(絶対に殺す)
先生の無事を知らせる声に冷静さを取り戻しながらも、ジンの内には明確な殺意が残り続けて燻っていた。
咥えているイナガミは既に力無くグッタリとしているものの、それでもまだ息がある。
ならばまだ終わらない。先生を傷付けるだけでも大罪であり、殺そうとしたなど論外。
飛び降りた建築物の壁面にイナガミの顔面を叩き付け、落下の勢いのままに擦り付ける。
『ガ、ッアガァッ、や、やめっ』
やめてくれ、と聞こえた気がしたがジンは辞めない。
自分を傷付けようとして、先生を殺そうとしたこの世界において断じて許してはいけない存在に辞めてと言われて、誰が辞めるものか。
(うるせぇ知るか、死ねよ。辞めろと言われて辞めてやるほど私は大人じゃねぇ)
コンクリートと甲殻が擦れ合う。ガリガリとお互いに削り取られる音を立てながらイナガミの頭部から鱗が捲れ、剥がれ落ち、一直線の血液の線を描く。
次第に地面が迫って来た。着地の寸前、ジンは首を振って自身と地面の間にイナガミの肉体を移動させることで着地の衝撃を受け止めさせるクッションにする。
本来ならばそんなものは必要ない。屈強な四肢と頑丈な骨格が着地の衝撃を受け止め切る事を可能にし、ビルの屋上から飛び降りた程度では捻挫にもならない。
ひとえにイナガミを苦しめる為である。
叩き付けられた衝撃とジンの超重量で板挟みにされたイナガミの肉体を守る甲殻や鱗、内側から支えている骨に亀裂が走る。場所によっては砕けた部位もある。
『ぐぁっ』
イナガミの呻く声にも覇気が失われている。不幸中の幸いにも首の骨を粉砕されるのは避けられたが、折れた骨が内臓に突き刺さり耐え難い苦痛を与えていた。
致命傷を受けたと分かる痛々しい有り様へ追い込んでも、ジンの怒りは消えない。先生を殺されそうになった自分への不甲斐無さが、その怒りを更に強いモノに変えていた。
(こいつ、何かを庇ったよな)
怒りに頭を焼き尽くされ理性を失った状態であっても、ジンは自分がどのように動いていたかは覚えている。
決着の場となった建築物の屋上にイナガミが飛び乗る前、彼は突進したジンの頭上を飛び越える間に顔を尾で殴って突進ルートを変えさせた。
四肢や牙といった生まれつきの武器以外で武器となる竹は、尾を用いての地下茎への干渉を経なければ武器にならない。
武器を生み出す為の重要器官を用いての殴打。それも、飛び越えながらという仮に殴打を回避されたら重要器官へ反撃が飛んできても避けにくい状況下でイナガミは尾を用いた。
やぶれかぶれで悪足掻きのような攻撃に出たと取れなくもないが……少なくともあの場面において、イナガミにはそんな追い詰められた末の足掻きをする必要性がジンには見付けられなかった。
ともなれば、突進に合わせてのカウンターではなく突進ルートを反らさせる為の行動と考えた方がジンは腑に落ちた。
(この辺りで庇うものといえば……アレか)
周囲をキョロキョロと見回したジンが目を付けたのは、最初にイナガミが足場としていた建築物。
周囲の建築物と比較しても背が低くて長方形の、一目で豆腐のようだという感想を抱かせる見た目の建築物だ。
当初のお目当てであった工場であると言われてもギリギリ納得が出来そうな、それでも寂れ具合いからして工場だと納得できないような、何とも判別しにくい様相を呈している建築物をジンが凝視した数秒後。
『ナラ、ヌ……ナラヌッ、断ジテッ、断ジテェッ!』
気力も失せ果てたと思っていたイナガミが声を漏らしてもがき始める。
もがくと言っても激しく身を捩ったり竹を生やして攻撃する等の、目に見えるハッキリとした抵抗は出来ない。
それだけの気力は残されておらず、頼みの竹も周囲一帯の地下茎が龍属性エネルギーによって枯らされている。
この者を、到達させてはならない!
