幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
──メトシェラ。
その名が出てくるのは聖書の中だ。洪水神話、方舟で有名な
一方、ルートヴィヒ……に成り代わったこの闇の神秘も長命存在。噛み砕いていえば、彼は
第四神座の最長老。
「闇」という事象、現象の擬人化存在。
とっとと時の流れに任せて消えてくれればよかったものを、水銀が色々と吹き込んだせいでこいつは己の対となる「光」を求め始めてしまった。
光あってこその
彼女と世界の終わりの日まで添い遂げ、この長い生涯に意義が欲しい──
いや、まあその願い自体はいい。否定はしない。人生の意味を欲しがるのは生命、知性体として当たり前の感情だろう。
だがしかしだ。
終わりの日まで一緒にいたいからって、強制的に
ドン引きですわ。
なんなら「次代」のために動いている水銀の方がちょっとマシに見える。あっちもやり方はアレだが、相手を選んでいるぶん、まぁ……? まぁ…………いや変態カテゴリーなのは変わらないな。
ともあれ。
この傍迷惑な神秘に目を付けられてしまった以上、対処する他にないのだ。なるべく最短タイムで。
だからこそ「直死の魔眼」は当たりだったろう。死の点、死の線、万物万象の「終わり」を目視できる反則だ。ナイフで生命の綻びを一刺しすればその生命、存在は例外なく潰える。
──生きているのなら神様だって殺せる超抜級の異能。
というわけで死んでくれメトシェラ。
私はお前の望む「光」などではないのだから。
「──ガっ、グォ、グオオオォォォァァアアアッッ!?!?」
夜に響く、凄絶な絶叫。
刺された胸を押さえ、その場にメトシェラはうずくまる。即死してくれない辺り、実に面倒くさい。やはり神秘そのものだから効きが悪いのだろうか? それとも、私の「幻想」が存在の核に届ききっていないとか?
「ァ、グゥゥアァ、なんだ、これは『何』だレイシアッ!? 私に、何をしたぁぁ……!!」
「死、です」
何をしたかと言われると、そう答える他にない。
胸の中央からナイフを引き抜くメトシェラだが、それでも状況には好転の兆しもない。
「死……!? 死、だと!? なんだそれは、
「つか、なんで死の点を刺されてまだ生きてんすかね……夜だから?」
「ッそうか、君の世界の理か、これは……! いいや、故にこれは幻想の痛み、こんな『死』のもたらし方など、
ギャルゲーやる気はないけど状況分析だけは出来るってか。今、メトシェラは必死に「痛み」を「無い」ものとして認識を変えようとしているのだろう。素晴らしい足掻きっぷりだ。
「……はーん。そうか、『闇』がお前に力を供給しているのか?」
いつまでもメトシェラが死なない理由。
彼は「闇」という概念の原典だ。しかも今は夜。死の一突き程度では、闇を殺し切れない。彼という存在が死のうとしても、
で、あれば。
「──こう?」
何気なく、近くにあった暗闇の“死”に、刃を通してみた。
ごはっ、とメトシェラが苦し気に呻く。おお、なるほど。体力分散型のエネミーと化しているワケね?
「レイ、シア……レイシア、レイシァァァアアアア────ッ!!」
怨嗟にも似た怒号と共に、メトシェラが周囲の闇と同化する。今の声にさえ、強い神秘が宿っている。常人がまともに受けていれば精神発狂、間違いなし。しかして此方は流出到達済みの求道神だ──彼の声など、虚無に等しい。
「……諦め、んぞ」
ゆらり、と宙に浮かんだメトシェラが此方を見下ろす。
その手足も、肌も闇に溶け込んでいる。マントは既に闇そのものと化し、本来の──「大神秘」としての彼の姿がここに顕現していた。
「ようやく出会えた……ようやく見つけた私の光だッ!
「そこまで潔い変質者宣言されると凄みがあるな!?」
闇が、刃となって、牙となって此方に殺到する。
そのどれもこれも、此方の致命傷は避けた軌道。あくまでも捕えることを重視したらしい。つまり手加減だ。有難いのでその“甘さ”に乗せてもらおう。
「直死──!」
死を認識する。終わりを真っ向から直視する。
刀の一振りでは攻撃をさばききれない。速度は足りるが数が足りない。ならばと、神速の一閃と同時に、
「──ッ、──!?」
物理現象として斬撃が空間を滑った事実に、闇から動揺の気配がする。瞬間、闇の攻撃群は一つの例外もなく斬り払われた。
一体何を驚いているのか。
しかしバキン、と手の中で得物で砕け散る。無理な扱いに刀が持たなかったのだ。
……しょうがねえ。いつもの愛機でいきますか。
「ここで殺し切らせてもらうぞ──」
そこで自前の改造兵装を取り出した。
大鉈の武装が機械音を上げながら内部へ収納され、変わりに刃渡り四メートルはある、銀の大大剣が構築されてくる。竜の翼を思わせる形状のソレは、神秘を殺すために鋳造した人造兵器だ。
──
備考、私の改造機構兵装。
ああ! 幼女が大型武器使うって浪漫だよなぁ!!
