欠損奴隷を治したら、俺を崇める宗狂団体が設立されてた   作:破滅

2 / 3
02話 女神アストレアの裁きと神託

 ガタンッ。

 

 金の天秤は、無情に、右に傾いた。

 

「い、いやっ! お、お前ら、この女を殺せ! 死刑! 死刑ですの! この私に盾突いたこの女こそ不敬罪で死刑ですわ!!」

 

 金髪縦ロールの姫は、アストレア様に背を向け走って逃げながら、喉が裂けんほどに叫ぶ。だけど、誰も動かなかった。

 

 誰だって命は惜しい。本物の、超越した存在を前にしてあの姫を守ろうと動けるほどの忠誠を示す騎士は誰一人としていなかった。

 

「そ、そんな……。う、嘘。い、嫌! 嫌ですわ!!」

 

 縦ロールの姫は全力で走り出した。女神様に死刑を宣告される前に。

 

 次の瞬間、縦ロール姫の両の足が宙を舞った。べちゃりと、大量の血を零しながら縦ロール姫は無様に転ぶ。

 

「いやぁぁぁあ!! 痛い! 痛いですわ! 死にたくない! 嫌ぁッ!」

 

 縦ロール姫は悲鳴を上げてのたうち回った。

 

「判決を言い渡す。――死刑。……斬首の罰で一思いに償わせてやるつもりだったが、自らの非を転嫁し罰を受け入れず逃げ回るその痴態はあまりに目に余る。反省し魂を浄化する時間をくれてやろう。……『浄罪の聖炎』」

 

 アストレア様が冷徹にそう言って、天秤を指で弾くと、縦ロール姫の斬られた足の傷口が燃え上がり始めた。

 

「うあがががっ、あ、熱いッ! 嫌ぁァッ! 痛いッ! 熱いですわッ!」

 

 足の切り口から燃え上がった炎は、じわじわと、しかし確実に太もも、お尻、背中、腹、胸、首へと侵食するように燃え広がっていく。

 

 縦ロール姫は、恐怖に顔を青褪めさせ、やがて絶望し、白目を剥いた。口から泡を吐いて、苦しそうに藻掻き、悲鳴を上げる。

 

「それは、浄罪の聖炎。人の魂の穢れを落とすまで決して消えることのない炎。反省を促すために、自死と気絶を封じる魔法も掛けておいた。精々死ぬまでに、己の罪を恥じ入り悔い思い直すと良い」

 

「うぐっ、あ゛ぁぁ゛っ! ああ゛っ!! 熱い! 痛いッ! 嫌ぁッ!」

 

 白目を剥いて泡を吐き続けても、それがアストレア様の魔法なのか、気を失えず、縦ロール姫は苦しそうにのた打ち回っていた。

 

「反省くらい、静かにしろ」

 

 アストレア様が再び天秤を指で弾くと、のた打ち回り口を大きく開けて叫び続けている様子の縦ロール姫から、一切の音が聞こえなくなる

 

 空間が静寂を取り戻した。

 

 アストレア様は、今度は俺の元へ来た。

 

 足音を立てずに、しかしじわじわと俺の方へ近づいてくる。

 

 青かった顔を今度は赤くしながら悶え苦しんでいる縦ロール姫を見た。恐怖で鼓動が早まり、気がおかしくなりそうになる。

 

 ……次は、俺の番ってことですか?

 

 俺は、何で自分がこの世界に喚ばれたのかも解っていない。

 

 気がついたらこの世界に召喚されていた感じで、自らそれを望んだわけじゃない。

 

 でも、人ならざる冷酷な女神様にそんな事情は関係ないだろう。

 俺は、経緯はどうあれ異世界からこの世界にやってきた異分子だ。調律を守るために殺されてもおかしくない。

 

 ――ただ、死ぬにしてもあんな傷口に火をつけられて悶え苦しみながら死ぬなんて絶対嫌なのでせめて抵抗せず大人しく受け入れようと心に決める。

 

「其の方、面を上げよ」

 

「ひぃぃっ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。そりゃ仕事サボったり、注文し過ぎて結局食べ残したり、パソコンのパスワードをnakada shine(上司死ね)にしたり……悪いことを一切してないって言ったら嘘になるかもしれないですけど、殺されるほどの悪事は働いたことないと思うんです」

 

 大人しく受け入れよう――なんて思っていても、いざ死ぬかもしれないって思うと怖くて命乞いをしてしまう。

 

「……そう怯えずとも良い、人の子よ。我は法と(ことわり)の女神。異分子と言えど禁忌を犯していない人間を裁くことはない」

 

 裁くことはない。……つまり、俺は殺されないってこと?

 

 俺はドキドキとなる心臓を抑えながら、恐る恐る顔を上げる。アストレア様は、どこまでも冷淡に俺を見下ろしていた。

 

「その……俺は、殺されないんですか?」

 

「うむ。其の方が望んだとしても、我は法に則り其の方を殺すことはない」

 

「……で、では、その、何のご用件が?」

 

「アレが息を引き取るまで其の方に此度のことを説明するつもりだ。この世界に来たばかりで右も左も判らぬだろう?」

 

「は、はぁ……」

 

「不服か?」

 

「いいい、いえ! 滅相もございません! 痛み入ります! ……それで、何を教えていただけるんでしょうか?」

 

 俺は蹲るように寝そべっていた姿勢を正して、土下座の姿勢に直る。

 額を地面に擦りつけながら、アストレア様の次の言葉を待った。

 

「……この世界には、度々勇者が召喚される。異世界から人を呼び寄せるのは、世界の法と理に反しているにも拘わらず、だ」

 

「は、はぁ……。それで、これまでも今みたいに召喚者を裁いてきたと……」

 

「いや、そうしたいのは山々であるが、それを出来ずにいた」

 

「…………?」

 

「他の神々が、勇者召喚に噛んでいたからだ」

 

 ……他の神の指示であれば、アストレア様でも裁けない――みたいな法があるってことなのだろうか?