ジンは危険だ。古龍種である自分を打ち倒すほどの力を秘めている。
そんな生物が
右も左も分からない世界に飛ばされ、縄張りを整え落ち着ける場所を用意してもなお気が立っていたイナガミの心を、たまたま出会った可憐な美少女は癒してくれた。
死んだように眠っている彼女の姿を美しいと感じて気に入ったからイナガミはあの建築物をねぐらとし、彼女の眠りを妨げる恐れのある大騒ぎを起こしたジンへ怒った。
(財宝でも溜め込んでいるのか? まぁ何であれ、抵抗するのは許さないがな)
イナガミが何を守ろうとしているのか知るつもりもないジンは咥えていたイナガミを一旦解放すると、顔面に思い切り噛み付いた。そのまま顔を引っ張り上げ、自分の頭ごと地面へ叩き付ける。
強力な咬合力と凄まじい切れ味の牙が叩き付けた衝撃で深く食い込み、僅かに芽生えていた抵抗の意欲を即座にへし折る。
(仕上げだ。あの建物が大切なんだってのも分かったことだし、最期に良いものを見せてやるよ)
グッタリとしているイナガミの頭部をバウンドする程の勢いで地面に叩き付けて徹底的に気力を削ぎ落とすと頸部に噛み付き、地面に顔を押し付けながら駆け出した。
何やら「辞めろ」だの「止まれ」だのと引き摺られているイナガミがジンに向けて言葉を投げかけているが、ジンにその気はサラサラない。
建物の横を通り抜ける際にイナガミの肉体を振り回して壁面に叩き付け、いたぶるように殺さない程度の電撃を浴びせながら目を付けた建築物へと接近する。
そして工場と言えそうでもあり言えなさそうでもある建築物に到着すると、躊躇いなく壁面に向かってイナガミの肉体を投げ付けた。
ほとんど死にかけであるイナガミの肉体には力と呼べるものが宿されてはおらず、投げ飛ばされた時も四肢をだらんと脱力させて成されるがまま。
意識も殆ど途切れてしまっており、自分が守ろうとした建築物の壁を破壊してしまったことに辛うじて気付けている状態だ。
『……儂ガ、守』
(もういい、死ねよ)
最期の最期まで何かを話そうとしたイナガミだったが、ジンに聞く気は無い。振り上げた右前脚に電撃を帯させ、顔面へと叩き落とす。
頭蓋骨が潰れ、異世界に飛ばされてきた古龍種は絶命した。顔の穴という穴から血液と脳漿を噴き出し、ピクリとも動かなくなる。
誰かが整えて使用していた土地を誰もいないからと勝手に居着き、心地好いように手を加え、縄張りだと豪語した超常的存在は物言わぬ骸へと、勝者であるジンの糧へと在り方を変える。
(……古龍種は不死身なのでは、なんて考察もあったな)
モンスターハンターワールド:アイスボーンのストーリーにおいて〆を飾った古龍 アン・イシュワルダはハンターに討伐された後に蘇り、その直後に別の古龍 ネルギガンテによって完全に息の根を止められるという描写が用意されていた。
古龍種は自然の権化 自然災害の化身としての側面を持つ。ならばそれは自然そのものであり、モンスターを討伐することを生業とするハンターでは完全に息の根を止めることはできないのではないか、というのがジンの見解。
だから、ジンは確実にトドメを刺す。
それが死骸を損壊するような外道的所業となろうとも、許すことの出来ないこの古龍種に逃走される等という不愉快な結末を迎えないように。
(死ね)
生気を失い濁った瞳に角を突き刺し、頭の中へ電撃を流し込む。
指揮系統を失っていた肉体がいきなり電気信号を流し込まれたせいでジタバタと暴れ出すが、強烈な電撃が伴う熱によって筋肉が破壊されて1分も経たずに完全に沈黙。
度重なる殴打でぐちゃぐちゃに潰されたイナガミの頭部にまたしても噛み付き、食い千切る事でトドメとした。
「ジン……勝ったんだね」
