幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
帰路につく。
城門までの長い廊下を歩いていると、待っててくれたらしいベイ中尉の後ろ姿が見えた。その近くには、ルサルカやシュピーネさんもいる。わーい、お待たせしましたー。
「あ、きたきた。……ふーん、へー、ほほう。やっぱりレイシアのは見えにくいわねえ」
「? ルサルカさん?」
ノコノコ近づいた途端、ルサルカがまじまじとこっちを見つめてくる。
なんなんです? ファッションチェック? などと小首を傾げていると、いやですね、とシュピーネさんが説明してくれる。
「魂について話していたのですよ。マレウスは視覚……特に色で、他者のソレを判別できるという話でして」
ああ……魔眼、というやつだろう。
ルサルカは黒円卓在籍前から、魔術師として生きてきた傑物さんである。どうも今の凝視は私の魂の鑑定のようだった。
「白でも黒でも靄でもない……闇ですらないわね。なんて言うのかしら。
「──へえ」
自然、笑みを浮かべた。
自分でもよく分からないが、ルサルカの表現にどこか納得がいったのだ。そして言い当てられたことが、どこか嬉しかった。
「……んん。なによ、その笑顔。そんな気味の悪い顔、あんたでもするのね。──あ、ちょっと待って」
やや引き気味になったルサルカが、そこで更に距離を詰めて胸の辺りを見つめてくる。
な、なんですかね。あんまり見られても育ちませんよ。
「…………うーん、なんか今、一瞬だけど別の色が見えたわね。金ぴかみたいに、きらきらした粒みたいな。そっちが本質? ん~……よく見えないわねえ……」
「あ、あのぅ……」
「マレウス。絵面を考えろ」
呆れたようなベイ中尉の声に、はたと我に返ったルサルカが離れていく。ごめんごめーん、と言っているが、まあ、個人的にも興味深いご意見だった。
──その時。
「わっ」
「にゃっ!?」
後ろから驚かされた。振り返ると、そこには眼帯をつけた白髪の少年兵士──ウォルフガング・シュライバーが立っていた。しかもその横には、なんかザミエル姐さんまで。
「あはは、びっくりした? びっくりしたでしょ! レイシアちゃん、反応いいねぇ」
「ど、どうも~……」
「う~~ん、可愛い可愛い」
あ、頭を撫でられている……こえぇ……
完全に見かけた猫にちょっかいを出している雰囲気である。やばいよー。こわいよーう。殺意を感じるよーう。
「おいシュライバァ……てめえ人ん従者に手ぇ出してんじゃねえよ」
と、ここで助け船ことベイ中尉が出てきてくれる。
ちょっとだけ精神に安寧を得る。ルサルカとシュピーネさんは、やや距離とった向こうで静観の姿勢だ。これだけでなんとなく、シュライバー少年が黒円卓でもどんな扱いされてるか分かるもんだろう。
「なんだいベイ、つれないこと言っちゃってさ。大体この子は僕ら全員のものでしょ? だったら、僕がなにをしようと構わないじゃないか」
「構うわ。今のこいつの優先所有権は俺にあるんだよ。勝手は許さねえぞ」
「へーえ? だったら、ここで僕がベイを殺しちゃえば、この子は僕のものってことだ」
──一瞬でその場の緊張が高まる。
ベイ中尉とシュライバー。この二人は黒円卓の中でも、随一の因縁コンビだ。出会えば挨拶代わりに殺し合い、そういう関係なのである。
「別に私はこの小娘の所有権も、貴様らがここで殺り合おうと興味はないが……シュライバー、なにかこの娘に訊きたいことがあったのではなかったか?」
「あっ、そうだった」
挟まれたザミエル姐さんの言葉で、ひとまず緊張状態が解除される。
しかし次にシュライバーの目が向いたのは私の方だ。命の危機、続行!
「ねぇねぇレイシア、ハイドリヒ卿の膝の上ってどうだったー?」
──っが、と声が出たのはザミエル姐さんか。
またとんでもねー爆弾の投下である。そして私の命が崖縁に転がされている。答え方によっては最後、この場の全員から矛を向けられてジ・エンド! 再走だぁ──!!
