幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
────憎い。
なぜか覚えたのは憎しみだった。何かに対する怒りからくる憎悪だった。
ここは、暗い。
魂の暗部、というやつだろうか。起きている心地がしない。現実味がない。いつも以上に夢心地な感覚で、立っている地面さえもあやふやで、どこにいるか分からない。
「……精神攻撃劇場?」
そういう空気を察知する。伊達にサブカルを武器にして戦う狼藉者やってないのだ。うーん、世の創作者たちに殴られる台本だったら黙って袋叩きにされる他にないなぁ!
なんてことを考えつつ、ひとまず歩き始めることにする。いや、歩いているのかも分からないが、とりあえず“進もう”という意思で闇の中を進み始める。こういう時のRPGはとりあえず直進するのみだ。這いつくばってでも前に進むのがストーリーってものだろう。
『──それで本当にいいのかね?』
「──、」
今、何かを通り過ぎた。
覚えのある声は水銀のものだ。なんだ? いつの記憶だこれは?
『その行いは無意味■■君は■■■■。■■■■を許され■■ない。■■したとて、■■■る。■のようになって■■。どうあれ、■■■■役■を■■す■■、■■■ことはでき■■』
……声には絶え間ないノイズが走っている。
まるで擦り切れたテープのようだ。相当に古い記録なのだと、直感的にわかった。
『────
何に? なんのことを言っている?
この声の水銀は、一体誰を
「“──冗談じゃねえよ。与えられる死に何の意味がある。本当に欲しいものは掴み取るものだろうが”」
その声を切り裂くような、拒絶があった。
拒絶──そう、拒絶しかなかった。総てから己を突き放すような、計り知れない断絶。
全て消えろと、いなくなってしまえという、
……切実なまでの、希望のよすが。
怒りと憎しみに塗れているが、そうするしかない立場に、
「……あ」
闇の向こうに、影があった。
あそこだ。あそこにいる。もう少しで手が届く。
「──急がないと」
なぜか、そう思った。急いでそこに行かなければならない、と強く感じた。
私はこんなところで歩いている場合じゃない。迷っている場合じゃない。
そんな衝動に吸い込まれるようにして、走り出した。
走る。走る。走る。走る。
全力で走り抜ける。後ろなんか
行かないと。行かないと。行かないと。
誰よりも早く。誰かに見つかる前に。誰かに呼び止められる前に。
迷う前に走り抜けろ。辿り着け。
なぜならそれが一番最善で、一番の最短距離だから。
だから、そのまま────
「あ、やばっ」
気付いた時にはもう遅かった。
黄昏の屋上を抜けて、手すりを越えて、足はその先に踏み出していた。
宙に浮いた瞬間、後悔の波が襲い掛かる。
やばい 血が欲しい
これ 血、血、血
処刑しろ
間違え
いやだ
嘘 間違ってるなんて
死ぬ
こんな世界
なんで
「────────なんで?」
不明の死因に、間抜けたように疑問の声。
助けなんて、要らないと決断してしまったから。 ──なんて、自業自得。
誰も、助けに来ることはない。 ──それは、当たり前の話。
……愚かしいにも程がある。
こんな存在、そもそも生まれたのが間違いだった。
「……え」
その時、ほんとうに間抜けた声をあげた。
ありえない声がしたからだ。意味のわからない言葉を聞いたからだ。
魔の詠唱が聞こえる。耳にしたが最後、落下死よりも恐ろしい最期を約束される声を聞く。
聞いてしまう。
──だってそれは、真実、この場に初めて伸ばされた救いの手に他ならなかった。
来るなと叫ぶ本能があった。
顧みるな。認識するな。誰もここに来るな。
