既に利用する人々が消え去って役割は果たせなくなっているものの、その姿を残し続けてきた建造物が次から次へと砂煙を伴って倒壊する。
廃墟区画を縄張りとしている雅翁龍 イナガミとジンの争いは人がいる場所では絶対に起こしては行けない規模の破壊を撒き散らしながら、ジンの不利で進行していた。
『ヅッ、ガアァッ!』
地面から生えてくる無数の竹林を避け続けていたジンの目元を隣の建築物の中から水平に生えてきた竹が擦る。
竹自体が一日で急速に成長する植物ではあるが、植物に干渉して自由自在に操ることが出来る古龍種のイナガミにかかれば瞬間的な急成長を引き起こすことも、その急成長によって敵対者を殺害することも容易だ。
『フム……動キハ悪ク無イ』
赤い血液を滴らせながらも突進してきたジンの頭突きをイナガミはひらりと交わす。同時に尾を地面に突き刺して地下茎を刺激し大量の竹林を生成、姿を隠しつつ反撃を迎え撃つ。
(くっそやりずらい! こんな無理矢理成長させられたら枯れるだろ普通よぉ!)
古龍種という超常的存在による干渉を受けていることもあってか、竹は凄まじい硬度を誇る。ジンの全力をぶつけなければ破壊出来ない程だ。
それだけの硬度を誇りながら勢いが付いたもなれば、ジンの鱗程度ならば容易く叩き割り、甲殻も直撃すれば損壊し得る。
『怯マヌ気勢モ良イガ、遅イナ』
自分の得意なフィールドでジンを迎え撃っているイナガミには焦りの色も見えず、ジンの動きと気勢の良さを認めつつも冷静に捌き、肉薄を避ける。
気付いた時にはこの廃墟区画にいたイナガミは困惑こそしたものの、冷静に場を整えた。
見慣れない鋼鉄とコンクリートで形成されながらもしっかりと根付いていた植物に力を分け与え、繁栄を促し、自分にとって都合の良い自然に飲まれた廃墟区画へと作り替えた。
360度どこを見てもイナガミの武器となる植物が繁栄を極めている。
小回りと破壊力を両立させている忌々しいハンター共なら掻い潜られたかもしれないが、そのどちらを持ちつつも巨大な図体が邪魔をするジン相手ならば対処を誤らない限り肉薄は防げる。
『
猛攻をしのぎつつもジンは声を掛けた。古龍種なら工場の在処を、アリスの場所を知っているかもしれない。
それに情報を持っているかもしれない相手を殺したくはなかった。攻撃手段を知らないこともあり、不必要な衝突は避けたかった。
『喧シイ。意味モ無ク喚クナ』
(言葉が通じてないのか!?)
オオナズチの時と同じ方法で声をかけているのにイナガミからの応答は無い。
怒りで耳に届いていない、という様子ではなく純粋にジンの声を声として認識できていない様子だ。
『ガアァァァッ!!』
言葉が通じず、相手がこちらを殺す気となれば言語でどうにかなる状態ではない。殺す気でかからなければジンが殺されてしまう。
尾の刃状の甲殻に齧り付いてサビを落したジンは自分とイナガミの間を遮るように出現した竹林へ、反時計回りに回転しながら振り抜いた右前脚の鉤爪で切り裂く。
『目ヲ離トハ、愚カナ』
廃ビルから水平に竹を生やしてイナガミは応戦したが、回転に合わせて振り抜かれた尾が迫り来る竹を真っ二つに切断。
『何ッ』
高い防御力を誇ったハンターの防具ですら易々と貫通した竹を屈強な前足ではなく尾に破壊されたとなって、イナガミは驚きのあまりに一瞬だが硬直。
その僅かな硬直に先生が畳み掛ける。
「そこっ!」
護身用拳銃の引き金が引かれ、放たれた弾丸がイナガミの目周辺に着弾。堅い甲殻に守られており痛みは無いが、着弾の音と聞き慣れない銃声に気が逸らされた。
『グヴルルァァァッ!』
先生の追撃で生じた隙を逃さない。
反時計回りに回った勢いでイナガミの懐まで滑り込むと、低い位置に陣取らせていた頭を振り上げてイナガミの頭部を顎下からかち上げた。
