し、左後ろ足をよじ登って背中の鞍によじ登った。
しっかりとベルトで体を鞍に固定すると、カチッというロック音を聞いたジンが立ち上がる。
「ジン、どうしたの。何がいるの」
先生が問い掛けてもジンは答えない。視線をずっとある1点に向けたまま不動を貫いている。
代わりに雷光虫が動いていた。先生の目の前をふわふわと飛び回り視線を引き付け、そのままジンが警戒心を向ける相手のいる方向へと飛んでいく。
ジンに似た体型のモンスターが、やや離れた位置にある建造物の屋上に立っていた。
黒を基調とした体は山吹色の優雅な鬣に覆われ、威厳ある立ち姿をしている。
後方に折り重なるように発達した紅色の角を頭部に生やし、長い朱色のたてがみを翼のように背中へ備えていた。
(環境を書き換えるっていう実績にばっかり目が行っててムフェトを警戒していたけど、そういや居たなぁ! ムフェトより先に出た来た、
フロンティアにのみ実装された古龍種であり、ジン個人としてはその他のフロンティア限定古龍種よりも印象が薄くて忘れていた。
戦い方も悪さをし、植物に干渉するのではなく竹に干渉する古龍種であると勘違いするプレイヤーが多く存在した。
ジンもその一人であり、後は睡眠攻撃を行う初の古龍種であることくらいしか印象がなかった。
雅翁龍 イナガミ
廃墟区画を森林で飲み込んだ元凶は翼を持たない分発達している四肢で建造物を蹴り飛ばし、ジンの目の前へ降り立った。
『コレハコレハ……騒音ノ主ガ直接赴イテクレルトハ、始末二向カウ手間ガ省ケテ助カル』
(喋った!?)
どのような戦い方をするのかも理解していない相手との遭遇に身構えていたジンの耳が、先生のものでも才羽姉妹のものでも無い声を聞き取る。
男の声だ。物腰柔らかながらも狡猾さを感じさせる男の声が、目の前にいるイナガミから聞こえて来た。
「ジン……この生き物は一体…」
(先生には聞こえていないみたいだけど…テレパシーみたいなもの? いや、オオナズチと話した時とは聞こえ方が)
男性の声ならば先生も才羽姉妹のものかと聞き間違えるはずがない。それなのに反応がないということは、イナガミの声はジンにしか聞こえていないことになる。
だがアビドス高校自治区でオオナズチと話した時とは声の聞こえ方が異なる。耳が拾っているように聞こえているが、実際はテレパシーの類なのかもしれない。
色々と気になることはあるが、古龍種が出てきたのは面倒でもあり朗報でもある。
古龍種なら工場について何か知っているかもしれない。ジンに対する怯えも感じられず、話し合いが成立するかもしれない。
僅かな希望が芽生えたジンは声をかけようとして、口ではなく足を動かしていた。
後方へと飛び下がる。数秒前まで彼女がいた地点には一瞬にして竹が生え、回避していなければジンと先生は串刺しにされていただろう。
『グッ!?』
『交ワス言葉モ無イ。儂ノ縄張リニ許シ無ク踏ミ入リ、暴レ騒イダ罪、例エコノ世界ノ為トテ許セヌヨ。死ヲ以テ償エ』
急成長させた竹を口に咥えたイナガミは地面を蹴り、ジンに向けて突進して行った。
次回、またオリジナル設定が出ます。後付けぽくてすみません