幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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18 フラグ管理は基本

「ベイ中尉ー。朝っすよー。起きろよコラ」

 

 起床後、いつものようにそのままベイ中尉を起こしにかかる。

 ……ええ、はい。なんかフツーに、当ったり前のように一緒に寝ております。別に毎回抱き締められてるわけじゃないけどね。

 

 本当は好きなだけ寝かせてやりたい従者心だが、こっちもこっちで好感度調整しなきゃならん。

 “恋する努力はする”と言ってくれたのだ。

 コミュニケーションは起きてくれないと始まらない。

 

「んぁあ……うるっせぇなぁ……クソ……」

 

 肩を揺するが起きやしねぇ。容赦なくカーテンを開けると、彼には鬱陶しさ極まりない朝日が顔に直撃した。

 

「起きろよー。起きろよー。可愛い従者の目覚ましにも起きないってどうなってんだよ。贅沢なやっちゃなー」

 

「ンだとコラ……あ゛~……カーテン閉めろ、命令だ……」

 

 目覚めのキスでもしねえと起きないのかこの王子は。

 そんな風に呆れながらも命令に従ってカーテンは閉じる。アプローチ変更。飯の匂いで自主的に起こすしかねえ。空腹は全ての生物に共通する最大の弱点なのだ。

 

「……、おい」

 

「?」

 

 と、うつ伏せに寝ころんだまま、ベイ中尉の赤い目がこっちをじっと見てくる。なんです?

 やがて、なにか結論でも出たのか、のそりと起き上がってくる。寝ぐせがついている……このイケメンめ。ぐうたらしてるだけで金が取れそうだ。

 

「……なぁおまえ……」

 

「はい?」

 

「…………飛び降り、ってのになんか心当たりはあるか」

 

「大気圏から落とされたことはありますけど、自分から身投げしたことはないですねえ。いきなりどうしたんですか?」

 

 尋ねると、いや……とベイ中尉が目を逸らす。

 ??? どうしたんだろうかこの人。飛び降り……ってのも、また嫌な死因だ。本能的に忌避感を覚える。そんな死に方だけはしたくないものだ。どうせなら、打ち上げられるような派手な死に様がいい。

 

 そんなことを考えつつ、御髪を整える。ジトーッとした目を向けられるが、知らん知らん。手を払われない限りは好きにさせていただくッ!

 

「……起きるとは言ってねえ」

 

 などと呟き、次の瞬間にはこっちの手を逃れ、ぱたんと再び横になってしまった。

 ……呆れた目を向ける他にないが、“なんか文句あんのかコラ”と睨み返される。むかつくなー。

 

「……このやろー」

 

「ぬッ」

 

 白い頭をわしわし、なでなで。

 思わぬ不意打ちに白鬼の眼がカッ開き、しかしてそのまま硬直する。開いた口が塞がらない、という表情だ。どうやら彼の中には、今のような状況に対するリアクションコマンドがなかったらしい。そうかそうか、これは未知か。

 

「しょーがないっすねぇー。そんなに起きたくないなら、目覚めのキスでも……」

 

「──ばっ、は?」

 

 やれやれ、という辟易した表情を浮かべつつ、迷うことなくその身体に覆いかぶさる。さーて、この人どこまで耐えられんのカナ、と顔の距離を近づけ、

 

「ちょッ……と待てやァ!!」

 

「ごはっ!?」

 

 ぶん投げられた。

 幼女体はあっさりとベッド下に墜落死(ダイブフォール)。ある意味、期待通りの展開だったが、それはそれとして悲しいものがある。にべもないぞ、このひと!

 

 ひとまず立ち上がって、この傍若無人に向き直ると、布団を盾代わりよろしく、その身を引いていた。なんだその格好。貴様がヒロインか?