 つまり僕は、神様を介さない召喚だから助けて貰えたってこと?

 

「違う。其の方もまた【強欲】の女神、マモーンの手引きによって召喚されたはずだった。だが其の方のスキル『治す』によって、マモーンの干渉は断たれた。だから我は此度の件を裁くことが出来た」

 

「な、なるほど?」

 

 要するに、俺の『治す』は怪我だけじゃなくて『絶対服従紋』とか女神の干渉すら治せてしまうってこと?

 

「……最近の神々は、競うように勇者召喚に干渉し合いこの世界での影響力を高めている。だが、本来神々が己の欲望の為に過度に人間界に干渉するのは違法だ」

 

「……違法」

 

「本来なら我が裁かねばならないのだが、我はこの世界の法に則り人間界への干渉をしておらず――その分影響力が低い」

 

「つまり、信者が少ないから力が弱くて、他の神々が干渉して争いになると勝てないから裁くに裁けなくなっているってことですか?」

 

「……うむ。直接言われると耳が痛いが、正しくその通りだ。法を遵守し続けた結果法を犯した者たちを取り締まる力すら失うなど無念な話よ」

 

 ……なるほど。話が見えてきた。

 

「つまり、アストレア様が他の神様を裁ける力を取り戻せるように、俺が布教活動をして信者を増やせ……そういうことですね?」

 

「いや……それもしてくれると助かるが、本題ではない。其の方、名を何と申す?」

 

「えっと、谷川 治太郎です……」

 

「ふむ。タニガワ ジタロー。其の方の世界では名前の方が後ろなのか。変わっているな。ジタローよ」

 

「は、はぁ……」

 

「ジタローの『治す』は強力で、どうやら他の神々の干渉すら治してしまう力があるらしい。そこで、ジタローには異世界から召喚された勇者を探し、神々からの干渉を治して回って貰いたい」

 

「えっと……」

 

 面倒くさい。それ、俺に何のメリットが? なんて言える雰囲気ではなかった。

 余計なことを言えば、メリットは今死なないことだ、とか返答されかねない。

 

「メリットならある。今、ジタローには私の加護を与えた。日頃の幸運も上がるし、少しではあるが私の権能も扱えるようになる」

 

 それは、まあありがたい……のか?

 俺は、今一度あの禿げジジイが目にも止まらぬ速度で首を落とされた光景や、今もなお燃え続けている縦ロール姫を見る。

 

 確かに、一部でもあの力が使えるのであれば心強い。

 野盗とかモンスターとか……いるかは解んないけど、暴力で解決できる脅威には怯えずに済みそうな気がした。

 

「頼めるな? ジタロー」

 

「は、はい!」

 

 ……あっ。アストレア様の圧が凄すぎて条件反射的に承諾してしまった。

 

「では……罪人の息の根も止まったようだし、我はそろそろ天界に戻るとする」

 

 言われてみると、縦ロール姫は黒焦げた炭になっていてピクリとも動かなくなっていた。来た時と同じ蒼白い魔法陣を展開して、アストレア様は帰ろうとする。

 

「あ、いや、ちょ、ちょっと待ってください」

 

「…………?」

 

「そ、その、素晴らしいご加護を頂けた上でこれ以上を望むのは欲張りかもしれないんですが、俺、この世界に来たばかりで一文無しなもので、先立つものがないとこの先不安と言いますか……」

 

「……ふむ。なるほど、金銭か……」

 

「そ、その、金がないとトラブルも増えますし」

 

「人間は金がないと争いが増えるのか。確かに、我が使徒が他の人間と争うのは我としても望むところではない。では、神託を授けよう」

 

「ははっ、ありがとうございます!」

 

「――ジタローよ。そこの玉座の後ろにある石像の下に隠し階段がある。階段を下ると金貨や、旅に役立ちそうな道具があるから、好きなものを持っていくと良い」

 

 そ、それって、王族の隠し金庫の在処みたいなそういうやつ!

 あ、あれ? でもそれって……

 

「そ、その、強盗とかになりませんか? こ、この世界の法的に大丈夫なんですか?」

 

「人間の法では、悪党から財を没収することが罪に問われるのか?」

 

「え、いや……」

 

「人の法は知らぬが、我が使徒となったジタロー、其の方の法は我自身だ。世界の理と法に反さぬ限り、其の方の行動は女神アストレアの名の下に保証されると思え」

 

 それはつまり、金品を無理やり奪っても『お布施』とか言い張れるし、侵略行為も『解放』とか『布教』って言い張れるみたいな?

 儀式って言い張って、女の子を食いまくれる的な?

 

 教会の最盛期に生臭坊主がやってきたような悪行の全てを俺がやったとしても、女神様の名の下に許されるってことですか?

 

「そう思ってくれて構わない。勇者解放の使命を果たしてくれるのであれば、我は、ジタローが己の私欲を満たすことを咎めたりはせぬ」

 

「い、いや、例として挙げただけで、そんな酷いことをするつもりはないですよ?」

 

「私は天界に戻る」

 

 そう言って、アストレア様はそのまま天井の魔法陣から空に帰って行った。

 

 王座の後ろの石像を退かすと、本当に隠し階段があった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。