『……』
雷属性と龍属性の2属性を帯びている角での殴打を受けたイナガミはダウンを奪われたものの、ツタを伸ばして自身へと巻き付けて引っ張ることで倒れている肉体をジンから引き離した。
何者だ、コイツ!?
知らない。極みと呼ばれる個体が存在すると聞いたことはあるが、その極み個体の特徴と目の前にいる異常なジンオウガの特徴は合致しない。
雷属性と龍属性を併用しているのも有り得ない。龍属性は他属性を打ち消してしまう性質があり、他属性と切り替えて扱うモンスターはいても完全な同タイミングで併用するモンスターをイナガミは知らない。
『……』
背中に乗っていた人間を殺そうとする前までは喧しく吠え立てていたというのに、今のジンは一言も話さない。呼吸音すら聞こえない。
気味が悪い静寂と、その静寂に不釣り合いな禍々しいオーラを撒き散らしながらジンが次の動きを見せる。
イナガミに視線を向けたまま円を描くように歩き始めた。
見つめてはいるのだろうが、顔を覆う黒いモヤによって本当に直視しているのかは判別出来ない。
それでもイナガミには自分に対する強烈な憎悪と殺意がまっすぐぶつけられている様に感じられ、直視しているのだろうと推測していた。
巫山戯るな! 憎悪しているのは儂の方だ!
住み慣れた土地で普段と変わらない生活をしていたはずなのに、気付けばこの世界に飛ばされていた。
空気の味も気配も、何もかもが違うこの世界に説明の一つもなしに放り込まれ、どうにか手探りで生活基盤を整えて見慣れない固く静かな土地を緑溢れる土地へと作り替えた。
せっかく整えた居心地の良い縄張りで大騒ぎをした相手に憎悪される道理など無いイナガミは、頭部の激痛を堪えながら立ち上がった。
『磔刑ダ! 不敬者ガッ!!』
尾を地面に突き刺して地下茎に干渉を試みたイナガミだが、いつの間にか目の前に移動していたジンの姿に気圧されて竹を急成長させる判断が遅れる。
イナガミはしっかりジンを視認していた。駆け出してきても即座に竹を生やしての迎撃ができるよう身構えていた。
それなのに、肉薄を許した。
瞬間移動でもなく全速力で駆け寄らたのでもない、ぬるりとした初動で動き出した後に急加速したジンの挙動に、頭が処理し切れなかった。
『ッ!』
振り下ろされた右前脚を飛び下がって回避する。直撃は免れたがイナガミの左前脚に掠め、甲殻が引き剥がされる。
地面を右前脚が打ち据えると、地震なのではと錯覚する強烈な揺れと打撃点から放射状に地割れが生じた。
様子がおかしくなる前とは力も比較にならないほどに増している。
通常モンスターで言う所の怒り状態に相当するものだろうとイナガミは推測し、負傷した左前脚から染み出した体液で灰色の甲殻を生み出しつつ追撃に備える。
『……』
無言のままに左前脚が振り上げられた。2度目の打撃を放つフォームを取ったことを視認し、干渉していた地下茎に刺激を与え竹を急成長させ反撃をとる。
狙いは振り下ろされる左前脚の関節部。鱗を叩き割ることが可能なことは実践を通して理解している、直撃させれば貫通も可能だ。
だが、反撃は成立しなかった。
『…』
竹が地中より出づるよりも先にジンが身を翻したことで反撃は空振りしてしまう。
追撃しないと。回避先の地下茎への干渉を試みようとしたイナガミに、突如嫌な予感が駆け抜けた。
こちらに真っ直ぐ顔を向け硬直しているように見えるジンの姿に、強烈な危機感が騒ぎ出した。
『ソノ攻撃ハ通サヌ!』
巨木の根を用いてジンを殴打しようとするも、避けられる。巨体に似合わないひらりとした身軽な動作で避けられてしまったが、嫌な予感は消えた。
状態がおかしくなった直後に行った攻撃 アカムトルムのソニックブラストに匹敵する物理的破壊力を帯びた咆哮をジンは放とうとしていた。
建築物を簡単に粉砕して見せたあの一撃を放たれていたら、イナガミの背後にあった
『……』
