幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
みんな、集まれー! 乙女心を虐待されている幼女、レイシアちゃんだぞぉ──!!
おいコラ逃げるなよ。一緒に適当なところでガトリングでも撃ちに行こうぜ。戦車でもいいぞ。今から名所に行って世界遺産爆破の旅に出たい気分だぜ。
今日もイカレた問題児たちがエントリーしているぞ! さっそく紹介行ってみよう!
ナンバー1! シスコン発動! ギャルゲーの才能が死滅しているぞベイ中尉!
ナンバー2! 後方伴侶面の変態ストーカーが現れた! ルートヴィヒ!
もう勘弁してくれないか。
「周りにまともな大人がいなさすぎてつらい……」
「それでここに来る豪胆さを持つ卿は、やはり我が友の縁者なのだと私は思うよ」
隣から聞こえてくるのは典雅な甘いバリトンボイス。
ヴェヴェルスブルグ城であった。黄金卿、ラインハルト・ハイドリヒの玉座の左横。そこで私は縮こまって体育座りしていた。
なにやってんのかって? 家にいたらベイ中尉が挙動不審になるし、しかし外に出たら出たで隙をみてはストーカーに出くわすので避難してきたのだ。
そう、ラインハルト・ハイドリヒの御前という絶対安全圏になぁ!!
我ながら命知らずもここまで極まるとは思っていなかった。いや、別にハイドリヒ卿に会うつもりで来たわけじゃないのだ。ちょっとヴェヴェルスブルグ城を散歩したら黒円卓の誰かに会えたりすっかな、とか思ってブラついてたら、いつの間にか玉座の間に来てしまってハイドリヒ卿までいたって具合である。
そりゃそうだろ。
この城は彼が「創造」を展開してる最中なんやぞ。術者がいんのは当然やろがい!
……でもずっと玉座に座ってたりするんだろうか? 分からん。
「私としては嬉しいがね。飼い始めた仔が、ようやく懐いてくれたような感動を覚える。やはり、畏まった姿は卿には合わん。自由気ままに、思うままに振舞うのがよく似合う」
「有難き幸せ……」
あー、いい。まさに命の危機スレスレって感じはするし、覇者のプレッシャーもそのまんまだし、一声かけられるだけで存在が崩れそうなほど強大な圧だけども、──ちゃんとストレートな言葉を言ってくれる人って、めっちゃいいな…………
これが社会を経験してきた大人ってやつだ。
軍属とか、時代とか、戦時とか、色々と特殊だけども、あの、ハイドリヒ卿って一番ちゃんと話が通じる人だと思う。愛が大きすぎるだけで。ほんとマジ。
……でもどうしよう。
ぶっちゃけここにいても、獣殿を楽しませられるような話題、ないぜっ!?(馬鹿)
「……えーと、あのぅー……質問、いい、ですか……?」
「もちろん。遠慮はいらんぞ。私とて卿の前では主人の一人に過ぎん。カールくらいの気安さがあっても全然よい」
それは懐がド広すぎて逆に怖いって!! そしてそこまで私も命知らずじゃないよ!! 万物万象への好感度がマックスの人だ、本当に面構えが違う!!
「あー……っとぉ……このお城にいる時って、その、お暇だったり……します?」
「常に暇だ。というか、かなりやる事がない。カールがやってきて常温で沸騰させた長話を永遠に話していくのが日常になっているといえば、御身なら自ずと察せよう」
今、凄まじい憐憫の念が心中を埋め尽くした。
た……確かに水銀とペアになってるのがほぼデフォなこの人だけど、アレに目を付けられたせいで他に話し相手すらいないっていうのか──!
これが孤高の王者ってやつか。
ハイドリヒ卿……なんて、敬意を表さずにはいられないお方だッ……!