……しかし。
ぶっちゃけその、小賢しい返答なんて出来っこないので、やはり正直に
なので目を閉じ、両腕を組み、虚空を仰ぎながら──遠い目になって、答えた。
「……すごい良い匂いした……」
「ゲフン!!」
遠くでルサルカが咳き込んだ──いや、吹き出した。
腹を抱えて笑いをこらえている。一方、この場はこの場で地獄のような氷点下に落ちていた。──というか主に、ザミエル姐さんの周りが。
「いや、流石に乗せて頂いている間は外界情報の知覚はオフしてましたけど。ただ、そう、残り香的なものを感じなかったかと言われれば……」
「具体的には?」
「なんだろうなあアレ、紅茶……書類……火薬……それでいて爽やさのある香りで……」
「口を閉じろ駄犬。燃やしかねんわ」
ちょっとザミエル姐さんの周囲の気温が上がってきた。ヤバイヤバイ、消し炭にされる。慌ててベイ中尉の後ろに隠れる。
「……命要らねえのか、おまえは……?」
「えっ、要りますよ! だから正直に答えたんじゃないですかー!」
「あれっ、どこに行くんだいザミエル。ザミエルー?」
ザミエル姐さんは無言で踵を返してどこかへと去っていってしまった。紅茶……火薬……という呟きが聞こえたのは気のせいだろう。シュライバーの声がけにも応えない。私、完全に嫌われたようです。あの人も一途な方だ。すみませんね。
「なーんだ、無視することないってのにさぁ。しっかし、本当にレイシアちゃんはベイに懐いてるんだねえ。羨ましいなー」
「どの口で言ってんだよ。こいつで遊びたいだけだろうが、てめえは」
「当ったり前じゃん。だってクラフトの使い魔なんだよ?
殺し合いたいって意味ですね分かります。
おっかねぇよー、この子。ベイ中尉、なんとかしてよー。
「じゃあねえ、次の質問を思いついたよ。レイシアちゃん、この場にいる人たちの中で、いっちばん嫌いな人ってだーれ?」
「おい……」
もはや悪戯とかいうレベルではなく、こっちを合法的に殺すための悪意の問いである。
シュライバー少年もハイドリヒ卿のこと好きだからなー。私のことが気に入らないんでしょうよ。見た目の年頃も似ているし、女子だし、幼女だし。ぶち殺したいんだろーなー。嫌だなー!
「嫌いな人、ですか」
「うん。正直に答えてねー?」
誰の名前を言っても死ぬやつである。
嫌い=叛意、って解釈がまかり通る命の綱渡りを強制される質問だ。従僕の身で主をえり好みなど、許されるはずがない。
──だがしかし。
“嫌いな人”、と限定してくれたのは、不幸中の幸いであろう。
「だったら、そこにいるクソヤロウですかねぇ」
私はシュライバーの背後、廊下のやや遠くを指さした。
そこには空気に溶け込むようにして、ずっと玉座の間から私の見送りについてきていた奴がいる。
「相変わらず父に対する敬意がなっていないな、我が娘。昔はあんなに素直で純朴で無垢かつ、見ごたえのある愚か者だったというのに、いつからそう捻くれてしまったのやら」
「主にてめえの英才教育のせいですが、何か」
ザ・水銀パパ。こいつだけは名前を口にしても満場一致なので死を回避できる。しかし謎にずっとついてきていたのはこの為か? 感謝しろとでも言いたいのか。お前の親としての気遣いのベクトル、偶によく分からないよ。
「クラフト──」
「メルクリウス……」
場には、また絶妙な緊張感が走っている。
やはり水銀野郎の気配は異質なのだろう。出てくると何をされるか、何を言うか分かったもんじゃない不気味さがこいつにはある。……が、おそらく今はなーんも考えてねえに違いない。私の
なのでこっちも通常運転することにする。
「今日は随分と絡んでくるじゃねえの、メープルシロップ」
「人をカナダの名産品のような名前で呼ぶんじゃない。私の名はメルクリウスだよ」
「失礼、噛んだわ」
「いやわざとだろう」
「神は死ね」
「暴言」
水銀親子劇場、開幕。
ベイ中尉以外の目撃者たちからは絶句の気配がする。副首領、カール・クラフトに対して、敬意と忠誠を共に投げ捨てている従僕の態度に驚いているんだろう。幼女の豹変っぷりをご覧あれよ。
「テンション高いのは結構だが、いきなり狂笑したりすんのはどうなのかね。もうちょっと優雅な笑い方をハイドリヒ卿から伝授してもらったらどうなのさ?」
「ああ、それに関しては不調法をお詫びしよう。しかしだなレイシア、君の方こそ、もっと淑女らしい所作を身につけてはどうか。大型兵器を振り回す乙女なぞ、その外見の価値を損なう愚行だぞ?」
