幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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12 従僕コミュ

「カチンの森に怪異が出た。片しに行くぞ」

 

「おお、行ってらっしゃいませ」

 

「てめえも行くに決まってんだろ馬鹿が」

 

 というわけでカチンの森に行くことになった。

 同行者はベイ中尉、私、ベアトリス、である。ちなみにリザ・ブレンナーという人がもうカチンに先行していて、それまでの代理指揮官には私が任命されていた。畏れ多い。

 

 極秘命令を受けたご一行様、という肩書きで列車に乗り込んでいく。こういった移動途中の手筈も、全部リザさんがやっておいてくれたらしい。

 

 従者の私は最後に列車に乗り込むと、適当な窓際席にベイ中尉が座り、間を開けてベアトリスが並んだ。あ、私はその間っすか、と近寄った時。

 

「レイシアちゃん、こっ」

 

「──レイ」

 

 ベアトリスの呼びかけを遮るようにベイ中尉の一声が飛ぶ。

 はい、と即座に従って傍へ行くと、当然のように膝上に乗せられた。

 

「なああっ」

 

 とられた、と言わんばかりのベアトリス。私も表には出さないが動揺する。

 すいません中尉、この距離感は公では近すぎると思いますよ!!

 

 いやこの前、獣殿に座っていた身が言えたもんじゃねぇが。

 

「なんか文句あんのか」

 

「こ、こ、こぉの、犯罪者めが……!!」

 

「こいつは俺の従者だ」

 

「そういう問題ですか! だったら、私にだって権利はあるはずです! 同じ黒円卓の一員、屑男になんか任せていられますか!! レイシアちゃん、その辺の意志はいかがですか!」

 

「えー、そうですね。二人のご主人様の仲を取り持つためにも、ここはベイ中尉に甘んじさせて頂きますかねー」

 

 それでよし、とがしがし後ろから頭を撫でられる。

 “従者として”完全に論破されてしまったベアトリスは、哀れにもがっくりとうな垂れた。

 

「く、悔しい……悔しすぎる……! レイシアちゃん、そんな男のどこが良いというのですか……っ」

 

吸血鬼(ヴァンパイア)。かっこいい」

 

「本格的にガキじゃねえか」

 

「馬鹿なっ……馬鹿なぁっ……!!」

 

 ついてきてしまったベアトリスの心労は増えるばかりである。憐れな。

 

 

     ※

 

 

 列車から降りた後は、車による移動の旅となった。

 ベイ中尉のことだ、どうせ休みなしの強行軍になると思ったのだが──

 

「寝ろ」

 

 ──青天の霹靂。まさにそう言い表すほかになかった。

 

 そう、誰よりもカチンの森へ、暴れ放題の戦場へと誰よりも着きたいはずの暴の化身が、一日目が終わる夜、そんなことを言って車を停めたのだ。

 私でさえ驚いたのだから、それにベアトリスが鳩が豆鉄砲を食ったような顔になったのは必然といえよう。

 

「──そんな。──馬鹿な」

 

 ベアトリスは真顔でこの言いようである。私だって言うまでもなく、

 

「ど、どうしたんですか中尉!? 三度の飯より闘争大好きの精神はー!?」

 

「阿呆。こういう場合、むしろ女の方を休ませるってのが騎士道なんじゃねぇのかよ」

 

「ば、ば、ば、馬鹿なぁ──!!」

 

 『騎士道』などという単語が飛び出した時点でベアトリスは卒倒した。紛れもない騎士家系のお人である、騎士とはおよそかけ離れたベイ中尉からそんな単語が飛び出すなど、まさに驚天動地の極みだったろう。

 

「外の空気吸ってくる。レイ」

 

「え、あ、はい……じゃあベアトリスさん、お休みくださーい……」

 

 返事はなかった。本気で卒倒していた。憐れがすぎる。

 助手席から降りて主人の後を追う。車が停まっていたのは、木々の影だった。戦時中に加え、ソ連の領土に近いこともある。パッと見、簡単には見つけにくい場所だ。

 

 車から離れていく白い影についていくと、やがて先行者の足が止まった。

 

「……」

 

「……」

 

 なにか、背中から無言の圧というか、怒気のようなものを感じる。

 この感覚は、まあ、これまでの付き合いからしてなんとなく察せられる。つまり、「なんか言うべきことがあるのでは?」という圧だ。

 

 ……え、何を?

 この場面で何を言うべきかっていえば、それは、もちろん──?

 

「紳士ですね」

 

「違ぇよッ」

 

 違うのか……

 ハズレを引いたらしい。ガッと噛みつかんばかりにベイ中尉が振り返る。

 じゃあもーなんだというのか。意外と騎士精神が残っていたんですね、とか? 殴られそうだ。あ、それとも「寛容」さが出てきていいですね、イケメンですねぇ、とかか?