この場は我が聖域。絶対不可侵の終着点。
黄昏に照らし出された天地の狭間は、
だが知ったことかと夜が紡がれる。
此方の意思なんてお構いなし。
──黄昏を塗り潰しながら、全てを吸い尽くす、薔薇の極夜が訪れる。
暗黒が世界を覆う。顕現するのは、血も滴る夜の世界。
闇の天蓋を染める、真紅の月光。この世を奈落へと墜落させる魔の
陽は二度と昇ることはなく、
落陽の残光はどこにもない。
──ああ、それは……間違いなく。
「昇らないなら──落ちることも、ない」
目を奪われ、見惚れる至高の幻想を前に──
「──私はもう、行かないと」
わたしはずっとここにいるのね、と最期に残して斬首された少女へ、そんな皮肉を篭めて。
己が偽典の頁を、めくった。
闇の神秘──メトシェラとの戦場は、既に地上から離れていた。
極北の海上戦線である。そこをグラズヘイムが具現する巨大骸骨が走り、今もなお、出撃した黒円卓の総軍が闇と相争っていた。
「ハッ──愚挙蒙昧とはこの事だな。私を相手に、夜だと? 所詮もどきに過ぎん貴様が、原典たる
──そんな相性の理屈はヴィルヘルムとて解っている。
だが、あの従僕の目を覚まさせる方法は、唯一おまえの渇望のみだとメルクリウスが言ったのだ。ならばその策に乗る他にあるまい。ヴィルヘルムにとっても、このような展開は本意ではなかったのだ。
「クソが、拗ねやがって……!」
闇の賜物──自分の聖遺物の化身たるヘルガは、この戦にまったく乗り気じゃない。
ヴィルヘルムを狂愛する彼女だが、ことあの従僕のことに関するとコレである。展開できた薔薇の夜は、普段と比べて大幅に劣化している。夜に重ね掛けした薄皮一枚の幕切れだ。その純度は
「──レェイシァアアアア!! てめぇ、寝てねえで起きやがれ──ッ!!」
果たして、半ばヤケクソ気味に放った呼び声も、ヴィルヘルム自身は一切期待していなかった。
展開した己の夜は、この時も周囲から力を奪っている。レイシアがこのメトシェラをどれだけ削っていたかは知らないが、相手が疲弊しているのは分かるのだ。
シュライバーの突撃を、ベアトリスの勇猛を、エレオノーレの援護射撃を、マキナの終幕の一撃をいなしながらも、闇の技の一つ一つは、個々が迎撃、応戦できるほどの威力しかない。従僕と戦っていた時よりも精彩さが大きく欠けている。
──それを補っているのが、やはり取り込んだレイシアの存在だろう。
ありとあらゆる幻想……神秘に力を貸す生きた聖遺物。死にかけに近い闇の神秘が、こうして黒円卓を相手に有利に戦えているのは、確実に彼女が影響している。
ならば結論、この戦いはあの少女を取り戻した時点で決着が着く。
その要となるのが、いかなる理由か、ヴィルヘルムだと言った副首領。さっぱり意味不明だが、こうして「創造」を展開した以上、何らかの変化が起きることを彼も期待し──
──それは、起こった。
「──ッ?」
狂気の祈り。枯れ落ちさせたい恋人を得て、聖遺物と双方向に繋がり、初めて会得するはずだった彼の
この時、彼の内にある聖遺物は愕然とし、続いて顕現する光景に、憎悪すら抱いて怒り狂う。
……は? という自分の声が喉から漏れたのを、ヴィルヘルムは自覚していなかった。
天空に具現する、真紅の月。それは全てを吸い尽くし、枯らす永遠の夜。
ヴィルヘルムの「創造」とはそういうものだ。万物万象、例外なく生気を吸い取り、己が糧とし、吸血鬼に変生する魔の唯一世界。
同じ、同じだ。己とまったく同じ渇望の光景。
名前も同一だったのだからそれは然るべきだが、しかしヴィルヘルムが解せなかったのは、原典である彼にしか分からない「違和感」を覚えたからだ。
(──いや、違う──?)
