幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
──生き地獄、とはまさに現状のことを言うのだろう──
そんな思考が遺言になりそうだなァ、と思いながら、私は、未だかつてない新たな地獄、自然がもたらす極限環境を遥かに凌ぐ、絶対地獄に叩き込まれていた。
「ふむ」
後ろから耳朶を打つ絶対強者の吐息。
さらりと頭の頂点から肩にかけて撫ぜられる指は、手袋越しでも竜の鉤爪になぞられているかのような錯覚がする。
「強度はともかく、身体構造は普通の人間と変わらんのか。カールが特殊な術でも施しているものかと思っていたが、なるほど、卿自身の渇望がそうさせているのだね」
「ミ」
全国の夢女、あつまれー。
ここがー黄金卿ラインハルト・ハイドリヒのーお膝の上だぞー。
死にそう。
マジで死にそう。
誰か助けてくれ!!!!!!!!!!!!!
玉座に腰かける黄金の悪魔の膝の上にちょこんと乗った小動物。なんだよこのギャグよりもラブコメよりも異常の塊みたいな光景はよ、幼女と戯れるハイドリヒ卿がいてたまるかっ!? どこの解釈違い、地雷原の概念を凝縮した光景だよ、恥を知れよ恥をよっ!! 助けてくれ!!!!
「ンっふふ……w」
テメェ玉座の横で笑ってんじゃねぇぞ水銀クソ野郎!! 死ねぇ!! 落ちてきた豆腐の角に頭ぶつけて死ねぇ!! 宇宙一下らねぇ死に方をしろ!! クソがよ!!!!
「ん……? そう硬くなる必要はないぞレイシア。気を楽にしていい。何も取って食おうという気はない。例えばそう、このまま背を預けるくらいしてもよい」
「だ、そうだがレイシア?」
「恐悦至極の限りこの身には有り余るご光栄の極みですがどうか路傍の石なりの慎みを汲み取って頂けると幸いに御座いますれば」
やべーもう自分が何言ってるかよく分かんねー。
ほとんど上澄みの感情を反射で言語化している。そういう機械にならないと弾け飛ぶ。レイシアという個人の存在、人格が。獅子の上に座らされてるようなモンだってコレェ!!
「どれ、ぎゅっとな」
「キュッ」
「あーあーいけません獣殿。それは肉体の頑強さに反して中身は角砂糖のように繊細な生き物なのです。初心なのですよ、初心。あなたほどの王者に抱きすくめられては、自ら呼吸を止めて自死しかねない。…………くっ、くくくくく……」
「おや、そうなのか。乙女に対する扱いではなかったな。無礼を許したまえ、レイシア」
「トンデモゴザイマセン」
笑い声が漏れてる水銀に苛立つ余裕すらもうない。
神は、死んだ。
※
────流石に他の黒円卓メンバーがやって来る前には解放して頂けた。黄金の獣殿の紳士さに感謝である。っつか
いやもう……勘弁してください。お腹いっぱいっていうか胃袋デストロイっす。
暇を持て余した黄金と水銀の遊びなんてマジで常人が受けていい試練じゃねぇ…………
「──レイシア?」
「ハッ……」
ふらふらと廊下を歩いていると、お呼ばれしてきたのだろうベイ中尉たちと鉢合わせした。
その近くにはルサルカ、ベアトリス、エレオノーレ姐さんの姿がある。
が。ぶっちゃけ今の私に見えたのは見慣れたベイ中尉の顔だけだった。
「あ……ああ……あああ……」
「……? おい、どうし、」
「ああああああ!! ああ!! ああああああああァ!!」
「!? ばっ、おい何だいきなり!?」
飛びついた。もう救いを求める亡者のごとく。
あああ! この慣れ親しんだ血の匂い! 実家に帰って来たかのような安心感!! ウエーン!!
「あらあら、もうすっかり懐かれちゃって。妬けるわー」
「ぐぬぬ……なんか納得いかないんですけど……」
「阿呆か貴様ら。泣きじゃくるだけの女子供など、見ていて虫唾が走るわ」
エレ姐さんの物言いにギリッと歯を食いしばった。てめーだったらさっきまで私が受けていた地獄を教えてやろうかッッ……!!
「何があったか知らねぇがうざってぇんだよ……離れろ、おい」
「ううううベイ中尉」
「なんだよ……」
「……撫でてー」
「するかボケ」
そこで首根っこを掴まれて引きはがされる。あうー。
「俺らも呼ばれてんだ。てめえの用は終わったなら黙って待ってろ」
「……やぼーる」
若干、捨て犬の気持ちになりながら、玉座の間へ歩いていくベイ中尉たちを見送る。
廊下には私一人だけが取り残される。
足音が遠ざかっていく。
──そして。
「……で、どういうチャート変更なんだ?」
「どう、とは?」
当たり前のように背後に立っていた水銀へ向き直る。
こいつも召集されているだろうに、なんのつもりでこっちに来ているのか──いや、恐らく私に時間を作ってくれているのか。なら遠慮なく質問をぶつけることにする。
「キャストが一人足りない気がするんだよ。私の知識と違う」
「ほう、そうなのか。しかし、君の保有する知識とは幻想だ。フィクションを現実と混同するなど、いつからそんな愚か者になったのかな、レイシア?」
「えー……おまえぇ……」
マジでなんも知らない感じなの、これ?