アルセルタスに着地してもらった先生達がジンの侵入した建造物に到着すると、明かりのない薄暗い部屋の中でジンは仕留めた古龍種を捕食している真っ最中だった。
甲殻や鱗を噛み砕く音、肉が千切られる音、それ等を噛み砕く咀嚼音と飲み込む嚥下音がやけに鮮明に聞こえる。
「……」
モモイとミドリは何も言わずにその光景を見つめて、目に焼き付けていた。
親しいと思った相手にも自分の知らない一面があるという、当たり前だが親しくなるほど忘れてしまう事実。
2人はバカっぽいまん丸お目目をしていたジンがしっかりと人間とは異なるモンスターであるのだと痛感させられ、理解させられた。
『ぐふぅあぅるる……』
10分近く捕食は続けられ、ジン程では無くとも巨大であったイナガミの死骸は総体積の半分近くを喪失していた。
腹を満たしたジンは息を深く吐き出し、口の周りを血液と毛でベッタリと汚しながら先生達へ視線を向ける。
近くに小川はなく口の周りを拭く術がない。地面に擦り付けても全ては落とせない。
背中の帯電毛が長く伸び翼を思わせる、イナガミに似た風貌へと変化したジンに見つめられ、才羽姉妹は怖くなり先生の後ろに隠れてしまう。
『……がぅ』
3人が無事であることを視認したジンは彼女達の背後にいる大量の大型モンスター達に視線を移した。
自分達の生活を成立させる場を整えた上位存在を殺害し、捕食してしまった存在に視線を向けられて大型モンスター達にも緊張が走る。
逃走が選択肢に浮かぶ個体もいたが、下手に動いて機嫌を損ねるのを避ける為に石化したかのように体を硬直させて逃走しないよう堪えていた。
(怖いくせによくもまぁくっ付いて来たもんだ)
イナガミ討伐にも貢献してくれた大型モンスター達だが、ここでお別れだ。
アビドス高校のように生徒達とモンスター達の生息環境が似通っていれば、ミレニアムに連れていくという選択肢も有り得たかもしれない。
しかしそれは無い。ミレニアムサイエンススクール近辺は近代化されており、大型モンスター達が生息するには適さない。
ジンが不在でも代わりに統括を行える程の力を持つ大型モンスターもいない。人間の生活環境に招いたら絶対にトラブルとなる。
(ここで解散だな。アリスを襲う恐れもないとは言えないし)
イナガミを捕食しながら工場内を観察していたジンは、隠し扉をこじ開けたような破壊痕が残されている地面を見付けた。
本来であればモモイとミドリが「お前らに資格ねぇから!」と謎の音声にダメ出しを食らい、先生の生徒だからと手のひら返しを食らって床が開いて落とされる流れになる。
そこをどうやらイナガミは既に掘り返していたようだ。お陰で通常のジンオウガよりも巨大であるジンでも、少し強引に体をねじ込めば通れそうな程に拡張が済まされている。
「見て、2人とも。あの床……穴が空いているよ」
「穴? あ、本当だ…ジンが掘り返したのかな?」
「でも足が汚れてないよ」
先生達もイナガミが掘り返した穴を発見した。
どう見ても建築物の中に開ける穴には思えない不自然な穴。あれは一体何なのか……と考えを巡らせるよりも先に、工場の中に音声が響く。
原作通りの流れでモモイとミドリがダメ出しを食らい、先生が許可を得て、その後に2人も先生の生徒だからと手のひら返しの許可を得る。
何事かと3人が騒ぎ出すとそれを待っていましたと言わんばかりに、穴から大量のカンタロスとブナハブラが飛び出してきた。
「「「で、出たああああああぁぁぁぁぁ!」」」
大型モンスターの群れやイナガミの出現で廃墟区画に来た当初の目的であるカンタロスとブナハブラの調査を、3人は完全に忘れていた。
そんな状態で数えるのも嫌になるくらいの超大群が現れたとなれば絶叫してしまうのも仕方ないことだろう。
(あんのバカ古龍! 余計なことしやがって!)