「ソ、ソウデスカ……うちの養父がすみません、ほんと……」
「なに、色々と手を貸りているのは此方のほうであるし。なにぶん、友人というのもあの男が初めてでね。卿が慮ることはない、それなりに退屈は紛れている」
……ま、まあ、惹かれ合うものがあるんだからそこは当然か。
宇宙規模の絆の深さだしな。うん、心配の余地なんかないだろう。
「時に、レイシア。卿について、実のところ私は多くを知らない。故に、聞かせてくれないだろうか。なぜ卿は、カールについて行こうと思ったのだ?」
ハイドリヒ卿からのご所望とあらば、従僕として答えない選択肢はない。
面白くもないし、大した経歴はないけれど。
「──まぁ、その。端的な理由を言うと、『見つけてくれたから』……ですかね」
「ほう?」
興味深そうに眉を上げる黄金卿。
しかしその真相は、本当に大それたことじゃない。
「水銀に連れ出されるまで、正直、世間一般の家族概念が分からなかった。今思えば、同じ家にいた人たちがそうだったんでしょうね」
水銀と出会う以前、誰かと話した記憶はない。
視線を向けられたことも。誰かの横を通りすぎる時なんかは必ずぶつかるし、かといって相手は、
「
「まるで透明人間だな」
「まさしく。子供がいるという認識さえあったか怪しかったですね。でもたった一度だけ、名前を呼ばれた記憶はあるんですよ? 『レイシア』って」
その呼び声が、私が最初に持つ記憶だ。
もしかすると、それこそ生まれる前の出来事だったのかもしれない。母親の腹の中にいた頃はまだ認識されていて、けれども生まれると同時に、誰からも忘れられた。
誰にも認識されない日々。
特に寂しさ、というのはなかった。そも、そんなものは知らなかった。まともに誰かと話した経験がない以上、交流によって得られる体験など何も知らない。故に必然、『寂しさ』なんて知る機会は訪れない。
「自分がどうやって成長したのかは、正直覚えてません。食事なんかロクに摂ってませんでしたが、それでやつれることもしなかった。それで十四歳の頃、まず両親と思しき人たちが流行病で他界して、行く当てもなく自分の世界に埋没していたところ──」
「カールが来た、と」
その通り、と頷く。
「だけど──そんなに衝撃はなかったですね。生まれて初めて、人に認識されて、話しかけられても、『ああ、この人なら気付くよな』って確信があったんです。それが既知感の一種だったのかは計りかねますが……告白すると、
初めから頭に知識があった。転生者知識というやつだ。
……と、思われる。というか、普通
私は前世で「Dies irae」というノベルゲームをやったことがある転生者の
他のアニメゲームマンガラノベの幻想も、知っていたから使えている
「……ずっと抱いていた妄想みたいな知識が、事実として目の前に現れた。けれども私という観測者を含んでいる以上、ここは私の知っている世界とは違う。
「我思う、ゆえに我あり、か。──故に卿は、この世を『幻想』だと信仰している。
ハイドリヒ卿の分析に何度も頷く。
めっちゃ話を分かってくれてすごく嬉しい。
「……なるほど。そういう事だったか。話を聞かせてくれた礼に、こちらも一つ告白しよう。
──レイシア。君から覚える既知感は、
「──、」
衝撃極まる事実の投下に、こっちは一瞬、息が停まった。
──私唯一の、
……以前、水銀が漏らしていた言葉を思い出す。
未知って、そういう?
「それも、卿が世界や己そのものすら幻想視している故かもしれんな。得心がいったよ。卿が初めに見せてくれた幻想世界……一時の夢。今はもう彼方に過ぎ去った記憶でしかないが、あれほど充実した、楽しかった、と思わせてくれた経験は、あれが最後だ。私は今も
そこで玉座から立ち上がってきたハイドリヒ卿は、私の前に立ち、
「──格別の感謝を。幻想の御子。卿に出会えた幸運を、私は得難く思うよ」
まさかの膝をついて、正面から、────そんな、身に余り過ぎる御言葉を頂いた。
「……、っ、ぁ」
喉がカラカラする。まるで現実感がない。
ああまったく、その通りに決まっている。これは夢だ。幻想だ。あるわけがないだろう、こんな光景は。
だけど。
けれども。
夢は、意味がないものを言う言葉じゃあ、ないだろう──?
