狂犬が拾った雷狼竜、元人につき   作:ジンオウガを飼いたい

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襲撃するゴーヤ

 ログハウスが完成した翌日、私は地面を揺らす振動で目を覚ました。

 壁越しに聞こえてくる雨音に紛れて聞こえる、重量感を感じさせる足音。

 

 オオカミ型巨大モンスターの足音ではない。

 彼女は四足歩行であり、こんなドシンッドシンッという重々しい足音ではなくダタッダタッと軽やかな足音をしている。

 

 そういえば彼女は自分の名前を何と書いたっけか……そうだ、ジンオウガと書いていたな。

 人の言葉を理解しているのは分かったが文字まで書けるとは思わなかったから、地面に文字を描き始めた時は心底驚かされた。

 

 書き慣れてはいないらしく、うんうん唸りながら手こずりつつ名前を書く姿はとっても可愛らしかった。

 

「……何が来ている?」

 

 ゆっくりと布団から出て、制服を身に纏い第17号ヴァルキューレ制式拳銃を握る。

 物音を立てないよう慎重にマガジンを抜き弾薬を装填、リロードしてセーフティを外す。

 

 ジンオウガが倒してきた大型モンスターは何度か見せてもらった事がある。

 実際に狩猟を行う姿も見たことがあり、この森に住むジンオウガ以外の大型モンスターについてもある程度知識は身に付いていた。

 

 どれもこれもが、私たちの手には負えなさそうなモンスターばかりだった。

 巨大なクマのようなモンスター、手先が器用なモンスター、糸を出す猿のようなモンスター。

 

 それ等私の知っているどの大型モンスターとも、ログハウスの外を彷徨いているモンスターは違う。足音の大きさだけでも相当巨大であることが分かる。

 それに、まだ姿を見た訳でもないのに悪寒が止まらない。奥歯がガタガタ鳴りそうになるのを懸命に堪えなければ、外に居るナニカに存在がバレる気がしてならなかった。

 

  ガリガリ…ガリガリガリ……

 

 何かをかじる様な音が雨音に紛れて聞こえ、振動も伝わってくる。

 

 ジャギィか何かを捕食しているのかとも思ったが、捕食に伴う骨を噛み砕く音や肉を食いちぎる音は聞こえない。

 

 何もない地面をかじっているようだ。牙を綺麗にするためだろうか……あるいは土食性のモンスターか?

 どちらにせよ、私が知らない未知のモンスターであることに変わりは無い。

 

(この森に住むとは、こういうことか)

 

 ジンオウガがイマイチ良い顔をしなかった理由が何となくわかったような気がする。確かに、こんなモンスターが現れるのであれば良い顔をする気にはならない。

 野生動物の勘が今回のような事態を予期していたのかもしれない。人間よりもそういった感覚は鋭いだろうしな。

 

 息を殺したまま、私はジンオウガに教えて貰いながら用意した小道具をアイテムポーチに詰めていく。

 

 薬草をすり潰して水に溶かし込んだ回復薬と、それに蜂蜜を混ぜたより上位の回復薬。

 

 眩い光を放つ虫を粘着性の植物を巻き付かせた石ころに取り付け、投げつけて閃光を撒き散らすことで目眩しをする閃光玉。

 

 アプトノスの糞を素材とした、悪臭によって相手を追い払うこやし玉。

 

 最後に、ジンオウガからお守り兼匂いを誤魔化す道具として貰った彼女の白毛の束。

 

(これくらいあれば十分か)

 

 あまり大荷物になっても逆に身動きが取りにくくなり不利だ。荷物整理を終えて、再びログハウスの外に居る未知のモンスターの動向を探る。

 

  スンスン……スンスン…

 

 今度は匂いを嗅ぎ始めた。私の匂いを探っているのだろう。

 そこに関しては問題ない。ログハウスが完成した際、ジンオウガが体を擦り付けて自分の匂いを塗り付けていった。

 

