幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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14 残響原曲

 洞窟に踏み入ってしばらく行くと、早々にまっ暗闇が視界を覆ってきた。

 辺り一面、暗黒。──に見えて、実際には大量の生き物が密集している。気持ち悪い。具合悪くなるわ。

 

 これは光がなければ突破できない。そして、その役目、その方法はまず第一に水銀野郎がガバったせいで失い、更に私が台無しにしたことで滅したので、下手すりゃバッドエンドである。

 

 ──しかし。

 

「賭けには勝った」

 

 人生は大博打。すなわちオールイン。

 そこを乗り越えたのならば、後は必勝あるのみである。

 

 この闇は、入った者らの「心の闇」を見せるもの。

 私の闇が一体どんなものか、気になるところではあったが──そんなん真面目に考えたところでしょーもないもんは確かだ。

 

 浅い女なのである。

 ドス黒くて重い過去なんて、持っちゃいない。

 

 ってなわけで。

 

「──Briah(創造)

 

 迷いなく、ここに己の秩序を創造する。

 以前の「空想具現化」による花畑と夜空の景色も、まだ形成。ぽいぽい現実に未来機器を出すのも、武器を生み出すのも、まだ形成。

 

 ならば創造になればどうなるか。

 ぶっちゃけて言えばまあ、()()()()()()()()、ということになる。

 

 対象の身体能力をそのまま使うことができる。

 ある種、弱体化すら引き起こしかねないピーキー性を持つことになるが、その分、使える異能は強力なものと化す。

 

 闇を払うは光なり。

 ならば、ここに顕現させる幻想は、決まっている。

 

「──出典:運命の夜(THIS ILLUSION)

 

 両手に現れる星の聖剣。黄金の刃。

 肉体強度がサーヴァントそのものになっていく。幻想が持つ、莫大な魔力と、聖剣の担い手としての技量が憑依する。

 

「“星の希望(あかり)。地を照らす生命(いのち)の証。以て輝きの息吹を束ねよう”」

 

 声にもまた、自分ではない者の声が重なっていく。

 要するに私の「創造」は、夢幻召喚(インストール)みたいなものだ。

 

 さぁ覚悟しろ、たった一人の伴侶を望んだ「闇」よ。

 さっさと出てきて、遊ぼうぜぇ──!!

 

「“人よ刮目せよ、いざ仰げ”──」

 

 剣を振り上げる。凝縮された星の光が、今。

 

 

「──【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】ァァァアア──!!!!」

 

 

 思い切り振り放つ。振り放たれる。

 極光が闇を切り裂いていく。全てが白く染まっていく。

 

 そして──

 

 

     ※

 

 

『光になりたい。道を照らし続ける雷光に。戦禍は続く。悲劇は連鎖する。──取り戻したい。あの人を。それが私の後悔。決して水銀の海になど、飲み込まれはしない』

 

『子を産みたい。この手に抱いて母になれる資格が欲しい。そのためなら何をしてもいい。悪魔に魂を売ったって構わない。ああ、だから私は死体を愛する他に道はない』

 

「……で。だからどうだってんだ?」

 

 ヴィルヘルムは闇の中にいた。

 ベアトリス、リザときて、目の前で再演されているのは彼女らの過去の記憶だ。黒円卓の席に座る者は皆、暗部を抱えている。この闇は、どうもそれを再生されるもののようだった。

 

 しかし闇に対する恐怖など彼は持ち合わせていない。

 故にこうして闇の中を、ただ観客気分で眺めている。

 

「自己の暗部とケリつけろってか。自力で背骨を引きずり出すようなモンだろう。──面倒くせぇ、哲学者になれってか。趣味じゃねえよ、こんな見世物は」

 

 この暗闇は、魂の暗部になんらかの結論を下さなければ晴れない類のものだ。

 魔術師らしい厄介物。精神攻撃劇場というやつだ。暴力で解決できないとは何とも厄介か。

 

「つーか流れ的には……次はあいつか?」

 

 このまま劇が続くというなら、必然、あの能天気な従僕にも相応の闇が待っている。

 興味はむしろあった。全てを幻想視する精神そのものを聖遺物などと抜かす化生である。その始まり、きっかけ、原点となる光景が広がるのをヴィルヘルムは期待し、

 

