幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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26 デッドライン

 私はもうどういうテンションで語り手を務めたらいいか分かりません。

 は? なに? なぁなぁで結局大丈夫だったんだろーって思うか? あのオチで?

 

 全部やられたよ。全部。全部見られたしなんかすごかったよ。既知外だったね。ぼうぎゃくを味わいましたよ。チンピラのくせにチンピラのくせに! 極寒でフルールをインフェルノしてスイーツとブラッド叩き込んで業火で焼き尽くしたら乱暴なのに甘々だったという感想しかもう思い出せなアアァァァ────!!

 

「ッッ……!!」

 

 無言で歯を食いしばり、両手で顔を覆う。

 顔が沸騰している。湯気が出てるんじゃないかってぐらいだ。クッソォ……クッソォオ……!

 

「おーいレイシア」

 

「ひゃっ」

 

「何ヘソ曲げてやがる。それとも悶絶中か? いつまで引きずってんだ、もう三日も前のことだろうがよ」

 

 ……ソファに座る私の背後から、ベイ中尉とかいう極悪非道からそんな声。

 む、むっかつく! むっかつくぅ! アンタの方はなんでそんなに余裕なんだよくそチンピラ! 女の人なら抱き慣れてますぅーってか! ってか! 謝れよぉ、このロリに謝罪の一言くらいあれよぉ!!

 

「し、しりません。もー、あんたのことなんか知りませんっ!!」

 

「……ま、調子乗って擦り寄ってこねえ所は褒めてやる。だがそう邪険にされ続けるのも寂しいじゃねえか。顔見せろよ」

 

 …………わ、罠だーっ! これは絶対、絶対に罠だ! トラップだ! なぁにが寂しいだ、この口だけチンピラ! なにを気落ちしたよーな声色出してんだよ、演技派にも程があるだろーが!!

 

「レェーイ。主人の命令がきけねえってか?」

 

「ぐっ……ごが、この……!!」

 

 残念無念、主導権は完全にあっち側。

 すぐ右隣に座ってきたベイ中尉が顔を覗き込んでくる。そして命令である以上、私もそれを無視することは許されず、

 

「────ハッ、乙女心全開かよ。すげぇ面白え顔になってんぜぇ」

 

「ッッッ……!!!!」

 

 せせら笑う悪人面。

 ったくガキだなぁ、と苦笑しながらニヤけるそのツラに、拳を叩き込みたいッ!!

 

「意地張りやがってからに、みっともねえ。割り切れよ。いっそ、俺を憎んでもいいんだぜ?」

 

「でっ、できるかぁ────!!」

 

 そこでソファから跳びあがった。

 もうダメだ、もうダメだこれ、この状況ッ! ありとあらゆる意味で、方面で、こちらに勝ち目がない────!

 

「ほお! 俺を憎み切れず、かといって嫌いにもなれず? ああそうかよクソロリ、ってことは結論、どうだってんだ? つまり今のおまえは俺を──」

 

「うるさあああい!! 一人で自己陶酔してろこんにゃろ──! だいすきだば──かっっ!!」

 

「あっ、てめえコラ、逃げることはねえだろうが──!?」

 

 そんな背後からの声なんか完全無視して私は屋敷を飛び出した。

 

 ……いや本当に。

 この時、別に逃げる必要はなかったよなぁ、と後に悔いることになるとも知らず。

 

 

     ※

 

 

 そんなこんなで私が避難してきたのは城の一画だった。

 

 バー・グラズヘイム。

 

 城内探索してたら見つけた場所である。たぶん、というか確実に水銀野郎の趣味の産物かなんかだ。というか、向こう60年以上はここでハイドリヒ卿も過ごすことになるんだから、多少の娯楽施設がなきゃヴァルハラ運営も疲れるだろう。

 

 そこのカウンター席の一つに座り、私は一人、悶えていた。

 ホンットなんなんだよあの悪人は──ッ!! ちきしょ~~……!

