幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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19 従者の心、主知らず

 ──今日も家の中では、白い従者があくせくと働いている。

 掃除、洗濯、料理、家事全般。生活に関すること全ては、この一人の少女が担っていた。

 

「……あー、おい。なんか買ってくるモンあるか」

 

 らしくない台詞を言う羽目になったのは、従僕が働き過ぎてこっちのやることがねーからだ。

 暇である。

 故に問うた。「俺にもなんか仕事よこせ」と。

 

「いえ、特にないです。私が買ってきますし」

 

「あのなぁ……」

 

 人が下手に出てやってんのにこいつはよ。

 軽く苛立ちを覚える中、従僕の言葉は続く。

 

「つーか私はこれでも忙しいので。誰かさんが料理の作り方一つ、文明利器の使い方一つさえ覚えてくれないもんですから、ぜんぜんやることが減らないんですよーっと」

 

「ッ……」

 

 そりゃ俺がというより、ワケ分からん機器を使っているおまえの方が異常なんだよ。

 しかしこういった反論は何度も繰り返してきた不毛なやり取りだ。なので反論するのではなく、「またかよ」の意を込めて沈黙する。──よし、落ち着いてきた。もう殴るかこいつ。

 

「大体ですねえ」

 

 従僕の嫌味はまだ続く。

 こっちが黙ってるのを良いコトに、自ら墓穴を掘っている。

 

「ベイ中尉って自分の都合しか考えてませんよねー。俺の方が上だし、みたいな? そりゃー、主人だから私も黙って従いますけど、一個人としては落第級ですよ落第級。もっと──」

 

 そこで我慢の限界だった。

 余裕? 忍耐? 理性? ンなもん俺には存在しねえ機能なんだよ。猛った激情を、ただそのまま言葉に出して吼える。それだけの──こと、だったのだが。

 

()()()()()、っつってんだよッッ!!」

 

 ────なんか。

 自分でも、意味不明なことを、盛大に叫んでいた。

 

「──────」

 

「──────」

 

 お互い、完全に、沈黙していた。

 目の前の従者は言葉の意味が理解できず、

 俺は、己の狂気の発露に驚愕し、言葉を失っていた。

 

 ……こういう時の空気は分かる。原因・理由はさっぱり不明だが、絶対にやらかした。故にここで何か喋ると負ける。何かに負ける。言うこと為すこと、こっちの不利にしか働かねぇ。

 

 唯一、主人としての威厳を保つ突破口としては、こいつが従順な従僕らしく、ありがたみを持って恐縮するとか、そういう展開だったのだが────

 

 

 ──コンコン、と扉を叩く音が、この微妙な空気を遮った。

 

 

「っ……」

 

 業腹だったが、タイミングの良さに食いつくしかなかった。外部からもたらされた、最も合理的かつ当然の行動だ。俺は一秒前の失言を全力で無にすべく、玄関へと向かった。

 

「──ッ! ちょ、ちょっと待って中尉!」

 

 焦ったような従僕の声がしたが知ったこっちゃなかった。

 そのまま俺は無視して扉を開ける。──すぐに絶大な後悔が襲うなど、知る由もなく。

 

「──な」

 

「……貴様か。レイシアはいるかね」

 

 そこにいたのはルートヴィヒだった。

 何故ここに来やがった、という驚愕と共に、扉を開けてしまった己の愚行を悔いる。

 

「てめえ……何しに来やがった」

 

「だから貴様ではなく、レイシアに会いに来たと言っているだろう」

 

 ……なんでウチに来る連中はどいつもこいつもロリに用があるのか。

 しかもそれが例外なく、俺こそを邪魔者だとする目付きでもって。

 

「あー、えー、よっすルートヴィヒさ~ん……何しに来やがっ……来たんですの?」

 

 が、かくいうレイシアも動揺からか口調がブレブレだった。どうもこの野郎が訪問した件に関しては、俺と意見が一致しているようだ。当然だろう。

 

「何もどうも、私は会いたい者に会いに来ただけだよレイシア。予定は空いているかな。少しでも長く、多く、君と言葉を交わしたいものでね」

 

 平然とかましているが、ルートヴィヒの発言は俺じゃなくとも幼女趣味を疑うものだ。純粋にドン引きする。変態かこいつ。

 

「いや何を言ってんだてめえ。とっとと帰りやがれ」

 

 言い捨てて、俺は扉を閉めようとした。

 ──が、直前で野郎の片手がドアを掴んで引き留める。こいつ……!

