幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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 問題回。ロリの苦難は続く。


25 凍土の花嫁

「……はあ~~ぁ~~……終わったぁ…………」

 

 ルートヴィヒの気配が完全に消えた後。

 脱力したレイシアは、その場にへたり込んだ。

 

 緊張の糸が切れたのだろう。思えばこいつは、昼間っから奴に付き合わされ、暗殺の機会を伺い、決戦にまで持ち込んだのだ。その精神的負担は、流石に俺でも察するに余りある。

 

「おまえ……いつからあの野郎と関わってたんだよ」

 

「へ? カチンの森から帰ってきてからですけど? ほらー、あのー、ハイドリヒ卿の御前で色々説明あったじゃないですか。そのすぐ後にプロポーズされてー、『私に勝てたら考える』っつってー、その後、市場でジャガイモ運んでもらってー、あと外に出たら大体会いましたね。いやぁ、重労働でしたわ……フラグ管理できるギャルゲ主人公はスゲーや…………」

 

 ……なんかワケ分からんことまで口走っているが、この数日間、ほぼ毎日あいつと会ってたってことかこいつは。

 

 ずっと。

 一人で、あの神秘と戦うために。

 

「……なぜ相談しなかった」

 

「え、絶対に喧嘩なるから。ベイ中尉、背後取られてたし。超警戒してたし。いかにして貴方と彼と出くわさせないか、本当に大変でしたよスケジュール管理とかー。一回ミスったけど」

 

 ……改めて、思う。

 やはり、こいつ、ただ者ではない。

 

「はん──それで主人たちを駆り出させてんのは失点だがね」

 

「うぐっ……す、すいません……」

 

「まぁ、ハイドリヒ卿も概ね満足しているだろう。ノリノリだったからな」

 

 その言葉に、ほっ、と従僕は安堵した顔になる。

 気絶中、黒円卓が妙な経緯で出陣した事実は、しばらく黙っておくか。聞けば調子に乗りそうだ。しばらく反省を促してやる。

 

「はぁ~~……」

 

 ばたん、とそこでレイシアが雪の上に倒れた。

 白い髪が、雪景色と溶けている。黒の制服、隙間から見える素足、疲労で上気した頬。

 もう見慣れた、氷細工のように整った幼い美貌。

 

 ──まるで。

 薔薇のように、見えた。

 

「つかれたー。つかれたよ中尉ー。運んでよー」

 

「敬意はどこへやりやがったおまえ」

 

 ……今日の決戦だけでなく、ここ数日間分の疲労がまとめて襲ってきているのか。

 確かにまあ、こんだけやる気のない、だらしのない格好のこいつを見るのはレアだな。

 

「ったくよぉ……」

 

 功労者を現場に放置、なんてハイドリヒ卿に知れたら堪ったもんじゃない。

 仕方ねえので、その体躯を抱き起こす。雪で背中がすっかり冷えている。そして相も変わらず、飛んでいっちまいそうに軽い。

 

 だっていうのに、ほとんど生身であの神秘に立ち向かった大馬鹿でもあるという。

 そういやこいつを従僕として引き取った時、メルクリウスの野郎も「幼女は強いものだぞ」なんて意味不明なことを言っていたが……そういう事か……?

 

「つかてめえ、どういう異能を引き当てたんだよ。俺の技を使ってなかったか?」

 

「あ。あー……はい、そうですね。まあ、平たく言えば今日の私、『吸血鬼』なんですよ」

 

 ……なに?

 

「吸血鬼、っていう幻想の集合体。カタマリ。色々とできますよ? あー、でも、今はベイ中尉の方にも異能が渡っているかな。……血、飲んじゃいましたからね。異能レンタル中かと」

 

「……ンなこと言われてもよく分からねえんだが?」

 

 確かに死闘直後だというのに、身体の具合は悪くない。

 体力が回復してきていたのも、こいつから血盟(ライン)が繋がっていたせいか。“与えられる”なんざ性分に合わねえが……

 

「ま、知らない方がいいかもですね。ベイ中尉はベイ中尉という吸血鬼のままでよろしいかと」

 