「……──っ」

 

 瞬間、網膜が白んだ。

 目を細めながら開くと、そこにあったのは黄昏の景色だった。どこまでも続く空を、摩天楼らしき屋上から眺めていた。

 

「ッ……なんだここは……」

 

 地平線の向こうで輝く陽の光が眩しいったらない。

 顔をしかめつつ、辺りを見回すと──屋上の端に、一人の人影が見えた。

 

 逆光に塗りつぶされた影は、身長や体格からして二十代ほどの女性のようだ。

 風に流れる髪は長く、陽炎のようにその存在を揺らめかせている。

 

「誰だ……?」

 

 あの従者の「闇」に関することは間違いない。

 だが、アレはなんだ。闇というより、むしろ──

 

『“()()()()()()()()”』

 

 ──奇妙なリフレイン。

 それをヴィルヘルムは知らない。まったく知らない。聞いたこともない。

 

『“■■■■に注ごう、飲み物を。■■■■の渇きを癒すために”』

 

 邪気のない声。透き通るような美声。

 だが音の印象に反して、それは酷く歪んでいた。不協和音だ。呪詛といってもいい。空気にノイズが走り、黄昏の空もザッピングしながら灰色と黄金色を繰り返している。

 

『──なぁ、どうだこの世界は。美しいだろう?』

 

 それが突然、断ち切られる。

 声は舞台側から観客側へ。話しかけられたことに驚きつつも、ヴィルヘルムは顔をしかめる。

 

『綺麗だろう。眩しいだろう。素晴らしいだろう。そう思うだろ?』

 

「……知らねえよ」

 

 そろそろ殴り飛ばせばケリがつく演目に入ったのか? 軽く拳を握るが、影法師からはなんの敵意も殺気も感じない。それが余計に不気味で、苛立たせる。

 

『そんな風に言うもんじゃないだろうに。おまえだって、救われているくせに』

 

「──……は?」

 

 指をさされた時、ヴィルヘルムは自分が黒円卓の制服姿でないことに気が付いた。

 見たこともない衣装だ。黒い衣服で、とても軍人のものとは思えない。まるで一般市民のものだ。一体、何が起こっている。

 

──お兄様?

 

「ッ──」

 

 ()()()()()

 

 ──咄嗟にそう自己に言い聞かせた。振り返るな。決してここで振り返ってはならない。なにか、見てはいけないものを見せられる。ここは危険だ。今すぐ、そう、ここから()()()()()()()()()()()()()()()という思考に駆られていく。

 

「なんだ……ここは……なんだ、おまえは……!?」

 

『■■■■■』

 

 返されたのはノイズだった。人名のように聞こえたが、ヴィルヘルムの耳にはまったく捉えられない。別次元の言語でも聞いたような不快感に発狂しそうになる。

 

『わたしは、わたしだ』

 

 影のような存在は。

 そこで大きく、黄昏の光に焼かれたように、大きく蠢いた。

 

『ああ、そうだ……わたしはわたしだ。他の誰でもない、わたしでしかないんだよ』

 

「何を──」

 

『誰が貴様なんぞにくれてやるものか。わたしは人間だ。人間だ。人間だ。人間だ。人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ……ッ!! ちっぽけな人生だったけど、下らない人生だったけど、取るに足りない人生(じかん)だったけど、それでも()()()()()んだ。おまえじゃない、わたしが生きてきたんだ。わたしの人生だったんだ!!』

 

 ヒステリックになる声色。

 役者(おんな)は独り舞台で、この黄昏を呪っていた。

 

『わたしだけの時間だ。わたしだけの生涯だ。わたしだけの──終わりだ。誰にも、誰にも誰にも誰にも渡すものか…………』

 

 ザザザザザザザザザッッ!! と空のザッピングが酷くなっていく。

 今や演者の声は、遥か遠くに。

 引き延ばされた摩天楼の世界は、空間と時間が歪んでいた。

 

「てめえは、誰だ……?」

 

 レイシアでない事は確かだ。

 年齢が違う。声が違う。話し方も口調も、まるっきり別人だ。

 

 ()()()()()

 ()()()()()()()()

 本当にレイシアの記憶(かこ)なのか……?