 

「だから貴様の事などどうでもいい。すっこんでいろ」

 

「何がだァ! 帰れっつってんだろ!!」

 

 家に招くなど論外もいいところだ。

 この場にベアトリスがいたら、間違いなく俺と意見を同じくさせることだろう。この幼女好きの変態を追いやらねばという使命感を覚える。これが親の心というものだろうか? こんな事で知りたくはなかったが。

 

「あ~~、よし! じゃあこうしましょう! せっかく来てくれたんですし、ええ、ご飯でも食べていってはどうですかねルートヴィヒさん! ええ、ご飯だけでも!」

 

「はァあ!?」

 

 従僕から上がった意見に唖然とする。と、その隙を突いてルートヴィヒが扉をこじ開けやがった。そのまま俺を押しのけて屋敷内に踏み込んでくる。

 

「──それは嬉しい提案だ。君は優しい子だね、レイシア」

 

「そうかな……そうかも……まあ妥協案ってことで……」

 

 チラ、とレイシアが此方を見てくる。

 

 妥協案。

 言いたいことは死ぬほどあったが、こいつが折れた以上、俺としても空気的に異論を挟みにくい。来客をにべもなく追い返す──いや俺としてはブン殴ってでも追い返したかったが、そうなると俺を主として仰ぐこいつのメンツが立たなくなるのではないか。

 

 寛容。

 鷹揚。

 忍耐。

 

 そんな単語が一瞬で頭をよぎる──次いでハイドリヒ卿の顔が。

 あの人なら、この時どうするだろうか? 少なくとも、ここで従僕の提案を無碍にする真似はしないだろう。

 

 ──紳士的対応。

 ここで俺に求められているのはそういう事か? そういう事なのか? 俺に? 俺に!? ここは一体どんな異次元だ。馬鹿じゃねえのか。

 

 ……だがしかし。

 ここでレイシアと二人きりになったところで、先の己の失言にまた向き合わなくてはならなくなるのは事実であり。

 

「貴様は出て行っても構わんぞ。むしろそうしろ。空気を読みたまえ」

 

「何がだ死ね」

 

 ──この場からの戦線離脱、という選択肢もそこで消える。

 己の領域(テリトリー)に踏み入ってきた身の程知らずを野放しにする主義などない。

 

「メシだけ食ったら出ていけ、早急に」

 

 妥協したような言葉は、その実、明確な宣戦布告の殺意に満ちていた。

 

 

     ※

 

 

「──馳走になった。美味しかったよレイシア。素晴らしい腕前だ。料理を食して、これほど多くの感想を抱いたのは初めてだ。師は母君かね?」

 

「……水銀です」

 

「なんと、またそれは意外……でもないか。あの男のことだから、そういった分野に知見があってもおかしくはない。しかしこれほど洗練させたのは間違いなく君の努力の賜物だろう? 一体そこに、どんな信念があったのかな」

 

「……『おまえは道具の使い方がなっていないな。文明利器をまるで使いこなしていない。道具を使いこなすは魔道の基本中の基本の基礎どころか初手。そんなことで私から卒業できるというのかね? ん? さぁほら分かったらもっと人間の味覚というものを研究してみるがいい』──的な調子で水銀野郎がクッソ味にうるさかったからです」

 

「……」

 

「……」

 

 食事中、黙りこくっていた俺でさえ何も言葉が見つからなかった。

 

 水銀。水銀。水銀。メルクリウス。

 レイシアの過去は掘り下げれば掘り下げるだけ、野郎との思い出ばかりが出てくるのだ。そもそもこいつは多くの時間をメルクリウスとの放浪生活に費やしている。なのでルートヴィヒの質問は、まあ、どれをとっても焼け石に水というか、盛り上げたい談笑も盛り上がらない。

 