「はぁ……てか、そっちの幻想総体の中に、今すぐ帰れる異能(モン)はねえのかよ?」

 

「ありますよ。空間移動系の術とか」

 

「使えや」

 

「えー」

 

 腕の中の少女は、意味もなく渋っている。

 俺もこいつも普段より存在が上位に変化しているらしいとはいえ、クソ寒いことに変わりはない。吸血鬼だろうと寒いもんは寒ィんだよ。

 

「いいじゃないですか。少しは。デキる従者レイシアちゃんには休息と癒しが必要なんですよ」

 

「甘えたか、らしくねえ。ンなガキじみた挙動、おまえに搭載されてたのかよ」

 

「今日みたいな怒涛の日はあるんですよ。労わってくださいよ」

 

 そう言って首筋の辺りに顔を寄せ、より距離を詰めてくる。

 血の匂いのない、甘い香り。軽さもあって羽根を運んでいるようだ。

 

 こいつはどこか、気配が薄い。目の前にいても、偶に幻覚なんじゃねえかと疑いかけるので、こうして抱いていた方がしっくりくる。

 

──今の貴様ではレイシアを愛せんぞ。

 

 ……なぜか、消えたクソヤロウの言葉が脳裏に蘇る。

 ああそうだよ。愛してなんかいねえよ、こんなガキ。

 そもそも女っていうならその貧相なナリをどうにかしろって話だ。冗談じゃねえ。

 動物動物。愛玩動物? ペット? 従僕? そういうのでいいんだよ。

 

「……本当、ごめんなさい。首、大丈夫ですか」

 

 腕に抱いて運ぶ少女の面持ちには陰りがある。その視線は血に濡れた俺の襟元に向いていた。

 傷自体はとうに塞がっている。従僕が主人に文字通り噛みつくなんざ言語道断だが、俺の覚えた苛立ちはそういう事じゃなかった。

 

 だから逆に問い返す。

 

「なぜ一人で行った」

 

「……?」

 

「俺と野郎の相性はともかく、それ以外の連中に話を付けるって手もあったろう。勝手に独断専行して手柄を立てれば褒めてもらえるとでも思ったのか?」

 

 そう、今回の件で最も気に入らない点はそこにある。

 レイシアの規格外さはよく理解している。が、こいつだって黒円卓の埒外さは理解しているはずなのだ。故にこそ忠義を捧げて仕えている。だというのに、こういう肝心な時に誰にも頼らず、一人で突っ走った要因はどこにあるというのか。

 

 従僕としてではなく、一人の人間として価値を認めてもらいたかった?

 それとも、野郎との戦いにおいて、俺たちは戦力外だと勝手に見切りをつけたのか?

 

「私が死んだところで、誰も気になんかしないでしょう」

 

「……は?」

 

「?」

 

 言葉を失ったこちらに少女はきょとんとした顔を晒している。

 俺も俺で、ずば抜けて馬鹿極まる回答に、完全にあらゆる反論が死んでいた。

 

「なんです? 何かヘンなこと言いました? 私は仮に死んだとしても魂はグラズヘイム行きでしょう。……ていうか、逆になんで皆さん参戦したんです? あいつ、やっぱ喧嘩でも売ったんですか」

 

 ……そりゃあ確かに、今回こいつの身を案じていた連中なんて数えるほどしかいないだろうさ。

 ほとんどは首領と副首領がノったからそれに乗っただけ。シュライバーはその典型だし、マキナは命令があれば動くだけで、ザミエルはただ主君の意に沿い、バビロンやマレウスやシュピーネなんかは下っ端として上の流れに従い、真っ当にベアトリスだけがこいつのために戦っていたといえよう。

 

 俺はといえば所有物を持ってかれかけたから、奪い返すために来ただけだ。

 それ以上もそれ以下もない。気に入らないことは真っ向から叩き潰すのが俺の騎士道というやつだ。

 

 ……だからこのクソ従僕の言い分にも理はある。

 誰も自分の死を気にしない、死んだところで何の損失にも繋がることはない。

 これは黒円卓にとって意味のない戦だから、自分一人で片付けようと思っただけ。

 

 ──だが、そこまで俺の頭が理解する前に。

 