 野生動物が己の縄張りを主張するマーキングという行為だ。ログハウスが完成したのは昨日の午前10時頃。完成直後と日が落ちてからの2度、彼女はマーキングを行ってくれている。

 それが効いているのか、私の匂いが分からずにいるらしい。何度も何度も執拗に匂いを嗅いでは、不服そうに唸っている。

 

 とはいえ、あまり長くはもたないだろう。大型モンスターにかかればこんなログハウス、容易く破壊できてしまう。

 家具の類をまだ搬入していないのが幸いだ。これで家具も持ち込んだ状態でログハウスを破壊されてしまったら、私のメンタル面でのダメージはより大きいものになっていただろうから。

 

(これで切り抜けられるか…?)

 

 このまま立て籠っていてもいずれは破壊されてしまうだろう。せっかく建てたログハウスだ、壊されてしまうのは可能なら避けたい。

 

 アイテムポーチに入れた閃光玉を取り出す。このまま壁伝いに進めば窓がある。

 そこから身を乗り出さずに閃光玉を放り投げ、上手く目眩しが出来れば此方から先攻を仕掛けられる。

 

 相手を激高させる恐れも無論あるが、それでも何もせずに襲われるよりかは未練が残らないだろう。

 

(……足が、震えるッ)

 

 どう動くか決められたのに、足が震えてしまう。たまらなく恐ろしい。

 

 しくじれば死ぬ。そう思うと体が思うように動かない。

 存在がバレてしまわないよう震えを抑え込むのが精一杯。大して遠くない距離にあるはずの窓が、恐怖心のせいかヤケに遠く見える。

 

 不思議なものだ。凶悪な犯罪者を相手取ったことも何度かあるのに、その時とはまるで緊張感と恐怖の度合いが違う。

 相手が自分と同じ種族だから、何となく安堵感があったのかもしれない。

 人間を相手にしているから予測がしやすく、それが安心へと変化していたのかもしれない。

 

 今までとは勝手が違う。相手はモンスターだ。

 話が通じない凶暴な存在。なんてことの無い動作で容易く人間を殺傷できてしまう危険な存在。

 

 そんな相手を、私は出し抜いて生き延びられるのか?

 

(怖い……)

 

 これ程までに恐怖したのも久し振りかもしれない。

 凶悪な犯罪者を相手にしても久しく感じなかった程の、肉体の自由を奪い取る恐怖感。

 

 拳銃のグリップを握り締めて、そのまま固まってしまう。

 雨音とそれに紛れる匂いを嗅ぐ音が、より恐怖を掻き立てる。

 

(助けて…)

 

 柄にも無く、心の中で助けを願った。モンスターが相手となると私は私らしさを保てず、小娘のように怯え切ってしまっていた。

 

 助けを願った瞬間、けたたましい音が上方から鳴り響く。

 ログハウスの屋根を破られたか、そう思ったがその音の正体は外にいるモンスターの攻撃ではなく落雷だと、窓から差し込む眩い光に気付かされた。

 

(……落雷)

 

 幼い子供にとっては恐怖の象徴かメカニズムが気になる格好良い自然現象か、そのどちらかに二分される落雷。

 

 今の私にとっては、そのどちらでも無い。

 落雷の音を聞くと思い出す。私の事が大好きでたまらない、巨体に見合わない可愛らしさを持つバカっぽい顔付きのパートナーの顔を。

 

 閃光玉はログハウスの外に居る未知のモンスターを怯ませるだけでは無い。

 初めて作った時にうっかり作動させてしまい、しばらく前が見えなくなるほどの閃光を放つ事を身をもって理解した。

 

 あれだけの閃光なら、気付いてもらえるかもしれない。

 

(………よし!)

 

 そう思うだけで希望が湧き、恐怖で動けなくなっていた肉体に力が戻る。

 ジンオウガの白毛の束を取り出して体に塗り付け、匂いを上書きする。

 

 息を殺してしゃがみ姿勢のまま窓の元へ移動。鍵を外し、ゆっくりと窓を開けた。

 雨音に溶け込む足音。遠ざかる様子はなく、私を食う為に執念深く張り付いている。

 

 そんなに食らいたいのなら、お望み通り食らわせてやる!