 

『失せろよ』

 

 女の声が。

 響く。

 

『失せろ、失せろ失せろ失せろ失せろォ……! 消えてなくなれ、全部消えろ、跡形もなく一片もなく消えて失せろッ!! おまえの祝福なんかいらない、おまえの愛なんていらない……おまえの世界なんて、死んでも要らない。要るものか。諦めろよ。絶望しろよ。朽ちろ、理解しろ! 何度やったって同じだ。わたしは同じことを繰り返す。()()()()()()()()()()()。誰にも理解されなくていい、誰にも知られなくたっていい……こんな世界を憎むのは、わたしだけでいい……』

 

 気配が。

 生気が。

 徐々に、薄らいでいく。

 

『ああ……』

 

 そこで、黄昏の空が暮れた。

 地平線に陽光は落ち始め、必然、夜の世界がやってくる。

 

『……そうか。ずっと、これが欲しかったのか』

 

 最後に救いを得たような声を零して。

 

 フッ……と女の影が消える。

 落ちたのだ。

 この高所から、身を投げた。

 女の影は宙に浮いて──

 

『ざまぁみろ……わたしの死は──わたしだけの、ものだ』

 

 ────どこまでも。どこまでも、墜ちていった。

 

 

『ふむ。これはいかんな』

 

「ッ!?」

 

 そこですぐ後ろから、知っている声が聞こえてヴィルヘルムは息を止めた。

 メルクリウスだ。そうだ、こいつだけはベアトリスやバビロンの回想劇にも登場していた。そこで彼女らに呪いの言葉をかけ、唆し、今の黒円卓の席へと導いた。

 

 ならば今回もその例に漏れないのか。

 随分と特殊な舞台演出だったが……やはり、最後はこいつが締めるのか。

 そう思っていると────

 

()()()()旧神(わたし)の手には負えん』

 

「──な」

 

 堂々と匙を投げた対応に、言葉を失う。

 

『しかし、望むものは夜──か。そうか。ならば見込みのある者は一人しかいまい。よし、ならもうそっちに丸投げるか。何かの間違いで化けるやもしれんしな』

 

 オイちょっと待て、それはまさか俺のことじゃなかろうな。

 

 すぐ後ろで行われる悪だくみを殴り飛ばしたかったが、体が動かない。そうしている間にも、黄昏の空は消え、夜さえも夢幻のように消え去っていった。

 

『──ねえ、ヴィル? ヴィル……? ねえ、どこにいるの? お話しましょ──?』

 

「──」

 

 景色が変わる。

 広がるのは血で構築された薔薇園の海だ。ヴィルヘルム自身の心象風景。自分の血に流れる、聖遺物との共生世界。

 そこに佇むは闇の賜物の化身。かつて奪い去った、壊した原点の再現があるばかり。

 

 ──だったの、だが。

 

 

「【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】ァァァァアア!!!!」

 

 

 それを光が、切り裂いていった。

 

 

     ※

 

 

「──おやっ? どうしたんですかベイ中尉、そんなところで座り込んで。転びました?」

 

 網膜が焼き切れるんじゃないかと思うほどの強烈な閃光の後、ヴィルヘルムの前に立っていたのは見慣れた白い少女の姿だった。

 

「……なんなんだよ……」

 

 地面に尻をついた姿勢で、呆然とヴィルヘルムは呟いた。

 闇の晴れた視界の前にあったのは、玄室らしき空間だ。自分の服装も、元の黒円卓の制服に戻っている。そして目の前には、お馴染みの馬鹿従者がアホ面さらして立っていた。

 

「なんだってんだよ……フザけてんじゃねぇぞてめぇ!」

 

 その顔を見るなり、ほとんど反射で怒鳴り散らしていた。

 うおっ、と少しレイシアは驚いた顔はしたが、傷ついたような素振りは一切ない。

 

「いやぁ、すみません……ギャグを挟まないと死ぬ病気なもんで……」

 

「知らねぇよなんだその病気はイカレ野郎」

 

「えー? 酷いなー? 今の状況、私のおかげで解決したようなもんじゃないですかー?」

 