『グッ!?』
視界が上方へと逸らされるのに合わせて剥き出しになった胸部へショルダータックルで追撃、地面を叩き割れる鋭利な鉤爪を突き立てても勢いが殺せず肉体が後退させられる。
後退しながらもイナガミは尾を地面に突き刺して反撃に転じようとしたが、そこへ更に追撃。
「もう1発ッ!!」
『ッ、コノ様ナッ、豆鉄砲デ!』
先生が護身用の拳銃の引き金を引き、イナガミの眼球に弾丸を浴びせる。古龍種であっても眼球まで頑丈という事はなく、被弾した右目に擦り傷が刻まれる。
激痛とまではいかないが確かな痛みが発生し、イナガミを怯ませている間にジンは電撃をチャージした右前脚を振り上げ、叩き下ろした。
『小癪ナ真似ヲッ!』
『ギュヴッ!?』「ジン!?」
右前脚を叩き下ろすよりもイナガミが姿勢を立て直す方が僅かに早かった。
尾を地面に突き刺して地下茎に干渉し、地面に近付けていた口のすぐ近くで竹を生やすと食い千切り、ジンの頭部右側面目掛けて振り抜く。
鱗を叩き割ることが出来る硬度の竹で顔面を殴打されたとなればジンとて怯むし声も漏れる。
激痛にジンが呻き、嫌な音を聞いた先生はジンの身を案じて声を荒らげた。
『ホウ、貴様ハ ジン ト呼バレテイルノカ』
(ッ、先生の言葉は理解しているっぽいなァ!)
殴られっぱなしでは無い。殴られた勢いで体を彼女から見て時計回りに捻りながら左前脚を振り抜いてイナガミを退かせ、更に尾を振り抜いての追撃でより後方へと後退させる。
言葉が全く通じない訳では無い。原理は不明だがジンの言葉は理解されずとも、先生の話す人間の言葉であればイナガミにも通用する。
ならば、先生に通訳を頼めば工場の捜索に手を貸してもらえるかも
『ナラバ、死ヌガ良イ ジン。儂ノ縄張リノ糧ト成レ!』
(無理臭いなぁもう!)
生やした竹を尾で殴打し、折れたものを投げ飛ばしてくる。
これは放電で対処する。蓄積している電撃を撒き散らして飛来する大量の竹に直撃させ、焼き切る。
先生を間に挟んでのやり取りなど無理だ。イナガミは冷静だがかなり殺気立っている。先生の言葉が通じたとしても、ジンに味方をしている彼女を殺さないという確証がない。
頑丈な肉体を持つキヴォトスの人々よりも頑丈なジンの肉体が容易く貫かれ得るのだ、先生が直撃を喰らえば即死以外に考えられない。
(先生を守りながらこいつを落ち着かせるのは無理だな! 殺すしかないッ!)
言葉を用いてのやり取りで平和的に切り抜けられれば最善だったが、その最善は叶えられない。
そうとなれば叶わないもの・この先の展開で重要でないものにしがみつくのでは無く、叶えられる最低限の最善とこの先も必要となる先生・生徒を守る方向へと思考を切り替えた。
殺してしまわない為にも超帯電状態への移行は避けていたが、こうなったら手加減はしていられない。
チャージを開始しようとしジンだが足元から伝わるモコモコと蠢く感覚に、咄嗟に飛び上がっていた。
『フゥム……想像以上二、小賢シク跳ネ回リヨル。ソノ足、締メ潰シテクレヨウト思ッタノダガ』
(そりゃ植物に干渉するんだからこれくらいやるわなぁメンドクセェー!)
イナガミは植物に干渉する古龍種
本来ならば竹を急激に成長させその勢いで相手を貫いたり、先程ジンの頭部右側面を殴打したように竹で相手を殴り付けるような攻撃をするが、異世界であるブルーアーカイブの世界に入り込んだことでイナガミは力の幅を増している。
ビルとほぼ同等の高さまで成長させた巨木の根を操り、地中からジンの四肢を縛り上げて潰しに来た。
掴まれば彼の発言通り、巨木に相応しい威容を放つ根によって巻き付かれた箇所は潰されるだろう。
(手間こいてる暇はねぇってぇのにさぁ! あーもう、イライラするッ!)