 

 閃光玉を窓の外に放り投げた。グル?とモンスターが不思議がるような声が聞こえたな、と思った次の瞬間。

 落雷による光と同等な眩い閃光が発生し、ログハウスの中を鮮明に照らし出した。

 

「ヴヴァァァウ!?」

 

 怯んだような声が上がる。閃光玉が聞いたらしい。

 

 そうとなればすぐに行動だ。急いでログハウスを飛び出し、私を探していたモンスターに拳銃を向けた。

 

「…………」

 

 言葉を、失った。

 

 巨大な恐竜のようなモンスターがそこには立っていた。

 

 黒みがかった暗緑色の表皮を持ち、首筋や背部は原理こそ不明だが真っ赤に発光している。

 肉体は無数の傷跡が刻まれ、痛々しさと禍々しさを醸し出す。

 

 そして何よりも、顔が異質だった。

 顎の下に無数の突起物が生えている。見た感じではその突起物も中々に鋭利そうで、生える位置こそおかしいがアレは『牙』なのだと直観的に理解した。

 

「グルァァウ!! グァウ…ガァ!」

 

 予期していなかった閃光によって視力を奪われているモンスターは怒りを堪えきれず怒鳴り散らすように唸り、頭をブンブン振り回している。

 あのままではログハウスに激突して破壊しかねない。

 

 それは避けなければならない。

 激務疲れで思考回路が半ば停止した状態で思い付き、そのまま作り始めてしまったものだが完成してみると強い愛着が湧いた。

 

 苦労して作り上げたからというのもあるだろうが、何よりも部下たちやジンオウガ、草食性モンスターことアプトノスの協力があってこそ作ることが出来たこのログハウスを破壊させたくなかった。

 

「私はこっちだぞ! 来い、この化け物め!」

 

 怒鳴り声を上げた。未だに視力が戻らないながらも目の前のモンスターはその声にしっかりと反応を示し、私がいる方を向いた。

 それで良い。半開きでヨダレを垂れ流している口に向けて拳銃を発砲、着弾をこの目でしっかりと視認した。

 

「ア”ア”ウッ!?」

 

 表皮では弾丸が通らない可能性があったから柔らかい口腔内を狙ったが、その狙いは正しかったらしい。

 顔を仰け反らせて大きく怯んでいる。

 

「その程度で怯んでいたら私は食えないぞ!」

 

 言葉が通じるかは分からなくても、怯えさせられた怒りをぶつけてやらなければ気が済まなかった。

 

 それに野生動物は人間の感情に対して機敏に反応する。

 私の怒りの感情が伝われば、そのまま私を狙って追跡してくるだろうと考えた。

 

 声が聞こえる方向から私の位置を割り出しはしたようだが、追ってくる気配はない。

 ログハウスに染み付いている匂いと私が纏う匂いが同じだから、それを襲ってしまったとなればここを縄張りとするモンスターに狙われることになる。

 

 それを分かっているのだ。匂いの主、ジンオウガの危険性を理解している。

 しかし、黙って見ている訳にもいかない。時間を与えてしまったら閃光玉によって奪った視力が戻ってしまう。

 

「こっちに来い! このッ、不味そうなゴーヤ野郎!」

 

 怒鳴りながら再度発砲、今度は目元に着弾する。

 

 ゴーヤ野郎という言葉は半ば思いつきだった。

 緑色の皮膚にゴツゴツとした質感、あれはどう見てもゴーヤだ。手足の生えたゴーヤだ。

 

 そう思うと少し面白くて、恐怖感が薄れた。

 

「グラルルルル……ゴアァァウッ!」

 

 2度の銃撃により躊躇いよりも怒りが勝ったらしい。

 目を閉じたまま、匂いを頼りにモンスターが突進を仕掛けてきた。

 

 私は一目散に森の中へと逃走。背後から聞こえる木々を薙ぎ倒す音に背筋を駆け抜ける寒気を感じつつ、アイテムポーチから2個目の閃光玉を取り出す。

 

(目が開いている、それならっ!)