『何カ…何カ喚イテ見セロッ、駄犬二相応シクッ! 黙リコクリヨッテ……不愉快極マリナイ!』
古龍種としてのプライドの高さと自分の縄張りでジンが行った横暴な態度への憎悪は消えない。
むしろ静かになった事、自分が押され始めて焦りが生じ口数が増えた事が、イナガミにより強い苛立ちを抱かせる。
まるでジンが余裕綽々で、自分が悪戦苦闘を強いられているように思えたから。
あってはならない。自分の縄張りで、自分の得意フィールドで、自分よりも下等な牙竜種に追い詰められ、悪戦苦闘をするなどあってはならない。
苛立ちは力をイナガミに与え、対価として冷静さを削り取っていく。
『……』
ジンは避け続ける。足元や周囲の建造物から飛び出してくる竹を次から次へと回避し続け、回避動作の中で酷使される肉体が生み出していく静電気と内臓が生成する龍属性エネルギーを蓄積する。
上下左右にドタバタと駆け回りながら竹を回避する様は一見してイナガミに翻弄されているようにも見えるが、実際に翻弄しているのはジンだ。
憎悪と殺意がジンの許容量を超過してしまい、理性が焼き切れて本能のままに回避している。
人間としての思考回路が放棄され、通常個体では比較対象にすら成らない異質な存在へと変貌した肉体を本能が突き動かすことで、迷いや困惑とは無縁の超機動を獲得するに至った。
『何故ダッ! 何故当タラン!』
統計的にどうのといった余計な思考を排除し、本能的に攻撃地点を予測して動き回る相手に冷静さを欠いているイナガミの攻撃が当たるはずもない。
長年生きてきて初めて相手にするタイプの存在に、初めて感じるほどに強烈な憎悪と憤りを抱いているせいで彼の注意はどんどんジンへと惹き付けられてしまい、周囲への警戒が疎かとなる。
『……』
グッと身を屈めたかと思えばジンは高々と飛び上がり、高層建築物の壁に触れた。
建築物内部に仕込まれているツルや根を飛び出させて拘束を狙ったが、イナガミが成長を促そうとするよりもジンの方が素早く動く。
触れたというよりも激突した、という方が正しいような勢いで建築物に接触したジンは両前足を壁面にめり込ませている。堅いコンクリートが砕け、破片が舞い散った。
イナガミによって仕込まれたのだろう、建築物の中は土で満たされている。
そこに向けてジンは体内で生成した龍属性エネルギーを流し込み、これから自分を縛り付けようとしている植物へエネルギーを強引に吸わせて枯らしてしまう。
『貴様ァッ!』
植物に干渉できるイナガミにはジンによって植物が枯らされたのが伝わっている。
面倒なことをしてくれたと苛立ちを隠さず、龍属性エネルギーを流し込まれた箇所の付近に仕込んだ根や地下茎を枯らして伝播を防ぐ。
江戸時代における火事の対処法と同じだ。周囲を破壊してこれ以上の範囲拡大を阻止する。
自分の手で植物を枯らすという行為を強いたジンに対する苛立ちもどんどんと加速して行った。
そこに、大した威力を成さない弾丸の雨が浴びせられる。
『…小癪』
ジンに気を取られている間に先生を救出した才羽姉妹がアルセルタスに乗ったまま、イナガミに向けて発砲していた。
人間という小型生物を捕らえるにあたって植物の根よりツタの方が小さくて適していると判断したが、そのせいでジン程の怪力を持たずとも容易く脱出されてしまったかと反省するイナガミの頭上をアルセルタスは飛び回る。
「先生大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
「手首が赤いですよ! 痛めたりとか」
「私は大丈夫、ありがとうね」
手首に発赤と痛みがある程度で済んだのは幸運だったなぁ、と振り返る。
怪力を誇るジンを動けなくする拘束が出来るのだから、それを自分にやられていたらと想像するとゾッとした。
「ねぇ先生。ジン……どうしたのかな……」
先生の無事を確認できたモモイの視線は眼下で暴れ回るジンへと移される。