 

「……う、ぅう、ううううう………………………………すきぃ…………」

 

 ……ご覧の有様である。本当に救いようがない。

 そうだよ。

 めちゃくちゃ恥ずかしいってだけで全然嫌いになってないんだよ。

 むしろ惚れ直しまくっちゃってんだよ。完全に堕ちてるよ。

 

 絶対に、絶対に絶対に絶対に向こうはそんな気はないだろうに、なんかもう、嫌なトコ全部ひっくるめて惚れちゃってんだよ。どうなってんだよ人の心は。

 

「おかしい……こんなのおかしいよマスター……」

 

「…………」

 

「でもおかしいのが人間なんだよねぇ……うー……」

 

「…………」

 

 なお、カウンターの中に立つマスターは一言も喋らない。

 なんかトバルカインさんに似てる気がするけど気のせいだろ。あの人、死体だし。こんなところにご本人様がいるわきゃねーって。気のせい気のせい。

 

「……む」

 

「……あ、マキナさん。こんにちわ」

 

 カランカラン、と入口の鐘の音に視線を向ければ、そこには仏頂面をした黒髪の大男──ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンさんこと、デウス・エクス・マキナの異名でお馴染みのマキナさんがいた。

 

 本編外ではマッキーさんとかって呼ばれていた気がする。正気かね?

 

 すぐ後ろを通っていくだけでも物凄い圧を感じる。するとマキナさんは適当なグラスを手にとり、酒かなにかを注ぎ始めた。

 

 なおマスターは一歩も動かないし喋らない。

 気のせいだって。

 

「おまえは、水銀の使い魔……だったか」

 

「あ、はい。レイシアと申します。黒円卓の従僕です。なんか好きになさってよろしいそうです。人権ねーので」

 

 二つ分の席をあけて私の左横に座ったマキナさんは、一言一言が重々しい。

 何気に彼と二人きりで話す、とかいう機会はこれが初めてである。私がやってきた頃、彼はまだ黒円卓にいなかったし。普段から会うこともないし。

 

「興味はない」

 

「あ、ハイ」

 

 元々寡黙なお方だし、そもそもこの人は主人公(ツァラトゥストラ)がいないと救われない方筆頭である。

 私なんて塵芥かなんかと同列であろう。

 

「ベイと共に、カチンの怪異の最期を見届けたと聞いた」

 

「ええ、まあ」

 

「どうだった。メトシェラという男は」

 

 どうというか。

 えーと。その、なんだ……

 

「……一途な奴、でしたね。率直に言うと。それが原因で傍迷惑を引き起こす類の超常存在でしたが。あと強かったですね、本当に」

 

「そうか」

 

 ……。

 …………。

 …………無言!

 

「これでおまえの友の死も、戻ってきたか」

 

「────、ええ、まあ」

 

 (ルートヴィヒ)の死。

 そういえば友人に関しては一家言ありそうというか、この人の根幹はそういうものだっけ。

 

「おまえにとって、死とは何だ」

 

 哲学?

 いや落ち着け。いつものノリでツッコんではいけない。この人は大真面目なのだ。大真面目に訊いてるのだ。実直なお方なのである。諧謔で口を開いたりはしない。こっちも真面目に答えなければ。

 

「しいて、言うなら……、」

 

 死とは何か。

 その答えは、そう、一つしかない。

 

「掴み取るもの、では?」

 

 ほう、という声すらない。

 チラと、そこで初めて漆黒の眼差しが向けられた程度だ。物凄い重圧を感じる。

 

「それが、おまえを戦に駆り立てる信念だと?」

 

「え。いや、うーん……別に死にたいというわけではなく……終わり方は、ホラ、自分で決めたいものじゃないですか」

 

 なんだろう。

 上手く言えないな。

 

 別に全力出してその果てに死にたいぜ! って感じの情熱はないのだ。皆無だ。できるなら生きたいし、勝ちたいし、そう思ってる。前向きな希死念慮、などとベイ中尉には解釈されたが、別に私は死に囚われているわけでも、囚われたいわけじゃない。

 

 ──もっと根本的な話。

 ──人として基本的な話。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。誰かに殺されるってことはそれを奪われることに等しくて、いくらそれで死を得ても、ぜんぜん嬉しくはない。与えられるくらいならいっそ──」

 

 ──飛び降りて、落ちて死ね。

 

「──、」

 

 ……言葉が止まる。

 脳裏に蘇った呪いを押し殺す。

 

 その言葉は私の意思じゃない。レイシアのものではない。

 だってそれは、この世界では意味のない衝動で、信念だから。

 

「終わりのためなら自死をも厭わぬ、か。おまえはまるで、後ろ向きに走る車輪のようだ」

 

 な、なんじゃその例えは。

 褒められているのか馬鹿にされてるのか、まったく分からないんですけどッ!?