元アパートと思われる建造物の屋上に着地したジンの中で、イナガミに対する苛立ちが募る。
縄張りで大騒ぎをしたから殺されかけている、というは理解している。納得はしていないものの、その怒りには一応の理解を示している。
彼女が苛立っているのはこうしてイナガミの怒りに付き合わされることで、アリスを発見するのに必要な時間を無駄に浪費させられるからだ。
足止めを食わされ、その間にアリスに危険な大型モンスターが接近すればどうなるか。
そもそも、キヴォトス人の中でも群を抜いている身体能力のアリスでも大型モンスターの力に耐えられるかどうか不明なのだ。
『ヴィヴルルルルルァァ……』
胸中を苛立ちと焦りがドス黒く、ドロドロとしたものとなって渦巻く。
大型モンスターの群れと殺し合っていた時では比較にもならない苛烈な怒りが、ジンの肉体に変容を引き起こす。
『……ナンダ、貴様』
何かをした様子は無い。イナガミの目の前で、ジンは一切の予備動作なしに超帯電状態へと移行。
そこから更に形態を移行させ、真帯電状態とは異なる彼女特有の形態へ。
瞬きの間もなく形態を変化させたジンの姿と纏う気迫の禍々しさに、イナガミの声色も初めて警戒心を強く含んだものへと変わった。
(ぶっ殺す)
この世界はブルーアーカイブの世界だ。妨げてくる存在がカイザーやベアトリーチェのような本来この世界に用意されている人物や発生する出来事であれば、ジンも苛立ちはするが受け入れられる。
カイザーPMC理事や黒服が良い例だ。どちらもジンと直接相対しており、前者に関しては彼女に攻撃されても尚生き延びて逃げ遂せる事が出来た。
どちらも今後のストーリー展開上で欠かせない存在だから、彼女も殺したいほど憎たらしく思っても見逃していた。
だが、今回邪魔してきているのは自分と同じく本来ならばこの世界に存在しないはずの部外者だ。
余所者である自分が不快がれる道理は無いと理解している。
理解はしていてもこうして目の前に立ち塞がりアリス搜索を邪魔してくるイナガミに向けられる怒りは、彼女がこの世界で目覚めて以来最も巨大で苛烈な怒りとなり殺意へ転じる。
逆立つ帯電毛と展開した甲殻が生み出す刺々しい見た目は、極度の怒りで筋肉が隆起することで威圧感と禍々しさをぐっと引き立てている。
迸る黄金の電撃と緑色の稲妻に混じり、甲殻の隙間から黒いモヤと赤い稲妻が吹き出す。
『龍属性……色素異常ノ亜種個体カ? 否。撒キ散ラシテイルノハ確カニ電撃、雷属性ダ』
ジンオウガの亜種個体 獄狼竜 ジンオウガ亜種は原種と異なり龍属性を操る。
吹き出している黒いモヤと赤い稲妻から感じる忌々しい気配は間違いなく龍属性特有のもの、古龍種にとって有害なものの気配をしているが、目の前にいるジンオウガは龍属性と雷属性を併用している。
色素異常の亜種個体ではない。しかし彼は龍属性を扱えるジンオウガの原種など知らない。
この龍属性が元を辿ればジンがカンナと共に仕留めたイビルジョーの物であるなど、知る由もない。本人ですら知らない。
「ジン!? どうしたの!?」
禍々しい気配の黒いモヤを吹き出し始めたジンの姿は先生から見ても異常であり、何事かと心配して声をかけたが聞こえているように見えない。
顔を向けることも無く、瞳だけを動かして先生を見つめることも無く、目の間にいる古龍種という格上の存在相手に対する激しい怒りを全身から滲ませている。
(憎い! 憎い憎い! 邪魔だ、邪魔だッ、邪魔だ!!)