夜の上から更に更に塗り潰されたような月夜は、ヴィルヘルムの場合特有の、魔の気配が薄い。
彼なりに言わせれば、吸い尽くそうという気概が足りていない。偽物の渇望、幻想とはそういった劣化品。つまりレイシアが展開したらしい薔薇の夜は、そういう代物なのだろうが──
「────ッ、グゥッ──!?」
月が顕現した瞬間、メトシェラが行使しかけていた神秘の気配が消失する。
万年規模で夜の外套を剥がされた身であったとしても、大神秘としての力は健在だ。大陸一つを沈めかねない、超抜級の現象の予感が、闇のオーロラとして発生していたが、一瞬で消え去った。
跡形もなく──まるで月に吸われたように。
ヴィルヘルムの物なら敵味方など選ばないはずのそれは、メトシェラのみを対象とした
そして次の瞬間、
「──、」
ゾクリ、とヴィルヘルムの首筋に悪寒が走った。
それは生物としての危機本能。
「──ア、ッガ?」
身体を襲う、小さい衝撃。
肉眼の目視も、兆候の察知すら出来なかった現実に、まず瞠目する。
「グォ、ァアアアアアアアア!?」
眼前で絶叫するメトシェラは
それは彼の内界から、此方の思惑通り、レイシアが脱出したことを示しており──
「っ、て、めぇ……!?」
「■■──」
闇から飛び出してきた白い小獣は、本能のまま、ヴィルヘルムに接触していた。そこでようやく、彼は首筋から広がる焼け付く痛みに意識が及ぶ。
溢れ出す鮮血。牙だ。彼女の牙が突き立てられていた。それはまるで、上位の吸血鬼が下位の眷属を、餌として貪り喰らうかのように──従僕は主人の喉へ噛みついていた。
少女が常識外れな存在であることを踏まえても信じがたいことこの上ない。
どうやら今、
「ッ──」
それは同調していた闇が、吸血鬼という皮を被っていた影響か。それとも、「吸血鬼」を自負するヴィルヘルムの創造に当てられてのことか。
しかも見る限り、完全に理性というものが吹っ飛んでいる。本能のままに血を貪り喰らう魔物そのものだ。日が変わって少女が引き当てたのは、吸血鬼という幻想概念──その総体か。
『ィ──い、嫌ぁぁぁ! 嫌、嫌ぁッ、助けてヴィルッ、ヴィルぅっ! やめてやめて、やめてよ、こんな女に吸わせないで! 私を、私が、が、が、がぁぁ──ああ、ア、アア、あああああああああああああ!!!!』
己の内の中で
「──お、まえ、寝起きの悪さもいい加減にしろよッ……!?」
「──ガ?」
ごっくん、と血潮を飲み込んだせいか、少女の目に理性の光が灯る。
しかし正直──そんな状況にかまけている余裕は、なかった。
「見事だベイ、レイシア。主従愛はかくも美しき、か。──次は、私の番といかせてもらおう」
グラズヘイムから神威の収束が発生する。
主従の勝利を賞賛しつつ、黄金の破壊の君──ラインハルト・ハイドリヒの手に、黄金の聖槍が具現したのだ。無数の魂が満ちているソレは一個の宇宙と化した、新秩序の象徴である。
その穂先が向けられる先は、言うまでもなく。
「──ぁ、」
──放たれた黄金一閃。
従僕が思わず怯えた声を発したのは、刹那でも、それが此方へ向かうのではと恐れたからだ。しかしそんな杞憂すら吹き飛ばすように、聖槍は闇夜を真っ向から砕き壊していく。
新世界の極光、破壊の奔流はメトシェラだけを穿ち、押し流す。
闇の擬人として生き残り続けた彼だが、この絶対なる破壊光の前では消滅せざるを得ないだろう。そうして後に残るのは、ただの自然現象に還った闇ばかり──だと、誰もが思う。
「──グ、ォォオオオォオオオォォ──!! ──まだ、だ、まだ──ッ!」
「──ッ!?」
闇としての力まで根こそぎ消し飛ばされながらも、足掻くメトシェラの声にヴィルヘルムが瞠目する。闇だった者の手は、レイシアを掴み────そのまま、三人で墜落が始まった。
「──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」
おちる。
おちる。
おちていく。
その事実。その現象。その状況。