「……う、うむ。そうか。まあ経緯はともあれ、君が努力したという事実は変わらない」

 

「ぐぉぉおあああっ、やめてくれぇ……やめてくれぇえ……純粋なフォロー故にこそ沁みるぅぅう…………!」

 

 頭を抱えてテーブルに突っ伏すレイシア。

 自分の会得した技術、努力、鍛錬もろもろ、総て原点にはメルクリウスがいるという事実が耐え難いのだろう。正直、同情しかない。あいつが養父というのが、こいつの人生の最大の汚点だろう。

 

「水銀とは、長く過ごしていたらしいね。様々な場所に行っただろう。あの男も以前は居所を選ばず、各地を彷徨っていた身だ。……私も似たようなクチでね、あちこちの景色を見て回って来た生涯だった」

 

「ほ、ほー。ヴァチカンの裏部隊の人も、そんな事あるんですねぇ……」

 

「中でも、極圏に広がる白い夜は、よく記憶に残っていてね。あれこそ私の理想郷そのものだと感じたものだ。光と闇が同居する場所……いつか君にも見てもらいたい」

 

「あー……南極側の景色なら知ってますよ。光と闇、ですか。幻想的といえば幻想的な風景でしたね」

 

「──なんと。分かってくれるかね、レイシア」

 

 感動だ、と言わんばかりに息をつくルートヴィヒ。その、普段は陰鬱な目が、今は輝いているように見えた。……自然の景色がどうだのと、随分と馬鹿馬鹿しい話題だと俺は思うが。

 

「でもあれは、正直言って……」

 

 そこでレイシアは言葉を切る。続くのは、おそらく白夜を賞賛するルートヴィヒとは相いれない意見だと感じたからだろう。しかし奴は、

 

「……続けてくれ。君の目にはどう映ったのか、私は知りたい」

 

 頷き、先を促すと、諦めたように、申し訳ないように少女は再び口を開く。

 

「寂しかったですよ、あれは。誰にも気付かれない、誰にも顧みられない……確かにそこに在るものはまっさらで、きっと昔から停まったままの、美しい場所ではあった。そして極限故に、人間の精神では耐えられない」

 

「耐えられない……か。それでも、あくまでも君は、人間なりに自然を尊重したいと言うのだね」

 

「まあ、自然と人が相容れないのは当然だと思いますよ。人間は消費しなきゃ生きられないから、否応なく自然を食いつぶす。というのも──自然から生まれた人間は、すなわち、自然界の自滅機構なのでは、と私は思うのです」

 

 こいつまで自然を賞賛しようものなら、そろそろテーブルを蹴り上げようかと思っていた思考が、その単語で立ち止まる。

 

 自滅機構。

 また、遠大だか胡乱だか分からない解釈だ。自然にも人間にも肩を持つ、なんとも八方美人な理論展開である。

 

「何事も、気付かれなければ存在できない」

 

 言って、小さな提唱者は視線を落とす。

 

「それは人も自然も同じこと。気付かれないとは、虚無と同じ。名前、概念をつけて観測する人間がいなければ、自然は自然という概念すらなく虚空に消えるのみ」

 

 ここではない──まったく別の景色でも見ているように、その言葉は、重く続く。

 

「自然こそ、それに耐えられないから人間を生み出した。()()()()()()()()()()()()()()。反して人間は、そんな事なんて知らないから、行けるところまで足掻き抜く。その結果、自分たちのいる土台を踏み潰すことになろうと……()()()()()()()()()()()()があることを、きっと証明するために」

 

「────」

 

 ルートヴィヒは、黙ったままだった。

 何かを思わせる、考えさせられるほどの言葉だと感じたのかもしれない。だが俺は──

 

「──つまり。てめえは俺たちが所詮、自然サマの奴隷だと言いてえのか」

 

「ですがその果てに、神様になれるような可能性もあるでしょう」

 

 む、と今度はこっちが押し黙る番だった。

 ……自然側と人間側の肯定。両者とも、無意味ではないのだと諭す口調。

 一体こいつこそ、どこの上から目線だと言いたいが、要するに誰も彼もを信じまくっている馬鹿の理論に過ぎない。

 