「──メトシェラァァアアアア────!!」
振りかぶり、死を断ち切りながら肉薄していく。
闇との死闘が、始まった。
※
──夜の街を轟音が駆け抜ける。
閃光と共に教会が蒸発し、己の陣地へ飛び出した闇は、地上の恐るべき討滅者を見た。
背の丈に合わぬ巨大兵装を手にしながら、小さい白影が大気を蹴りながら跳躍してくる。魔人の一人に違いない彼女も、人ではありえない身体能力を持つのは当然か。そこで再び向けてくるのは、異様な形の銃身武装の銃口だ。それは先ほど、教会で闇に肉薄すると同時に大大剣から変形し、建物を消し飛ばした代物だった。
「光に代わって粛清だぁ──!!」
トリガーと同時に放たれるは、雷電まとう極光一閃。
──
「無駄だ……!」
それをメトシェラは回避しない。できないのではない──する必要がないのだ。光を認識した瞬間、彼を狙った一閃は、地上に落ちていた適当な影から放出された。
闇そのものが彼という証左がここにある。闇がある領土、その全てが彼の手足だ。いかなる熱光、いかなる熱量であろうと吸収し、跳ね返す。天敵たる光による攻撃でも、こうして無効化するのは呼吸と同等の容易さだ。
「やめろレイシア、君では私に勝てない──!」
そして次の行動も、やはり闇が速い。
少女の周囲から、その身を捉える影が殺到する。メトシェラがまとうのは彼が生きてきた夜の年月そのものだ。それらが同時に鎧となり、切り離せば武器となる。相手が相手ゆえ、殺傷能力は極限まで低下させているが、捕まればまず抜け出すことは不可能だ。
──通常であれば。
「勝てないからって挑んじゃいけない理由はないのさぁ──!!」
それらの影を、死が一閃する。斬り伏せる。
あらゆる事象の終点を目視する異能。──これは少女自身も知らぬことだが、「視る」ことに関して、彼女は他の追従を許さぬ天賦の才があった。直死の異能との相性は最高峰といえる。
「兵装連結、充填完了──そこだぁぁアア──!!」
「ッ──!!」
瞬間、大大剣に変形した刀身から、光の斬撃が飛び出した。
発電機関と武装の連結。もって発動したのは、雷電による一閃だ。直撃までの時間など無に等しい。それは“死の線”と認識したメトシェラの致命点を狙って、確実に叩き込まれる。
「ぐ、ォオ……!!」
我が身を削り取られる痛みに、メトシェラの顔が歪む。惑星規模の総体を持つ彼だが、この死を与えられる激痛は未知のもの。今の一閃だけで、およそ千年分の夜を喪った。
「痛そうだなぁ! 苦しそうだなぁ! さっさと楽になれよぉ──!!」
刀身が再度帯電する。直後、それは天を割る雷鳴を響かせ、大斬撃を形成して振り抜かれた。紫電の雷光は、そのまま夜を一刀両断。街中を叩き割り、極光が地上を照らし出す。周囲の闇との接続を断たれ、光の中で吹き飛ばされるメトシェラだが──それでもここで諦めるなどあり得ない。
「は、っははは……なんという……」
──どころか、笑っていた。
可笑しい。面白い。
「──だが、少々調子に乗りすぎだ」
彼女は光ゆえに、闇のなんたるかを解し切れていない。
それは仕方ない。ならばやむを得ない。……それを教授するのが、この場における己の役目だと彼は定義した。
「許せよ、レイシア」
心底、申し訳なさそうにそう一言。
元より彼女が不変の存在であることは承知している。この世に生まれた極点。独立した特異点。
幻想の装甲は、彼女の精神強度に依存している。
逆説、それさえ剥がしてしまえば、彼女は彼女の世界に篭る他になくなる。だが約束がある。勝てば伴侶になると。──ならば躊躇する必要はない。
「君の魂を、私は貰い受けよう」
だからこれは死ぬわけではないのだよ、と諭すように。
──独りよがりで一方的な、最悪の術理をここに行使した。
「君に悠久を──さぁ、どこまで耐えられるか」
瞬間、夜が加速を開始する。
それは時間だった。メトシェラが歩んできた時間、二千年を超える膨大な時間がこの場に叩き込まれる。よって引き起こされるのは、あらゆる事象、物質の
悠久の時間は、あらゆる知性体への毒となる。
肉体でも精神でも、それは同じ。加え、求道とはいえ少女の性質は幻想である。
巻き込まれた建物や瓦礫は一瞬にして砕け散り、塵へと帰す。今この時も戦場に踏み込んでいた者らさえも、丸ごと飲み込んでいく────
「──、」
その異常、この魔業を、地上に着地した少女も認識していた。
しかして彼女の位階は永久不変。求道にして永遠。朽ちもしないし、やつれもせぬ。たとえメトシェラが億兆の夜の牙をもって彼女を傷つけようと、その