雲を突き破り、ヴィルヘルムの腕にしがみついたまま。
積み上げてきた知性も、築いてきた人格も、考える意識も薄い今のレイシアは、「落下」という事象を前に、
「──────────────あ、ぁあ、ア」
「ぁああああ──ああ、あああああぁぁぁあああああああああ!!!! ああああぁぁあ!! ぁあぁああっ、ああ、いやだいやだ、いやだ!! しにたくないきえたくない嫌だやめろ死にたくない死にたくない死にたくない──ッ!!!!」
「ッ……!?」
尋常ならざる狂い方に、悪態をつきかけたヴィルヘルムの思考がクリアになる。
なんだおい今度はいきなりどうしたッ……!! と、矢継ぎ早の罵倒をかましたい気もなくはなかったが──今の様子の彼女に言葉など届くのか。
「レイシア……! おいコラ、しっかりしろ!! この程度で死なねえだろうが俺たちは!」
「あぁぁあああ、ああ、」
「っ──」
咄嗟にこの状況を作り出してしまった行動を恥じて、メトシェラもまた歯噛みする。
只人に近い身になってなお、神秘たる己に向かってきた少女が、ここまで取り乱すなど異常事態だ。落下──それに何か、とてつもないトラウマがあったというのか。
「違う──ちがう、本当は死にたくなんてなかったんだ! なのになんで、あああぁああ、いつもいつもいつもいつもこうなんだよッ!! なんなんだよおまえはぁぁ!! いつになったら終わるんだよ、いつになったら終わってくれるんだよ!! 世界が終わる日が来るなら今すぐ来いよ馬鹿野郎────ッ!!」
「だッ……から、さっきから何ほざいてんだか分かんねえんだよこっちはぁぁ──!!」
「ッう……!? 貴様!」
叫び返しながら、ヴィルヘルムは未だにレイシアの腕を掴んでいたメトシェラを蹴り飛ばした。
邪魔な荷物がいなくなった機に乗じて、恐怖と絶望の奈落に勝手に落ちている従僕を抱きしめる。落下時のダメージはこの際、無視だ。なんにせよ死ぬことはない、という気がした。
グラズヘイムの支援を受けつつも、メトシェラとの戦いで、大幅に消耗していたのは事実だが。
しかし、レイシアに血を吸われた辺りから──妙に力が回復していたのである。
故に墜落そのものよりも、この精神崩壊中のガキを宥めることに尽力した。
といっても慰め方など彼は知る由もない。だからただ、抱きしめていた。いいから黙れ、騒がれるとうるさくて仕方がないんだ、と伝えるように。
「いいか落ち着け馬鹿! てめえは死なねえ、死なさねえ、死にたくないなら死ぬわけがねえだろうッ!」
「落ちてるんだから死ぬに決まってるだろぉおおお──おまえ馬鹿かよぉぉお──!!」
「落ちてねえ!!」
「落ちてる──!!」
まったく、埒が明かない馬鹿である。
舌打ちしつつ、よりもっと、腕に入れる力を込める。
「俺が落ちてねえっつったら落ちてねえんだよ! だから死なねえ、落ちたとしても俺がいるから死なねえ! それで理解しろクソボケッ!!」
もはや自分でも何を言っているか分からなくなってきたが、乱暴にそうまくし立てると、騒ぎ狂っていた少女が、やや、落ち着きを取り戻し始める。
「……しなない……?」
「ああ」
「しななくて、いい……?」
「そうだ……!」
何の問答なのか、ヴィルヘルムには分からない。
この問いかけと答えが、少女の中でどれだけの重要性を持つのか、知らない。
……いや、彼女自身もおそらく、何も理解していないはずだろう。
墜落。
そのキーワードとレイシアを紐づけるのは、魂に関する事柄だ。
──業、とでもいうのか。おそらくそれだけ、深い結びつきにある事象なのだろう。我を失い、精神崩壊を起こしていることにも加え、それは間違いない。
「俺たちは死なねえ。星が滅びようが宇宙がぶっ壊れようが生きる!! 頭ん中に刻んどけ、ボケ野郎ッッ!!」
「────」
息が止まったように、そこで少女の狂乱は収まっていく。
だが状況自体は何も好転していない。着地よりも精神の安全の方を選んでしまったのだから、これはもうどうしようもない。一回、二人まとめて死ぬかもしれないが、その時はその時だ。