先生が心配していることも、上空に滞空しているアルセルタスの背中に乗る才羽姉妹が怯えていることも知らずにジンは憎悪を膨らませ、視野を狭める。
噴出が止まらない龍属性に驚いた雷光虫が暴れ回り、先生の体を鞍に固定しているベルトに激突。ロック機構を破壊し、外してしまった。
ジンの分け与える静電気によって制御されているはずの雷光虫に目の前を飛び回られた先生は驚いて体を動かす。当然、彼女はロック機構の破損を知らない。
「きゃっ!?」
固定されていると思っていた先生は支えて貰えないことに驚きの声を上げ、咄嗟に鞍へとしがみ付いた。
驚いて出した声はかなりの声量があり、憎悪に飲まれつつあったジンの注意を引いてしまう。
『がうっ!?』
『余所見トハ、余程死ニタイラシイ!』
ジンにとって守るべき存在である先生が声を上げたとなればそちらに注意が向くのも、常識の範囲の外に身を置いている危険生物が隙を晒した所をイナガミが叩くのも、どちらも当然だった。
先生が転げ落ちてダメージを可能な限り低くしようと身を屈めたジンの四肢と尾に、再び地面から現れた巨木の根が巻き付いた。
足場としている建造物の中をよじ登らせてきたのだ。
体が固定できない先生を乗せている状態では大きな回避行動が取れず、避けようがなかった。
『ぐぁうっ!?』
ジンを縛り上げている根が彼女の肉体を下方へと引きずり込み、建造物を破壊しながら地面へと叩き付ける。
それ自体は大したダメージにならない。問題は、叩き付けられた衝撃が背中にいる先生にも伝わっている恐れがあること。
振り返って無事を確保しようとしたジンの耳が、聞きたくなかった声と言葉を聞き取ってしまう。
「なにこれ!? 植物のツタが!!」
(先生まで襲っているのか!?)
先生の手足には巨木の根ではなく植物のツタが巻き付き、空中に持ち上げて大の字に固定するように動きを封じている。
本気なら簡単に絞め潰せるだろうに、イナガミは先生に対してはゆっくりと締め付けを強めている。
『罪人ト心ヲ通ワストナレバ、此奴モ粛清対象ダ。儂二僅カトハイエ傷ヲ負ワセタ罪モ、共に償ワセテヤロウ』
やはりジンの見立ては合っていた。
イナガミは先生も敵として見ている。間に挟んでのやり取りなど成立する筈が無かったのだ。
『人間ハ脆イカラナ、力加減ガ難シクテ好マン……簡単二、壊レテクレルナヨ?』
先生には聞こえていない声で、イナガミは彼女を嬲るのを楽しみにしているような物言いを放った。
その発言に、ジンが激昂せずに居られるはずがない。
「くっ! な、なにこれっ、離して!」
振り切れた憎悪が再燃し
広がった視野を再び狭め
肉体をじわじわと締め上げられて漏れ出た苦しむ声がジンの苛立ちを不可逆的に加速させる。
『ゴギュルルヴアアアアアァァァァァァアアアアッ!!!!』
限界を超える程に蓄積された憎悪と激憤が、ジンの理性を吹き飛ばす。
怒りの咆哮は凄まじい声量によって物理的な破壊力を獲得し、勝利を確信したイナガミを前方の建造物の瓦礫諸共吹き飛ばす。
踏ん張り切れないと悟った時点で背後に竹林を生成して受け止めさせようとしたが、逆鱗に触れられたジンの大咆哮には耐えられない。
かなりの硬度を誇るはずの竹が異音を立てながら粉砕され、ジンが姿を視認した際に佇んでいた建造物の壁へと叩き付けられた。
『ガハッ!?』
(殺してやるッ!! 先生を傷付けようとした貴様は殺してやるッ!! 殴り殺して、噛み殺して、食い殺してやるッ!!)
雷属性と龍属性の電撃がジンの四肢から放たれ、拘束している根を焼き切った。
自由を得たジンの姿に姿勢を立て直し迎撃しようとしたイナガミだったが、1度瞬きをした瞬間にはジンの姿が
『何処ニグァァッ!?』
後頭部から走る鈍痛と前方に叩き付ける衝撃。
何が起きたのかと振り返る間も与えられない。後頭部を何者かに噛み付かれ、そのまま持ち上げられて地面へ打ち付けられる。
『……』
ジンが居た。イナガミの一瞬の瞬きの間に背後へ回り込んでいたジンが無言で立っている。
『キ、貴様』
自分の縄張りで侵入者に見下ろされる屈辱的な経験にイナガミが睨み付けるが、ジンは止まらない。
右角に雷属性を、左角に龍属性が溜め込まれる。瞳からは赤い眼光が迸り、口から漏れ出る龍属性のモヤが顔を隠すことで表情は読み取れない。
「ジン! 私は大丈夫だから落ち着いて! 今の貴女、なにかおかしいよ!」
先生の声も、ジンには聞こえていない。
無言のまま、2属性を溜め込んだ角の打撃がイナガミを襲った。