幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
「ごちそうさまでしたー」
朝食を食べ終え、食器を片付けにかかる。ちなみに今の時代、食洗器は業務用ぐらいにしか普及しておらず、普通の家庭にあるもんじゃない。
だがここにはある! そう、チートで持ってきた食器洗浄機がネ! イッツタイムパフォーマンス! 私が帰って来た以上、20世紀の文明生活など許さねぇ! 今日からお前も21世紀人だー!
……しかし。
「……ベイ中尉、なんか私の愛機たちが埃を被ってるように見えるんですけど」
「あんだよ。てめえが気軽にホイホイ使うもんは得体が知れねぇんだよ」
「ああ、文明利器たちの嘆く声が聞こえるようだ……」
またワケ分からんこと言い出したな、という目を向けてくる原始人類。ちきしょう、覚えてろよアンタ。未来でどれだけ私が先進的かつ馬鹿チート使ってたか思い知ってもらうからな。
──と、そこでノックの音がした。
「? はーい、ただいま」
駆け寄って扉を開ける。
そして──そこに立っていた人物に、私は目を剥いた。
「
制服の上からでも分かるやせ細った痩躯。美男美女揃いの黒円卓の中ではある種の異彩を放つその人物。いかにもワタクシ悪の科学者ですと言い放ちそうな、紛れもない、明らかな、常人の域には収まらぬその姿──!!
「シュシュシュシュシュシュシュシュシュ──シュピ──ネさァん!?!?!?」
「シュが多すぎる……」
ベイ中尉のツッコミを受ける中、ガクンッ! と私はその場に片膝を折った。いや、折らざるを得ない。落雷直撃に等しい衝撃だ。うおおおおおおお!!
「おや? ……ああ、もしやあなたが噂のレイシア嬢、ですね? 副首領閣下の使い魔という……なんと、想像より遥かに麗しい……」
「ぐはッ」
すすすスッゲェ──!! これまで直に対面してきた黒円卓の中でも一、二位を争うくらいの感動だ! うおおお実在する! シュピーネさんがいるッ! 溢れ出るこのオーラにやられっぱなしだぜ!!
「と、申し遅れました。私は聖槍十三騎士団黒円卓第十位、ロート・シュピーネ。以後、お見知りおきを──」
「とっととととんでもありません! レイシアですっ、お会いできて大感激ですシュピーネさん! うっひょー!!」
「えぇ……」
テンションのメーターがブチ上がっている此方に引き気味の声を上げるベイ中尉。いやもう、昨晩のこととか朝のこととか全部忘れた。全て吹き飛んだ。シュピーネさんだぜヤッホーィ!!
「おいシュピーネ? おまえこいつと会ったことあんのか?」
「いいえ? 間違いなく今が初対面だと思いますが……?」
「そそそ、それで一体どんなご用なんですかシュピーネさん! こんな僻地にわざわざ御足労頂くなんて、ああっまだお茶の準備もできていないのに!」
「僻地っておまえなぁ……」
ベイ中尉が何か言いたげだったがスルーである。今はもうシュピーネさんしか目に入らない。くあー! 形成のオーラにやーらーれーるぅー!
「ベイ中尉に呼ばれてきたのですよ。いつもの買い出しでしょう? 戦時下の市場などまともに機能していませんからね。金銭や取引に関することなら、黒円卓の中では、僭越ながら私が専門ということで、お手伝いに来たのですよ」
「うぉあー! シュピーネさんがいれば百人力、いや万人力ですねぇッ! 行きましょう行きましょう、是非とも行きましょう。というわけでベイ中尉は──」
「俺も行く」
「えっ」
外は快晴。
私でさえ暑さを感じるだろう天気である。陽の光を嫌うアルビノ中尉にとっては地獄の釜も同然。一体どういう風の吹き回しか!?