だったらもう、原因は私にしかない。私が関わったことによって、流れが確実に変わっている。お前の脚本、大丈夫? 水に濡らしたりしてない? 暖炉の薪にしてないでしょうね?
「それに、足りないと君は言うが、それが誰か分かるのかいレイシア。名前を知っているなら、今すぐ探して連れてくればいいだろうに」
「……、」
そういうところだよ、おまえが皆から嫌われるのはさ。
水銀クソ野郎の言う通り──私は、
まるでそれに関する情報だけ、消しゴムで消されてしまったかのように、何一つとして。
せいぜい、“女の子だった気がする”という程度だ。
「……なぁ水銀。つかぬことを聞くんだが──老人ボケ、始まってる?」
「これはこれは。義理とはいえ娘にそんな心配をされるとはな。しかし、ふむ? 君の読み通り、まあこれから何か起きるとなればそれは確かに過去の私のやらかしが原因にあるのだろうが、生憎と私は既知を感じるだけで未来視などできなくてね?」
「メトシェラ」
端的にキーワードを口に出す。
「黄昏の女神を見出して、ちょっとした後ぐらいかな。その頃、お前を訪ねて来た奴とかいなかった? ほら、私がいないところでとか」
「……んん? ん~~~~」
目を閉じ、顎に手を当てて首を捻る水銀。
芝居がかった感じもしなくはなかったが、何かを思い出そうとはしているようだ。
──やがて、パチンを指を鳴らした。
※
これだこれだ、と水銀が懐から取り出したのは──一つのロザリオだった。
今回のお話の、エンディング分岐に関わる重要キーアイテムである!?!?
「お、おお……おまおまお前……」
「そういえばすっかり忘れていた。祝いの品をと取っておいたのだが、いつか良いタイミングでお前に渡してやろうかと」
「お前ぇ──!!」
殴った。流石に殴った。
どういうガバをしてんだよこのドクズはよォ──!! しかもリカバリー法まで最悪だぞ!!
「いやだって、当時の私はおまえの子育て中だっただろう」
「──む」
いてて、と床から起き上がった水銀は口を尖らせる。なんだその表情モーション。そんな機能あったんかお前。
「色々と子の将来についても考えていたのだよ? マルグリットマルグリットと唱えつつも、おまえをいかにこう、私に都合のよい立ち位置に仕立てるか、真剣にな」
「もう言ってること全てが最悪だけどこの際だからスルーしてやるわ──んで?」
「ああ、だから旧友が来ても、なぁなぁな助言をやるだけやって、肝心の品だけ渡し忘れたということさ」
「お前マジ、お前……」
結構なガバやぞ、それは。
まぁ原因の一端は私にもあるらしいけどさ。
「それ本物ー?」
「当然。贋作を祝いの品に渡すような真似はせんよ。どうするかね?」
「私にくれるつもりだったんなら私にくれよ」
ほう、と面白げに水銀の目が細まる。
ロザリオが差し出され、私はそれを掴むと──
「ぱくっ」
「え」
「もぐもぐバリバリむしゃむしゃガリガリガリボキッ」
「えー……ええー……えええぇ──……!?」
目の前で起きた蛮行に水銀が口をぱくぱくさせる。
なんだよオイ、これは未知とでも言うつもりか。それとも既知と知っていながらマジで驚いてんの?
「ごっそさまー」
「嘘ぉー……」
愕然としている水銀など後にも先にも見れなさそうな光景だ。ざまぁねぇ。
聖遺物なんか取り込んで大丈夫なのか? 問題ない。私の内的宇宙は幻想なり。つまり聖遺物なんて幻想の塊、私からすれば栄養エネルギーの塊でしかない。喰って消化した後、ロザリオは溶けて消える。ま、そのうち異能ガチャのラインナップにでも追加されるんじゃないだろーか?
求道神とは、独立した異世界に等しいらしい。
一個の宇宙。
血の一滴、髪の毛一本とっても莫大な宇宙の欠片だ。普通の人間が取り込めば器が破裂したりするとか。
その分、身体は割と頑強。
愛の破壊魔たるハイドリヒ卿は例外として、ベイ中尉にだって早々傷をつけられたことはない。まぁあの人のことだから、私の知らんところで何度か殺そうとしてるんだろうけど。
「いやはや、まったく物凄い方向へ飛ぶな。君の選択は。しかしどうするのかね? 当日、同行したとしても、対抗できる異能を引き当てられるとは限らんだろうに」
「知らんのか水銀。人生は常に
いやはや、とまたしても肩を竦める
私だってどうしようもない。もうぶっつけ本番である。しかしこんくらい無茶通さなきゃ、新たな結末なんてのは望めないだろう?
「と、そろそろ行かねば遅れてしまうな。……ちなみに、次の行き先も、君は知っているのかな」
「カチンでしょ?」
「ご名答。ふふ、はははは──やはり、君は本物だ。私唯一の、
「……?」
意味深なことだけ言って満足したのか、水銀の影はそこで消えた。
未知? 未知と言ったか、あの男が? 私を?
「…………意味が分からん」
結論はそれに尽きる。
つか、やっぱ私の真ルーツ知ってるだろ、アレ!