「クソボケェッ!!」

 

「ぎゃふーっ!?」

 

 思い切り頭突きした。

 鈍い音が吹雪の中に響き、一撃を喰らった馬鹿は頭を押さえて呻いている。少し涙目になっていた。

 

「な、な、な、なんですよぉーう! いきなり何なんですかアンタはぁ!」

 

「馬鹿が馬鹿だからだァ!! てめぇそりゃ自殺と変わんねえだろうがッ! 前向きに希死念慮カマしてんじゃねえよ、生きる気あんのかコラ!」

 

「えぇぇえええ!? 中尉、なんでそんな難しい言葉知ってんですかァ!?」

 

「ぶっ殺すぞテメェエ!!」

 

 こいつ……! さらっと素で不敬しやがるようになりやがって! 従僕の肩書きどこだ! つか、そんな言い草しながら忠誠アリとかトボけすぎだろうが!!

 

「い、いやいや……別に私だって死にたいわけじゃないですよ? これはホントホント。でもじゃあ、ベイ中尉は今回、私を心配してくれた、ってことでいいんですかね!」

 

「誰が心配なんざするか。主人に黙って家出紛いのことしやがったから制裁しに来たんだよ」

 

「はいはいツンデレ」

 

「てェめぇえ……少しは反省しやがれよ……!」

 

「してますよ」

 

 心外な、という表情になってこっちを睨むレイシア。

 ……反省しながら怒りを出力するとは、忙しない奴である。でもって、何が気に入らないのか、顔を背けた格好で此方に体重を預けてくる。本当に何がしたいのか、意味不明すぎる。頭突いたから拗ねてんのか?

 

「……やっぱりベイ中尉は怒ってる方がお似合いですね。最近はそこそこ、おとなしい方でしたし?」

 

「……、」

 

 ……確かにここ何日も、俺にしてはキレなかった機会が何度もあった。いや、正確には内心ブチギレていたが、表面に出すことを避けていた。──それだってこの従僕の、命を賭した進言のせいでだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()、とかいうアレだ。

 

 だが主人としてこいつの顔を多少立ててやろう、という考えさえ操られていたのか? 馬鹿な。

 しかし今、振り返ってみるとそうとしか思えない。っつーかこれで叛意を一切抱いていないのがまたタチが悪い。巧妙で狡猾で、やはり水銀の教育を受けた奴なだけはある。

 

 ……それはつまり、どこかで主導権を握られているのではないのか。

 ならば確かめなければならない。あくまでも()()落ちたのは、こいつの方であると。

 

「……レイ」

 

「はーい?」

 

「おまえ、俺に惚れてんだよな?」

 

「ッ……!?」

 

 何気なしに口にすると、明らかに動揺した。

 その白い顔に、みるみる内に赤が染まってくる。

 

「ぉ……まあ? ご、ご主人ですしね。ええ、ええ、長い付き合いですし。──っつってもまぁ、一年半? くらい? お世話のし甲斐のある、たいへん困った主人だと思いますよ」

 

「『従者』としての意見じゃねえ。()()()()()()()を訊いてんだよ」

 

 と、言ってて変な台詞だなと思った。

 そういえば俺は──

 

 こいつの好きなこととか、

 こいつの嫌いなものとか、

 こいつの趣味とか信念とか、丸っきり。

 

 ──何一つ、なに一つとして、一切まったく知らないことに、気が付いた。

 

 ……戦闘能力、異能や経歴については知っているし、尋ねたことはあった。

 だがそれだけだ。

 他は、興味さえ抱いたこともない。

 というか、こいつもこいつで自分の話をするような奴じゃなかった。

 

「ぇ…………と……」

 

 問いが想像の埒外だったのか、レイシアは目を泳がせている。

 今は赤い目。俺と同じ色。

 偽物のアルビノ。

 だが今のこいつの色合いは、割と、見ているだけで気分がいい。

 

「どうした。早くしろ。『異性』として俺をどう見てんのかって訊いてんだよ。LikeかLoveだったか? どうなんだよ」

 

「……な、なんでそんなコト訊くんですか。いきなり」

 

「気分だ。あえて理由をつけるなら、己の貞操に危機があるのか確認するためか?」

 

「ひでえ。人を何だと思ってんだこの人。ルサルカさんと同類に見られてんの?」

 

 ……こいつ。マレウスと大した話もしてねえだろうに、奴の本性に気付いてんのか?