「ギャップと言え。いずれ来る需要なんだよ。時代も性癖もアップデートしなきゃ、この先やってけないぞ。趣味の多さは人生の豊かさに繋がるんだ。おんなじコンテンツだけを永遠無限に浴び続けるなんて、ロクなもんじゃないのはアンタが一番よく知ってるだろ」
「確かに。その分野に関しては一家言あると自負している。ではレイシア、本日は私にどのような
無言で懐から一丁の拳銃を取り出した。
一見、何の変哲もなさそうな武器。真っ黒で、この時代ならどの兵士でも持っていそうな基本装備。だからベイ中尉やシュライバーも、ポカンと子供騙しにでもあったかのような困惑の表情でその銃を見つめ、だがしかし、その正体を一目で看破したらしい水銀は目を見開き、
「うおおおおおおっ!?!?」
──超高速で反復横跳びした。
即座に銃口を向けて六連射した弾丸を、渾身の反復横跳びで回避したのだ。
それは占星術、時間操作、空間干渉、多元宇宙運営、運命掌握、全銀河を管轄する神座の超権能の全てを総動員した上での、神による
だが傍目からしたら水銀野郎が突如として、弾丸如きに反復横跳びしたようにしか見えない。
シュール。実にシュールである。だが実際、水銀からしたら大真面目に全力で本気である。既知が既知が、なんて傍観者ヅラで突っ立っているわけにはいかない兵装であり攻撃。なにせその髪にでも掠っただけで銀河がいくつ消し飛ぶか分からないのだから。
下手すりゃこの場で永劫回帰、発動である。
宇宙誕生からの強制再走。
そういうレベルでの攻撃だったのだ、今のは。
「……ハッ、ハァッ、はぁっ……はぁはぁはぁッ……!!」
肩で息をする水銀野郎の足はプルプルと震えていた。無理もなかろう、慣れない動きを咄嗟にやったのだ。というか彼の持つ「全力」を総動員した反復横跳びである。本体ならともかく、触覚へのフィードバックは計り知れまい。
ざまぁねえなー。
「れ……れれれレイシア。今すぐその銃を仕舞いなさい、なんだそれは危ないだろう人に銃を向けてはいけないという社会常識すら忘却したのかそんな娘に育てた覚えはないぞ……ッ!!」
「水銀……お前、そんな高度な芸ができたのか……」
軽く感動を覚えたので銃を下ろしてやる。すると頭上の遥か彼方、おそらくは高次元から此方へ向けられようとしていた何かの重圧が消える。すげぇ、今壮大に殺されかけていなかったか?
「とまぁ、今日の私の異能は
「あぁ……脳裏に我が女神のメモリーが走馬灯として流れる程度にはな……! だが一番衝撃的なのはこれすらも既知ということだ。君はどうなっている、私を殺すことに躊躇いがなさすぎやしないか……!?」
「私はいつ、いかなる時も全力で生きているんだ。冗談だって本気でやる。それだけの話だよ?」
「おぉ……娘が恐ろしい方向に成長している……感動と戦慄を覚えるよ……」
チラ、とそこで水銀が、やや屈辱的に、だが同時に縋るような目でベイ中尉の方を見た。
「──ベイ。頼むぞ……」
「は? あぁ……?」
未だに現状理解が追いついていないベイ中尉は生返事。
そこで心なしか、ヨロヨロとした足取りで水銀がその場から立ち去っていく。ハイドリヒ卿にでも慰めてもらうんだろうか。単に爆笑されて終わるだけだと思うが。
私もさっさと危険物を仕舞って何事もなかったかのように城門へと歩き出す。
水銀野郎のことだ、今の醜態は私以外の目撃者の記憶からは消去されることだろう。いやー、いいもん見たわ。
あいつのあんなガチ焦り、私だって初見だ。対象の寿命に比例した火力を叩き出す兵装とは、洒落にならん武器である。例の如く性能を歪めているので、どれだけ撃っても死に取り憑かれたりもしない。アトラス院ってこえーなぁ。
まさしく最終兵器。トチッたら水銀をこれで殺して強制リセットできる。果たして、今までの回帰で使ったことはあるのだろうか……使ってないといいなあ。
「……今。なんか割と物凄い光景を目撃した気がしたんだが……?」
「白昼夢でしょう。さ、帰りましょー」
「はぁ……」
もう水銀の記憶干渉を受けているのか、微妙にベイ中尉の反応は鈍い。同じような状態なのか、シュライバーも追ってくることはなかった。
永劫回帰、危機一髪。
そんな、宇宙の危機が賭かった平和な一幕であった。
水銀
このあと腹筋崩壊していた友の姿を見て拗ねる。
従僕
流石にこの異能は封印指定かな……と思っている。
中尉
なんか薄ぼんやりと水銀が気持ち悪い挙動をしたのは覚えている。
副題:暇を持て余した神の反復横跳び。ちょっと筋肉痛になった模様。