 と言われて、立ち上がって周囲の変化を確認する意識がヴィルヘルムにもできる。

 ここが洞窟の最奥。ならばすなわち、先ほどこの従者が放った光が、闇を打ち払ったというのか。

 

 ……まぁ、現状だけ見れば、そういうことになるのだろう。

 

「おまえな……」

 

 ほんと、そういう解決方法があったなら最初から使っとけ──

 と、苦言を呈そうとした時だった。

 

 

「──誰だ、貴様は」

 

 

 ヴィルヘルムの背後。

 至近距離に、何者かがいた。

 

「──、」

 

 背後をとられた事自体にも驚いたが、鋭利な刃まで背に突き付けられているときた。

 何より、敵意を持った相手に気が付かなかったのは初めてだ。なんだこいつは。どこから出てきた?

 

「……随分な挨拶だな。相手の名前を訊く時は自分から名乗るもんだって知らねぇのか」

 

「で? 芸の無い返しだな。つまらんぞ、おまえ」

 

「ほぉ……言うじゃねぇの。てめえこそ面白みのある奴には見えないがね」

 

 虚勢だった。

 背後をとられた? 得物を突きつけられた? その程度ではヴィルヘルム・エーレンブルグは殺せない。至近距離で機関銃を喰らっても死なない身だ。──しかし。

 

 こいつはマズイ、と本能が警鐘していた。なにか、下手に手を出したら取り返しのつかないことになるような────、

 

 

「う、ウワーッ!? 変質者だー!?」

 

「ぐほァッ!?」

 

 

 だがその空気を真っ向から叩き壊す、従者(バカ)がいた。

 背後の男が軽く吹っ飛ぶ。膝蹴りを顔面に叩き込んだらしい少女は、着地しつつ臨戦態勢に入っていた。

 

「……おぉい……」

 

 なんでそうなるんだよ。

 いや、助かったのは事実だが、そんな展開アリか?

 

「くっ、こんな人気もない暗がりばかりのとこにいる奴なんて相当な引きこもりに違いないぜ! ヤバイ、こいつはヤバイですよ中尉ッ、今すぐゲシュタポにでも突き出しましょう!!」

 

「おまえが落ち着け」

 

 思わず冷静に肩を叩いてしまう。

 もうこいつの馬鹿さ加減に呆れ返るどころか、そろそろ慣れてきてしまった節もある頃合いだが、相手が相手だ。ここから何が出てくるか、分かったものではない。

 

 しかしそんな懸念に反して、ぶっ飛ばされた赤毛の男は微かに笑っていた。

 

「……ふ、ふふ……これが運命……かっ…………」

 

「うわヤベェ、幼女の蹴り喰らって喜んでんのかよこいつ……水銀クソ野郎と同種だな……」

 

 水銀のアレは喜んでいたのか? 気色悪いな。

 ……いや違う、そうじゃない。とにかくこの馬鹿、黙ってろ。

 

「──ベイ! レイシア!」

 

「……と、あなたは……?」

 

 そこへ、ベアトリスとリザが駆けつけてくる。

 にわかに騒がしくなった空間の中、よろり、と立ち上がり、男は外套を羽織り直す。自然、ヴィルヘルムは従者を庇うように前へ出た。

 

「ルートヴィヒ」

 

 そう、赤毛の男は名乗った。

 

「ルートヴィヒ・ヴァン・ローゼンクランツ……教皇庁(ヴァチカン)の工作員だ。裏街道の住人だよ。──つまり、おまえたちと似たような立場ということになるな」

 

「変質者ではなく?」

 

「ではなく」

 

 鋭く入ったレイシアのしつこい問いにも、そいつは紳士的に受け答えして。

 

「話の続きは外でしよう。……ここでは滅入る」

 

 そう言いながらも、暗がりのような視線はレイシアの方を向いていた。

 




■■■■■
 渾身の謎の人物。ぜんぜんロリじゃない。


 ネタバレギリギリ回。むしろバレバレ。
 後で読み返すと面白い(かもしれない)回は書いてて、とても楽しい!

 ちなみに聖剣詠唱は原作のやつをDies風味に改変してみたもの。これも結構楽しい。
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