 いや、思えば迂闊だった。「水銀の使い魔」という認識で思考がストップしていたが、こいつはそもそも、俺たちのことをどこまで知っている? どこまで把握している? 間抜けな話だが、そこら辺の詳しい話を聞き忘れていた。

 

 もはやこれは事情聴取だ。

 今更、ここまで尽くしておいてその忠誠を疑うなんてことはしねえが、せめてその深度……黒円卓についてどこまで深入りしているのかは確認しなきゃならねえ。

 

 ──いや待った。その前に、そう。こいつが俺にどういう感情を持ってんのかを、はっきりと、ここで、邪魔の入る隙もない場所で、聞き出すのが先決だ。

 

「異性……異性としてねえ。ベイ中尉を……うーん、まあ、ビジュアルは好み。かっこいい。あと吸血鬼ってのがいい。かっこいい。でも荒っぽい人格のせいで割を喰っちゃうところが可哀想。でも自分を曲げないから良い。かっこいい。不良だけど忠誠絶対、かっこいい。こんなもん?」

 

「…………、」

 

 こんなもんってなおまえ。

 おまえな。

 大体、っつーか「かっこいい」しか言ってねえし、マジで餓鬼並の所感でしかないんだが?

 

「語彙力、皆無かよ……期待した俺が馬鹿だった」

 

「き、期待してたんですか。えぇー……でもなぁ、今以外のところ挙げろっつったら、ほぼ欠点だらけなんだよなぁー……いくつ喧嘩を売ることになるか分からんレベルで……」

 

「ハッ、屑とか、横暴だとかか」

 

「──自分の気持ちに全然素直じゃないところが筆頭。ツンツンツン、で、デレがあっても分かりにくい。前だけ見るって豪語してるくせに、過去の栄光ばかり見て悦に浸ってるとことか? ……ああ、すみません。最後のはただの嫉妬ですね。言いがかりでした、忘れてください」

 

 ………………………………………………………………………………………………。

 

 こいつは、

 まさか、

 言葉の鋭利な部分だけで抉る才能まであるというのか……?

 

 凄まじい切れ味だった。

 というか何故、悦に浸るとか、ンなことまで把握してやがる。ああいや、そこは血盟を結んだせいか? いやだからって、俺が両親焼き殺したことはギリ知ってたとしても、そこに付随する当時の俺の感情や意図までは知らねえはずだろう?

 

 いやいいんだよヘルガのことはよ。

 ありゃただのトロフィーだ。

 過去の栄光呼ばわりされようと、あいつの声を聞くと自分が吸血鬼になった実感に浸れるんだよ。

 

 ……。

 クソッ、余計なことを聞いた。

 

「……なんだ……つまり……おまえは俺を……」

 

「以上総合して、大好きですよ。ええ、恋をしていますとも。でもまぁ、私は中尉ほど恋愛観が破綻してないので? 自分のものだけにしたーい、とか、付き合ってくれないなら殺してやるー、みたいな気持ちはちょっとしかありません」

 

 ちょっとはあるのかよ。

 

「でも、それに蓋をして忠誠だけを捧げる覚悟はあります。というか、成就は諦めてますからねえ。中尉、浮気性だし。っつーか、惚れられたら殺されるって、ないわー。片想いが一番幸せとか、これ、どんな針のムシロ?」

 

「……、」

 

「──ね。私と真の意味での両想いなんて不可能でしょ、ベイ中尉。というわけで、お気になさらず。破壊の愛の追及、結構じゃないですか。応援したくはないけど、ご意思は尊重しますから」

 

 だから、おまえは、なんでいちいちこう。

 求めているくせに、そうも中途半端で切り上げようとしてやがる。

 

「……あー、もういいわ。大体わかった。おまえはアレだな? つまり、俺からの愛がほしいと」

 

「いや、だからそれは無理でしょう」

 

「そんなことはねえよ?」

 