 

「……むう、なんというツンギレ具合。男子高校生ですかアンタは」

 

「……てめえこそ何がどうした……頭ついにイカれたか? 欲求不満こじらせてんのはどっちだ」

 

「さっきまで幼女抱いて寝てた人が言いますか」

 

「……」

 

「……」

 

 ──静寂。沈黙。緊張。

 互いに反論を封じられた状況。あわや一触即発、「お互い様だったねー☆」などと和解する空気はどこにもない。この空気に耐えられなくなった方が負けだと、直感的に感じていた。

 

 ここで必要なのは互いの利害の一致。

 口封じ代わりとなる譲歩の一手に他ならない。

 

「…………、ん」

 

 そこで起き上がったベイ中尉が軽く両腕を広げた。

 なるほど、と此方も頷き、小動物的な本能に従ってその懐に入り込む。

 強めのギュッ。────はい、私たちは何をしてるんでしょうかね? と、冷静になりそうになる意識をどうにか抑える。いいんだよ、なんか互いに理屈は通ってるからいいんだよ!

 

「……おまえは俺のもんだ……」

 

「……そっすね」

 

 だからなんだと言うのか。

 まさかこの人に限って、愛の言葉というわけでもあるまいに。

 

「……、」

 

「……?」

 

 腕力は弱まる気配がない。そろそろ利害の一致という建前を超過してしまうのではないだろうか? もしや充電中的な? 本格的にペットじみてきたな……

 

「……ん……? アレ、ベイ中尉? ベイ中尉! あっこいつ寝てる! 寝るなぁー!!」

 

 我が家の吸血鬼は朝に弱い。

 なんか、そんなタイトルの日常漫画みたいな一幕だった。

 

 

     ※

 

 

「ジャガイモが足りないんで買ってきます。留守番お願いしますねー」

 

「へいへい」

 

「中尉」

 

了解(ヤヴォール)了解(ヤヴォール)

 

 もう雑すぎた。しかしまぁ、どうせ起きてたってやることないのは事実だ。おとなしくしててくれるだろう。なので後は──

 

 

「うーん、ちょっと買い過ぎちゃったなー。これは幼女一人じゃ運びきれないカモナー」

 

「──そこな麗しき乙女よ。困っているなら力を貸そうか」

 

「あ、ルートヴィヒさんチィーッス」

 

 市場で大量のジャガイモを買い込み、しかして幼女には過ぎる荷物量を前に立ち尽くしていると、どこからともなくこの赤毛の男がのっそり出てきた。マジでどっから出てきた?

 

「名を覚えてくれていて嬉しいよ。さて、これらを運べばいいのかな」

 

「ええ、まぁ……そうしてくれると助かりますね。ただまー、ベイ中尉は貴方に良い印象を持ってないと思うんで、近場までで結構ですよ」

 

「ベイ?」

 

「家主です」

 

 ──主人とは言わないでおく。

 

「……あの白蠟の男か。同じ邸宅に住んでいるのか?」

 

「今は、ね。必要とあらば、黒円卓のために尽力するのが生き甲斐です」

 

「……ほう」

 

 不穏な応答やめろ。

 黒円卓への敵がい心ゲージを上げるな。自殺志願者かね?

 

「それとルートヴィヒさん。私が前に言った条件を覚えていますか?」

 

「当然。『君に私が勝ったら、伴侶として貰い受ける』──つまり君に私の愛を教える、と」

 

「あ、ちゃいます。独自解釈ノーです。『勝つ』、というのは心理戦ではなく、この場合、“お互い対等に殴り合って、その結果の勝敗”を指します」

 

「──何?」

 

 無茶な、という眼を向けてくる大神秘。

 せやろな。まあ当然の反応だろう。たかが数百年生きた程度の人間が、己に勝つと。

 しかも追い求めた伴侶(予定)が言っているのだから。

 

「……そんなことをしては君を傷つけてしまうだろう。いや、対等に、と言ったか、ならば──」

 

「あ、『対等』というのは“お互いに勝ち筋がある状況”のことを指します」

 

「……ふむ」

 