本能のままに駆け回り、一切の前兆なく出現する竹を軽々と交わし、地面へ龍属性エネルギーを流し込み地下茎を破壊して回る。
ジリジリと手札を破壊されていくにつれてイナガミは自分に発砲してきた才羽姉妹に注意を向ける余裕が無くなり、ジンの対応に追われ始める。
無言のまま肉体への疲労を考慮していない無茶苦茶な挙動でイナガミに襲い掛かる様は非生物的で、モモイはジンの中身が機械に置き換わってしまったような印象を抱かされた。
「ジンは…きっと、私のせいで怒っちゃったんだ」
「先生のせい……ですか?」
ミドリは先にモモイが自分の思っていたことを聞いてくれたから口を閉じていたが、そこに先生の自罰的とも取れる物言いが来たことで口を開かずにはいられなかった。
「私が捕まった後、締め付けが強くなった。それで私が声を漏らしたら、ジンがいきなり……だから彼女は私の苦しむ声を聞いて、怒っちゃったんだと思う」
「……そっか。なら、助けないとね!」
ジンの暴れっぷりや変貌に怯えていたモモイのものとは思えない明るい声と笑顔。
要は先生を傷付けられてジンは怒ったのであり、それだけ優しい心を持っているということ。なら怯える必要は無いよね!とモモイは頭の中で自己完結した。
相当無理な自己完結ではある。どれだけ優しくても、大型モンスターの群れを相手に大虐殺を行った事実は変わらない。
優しいのだから大丈夫だ、と自分に言い聞かせることが出来たモモイの姿は先生に、人を信頼出来る優しい心の持ち主であるかを暗に伝えていた。
「…うん! 助けよう!」
ミドリも全く同じ。普段はキャンキャン言い争うことがある2人だが、その根幹は2人とも同じで心優しい女の子だ。
まだまだ前途多難ではあろうものの2人がジンを受け入れてくれたように思えた先生も嬉しくなり笑顔を見せると、身を乗り出して眼下のジンを見下ろす。
「ジン! 私は大丈夫だよー!」
自分が傷付けられて怒ってしまったのなら、自分の無事を伝えることが出来れば落ち着いてくれるはず。
機械的な動きでイナガミを翻弄し、その最中に龍属性エネルギーによる手札の破壊を混ぜ込みジワジワと追い立てるジンに向けられた言葉に、最初に反応したのはイナガミだった。
あの小娘ッ、生意気なぁ!
ジンに気を取られて始末を怠った己の落ち度だということにも気付かずに、元気な声を張り上げる先生への怒りを募らせる。
貫いてやる。肉薄してきたジンの頭上を飛び越えつつ、尾で頭部側面を殴打し突進ルートを逸らさせる。
あのまま突進させてはいけない。
ジンの突進ルートを逸らしたのを視認したイナガミは未だに仕込んである根や地下茎が無事である建築物に飛び乗り、アルセルタスごと3人の撃墜を目論んだ。
『無駄ナ事ヲ! アノ駄犬ニハ貴様ノ声ナド届イトラン!』
憎悪と激憤に塗れた気迫からは知性や理性を感じない。未知の存在ではあるが、激しい負の感情でまともな思考回路が吹き飛ばされているのは責め立ててくる姿で理解出来た。
そんな相手に呼び掛けるという行為の、なんと間抜けなことか。
自分の声も先生に届いていないのに無駄な行為だと嘲笑いながら、イナガミは建築物の屋上に尾を突き刺そうとした。
『グオッ!?』
それは叶わない。激突音と共に建築物全体が激しい揺れに襲われ、バランスを崩したイナガミが顎下や胸元を床に叩き付けるような勢いで伏せる。
何が起きたのか。不意打ちのような形で頭を強打したことで多少の目眩を感じながら立ち上がったイナガミは、激突音と揺れの元凶が目の前に現れたことで理解させられた。
『フーッ……フーッ……ッ!!』
甲殻と帯電毛にコンクリートの破片や土、引き千切った根や地下茎を引っ掛けて荒い呼吸をするジンがいる。
『マサカッ、貫イタノカ!?』
その通り。土や根を内側へぎっしりと詰め込んだ建築物をジンは突進によって貫き、突っ込んだ壁面の反対側に抜けてから急旋回して屋上まで駆け上って来た。
その過程でこの建築物にも龍属性エネルギーをたんまり流し込んでおり、既に根や地下茎は枯らされてしまっている。