 自然、口元が吊り上がる。

 なんつーか、こいつに対する回答はびっくりすほど単純で、簡単だったわけだ。

 

 ──すなわち、女としての悦びを与えてやること。

 

 幼女だ幼女だと言われて、本人さえもネタにしているが、その容姿にコンプレックスがゼロだなんてことはないだろう。男に惚れて、惚れられる。そういう男女の、よくある繋がりを根底では欲しがっている。

 

 ()()()()()()()()()()

 知らないのだから、愛するなんて出来るはずもない。心までガキのままで止まっていられちゃ困るんだよ。であればここで俺が『奪う』ものは決まり切っていて、導き出される結論は一つしかない。

 

 立ち止まって顔を寄せる。ビビったレイシアが、少し赤くなり──そこへ囁いた。

 

「──抱いてやる。()()()()

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………???」

 

 大宇宙でも脳裏に描いたかのような、凄絶さすら感じさせる沈黙があった。

 レイシアは。

 白い少女は。

 表情という表情、感情という感情が、すっぽり抜け落ちて、

 

「…………なに言ってんだこいつ」

 

 素の感想を漏らしていた。

 それに構わず、そのスカートに手をかける。

 

「ちょッ……と待てぇ!?!?!?」

 

「ごっ!?!?」

 

 殴り飛ばされた。

 顎下を思いっ切り(クリティカル)である。軽く宙に縦回転した俺の身体は、そのまま重力に従って雪原に落下する。

 

「いや待ッ……なに……いや待て!? おかしい! それは……おかしいぞ!! なんかおかしいぞそれはッッッ!!!!!!」

 

 そして奴は奴で天に向かって発狂している。

 こいつ、遂に気でも狂ったのか。

 

「気ィ狂ってんのはテメエだロリコン野郎!! この馬ッ……いやもはやコレを馬鹿と罵倒することは真正の馬鹿を侮辱する単語と成り果てたッッ!!」

 

()ッてえなこの野郎……」

 

「その痛みで頼むから反省してくれよ頼むから!! おいおいおい、いくらエロゲー出身だからって、言っていいことと、やっていいことがあるだろう!? ろ、ロリ……ロリに手を出した歴史を! 事実を!! この世に刻んでいいとでもいうのか!? 馬鹿ァ!?!?」

 

「キャンキャンうるせえんだよ。妙案も妙案だろうが。処女は早い内に卒業しとけ、手伝ってやる」

 

「口を閉じてくれよ!! 言ってることもう全てがアウトぶち抜いてるんだよ!! おまっ……おまえ……ヴィルヘルム・エーレンブルグさんに失礼だと思わないのかッッ!?!?」

 

「どこのヴィルヘルム・エーレンブルグだよ」

 

 俺は俺だが?

 

「ロリコンじゃねえ方のヴィルヘルムのアニキにだよ! 返してくれよ! どうなってんだよ思考回路!! メルッ……いやもう、ちょっと!? メトシェラァア──!! 今だけ復活しろメトシェラァアア──!! お前にやっぱ付いてった方が良かったかもしれねぇコレ──!!」

 

「あぁ!? てめえ、あの野郎に未練でもあるってのか!?」

 

「何キレてんだよ! 意味が分からねえよ! 展開の激動加減に加減をしてくれよ!! これ水銀野郎どっかで爆笑してるだろ!! っつかそうだよ、ヤったらそれも全部あいつの肴じゃねえか!? ふざけんなよ!! どうなってんだよこの世の中は!!!!」

 

 いやンなわけねえだろ。

 水銀嫌いもここまで来ると憐れを誘うな。どんなトラウマ刻まれてるんだよこいつ。

 

「っていうかなんでだよ!? いきなり過ぎだろ、落ちた衝撃で脳みそぶっ壊れたのかあんたはッッ!!」

 

「別に……あん時のおまえの壊れ具合が良かったからさ。可愛いところもあったんだな、見直したぜ」

 

「こいつ……性癖が最悪か……!?」

 

 震えるレイシアだが、至って本心である。

 死にたくない。消えたくない。そうやって発狂して爆発して、壊れかけた姿は正直良かった。経緯もへったくれもない光景だったものの、ようやくこいつの「闇」の部分を垣間見れた。抱いてやってもいいと思う程度には──まあ、刺さったのだ。

 

「──ハッ、ハイドリヒ卿──!! ハイドリヒ卿ッ!! 助けてぇ──! もう貴方しか頼れる人がいないよ──ッ!! い、嫌だぁ──!! こんなハジメテ絶対イヤァアア──ッ!!」

 

「ッ、てめえ……」

 

 やっぱおまえもあの人の方が好きかよ。

 分かるぜ? 分かるけどな? だからって、ここで叫ばなくたっていいだろうが……!