──本来の、彼女であれば。
頭に反響し始める、リフレイン。
忌まわしき合唱祭。処刑を求める観衆たちの
……直死の魔眼。
メトシェラほどの大神秘の“死”を捉えるには、必然、「創造」位階にまで異能を強化する必要があった。では覚えているか。少女の創造位階とは、その異能を持つ存在に同調することだと。
聖剣を持つ者ならば、そのように。
神性を持つ者ならば、そのように。
星の最強種ならば、もちろん、そのように。
ならばそれが、ただの、
「──、────」
神秘も黒円卓も、知れば目を剥くだろう事実がここにある。
今夜の彼女に幻想の装甲はなく。
首を手折れば命を落とす、儚い命に過ぎず。
だから脆弱な人の身は、この時間の加速に耐えられない。肉体が崩壊すれば、精神もまた同様。続くようにして朽ちて、廃人と化すのみだ。
しかし魂だけは違う。水銀が見出した最美の魂然り、彼女もまたその同列。だから、いくら時間の負荷をかけられようとも、存在消滅などありえない。そうして最後に残った暁には、あの闇の手に渡るだろう。
……街は風化していく。
……時間は加速してていく。
……夜が高速で流れていく。
それを彼女は眺めている。自分の指先にヒビが入り始めたことにも気付かない。だが──
「──うるさい。おまえのことなんか知るか」
告げた声は、頭の中で響き続ける呪いの唄に向けられていた。
それで時間の加速が止まるわけではない。肉体の風化は始まっている。このままでは闇の思い通り、彼女は現世で生きる身体を失う。
……はず、なのだが。
「砕けるが先か朽ちるが先か? ──いいや、だったら使わせてもらう」
変生の激痛すら呑み込んで宣言する。
魂の劣化はありえない。
完成された特異点は不変のまま。
だから起こることといえば──
風化などしない。
劣化などしない。
だからといって、成長するでも進化するでもない。
単純な話。
これはただ──
──失っていた力を取り戻す。
──忘れていた
この一瞬、この瞬間のみ。
ありえざる存在が顕現し────
顕現した瞬間、なにもかもが否定された。破却され尽くし、全てが棄却された。
その瞬間、世界は白黒に染まる。
色も、夜も、時間も、ことごとくが消え去った。
この現実は否定される。
時間加速された現実は──
「────、!?」
異変に最も早く気付いたのは、術師本人であるメトシェラだった。
もたらしたはずの悠久が、消えている。先ほどまで風化し砕け散っていたはずの街並みさえ、
(時間逆行……!? いいや、そんな気配は──!)
己以外に時間に干渉した者はいない。
ならばもっと高次元かつ、根幹的な話。
──“時間加速を行った”という現実が、
「いけるな、
一方──少女は目を開く。
なにやら一秒前まで、
ただの幻覚、幻聴、白昼夢だ。
今やるべきことは、決まっている。
「──殺す」
自己の意識に、唯一つの
意識は要らない。人格も不要だ。思考すらも置いていく。
直後に飛び出した。
建物の屋根、大気の床──空中の玉座へ向かうための足場に不足はない。そこを最小限の歩数で、かつ神速の
「ッ止まれ、レイシア──!」
事ここに至って、メトシェラとしても恐怖を覚えずにはいられなかった。術が否定された直後に、ようやく彼も今夜の彼女の状態を理解したのだ。
矮小な人の身で、自分に挑んでくる。
死を目視できる目があるというだけで、それ以外には何もないという少女が、殺しにやってくる。
その異常性、その矛盾──悠久を生きる大神秘でも理解の外だ。彼女は何を考えているのか。何も考えてなどいないのか。ただ、ただ、ただただ──己を「倒す」ために、ここまでする人間がこの世にいるというのか。
だから吼えた。もう止めろ、止めてくれと。
此方に傷つける意思はない。たとえ、その神秘の宿る一声で、彼女の精神が発狂しようとも──死にに来ないでほしい、という懇願に近い叫びだった。
「知るかァァアアア────ッ!!」
だが、それを受けて尚、少女の足は止まらない。
なんらかの魔術でも、奇跡でもない。
「なん──だと──?」
意味が──わからない。
常軌を逸している。
今の彼女には幻想の装甲がない。かといって彼女の精神は一切変わっていない。
けれども闇の一声には神秘が宿っている。それこそ星を滅ぼせるほどの精神汚染が伴うのだ。
求道の極致だからこそ耐え切った? ──いいや、いくら頑強とはいえ、彼女の性質は夢幻だ。虚構が本物にして真作たる、現実の神秘に打ち勝つ道理がどこにある!?