唯一、この穴が何なのか見当が付いているジンだけは驚きよりも焦燥感が勝り、駆け出していた。
この先にはアリスがいる。そこへ通じる穴からカンタロスとブナハブラが出てきたとなると……想像するだけでも恐ろしい。
飛来するブナハブラを体当たりで粉砕し、足元を埋め尽くすカンタロスは踏み潰し、離れた位置にいる個体は放電して砕く。
緑色の体液を全身にベッタリと付着させながら穴へと突っ込んで行った。
「ジン!?」『ぐぶっふぅ!?』
カンタロス達を容易く駆除しながら穴に飛び降りたジンを心配する先生の声と、飛び降りてすぐ何か硬い物に激突したジンが漏らした間抜けな声は殆ど同時に工場の中に響く。
コンクリートのような硬さでは無い、樹木を思わせる硬さ。
何にぶつかったのかと困惑したジンだったが、またすぐ困惑する羽目になる。
『ぐおおおおっ!?』
ジンの肉体を受け止めた硬い何かが崩れ、彼女の肉体を落下させる。
正体は樹木の根だ。廃墟区画に到着して日の浅かった頃のイナガミが謎の音声と一部だけ感触の異なる床を気にして掘り返し、とある人物と出会う。
その人物にモンスターの危害が及ばないようにと、イナガミは植物の根で幾重にも蓋をした。
そこにカンタロスとブナハブラが出現し、根をそのまま住処として繁殖していた。
巣として使いやすいように通路を作り、カンタロスとブナハブラにとってマンションのような機能を果たしていたが空洞が増えたことでジンの体重を支え切る耐久力は失われていた。
知らず知らずのうちに巣の駆除を成し遂げたジンは間抜けな声を漏らしながら落下。硬い地面に背中から激突する。
「大丈夫ですか!?」
アルセルタスの背に乗って先生達も突入。ジンによってかなりの数のカンタロスとブナハブラは駆除されていたが、それでも床や壁を埋め尽くす程に増殖が進んでいた。
『がぁゔるるる!』
元気に返事をしながら起き上がったジンは雷光虫を飛ばし、3人を乗せているアルセルタスの目の前を飛び回らせて注意を引き付ける。
マンションのような生活基盤となっていた根だったが、まだ最奥まではカンタロスとブナハブラも到達出来ていないようだ。
ジンが激突した地面には生きて行く上で出るゴミや排泄物が見られず、地上の緑豊かな自然とは無縁な人工的な空間が広がっている。
アリスが食われているかもしれないという最悪の想像はまだ的中していないかもしれない。
ならば素早く飛行することが可能なアルセルタスに3人を連れて行ってもらった方が、彼女が無事で居られる可能性を高められる。
『がぁうる!』
行け
ジンからの命令にアルセルタスは先生達を背に乗せたまま雷光虫を追って飛び去る。
血まみれのモンスターがアリスの目覚めに立ち会うという絵面をジン本人が受け入れられなかった。
あっという間に姿が小さくなるジンに向けて何か叫んでいるが、聞く気は無い。
自分が落下してきた穴を見上げ、大量のカンタロスとブナハブラを睨み付ける。
(害虫駆除開始だ)
イナガミによる封鎖が迅速に行われたことは生物の足跡や排泄物が無いことから予想出来る。
アリスが眠る区画に大型モンスターがいる可能性も低い。
壁面に四肢を埋没させながら壁を駆け上ったジンは電撃を撒き散らし、地上に残されている大型モンスター達と共に害虫駆除を開始した。