 未来(かのうせい)

 浪漫。夢。幻想。

 

 ──自然は意義を見出すために人間を生み。

 ──人間は自然の夢を叶えるために、新しい世界を目指してどこまでも走っていく。

 

 そういう、下らないお伽噺を語っているだけに過ぎない。

 

 ……だが、「きっとそうであってほしい」という切実さがそこにはあった。

 あらゆる存在は、無意味に自滅するだけのものではないはずだと──

 

「──なんてまあ、悟ったよーに言いましたが、たぶんどっちもそこまで考えてないだろーなー。色々とこうして考えすぎるのは知性体の長所ですが欠陥ですねえ。ンな深い意味があって世界あったら誰も苦労しないっつーの。つまり神様とやらがいたら、そいつが全部悪い。以上、理論終了」

 

 がくりっ、と俺とルートヴィヒは同時に肩を落とした。

 なんか感心させられかけたが、こうして台無しにされるとこっちが馬鹿みてえじゃねえか。

 

「おま……おまえな……」

 

「ははは……いや、興味深い意見だったよ。人間は自然のために在る……か。そういう見方は、したことはなかったな。うむ、実に光に満ちた話だった。そういった意見も面白い」

 

 相互必要共存の論に、なにやらルートヴィヒはいたく感心しているようだった。

 自然の価値なんぞ信じていない俺が、人間やればいける説には同意したように、こいつはこいつで自然無意味じゃない説の方に同調したのだろう。

 

 自滅機構だか云々の繋がりは、完全にレイシアの独自理論だが。

 

「今日の語らいに感謝を。意義のある時間だった。また後日、こうして会ってくれると嬉しい」

 

「こ、今度は事前の通知があると助かるなぁー……」

 

 席を立ったルートヴィヒを、玄関まで見送っていくレイシア。

 苦笑い気味のもっともな意見に、善処しよう、と頷く招かれざる客。

 

 ──扉が閉まる。そうして、奴は去って行った。

 

 

「……はあ」

 

 異分子が縄張りから消えたことで、張り詰めていた精神が緩む。

 いつ怒鳴り散らしてやろうかと構えていたのに、不覚にもレイシアの話術に嵌ってしまったのだ。おかげで奴への鬱憤は欠片も消化できず、なんだか時間を無意味に使ったような徒労感だけがある。

 

「やーれやれ。オリチャーも一筋縄じゃいきませんねぇー……」

 

「おり……?」

 

 首を傾げたが、レイシアが答えることはなかった。まあ、こいつの言うことは半信半疑で聞いておくのが付き合いのコツだ。深く考えているようで単純なのだ。考えすぎると、そっちのペースに巻き込まれる。なので聞き流すことにした。

 

「ベイ中尉もありがとうございました。余裕のある、カッコいいご主人になってましたよー」

 

「……、」

 

 別におまえのためじゃあねえんだが。

 どこかむず痒い心地になって明後日の方へ視線を背ける。と、頭を撫でる感覚があった。

 

「てめッ……」

 

「はーいはい、すみませんー」

 

 睨みをきかせると、ぱっと離れていく従僕。

 そそくさと食器を片付けていく。怒りをスカされ、こっちもこっちでままならない。この振り上げかけた拳はどこへ叩きつければよいのか。

 

『……なんなのアレ。怖い、怖いわヴィル。わたし、あの子が怖い……あんな気持ち悪いもの、見たことない……』

 

 ──ふと、そんな声がした。

 耳に聞こえるものではない。頭の中に聞こえるものだ。聖遺物──(ヘルガ)の形をとったソレが、わめいている。

 

 カチンの一件、具体的にはその時に「闇」を見せられた時からか。俺の心象風景を見た時からこっち、ヘルガの声や姿は、ここ数日間、夢として頻繁に見るようになっていた。そしてその内容はいつも──

 

『気持ち悪い……そう、そうよ。おかしいのよあいつ。狂ってる。狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる……! あんなのが夢を語るのよ。愛を語るのよ。おかしいわよ。どうして何もないものが言葉を放つの? どうしてわたしのヴィルと語らうの? 怖い、怖いわヴィル、ねえ……!』

