幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
「まったく、なんだったんですか。やっぱり騎士道なんて、あなたには早すぎる概念だったんですかね」
「まぁまぁベアトリスさん。これも中尉なりの騎士道ってやつですよ」
「好き放題言ってくれてんじゃねえ、この馬鹿女ども」
しかし車の強行軍は、私にとっては割かし楽しい時間であった。
なにせ運転中のベイ中尉の横顔を見放題である。この人が車を運転してる光景なんて新鮮すぎる。“視線がうるせえ”とか言われたが、これくらいの従者の自由は許してほしいものだ。
そうして、やがて私たちは辿り着いた。
スモレンスクという町から、そう遠くない、名もなき池のほとりに。
「ようこそ──って言うのも変だけど。待ってたわよ三人とも。ここに来るまで、なにか困ったことはなかったかしら?」
陽も落ちてすぐの夜頃、そこで出迎えてくれたのはリザ・ブレンナー。
今回の作戦の本来の指揮官様だ。綺麗な女性だが、その業はすげえ深い。いわゆる、ネクロマンサー的な能力の持ち主である。
「いえ、特にこれといったものは何も。道中、お二人の口喧嘩も見てて面白かったですし」
「う。お、面白かったんですか」
「てめえのその黒円卓マニアっぷりはどうなってんだよ……」
えー? 本当に面白かったけどなあ。
ベイ中尉が憎まれ口を叩いて、ベアトリスがそれに正論かまして、ベイ中尉がキレて、私が合いの手を入れて、やっぱりベイ中尉がキレたりツッコミ入れて。
いやぁ、充実した移動時間でしたとも。
ていうかベイ中尉のツッコミっぷりが好きだね、私は。
「それでバビロン、状況は?」
「そうね。じゃあ、軽くおさらいからいきましょうか」
咳払いをして、指揮官の顔になったリザさんが説明を始める。
カチンの森事件。時代背景なんかはこの際カットして、現状必要な情報だけ抜き出すと以下の通り。
森にある大量の死体が動いている。
なので駆逐する。
以上!
ってなワケで、いざ森の中へと出発。奥へ進むたびに霧が濃くなってくる。ホラー映画みたいだ。まぁ、実際に虐殺が行われたという場所なんで、マジモンのいわくつきなんだが。
しかも『奴』がいるしな。
憂鬱。
なんか胃がキリキリしてきたぜ。
「──ところで、レイシアはもうこの森のカラクリには気付いてる?」
歩いていると、リザさんからそんなご質問が投げられた。
嘘つく意味はないので正直に答える。
「はい。見当はついてますよ」
「……流石は副首領閣下の使い魔ね。今日の異能は、大丈夫?」
「ええ、当たりです。ご命令さえあれば、この森ごと吹き飛ばせますけど」
「「!?」」
先を歩いていたベイ中尉とベアトリスから動揺の気配。
ぬはははは。今日の私は凄いですよー? 賭けには勝った、と言ってよいだろう。
「そ、それは凄いわね……けど、これは私たちがやらないと意味がないから、しばらく待機ね。戦いが始まっても、安全なところで静観していてちょうだい」
「了解しました」
とまぁ、軽い打ち合わせはこんな感じで。
おや? ベイ中尉がなんとも言えない目でこっちを見てきている。
「どうかしました、中尉?」
「……あんま大口叩いて恥晒すなよ?」
「な、なにおう。天下の対城宝具ですよ? すっごいビーム! なんですよ!?」
「ああ、そう」
「全然信じてなーい!」
ぐぐぬぬぬ。覚えてろよー。目に物を見せて……いや、見せ過ぎたらそれはそれで拗ねられるだろうか。従者の力が強すぎるってのも、ご主人のプライド的にあれだろうか。難しいナー。
「ベイ、なんか変わったわね」
「はァ?」
「やっぱり可愛い女の子にお世話されてると、思うところもあるのかしらねえ」
「戦闘狂にロリコンに加えて、これ以上どう悪化するんでしょうか……」
「変態度合いをてめえらだけにゃ計られたくねえんだが?」
「いや、どう見たってアウトいってるのはそちらでしょう」
「雨ですね」
そろそろ剣呑な空気が漂ってきた時、ポツリと雨粒が降ってくる。
ちょうど場所的にも中心部だ。死臭がする。ここが「動く死体」の発生点。丘の手前、不自然にひらけた深部が広がっている。
「うわっ、降ってきましたね。って、レイシアちゃん?」
ひとまず流れるように折り畳み傘を取り出して展開する。
はい、じゃああと頑張ってー。
「──来るわ。二人とも、臨戦態勢をとりなさい」