──ならば結論は明確。
アレは純血から成った幻想の求道神格ではなく。
確実に、人間としての側面を持ち合わせた、
「……馬鹿な」
メトシェラの喉が干上がる。
そんな求道の神などいない。いるはずがないし、生まれるわけがないのだ。求道という時点で神性は約束されたもの。混血種は、あっても覇道の神でしか在り得ないだろう。ならば疑似的な求道の神か? いいや、あの娘からは水銀の気配は欠片もない。
──先ほど時間を加速させた際に顕れた……気がする事象と、なにか関係があるのか。
しかしメトシェラの思考はそれ以上の追究に届かない。解るのは、神格としての少女ではなく、人間としての彼女が純粋に己を上回ったという事実だけ。
闇の声を、
そのような人類、神々の時代から生きてきた彼でさえ、見たことがない……!
「なぜだ……何故ッ! なんのためにそこまで
──それこそ知るか、と少女は放たれてきた闇の嵐を斬り殺す。斬り殺しながら、前へと走り続ける。
顧みてほしいから忠義を捧げているわけではないのだ。そして彼らのために、こうして走っているワケでもない。──究極的にいえば、全て自己満足のためだ。
(ルートヴィヒ──ルートヴィヒ・ヴァン・ローゼンクランツ)
頭に浮かべたその名の人物を、果たして誰が
彼は
あのカチンの森で。闇の洞窟の最奥で。
全ての仲間を失いながらも、古代の大神秘に挑み、一人果てた、
……外気に触れるなり、塵と消えていった不明の骸を、他に誰が覚えているだろうか。
今この時だって、誰も気にしてなんかいないだろう。誰も覚えてなんかいないだろう。気にも留めてすらいないだろう。目の前の敵さえも、意識と記憶の外だろう。
(──それでいい。誰も知らなくたっていい)
今、ここでメトシェラの疑問に答えることはできるが。
それこそだって、意味がない。誰も知らないものを、熱意を篭めて語ったところで共感なんか絶対にしてくれない。
だから代わりに放つのは、このたった一言だけでいい。
「私は──お前なんか愛せない」
拒絶の言葉と共に。
瓦礫群を走り抜け、倒壊を始めた建物さえも蹴り飛ばして。
再び、直死が闇を視る。銃口が向けられ、トリガーに指がかかる。
兵装の次弾は充填済み。収束した閃光が、撃ち放たれた。
──暗黒を照らし出す光が発生する。
瞬間、白夜となった世界は、無謬の静寂へと落ちていった。
Q.結局なにが起こったの?
A.率直にいえば現実改変。条件揃ったのでプロロできた感じ。
レイシア
幻想装甲の数値を仮に100とすると今夜は0。=肉体強度は人間。
ただし精神は不変なので異能を失うこともない。=神性は維持。
>メトシェラが悠久の夜をつかった!
幻想装甲がないので肉体の風化が開始する。
それに伴って精神も変容し、渇望ごと異能を失いかけた、が。
>■■■が表出。悠久の夜はなかったことになった!
肉体は人間、精神は求道、魂は混血。
疑似求道神としか称しようがないが、水銀さんは「なにそれ知らん、こわ」とのこと。
(神の資格を持たない人間は、当代の神の支援を受けでもしないと神格になれない。)
肉体の耐久度に関しては、求道神は確かに頑丈だけど、原作でも純血求道のマリィは処刑されてんだよな……そして恐らく不死の魂だけになって自分の世界に引きこもってた? とここは解釈。なんか間違ってたらスマソ!
それを踏まえると、幼女の頑丈さは、基本的に精神フィルター(聖遺物)が掛かっている故の装甲強度なので、剥がされて殺されると、普通に魂だけになっちゃうのだった。──なお、普通に「創造」を解除しても、やはり時間加速に魂が耐え切れない模様。結果、起きることは変わらない。
ちなみに「Void fall」は流出名じゃなくて、ただの技名。