屋上という大型モンスター2体にとっては狭過ぎるフィールドで、イナガミは武器を奪われていた。
『ぐふゥアゥルルルルル……ガアァァァァァァッ!!』
『ッ、ブレスダト!?』
体内で生成された龍属性エネルギーはかなりの量を発散していたが、それでも完全に放出することは出来ずに蓄積されていた。
それをブレスとして吐き出し、攻撃と排出を同時に済ませる。グラビモスのブレスと同じ原理だ。
狭いフィールドで回避行動を強いられたイナガミだが、その回避行動も万全とは言えない。動き回れる範囲を狭められた事で、イナガミを狙いやすくなった存在がここには大勢いるのだから。
「ジンはやらせないよッ!」
「これ以上傷付けさせません!」
才羽姉妹による弾丸の雨。目や口への直撃が無ければ痛みはないが、甲殻を乱打される感覚と音が凄まじい不快感を生み出す。
『ギュオアァァッ!』
リオレイアが火球を浴びせる
『ギイィッ、ギキイィッ!』
アルセルタスの放った腐食液が甲殻を溶かす
『うききっ! うきゃっきゃ!』
そこら中に転がっていた竹を拾い集めたケチャワチャが投げ付けてくる
ジンによる大虐殺から生き延びて付き従うことを選んだモンスター達も、才羽姉妹による銃撃を皮切りとして戦線へと加わりイナガミへの攻撃を始めた。
強さでいえばどの大型モンスターもイナガミには劣るが、それを数で補い猛攻を仕掛けてくる。
それにイナガミに劣るといっても大型モンスターであり、直撃すれば才羽姉妹による銃撃よりは威力が期待できた。
『グッ、ググゥッ!!』
屋上から飛び降りる事自体は問題では無いが、その隙を潰せる竹が地下茎ごと破壊されている。
こんな状態で飛び降りようものなら追撃を食らう。無防備となる空中に身を置くには、もう手札が無かった。
『貴様等ッ! 命育ム土地ヲ用意シタ儂二対シテッ、牙ヲ剥クトイウノカァッ!』
大勢で攻め立ててくる大型モンスターの群れに向けてイナガミが怒鳴っても、誰も反応しない。聞こえていないのだから当然だ。
ここにいる大型モンスターは皆、イナガミだから従っているのではない。
イナガミが力を持つ生物であったから大人しくしていただけであって、彼の思惑に賛同していたりはしない。
そんな相手が追い詰められているとなれば、彼等に大人しくしておく道理はない。
それに、ジンもイナガミと負けず劣らずの恐ろしさはある。大虐殺で見せ付けた恐ろしさ、力強さは皆の脳裏に焼き付いている。
でも、それでもジンにはまだ優しさがあった。自分よりも小さく弱い生物を守るように立ち回る優しさ、傷付けられたことで激昂する優しさを示していた。
『ぐぁううるるる……』
吹き出していた黒いモヤが消え去り、隠されていたジンの顔が顕になる。
龍属性エネルギーによって顔周りの甲殻が黒ずんだことで威圧感を増した顔付きになったものの、目付きは鋭くも優しいものへと変わっている。
先生の声は、ジンにしっかり届いていた。
暴れ回ったことで苛立ちが多少だが晴れ、そこに先生の声はスっと入り込んだ。
(あー、気分悪ぃ……もう終わりにするッ!)
『ウッ、グク……グアァッ!!』
大型モンスター達の猛攻を駆け回って避けていたイナガミだったが、飛来する火炎や腐食液等の遠距離攻撃に巻き込まれるのも厭わず突っ込んできたジンの噛み付き攻撃によって回避を封じられた。
そこにお構い無しに撃ち込まれる大型モンスター達の攻撃がイナガミを捕らえる。
後頭部に噛み付かれ身動きを封じられているところに次々と殺到する攻撃がイナガミの体力を削る。
そこにジンからも追い打ちが来る。
右前脚で何度もイナガミを殴打し、牙を深々と食い込ませ、電撃を直接流し込む。
『グギャアアアアっ、アアァァッ!!』
イナガミの絶叫が響くもジンは攻め手を緩めない。
イナガミを咥えたまま、ジンは建築物の屋上から飛び降りる。
トドメの猛攻を仕掛ける為に。