「……中尉」
「あぁ……!?」
「ありがとう、ございます」
礼を言ってる暇があるなら衝撃に備えろ──ヴィルヘルムがそう言い返すよりも前に、
「──だいじょうぶ。死なせませんから」
瞬間、従僕の背から赤い翼が広がった。
血液のように輝く光のような大翼だ。ぶわっと風が巻き起こり、重力が一瞬にして浮遊感へと変換される。
「──ッな」
驚いている間にも、極寒の白い地表へと軟着陸。
そこで赤翼は消えたが、覚悟していたダメージは一切なかった。──どうやらメンタルケアを優先したのは正解だったらしい。
「────はあ。危機一髪、ですねー……」
そして腕の中で一息つく従僕少女。どうやら精神も回復したようだ。
峠を越えた実感がわいてきたヴィルヘルムも、大きく息を吐き出した。
「……よくやった」
「えっ」
二度は言わない。
さっさと離れて、周囲を確認する。どこかに蹴り飛ばしたメトシェラ──ルートヴィヒもまだ、ここにいるはずだ。
「……野郎、死んだか?」
「……そういう台詞が出るってことは、まだ息があるんじゃないですかねえ」
従僕も横に並ぶが、それらしき影を捉えられないようだ。猛吹雪で視界が遮られているのもあるだろうが、相手がどこぞで朽ち果てている可能性の方が高いだろう。
ヴィルヘルムが適当に歩き出すと、慌てて従者もそれに続く。……右腕にしがみつかれた。何だと視線を向ければ、そっぽを向く。本当になんなのか。仕方ないので放っておく。
──そうやって、当てもなく数分、彷徨った頃か。
「……ぅ、ぐううう……」
雪原の中に、まだ存在を維持する残骸を発見した。
※
十メートルほどの距離をとった位置に、
今にも消えかけ。まさに死にかけ。もう、誰も手を出さずとも、彼はここで朽ちるだろう。
「おいおい、まだ生きてんのかよ」
「諦めが悪いんでしょう。でもまぁ……」
流石に、これ以上はないと思う。
ここから殴り合いに発展、というのもあり得そうでもないが──
「貴様……彼女を、どうする気だ……」
……立ち上がる。
その身体には既にヒビ割れているが、それでもここに存在しているのは──やはり、意地だろうか。
彼の言葉が向けられた先は、私ではなくベイ中尉だ。
我が主人は、腕組みして、いつものように堂々と。
「──使えるまで使い潰す。それだけだ」
なんてまあ、平常運転の即答だった。
「……愚かしい。浅ましい」
ギリ、と歯噛みするルートヴィヒ。
その目には憤怒と憎悪と怨恨が宿っている。
この男こそが、正銘、我が怨敵であると。
「血吸い虫め。貴様の思惑は分かっているぞ。レイシアを殺すつもりだろう」
──破壊の愛。
愛しているが故に、壊す。それはハイドリヒ卿が体現する覇道の在り方だ。
故、その爪牙たるベイ中尉も同様。
最高に魂を輝かせ、そこを奪い尽くす。吸い尽くして糧とする。
恋人よ、枯れ落ちろ。
死骸を晒せ。
だからベイ中尉との両想いはイコール破滅なのである。
愛されれば、死ぬ。殺したいと思われれば思われるほど愛されている、ということになる、もう愛情表現の破綻者なのである。まったくもー。
「それがなんだ。餌を餌として喰らうことの何が悪い」
「先ほどの彼女の言葉を聞いただろう。レイシアは決して死にたがっているわけではない。貴様のその応え方は、彼女の理想と相容れない」
……私は静かに両手を顔を覆った。
すみません。さっきのアレはどうかしてたんです。なんかもう、本能的な叫びというか。つーか、はい。忘れてくださいませんかねッッ!?
「わ、わすれて……忘れてください……ふふ、ふ──」
「あ。いや、すまないレイシア。決して君を辱めようとしたわけでは……」
「ま、正気じゃなかったことは確かだな」
野郎二人にフォローされる幼女とは。
居たたまれないので、ちょっと気配を消して、空気になっておく。
「ともあれ、殺すにしたって今じゃあねえ。収穫適期ってのがあるだろう。俺はそれを待ってんだよ」
なんだそれ初耳ですが。
ベイ中尉的に、私はどう見られているんだ……?