「犬の散歩コースくらい決めてやる。それでシュピーネ、どこへ行けばいいんだ」
「ほほ。ベイ中尉はレイシア嬢に甘いですねえ」
「ほっとけや。行くぞ」
そんな感じでベイ中尉はとっとと外に向かってしまう。
私も財布を準備して、慌ててその後を追いかけた。
※
「……中尉。私、一応折り畳みの日傘を持ってきてるんですけど……」
「いらん」
「……中尉~。ほんとどうしちゃったんですかもう……」
「どうもしてねえ」
ご主人の心、従僕ワカラナイ……
なんて会話をしつつ、市場へ向かって歩を進む私たち一行。
ギラギラの太陽にベイ中尉は心底うんざりした顔をしているが、なにかを押し殺したかのように静かだ。余裕、というより忍耐試験の有様である。
「ところで、お嬢さんは平気なのですか? 日光」
「あ、はい。私の髪はこれ、後天性のもので」
ほう、と隣を歩くシュピーネさんが声を零す。
確かに私もベイ中尉と同じように真っ白な髪色だが、そうなった経緯はまったく違う。
「アルビノじゃないんです、私。度重なるストレス極致の魔境に送り込まれたせいで、色が抜けちゃったんですよ。偽物なんです」
「偽物、ですか」
「……、」
ふと、私がまだ渇望を自覚する前のことを思い出す。
とにかく過酷な自然環境に放り込まれた幼き日の私は、水銀に文句を垂れながらも生き延びるために必死になった。絶対に、絶対になんらかの力を手にしてやると。そう息まき、ある時、密林にて野生の猛獣に出くわして無我夢中になった瞬間、その手には──エクスカリバーが握られていたのだ。
あれは最悪だった。
水銀ですらあのキャラ性にウザみを感じていたようだった。アレは生半可なもんじゃねぇよ、マジで。
「シュピーネ。悪いが店ではごたつかないようやってくれ。可能な限り迅速にな。そのために呼んだんだからよ」
「了解しました。お任せを。小ずるい輩を締め上げるのは得意ですので」
戦時下の市場は値が高騰する。誰も彼もが生きるのに必死。ほとんど闇市みたいな状況だ。なんで、そこへ金銭面のスペシャリスト、シュピーネさんの出番なのである。
「必要な物はこちらで買いこんでおきますよ。その間、お二人はその辺を散歩でもされたらいかがです? ──なにしろ、良い天気ですからねえ」
「え、シュピーネさん?」
呼び止める声にも振り向かず、シュピーネさんは片手を振りながら市場の奥へと消えて行ってしまう。思わずベイ中尉の方を見たが、相変わらず陽光の下で渋い顔をしているだけだ。
……これじゃあ何のために出て来たか分からない。
というか、ご主人を苦しめただけなのでは。
「え~……っとぉ……」
「なんだよ。言いたいことがあるなら言えや」
いや、色々とありますけどね!?
しかしこれ、言っても素直に答えてくれる気がしないんだが。
えー……じゃあ、普通にシナリオ進めていきます?
「じゃ、じゃあ、ちょっと寄り道して行きましょーかぁ……ほら、観光名物もある、だろうし……?」
「……いいぜ。行ってやらあ」
怖い。
静かすぎるベイ中尉、マジで怖い。
※
そんなこんなでやってきたのは教会だった。
荘厳! ステンドグラス! すげー! ──ってほどの感動は、正直ない。百年以上も生きてれば、ここらヨーロッパ放浪の旅じゃあ教会なんて何度も見てきたので新鮮みなどない。
「ちょっと休んで行きましょ。ベイ中尉も疲れているんですよ」
「……疲れてねえ」
どかっと長椅子に座るベイ中尉。まったく、今日はどうしたというのか。
あ、足を組んだ。はえ~、格好つくなぁ。写真撮りたいよ。
神に捧げる祈りはない。
ベイ中尉の座る長椅子の反対側、通路を挟んだ席に私も腰かける。
静かに、静かに時が過ぎていく。なにも無い、静寂の時間。多少の気まずさはあるけれども、休むに越したことはない。
「ベイ中尉って、神様とか信じますか?」
「俺が信じてんのはハイドリヒ卿だ」
「ですよね。私も神は苦手です」
なんなのだ、とベイ中尉が視線を寄越してくる。
さて、な。私も何を言いたいんだか、よく分からない。
ただ──
──神、と聞くと、どうにも。
叫び狂いたいぐらいの衝動がわきあがってくるのだ。憎しみか? 恨みか? 否、おそらくこれは──怒りの類だ。
……そうとしか、考えられないが……どこか、引っかかる。
「……おい。レイシア……?」
「──やあやあ、こんな所にいたか。探したぞ我が娘」
「ッ!?」
ベイ中尉が弾かれたように立ち上がり、振り返った。
私も私で長椅子に座ったまま、無言で拳を握り込む。
「メルクリウス……何の用だ」
「ハイドリヒ卿から召集だ。ああ、娘は先に連れてこいとも仰せでな。少し借りるぞ」
なんだそれおっかねえ。
どういう事だよ。私に一体なんの用です、ハイドリヒ卿ッ!?
「……なにゆえ?」
ひとまず椅子から立ち上がって水銀野郎を見る。
さてなあ、とわざとらしく奴は肩をすくめた。
「友の飼い犬と戯れたい……そんな日もあろうさ。しかし今回は殴ってこないのだな、レイシア。遂に私を父親と認めたか、んん?」
「殴ってほしそうだから殴ってやるよ持ってけチクショー!!」
とりあえず渾身の腹パンを叩き込む。
ぐふぉあっ、と呻いた水銀は、その場に腹を抱えてしゃがみ込んだ。かわす素振りもないとは、やっぱ変態かこいつ。
「ノルマ達成。悪は滅びろ」
教会で神を殴って拳を天に掲げる。
えぇ、と横でベイ中尉は引いているし、うずくまる水銀を幻覚のように眺めている。
「──じゃ、なんかお呼びのようなんで、先に行ってますねベイ中尉」
「……おう」
「腹パンの精度が上がってきている気がするな……うむ、ニ十点」
「気色悪い採点をするな」
逆に百点の腹パンってなんなんだ。
そんなやり取りを挟みながら、戦々恐々と私はグラズヘイムへと向かった──
シュピーネさん
黒円卓第十位。原作本編の共通ルートで毎回退場する人。でもこの人がいなきゃ本編が始まらないのは事実。いつもお疲れ様です。