「────人の娘を勝手に口説き落とさないでもらいたい、獣殿。知らぬ者が見れば幼女趣味を疑われますよ」
と、そこで。
この空気を揚々として台無しにきましたと言わんばかりに、水銀野郎が玉座の下に現れた!
「カール。人をそう
やれやれ、と辟易した顔で立ち上がったハイドリヒ卿の後ろに、私も立ちつつ隠れる。まさに虎の威、ならぬ獅子の威を借る狐だ。カエレカエレー!
「手厳しい。しかしその心配は杞憂でしょう。私はもう、充分に娘から嫌われていますからな」
「……、」
お前さ、ほんとそういうところが駄目なんだと思うよ。
こっちを振り向いてきたハイドリヒ卿にそんな視線を返すと、うむと首肯された。やっぱこの人、人の心を分かってくださるわ。
「──ま、その残念加減も卿らしいが。心労、察するよレイシア。いつかこの愚父に、一矢報いてやるといい。その時は私も協力しよう」
「ありがとうございます。ハイドリヒ卿のご厚意、痛み入ります」
「?」
ここにささやかな同盟が結成された。
未来で覚えてろよ、水銀。その時のアホ面を見るのが今から楽しみだ。
※
スタイリッシュ帰宅!
まぁ、普通の帰宅である。日が暮れる前に屋敷に戻ってみると、そこには──
「あれ、皆さん。どうしたんですか?」
「──丁度いい所に帰ってきたなレイ。こいつら追い返せ」
「む。なんですかその言い草は。そもそもこっちはレイシアの顔を見に来たんですよ!」
「やっほ~。遊びに来てるよ~ん」
ベイ中尉、それにベアトリスとルサルカがテーブルを囲んで座っていた。
なんかいつものメンバー、って感じだ。私が帰ってきた時と同じような光景である。
「おまえら、ここを溜まり場だとでも思ってんじゃねえだろうな……?」
「いやまあ、ベイの家ですしね」
「元は空き家だけどねぇ」
女性陣、フリーダムである。ベイ中尉はうんざり顔でテーブルに肘をついて、そっぽを向いている。
「ところで、あんたはどこ行ってたの? 男?」
「あ、いえ。ちょっとヴェヴェルスブルグ城に」
「え……またカール・クラフトからの使いですか……?」
すっかりベイ中尉専用の従僕になっている私だが、元を辿れば飼い主は水銀だ。わざわざ城に赴く以上の理由など、それ以外に考えられまい、と結論したのだろうベアトリスの問いに──
「ハイドリヒ卿に遊んで頂きましたー」
────ヴァっ? という凄い声が場に響いた。
嘘など吐く必要はない。事実である。
本日の私の異能は『
いやあ、凄かった。あんな複雑怪奇なルールをすぐに理解して、幻想AIに対して連勝に次ぐ連勝である。もう私は途中から何が起こってるか分からなかったが、すげえもんを見たのは間違いないない。
「ほんっと、凄かった……遊びにも手を抜かないハイドリヒ卿、まさに王の器……!」
「か、か、寛容なのね、あの人……マジかぁ」
「……レイシアちゃん、いよいよ豪胆になってきたなあ……」
「……もうてめえの事を馬鹿って言うのやめるわ。『すげぇ大馬鹿』だろ……」
「ひどい」
ドン引きや辟易の視線を浴びつつも。
こうやってちょくちょく場を沸かせるのも、ガヤの仕事だろうと私は思った。
レイシア
彼女には何も存在しなかった。彼女さえも存在しなかった。
ある理由で原作知識を持っているが、その正確な所以を彼女は知らない。