「俺は恋を知らねえし、こいつは愛を知らねえ。放っとくと『恋したままでいい』とか半端なコト抜かしやがるチキンだからな。だからてめえは余計な横槍なんだよ。こいつに俺を愛させて、最高に咲き誇った時こそが俺の望む結末だ。そうなったら満を持して
「──、」
それは一方的に愛を捧げるルートヴィヒとは明確に違う主張。
相互性を彼なりにきちんと考えた意見である。結果が破滅という点を除けば、色恋に向き合っているのはベイ中尉の方だろう。
とはいえ、だ。
「まぁ、私だってベイ中尉の思惑通りになんかいかせる気はありませんけどね。奪いたくないと、『負けた』と言わせてやりますとも」
「ほお……言ったな、恋愛クソザコロリ」
「ええ、覚悟しろよツンデレチンピラ……」
ばちばちばち。交差する視線に火花が散る。
きっとお互い、長い長い道のりになるだろう。果たしてどっちが勝つのやら。
「……は。はは、ははははは!」
と、そこでいきなりルートヴィヒが笑い出した。
お、おうなんだよ、と二人でちょっとドン引きする。
「──まったく、どこまで浅ましさを露呈するつもりだ貴様。さては馬鹿だな。踏ん切りもついていない決意を口にするものではない」
ルートヴィヒの生温かい視線はベイ中尉に。
なんだかよく分からないが、嘲笑われているのを感じたのだろう、ベイ中尉が青筋を立てる。
「ッ……てめえに俺の何が分かる!!」
「いや、褒めているのさ。むしろ自分でも気付いていないのか。──命令によって心を縛ることなく、彼女の意志を尊重している。使い潰すとは言うが、つまるところ、そうなれなかった場合は『負けてもいい』と言っているも同義だろうに」
「…………、違う」
呻くような否定の言葉。
戯言を抜かすなと、殺意すら込めた目でベイ中尉はこの宿敵を睨んでいる。
「それだけ彼女に惚れこんでいるということだろう? ……いやまさか、まだ更生の余地があったとはな。天晴だレイシア。やはりこんな男の従者にしておくには勿体ないが、君にしかその大役は務まらないだろう」
「え……ああ、ありがとう……ございます……?」
「素直に礼を言ってんじゃねぇよッ」
吼える中尉だったが、先ほどまでの気迫や圧は完全に薄れていた。まるで水を被った野犬のようだ。
「だがな俗物。いかに吼えたところで、今の貴様ではレイシアを愛せんぞ」
ピタリと、その一言でベイ中尉が固まった。
「全てを己が糧とし、奪い続け、果てに残るは荒野のみ。傍らの輝きにすら、最期まで気付かぬまま、全てを失い続けるだろう」
まるで予言じみた忠告。
神秘の残骸、多くの時代と人を見てきた者からの言葉には、重みがあった。
「しかし、私は光の勝利を信じている。愛しい月光の君よ、幸あらんことを。……最後に。私はなにか、君に芽生えさせることはできただろうか」
それがきっと彼との最後の問答になる、とても大切な問いなのだと私も分かった。
あのなぁ、まったく。人をここまで散々振り回して、挙句にトラウマらしき記憶まで掘り起こされたら、そりゃあ色んな意味で忘れられねえよ。
だから、正直に気持ちを口にする。
「──あなたは『闇』として気付かれたんだね。そこは正直、羨ましい」
それは彼にとって最も痛烈な皮肉と決別で。
それは私にとって唯一贈れる、心からの称賛だった。
「……そうか。ならば良し。であるのなら、私の生涯にも……」
呟いて、彼は踵を返す。
ざくざく雪闇の向こうへその姿が完全に消えてしまう前に。
「……ちなみに。一番目は聞いたが、フラれた二番目の理由を尋ねても?」
はい、みんなお待たせしました。
レイシアちゃん名物、残念なオチのコーナーです。
「年下が好み」
──闇の残骸は、塵となって消えた。
メトシェラ
闇の擬人化にして大神秘そのもの。罪状が原作と大して変わっていない。
ルートヴィヒ・ヴァン・ローゼンクランツ
教皇庁の裏部隊に在籍する一人。その功績は文字通り闇に消えている。
敬虔な信仰心EX+++で大体解決するヤベー聖職者にして人格者。幼女ドン引き。原作に設定がないのでこうなった。
幼女のトラウマ劇場。作者的には詠唱開始辺りから「Rozen vamp」がかかってほしい気持ち。
イカベイ編もそろそろ終局。
いやぁ長かった長くなった……なおまだ原作前という事実(