 

 ちらりと後ろを振り返れば、先程まで閉じられていた瞼が開いており黄色の瞳が私を正確に捉えている。

 

 そこに、もう一度閃光玉を食らわせた。今度は一瞬だけバック走に切り替えて、地面に叩きつけるように。

 日中とはいえ雨雲で太陽が遮られ、森林ということもあり樹冠が更に明るさを遮断して暗い森林の中を閃光が駆け抜けていく。

 

「ヴアアウ!?」

 

 再度、奴の視力を奪った。

 

 そのまま銃撃を浴びせて注意を私に引き付けつつ、森林の中を逃げ回る。

 木々に体をぶつけさせるようなルートに誘導して進行速度を低下させたり口の中にこやし玉を投げ込んだりしつつ持ち物を整え、ログハウスから引き離す。

 

 ログハウス作りなんて重労働をしたせいで筋肉痛が酷いが、それを理由に立ち止まればその数分後には私は奴の腹の中だ。

 

 痛みを訴える肉体にムチを打ち、逃走を続けて数分。引き抜いた木々を用いた投擲攻撃や巨体に見合わない飛び掛りを何とか避け続けた。

 逃走中に調合した分の閃光玉も尽きてしまった頃、私が草むらを踏み越えて逃走している時だった。

 

「くっ!?」

 

 足首になにか固いものが引っかかり、私は転倒してしまった。草むらの左右に生えている大樹の根が浮き出ていたらしい。

 

 走っていた勢いが乗ったことで、引っ掛けた足首を捻ったらしい。鈍い痛みに襲われ、動けなくなってしまう。

 

「ガルルルル……」

 

 転んだ拍子に仰向けになった私の視界の下、私が逃げてきたルートを的確に追跡し続けたモンスターが木々の間から姿を現す。

 

 散々逃げ回り、閃光やら銃撃やら口の中へのこやし玉投擲やらとちょっかいをかけられ続けてさぞご立腹らしい。

 口から赤い稲妻を帯びた黒煙を吐き出している。まるで悪魔のような風貌だ。

 

 このまま、私は食われるのか。シチュエーションだけを見た第三者が私の気持ちを推測したとしたら、こんな事を考えていたのかもしれない。

 

「全く……()()()

 

 だが、それは間違いだ。部分点も上げられない。

 

 逃げ回る最中に私はハッキリと聞いた。聞き慣れた、あの足音を。

 追跡してくるモンスターの周りを飛び回る、私の相棒に力を貸してくれる昆虫たちの姿を見た。

 

「アオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!」

 

 木々を薙ぎ倒しながら私の相棒、ジンオウガがモンスターから見て左側面から飛び出してきた。

 頭部に生える角を突き刺すように頭突きをしながらモンスターを押し退け、仕返しとばかりに地面を牙で抉りながら仕掛けてきた突進を口に咥えて引き抜いた木によるフルスイングで迎撃。

 

 怯ませた所に長く太い尾を下から振り上げるような見事なサマーソルトを横っ腹に叩き込み、モンスターを横転させた。

 更に追撃は止まない。横転したことで離れてしまったモンスターに滑り出すような挙動で肉薄しながら肉体側面に前足を叩き下ろし、身を後方に捻る挙動で尾を振り回して顎下を殴打。

 

 ぬかるんでいる地面を半回転させながら吹き飛ばしたモンスターと距離を取り、ジンオウガは低く身構えながら唸っていた。

 

「ジンオウガ」

 

 名を呼ぶ。

 

 こちらを向く余裕も無いのだろう。左後脚が僅かに上がり挙手の代わりとも取れる仕草を見せてくれた。

 

「後は頼む。私を守ってくれ」

 

「ア”オ”ン”ッ!」

 

 身勝手なお願いだが、ジンオウガは頼もしい返事をして起き上がったモンスターに向けて突進していった。

 

 

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