 

 とか、思っていると次の瞬間、この場からレイシアが全力で逃げ出した。

 ──だが。

 

「おい、待てよ」

 

「ギャアアアア」

 

 即座に捕まえた。

 どういう理由か理屈は不明だが、こいつに「追いつく」ことを考えた途端、俺はレイシアの前にいた。レンタルしてるとかいう幻想の一種だろうか? 未知の体験に多少驚いたが、おかげで逃げ出す馬鹿を、正面から受け止める形で抱きとめられた。

 

 そして絶対に離さない。

 

「いやいやいやッ、待って、待とう待とう中尉。お願い中尉。おかしいよおかしいってこれは絶対におかしいってばァ────ッッッ!!」

 

「あーあーうるせぇ。もう諦めろ。というか真面目な話、おまえを抱けるのって今日だけじゃねえのか? 俺の血ィ吸ったって事は、俺の眷属みたいなもんだろう。普段はアホみたいに頑丈だしな。今の俺ならおまえに、」

 

「シャラァア──ップ!! 節度を知れよ歩く十八禁!! 下ネタ製造機がッ! ふざけんなふざけんなよ、こんな即堕ち二コマみたいな展開なんか知らないって!! おかしいだろ流れがぁっ……!! 急に同人誌始めるな馬鹿ぁ……!!」

 

 逃げようのない状況に、しくしくと胸でレイシアが嘆き出す。

 言っていることはサッパリ意味不明だが──

 

「……ま、嫌なら止めるか」

 

「へ?」

 

「なんだ。『嫌だ』ってさっき叫んでただろうがよ。ハイドリヒ卿の名前呼びながら」

 

 時と相手と場合によるが、別に俺はこういう事に気遣いなんて持っちゃいねえ。

 ただ、こいつは今回の件の功労者の一人だ。嫌がってんのに、そいつを無理矢理犯すってのは筋が通らない。そもそもこいつは褒美を与えるより、今は早急に休むべきなのだ。

 

「……お、おー……」

 

 危機が去った、ということに実感がわいて来たのか、ホッとレイシアが安堵の顔になる。

 まったく、騒ぐ時は本気で騒ぎやがるなこいつ。まだ耳の奥でさっきの叫びっぷりがキンキン聞こえやがる。

 

「そ、そうですねー。いやーよかったー……ほんとマジでよかったぁ──……」

 

「キスで我慢しろ」

 

「ん?」

 

 間抜け面が気に入らなかったので抱き上げて口を塞ぐ。一瞬だけ怯んだレイシアだったが、二度目……いや三度目にもなると少しは慣れたらしい。普通に接触が終わっても、もう照れやしない。

 

 ……これはこれで面白みはねえが。

 

「ふふ、中尉も優しいところあるんですねえ」

 

 ──その。

 柔らかく、花のような淡い、透明で儚げな微笑みに。

 

「────────」

 

 

 完全に気分(スイッチ)が切り替わった。

 

 こいつは、最後の最後で選択肢を間違えやがったのだ。

 

 

「……ん? あの……ベイ中尉? なんか目が、目が怖い……なにその目? なんで無言? あれ、なんかどっかで知ってる気がするぞぉーこの流れは。あー分かる分かる、よくあるよねえ、エロ同人とかのオチでさ。安全圏に行ったと思ったら突然オチだけ急カーブするやつ? あれってどうなんだろうねえ、テンプレは良き文化だけど使いどころってのは気を付けないとだよねえ。いやーまー、あの────……ここから助かる保険、あります?」

 

 ねえよ、馬鹿が。

 

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