 

 この怯えっぷりである。

 ヒステリー女もかくやというこいつが、どういうワケだか、レイシアを過剰に恐れている。殺す殺さないではなく、単に「触りたくない」「関わりたくない」という拒絶反応だ。

 

 ……どんな幻想、聖遺物にも同調可能だという奴の性質。

 それが関わっているのは確かだろうが、この恐怖の仕方は尋常じゃなかった。そう、まるでレイシアを喰らえば最後、まるで自己を消されるかもしれないような──そういう恐れ方だった。

 

「うるせえな……」

 

 しかして、こういう時の対処法をそろそろ俺も察していた。

 食器を片付け終わって、今度は洗濯の方へと足を伸ばそうとするレイシアに近付く。

 

「? 中尉──、!?」

 

 ひょい、っと後ろから抱きかかえる。

 すると断末魔のような悲鳴を上げて、ヘルガの声は消えていった。

 

 そう、レイシアが近くにいる時は奴の声は薄くなり、まったく聞こえなくなるのだ。毎日、こいつと共寝をしているのも、半ばこの遮音性能のためでもあった。

 

「……ぁ、の、中尉……」

 

 もぞもぞと動こうとしている少女は、しかし為す術がない。

 立ったまま、大の男に拘束されているのだ。足すら地についていない。逃れようとする抵抗ではなく、姿勢を整えたいのだろう。──だが。

 

「黙ってろ」

 

 一言で却下する。腕の中の小さな体躯は、人形めいて細く軽い。

 

 ……さらりと背に流した白い髪。己とは異なる経緯で染まった(いろ)。その来歴を聞かされた時、気に食わなかったのは、別にこいつが俺と同じもの(アルビノ)でなかったからではない。

 

 水銀(メルクリウス)の所業によって染まった色。

 まるでどこへ行っても、これは奴のものだと刻まれているようだった。それが気に入らなかった。

 

 こいつは、俺のものだ。俺の従者で従僕だ。

 誰にも渡しはしない。どこへも行かせはしない。俺の物は俺の物だ。奪われなどしない。奪う側だ。──だからいつか、俺はこいつの全てを奪う。

 

 ……愛したならば枯れ落ちさせる。

 だがどうだ? 俺はこいつを愛しているのか? 気に入っているという自覚はあるが、それが愛なのかは分からない。それを、こいつで知ろうとしている最中だ。だから今は、

 

『嫌……嫌よヴィルヘルム。()()()()()()。いや、いや、嫌ァアアアアア!!』

 

「──!」

 

 弾かれたように、持っていたものを叩き捨てた。

 突然の所業に、従者の少女は尻餅をついて目を白黒させている。

 

「……あ」

 

 しまった。何をしている、俺は。

 自分の物を自分で捨てる馬鹿があるか。いや、違う。そんなことより、

 

「…………」

 

 むくり……と立ち上がったレイシアは黙りこくっていた。

 こっちを振り返りもしない。だが、何やらこう、背だけでも感じる圧がある。

 

「まったく……降ろすなら降ろすって言ってくださいよ。びっくりしたでしょうが。幼女趣味、なんてネタはからかい過ぎましたからもう言いませんけど、こういうドッキリはどうなのかなー。百年の恋も一瞬で冷めますよ。これからは気を付けてくださいね?」

 

 こっちを振り返らぬまま、そんなことをまくし立てる。

 しかし、その声は、こう、明らかに、言い訳の余地もなく。

 

「いや……おまえ、今のはな……」

 

 咄嗟にそう言葉を発してしまったのが迂闊だった。

 途端、少女がようやく振り向いた。

 

 

「うるっせ──! 暇ならお姉ちゃんにでも構ってもらいなさいっ、馬鹿中尉!!」

 

 

 はっきり分かるほどの涙目で。

 ギッ!! と負け犬のような睨みをきかせ、我が家の従者は走り出し、部屋の奥へと引っ込んでいってしまった。

 

 

「……なん、だってんだ……」

 

 怒りすら忘れて、胸の底にザラついた感覚を味わいながら、取り残された俺はそう呟く他になかった。

 

 

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