リザさんの一声でベイ中尉とベアトリスも勘付いたようだ。深部の地面が盛り上がり、そこから続々と動く骸骨の群れが起き上がり始めている。うへぇー。
「おいおい、まんまじゃねえか」
「多いですね……面倒な」
生気も魂もスッカラカンの木偶の軍勢だ。それが二万体はいるくせ、相応の魔術攻撃じゃないと駆逐できないときた。足止め、バリケードとしての仕事には十分すぎる壁だろう。
「「
ベイ中尉の身体からは杭が生え、ベアトリスの手には雷電を帯びた剣が顕現する。
直後、巻き起こる蹂躙の嵐。片っ端からベイ中尉の茨杭が叩き込まれ、ベアトリスもベアトリスで雷撃一閃、塵風を発生させながら死体たちを蹴散らしていく。
まさに人間戦車というべきか。
とにかく派手に、加減なしに二人とも暴れている。それでいて息の合った動きで殲滅しているのだから、やっぱ戦場慣れしてるなあ、と思う。
「ふぁいほー」
それを後方で眺めつつ、持参していた棒付きアメをくわえる私であった。完全に観戦モード。やることねえ。ここから三時間向こうは待ちぼうけかな。
「レイシア、自分の身の安全は自分で守れるわね?」
「
と、リザさんと話していたら討ち漏らしが何体か襲い掛かってくる。あの二人の猛攻を潜り抜けてくるなんて運の良い奴らである。
「邪魔邪魔」
ベイ中尉の勇姿が見えないでしょうが、退きたまえ──と思いながら、スカートの中からマシンガンを取り出す。装填弾は由緒正しい銀製だ。掃射して数体は吹き飛んだが、仕留め損なった二体が突っ込んでくる。しかし此方の間合いに入る直前、変形機構を稼働させてマシンガン部分を引っ込めると、滑り落ちるようにして大鉈が飛び出す。無論、この刃も銀製。そのまま横薙ぎにすると、一歩も動かないまま敵の駆逐が完了する。
「ちょっ……な、何、その武器……?」
「自前の改造装備っす」
「なんかスカートから出てきた気がしたんだけど」
「女の子のスカートには秘密がいっぱいなのです」
「もうちょっと細やかにやってくださいよ、ベイ中尉ー! こっちに敵が漏れてますよぉー!」
「あぁ!? 聞こえねえなぁッ!!」
「あーもう、完全にヒャッハーしてやがる……」
返事が雑だし。ってか、またこっちに何体か来てるし。
適当にボコしておく。斬、斬、ざーんっ。どががががー。
「……慣れてるのね。貴方の戦い方、無駄がない」
「いやぁ、人型の敵には特別な技術は要らんでしょう。突き詰めた結果──です、よっと!」
わざと鉈を敵に食い込ませ、骸でリーチを伸ばしつつ他の数体を巻き込み、まとめて遠くへと放り出す。落ちる場所はベイ中尉が戦っている最前線だ。狙い通り、次の瞬間、彼の杭の乱舞の中に塵どもは消えていった。よし、いちいち倒すの面倒だし次からこれでいこう。
「俺を使うとは良い度胸してるじゃねえかクソ従者ァ!!」
「ヤベッ、バレた」
後で殴られるのを覚悟しつつも、どんどん漏れた個体を投げ飛ばしていく。あー、楽でいいわこれ。本当に後が怖いけど。なるべくベアトリスの方に多めに投げとくか……
そうこうしている内に、リザさんの準備が完了する。
死体操作の専門家の手にかかれば、数の劣勢は一瞬で覆った。敵勢の半分がこちらの手駒と化し、本格的な掃討戦が開始したのだ。そこまで展開が進むと、もう私の出番も激減し、最後の一時間はぼーっと周辺の樹の枝の上から戦場を俯瞰しているだけとなった。
「お疲れ様ですー」
予想通り、事は三時間弱で終結した。
樹から飛び降りると、合流してきたベイ中尉がこっちにやってきて──いだだだだ。
「謝意を述べろよ。敬意を以って」
「さっすがベイの兄貴、
片手で頭を掴まれて持ち上げられ、その指に力がこもるのを感じたので慌てて謝罪する。ケッと地面に投げ捨てられ、尻餅をついた。幼女の扱いがなってないぞぉ、この人。
「レイシアちゃん、意外と
「そこそこですよ。一般人には負けないぞー、って程度です。小手先と小細工だけで生き延びてきたようなモンですから」
「それはそれで逆に凄いんじゃ……?」
っつっても、
「とりあえず向こうの下、洞窟っぽいの、さっき発見しましたよ?」
立ち上がりつつ報告すると、リザさんが頷いた。
動く死体の元凶。それが潜む奥底へ行って原因を叩く。丘を下れば、斜面にぽっかりと地下へ通じる入口を三人も目にした。
「行くわよ。皆、充分に気を付けて」
リザさんの言葉に頷き、全員で暗がりに足を踏み入れていく。
──カチンの森の怪異、その解決は目前にまで近づいていた。