 危ねーなオイ。隙あらばなんか都合のいい解釈しようとしてんじゃねぇよ。

 ──しかし、伴侶となる者として見てくれている以上、こっちの話を聞いてくれる気になっているのは幸いか。

 

「お互いに得意の武器を持って、戦う。その結果、貴方が勝てば“考えなくもない”、です」

 

「武器、というのは? 今の君は、それらしいものを持っていないが」

 

「そうですね。まずは私の異能について軽く説明しましょうか」

 

 『幻想偽典』のことを説明する。

 嫌な顔されっかなー、と思ったが、しかし意外にも、聞き終えたルートヴィヒは得心した、という顔としていた。

 

「──つまり。君が一個の世界、人間大の宇宙だというのだね」

 

 り、理解がはえー。やっぱご長老やで。

 もうこっちを求道神だと看破しやがった。

 

「忌避しないんですか? 二次的な創作物は信じないと言っていたでしょう。私はその結集体のようなものです。あらゆる『二次』を使う幻想。貴方からすれば、許しがたい存在の筆頭では?」

 

「いや、それは違う。君はもはや一つの異界だ。この世に生まれた、紛れもないオリジン。君の観測する世界では君の幻想は二次的なものかもしれないが、こちら側に住む私にとって、それは()()()()()()に等しい。──なるほど、幻想。すなわち、やはり私は光を見たのだな」

 

「あのすまん、勝手に尊み感じてるトコ悪いけど、どこに感動してんの?」

 

「異界からの光、というところに。闇夜を往く身からすれば、奇跡の出会いだ。そうか、光とは、君の形をしていたんだな……」

 

「あっハイ」

 

 やべぇ、何言ってるか、何言いたいかは分かるから余計に引くわ……

 水銀ゼミで習った厨二度合いである。それになんでもかんでも好意的に捉えられる、というのは、もうなんか鬱陶しいし吐き気がしてくる。ベイ中尉の罵倒録が恋しいぜ。

 

「では、私は君の準備……『私に勝てる武器』とやらが見つかるまで、待てばよいのかな」

 

「率直にいえば、そうですね。ああ、それと」

 

 足を止めて、しっかりと目を見て、一番大事なことを告げた。

 

「──私との決着をつけるまで、他の人・物・事象にはちょっかいをかけないように。貴方が戦うのは私一人。この順序を破ったら、即行で不倫認定してプロポーズはお断りさせていただきます」

 

「──ほう」

 

 面白い、とルートヴィヒの目に笑みが浮かぶ。

 それはまあ、なんというか、実に「大いなるもの」が小さい命に向ける、水銀によく似た傲慢溢れる眼差しだったが。

 

「君が、私に勝つと?」

 

「ええ。初めての共同作業としては、楽しいでしょう?」

 

 なるほど、つまり戦いとは婚姻の儀式か。──などと、また息をするように気持ち悪い自己解釈を呟いて。

 

「いいだろう。君の望みだ、その約束──喜んで承ろう」

 

 チョッロ。

 最終的には私を打ち負かして吸血鬼化やー、とか考えてんやろうなぁ。

 悪いが吸血鬼の幻想はもう充分なんすよねぇ……

 

「待つことには慣れている。……が、約束の刻が来るまでの間、君に会いに来るのを許してもらえまいかな」

 

「というと?」

 

「伴侶を最後に見る地が戦場などと、思いたくはないからね。まぁ、君を喪う愚など犯さないが。約定が果たされた日には、共に往こう──光と闇が同居する理想の地平に」

 

「勝てると思うなよー」

 

「ははははは」

 

 実に可愛らしい戯言だ、みたいな態度で笑うルートヴィヒ。

 おーおー余裕ぶっこいてろよてめー。度肝を抜く展開を見せてやるからなお前。

 

 なんていう、割と真面目なやり取りだったが。

 ……傍から見ると、大量のジャガイモ運びながらの会話だったので、まぁ、絵面の馬鹿馬鹿しさは極まりなかった。

 

 

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