 

「何があった」

 

「は……?」

 

「城の廊下で。あり得ねぇくらい取り乱してただろうが。何だったんだよアレは」

 

 ────つまり、もしやこの人は。

 

「………………ずっとそれ考えてたんですか……?」

 

「驚天動地だ」

 

 何を意外そうに、と大真面目な顔で言い切ってみせる。

 ……う、嘘やろ……ベイの兄貴が……なんか……なんか……ッ!?

 

「メルクリウスからどんな無茶振りカマされようと、殺気と怒りで返すおまえらしくもねえ。ザミエルはああ言ってたが、あの時のおまえは異常事態だ。人前で泣き出すような醜態なんかアレが初めてだろう。──答えろ。何があった。何をされた」

 

 なるほど。

 

 ベイ中尉にとっては、カチンの森に行くにあたり、私が水銀からなにか仕掛けを施されたんじゃないかと疑っているらしい。確認したいのは私の異常というより、身辺の安全性。実際、ただじゃ済まないことが私の身に起きて、罠でも仕掛けられていようものなら、この場で殺すと剣呑な瞳が云っている。

 

 別に私を心配しているワケではない。

 

 なるほどな。オーケイ、解釈一致。全て理解した。

 

 つ、つれぇ…………

 

「あー……と……じゃあ、端的に説明しますね」

 

 マジでアレを何て言えばいいんだ?

 つーかどう報告すべきなんだ?

 新手の地獄でした、的なレビュー風?

 

 ……ちょいちょい、とベイ中尉にちょっと耳をお貸しいただくように手招きする。

 警戒しつつも、臨戦態勢を崩さぬまま、ベイ中尉は屈んでくれた。

 

 こしょこしょこしょ。

 

「………………つまり。ハイドリヒ卿の膝に座らせられた地獄に精神が崩壊した結果?」

 

「パーフェクトアンサー。ベイ中尉は理解が早いですね」

 

 空気が無になった。

 嵐の前の静寂。それを察知できないほど、私も場数を踏んでいねぇ──!

 

「ッッざっけてんじゃねぇぞクソ従者ァア!! 俺の時間を返しやがれ──ッ!!」

 

 放たれる豪速拳。

 だが、それを最小限の動きでひらりとかわす。

 

「かわすんじゃねぇッ」

 

「かわすさぁ! いつも殴られてばかりだと思うなぁ! っつか今回の件は完全にアンタが一人で考えすぎたせいだろヴァ──カッ!!」

 

「てめえ……本性現しやがったな!!」

 

「事実を述べてるだけでしょーが!!」

 

 続く破壊拳。かわし続けていると、やがて当たった木が折れ、地面が抉れる。マジで殺す気かこの人!

 だが──不思議と、口元には笑みが浮かんでくる。ああなんか、やっぱ好き勝手に暴れるベイ中尉の方が好きだな。

 

「あっはははははは! 私一人も捕まえられないようなら、シュライバー卿にも一生勝てませんよ!」

 

「ほざきやがってッ……!」

 

 かわす。

 かわす。

 かわす。

 かわし続けてひたすら逃げる。

 

 命を賭けた鬼ごっこ。今この瞬間だけ、まるで追い求めてくれているような幻想が、とても楽しい。

 

「ははははは────あ」

 

 つい楽しすぎて、誘導されてることに気付かなかった。かつん、と踵が岩壁に当たる。後ろは行き止まりだ。終わった。

 

「オオラアアアァァ!!」

 

 追い詰めた獲物を狙ってくる一撃はそれを絶対に逃さない。

 やっぱり幻想や武器がないと雑魚極まる。純粋な勝負など、昔から喧嘩慣れしている中尉の方が圧倒的だ。

 

「──ッ」

 

 来たる衝撃に備えて目を瞑る。別に死にやしないだろうが、痛いモンは痛いのだ。中尉の拳骨は割と、心の方にくる。

 

「……? でッ」

 

 しかしいつまで経っても来ない衝撃に目蓋を開けた瞬間、脳天をチョップされた。痛い。まさかの手刀オチとは。ベタな!

 

「クソガキ」

 

 勝利宣言を言い捨てて、ベイ中尉は踵を返していく。もう車に戻るつもりのようだ。

 すかさずその後ろ姿に駆け寄る。理由はともあれ、心配してもらったのは事実だ。それが嬉しい。

 

「なに笑ってやがる」

 

「いえいえ。ベイ中尉は優しいですねーっと」

 

「ほざけ。今度こそ殴り倒すぞ」

 

 はいはいツンデレツンデレ。

 車中に戻ると、ベアトリスは意識を取り戻していた。束の間の休息になりかけていたが、即座に運転席に座ったベイ中尉は、再び車を走らせたのだった。

 

 

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