 

「与えられる死が気に食わんというなら、俺の拳は救いにはならないな。多くの自殺者とは、苦しみからの解放を望む故に、生を棄却するものだろうが……おまえの言う自死(ソレ)は、些か異なっているように見える。生の否定ではなく、肯定。掴み取る、とはすなわち、そういう事だろう」

 

 ……お、おお……?

 なんでだろう、何故だろう、マキナさんのその解釈には、顎が外れるくらいに頷きたい気持ちでいっぱいだ。

 

「だがその結論は、諦観の果ての極点だ。俺とて唯一至高の死を望む身だが、そこまで極論に傾倒していない──死するのなら、最低限、ハイドリヒとクラフトの鼻を明かしてやってからだ」

 

 ははは……恨みしか持ってねぇ発言である。

 無理矢理に生き返らせられて、不死英雄として強制労働させられてる人だからな。そりゃあまず、自分をこんな風にした犯人どもに一矢報いてやりたいと思うだろう。

 

「いや、或いは……おまえにとっては、その方法を取ることこそが、俺と同一なのかもしれないな」

 

「……、どうでしょうねえ」

 

 自殺の動機にしては前向きすぎ、かつ潔すぎ。

 しかしマキナさんの言う通りなのかもしれない。わざわざ自死なんていう極論投身を選ぶくらいだ、自ら生を放棄することで、()()()も誰かに一泡吹かせたかったのか。

 

 考えてもそれ以上の思考は出ず。

 記憶が戻ることも、血のリフレインが鳴ることもない。

 

 ただまぁ、心の距離的には、マキナさんに親近感を覚えた。動機も方法も異なれど、「死を求める」「誰かにやり返す」という点において、私たちは共通の想いを抱いているようだ。

 

「あ、マキナここにいたー。ハイドリヒ卿から召集だよー……って、あれ……」

 

 その時、突如としてバーに現れたのは眼帯をした白髪の少年。

 ウォルフガング・シュライバー。

 やっぱりこわい。相変わらずこわい。おそろしやー。

 

「ど、どうもー……?」

 

「レイシアじゃないか! 久しぶり~、僕のこと覚えてるー?」

 

「はい。シュライバーさん」

 

「わ、かしこーい。いい子だねー」

 

 なんて笑顔で言われつつ、声には殺気が宿っている。

 この扱い、もう幼女のナリをした「面白ペット」として認識されていると見たッ!

 

「シュライバー。行くぞ」

 

「あ、うん。じゃあねレイシアー! 次はあそぼーねー!」

 

「お手柔らかにー……」

 

 苦笑いで手を振りつつ、二人の騎士を見送っていく。

 ……こわかった。いやぁ、マキナさんは人格的にはともかく、シュライバー少年はあの、言動がどう転ぶのか予想できないんでめっちゃ怖い。

 

 黒円卓の怖い筆頭でいえば、まあ、ハイドリヒ卿と水銀がまず来て、次にシュライバーとベイ中尉って感じなんだろうが。

 ……欲目ってやつだろーか。ベイ中尉にはすっかり感覚を麻痺されたよーな……

 

「あー……グラス、片付けておくか」

 

 私も屋敷に帰るかあ、なんて思った時、マキナさんの置いていった空のグラスが目に入った。

 マスターは見ても動かないし、自分の分のグラスもあるし、ここは従僕として後始末やっちまおう。

 

 ──と思ってカウンター内の流し台に立ち、洗い終わってから。

 

「やあ、レイシア。そこに立っているということはバイトのつもりかね? 一杯頼むよ」

 

 完全にタイミングを計ったかのように、水銀クソ野郎ことメルクリウスがやってきた。

 

 

     ※

 

 

 適当に氷をグラスに叩き込んで水だけ入れてお出ししてやる。

 毒を入れなかっただけ感謝しろ。

 

「はっはっは──似合わんね」

 

「好きで立ってるわけじゃねえよ」

 

 つーか何しに来たんだよ。

 まだなんかネタがあるのかねこいつ? 回収し忘れの伏線でもあった?

 

「先ほど、首領閣下がクリストフを追うと決めたそうだ」

 

「クリス……ああ、トリファさんか」

 

 ヴァレリア・トリファ。黒円卓第三位の神父さんだ。

 私が来た頃にはまだいたようだったが、カチンの森事件の直前、黒円卓から逃げたという、とんでもねえ人である。

 

 あと子供好き。

 でも近づく子供は死ぬ。

 こえー。

 そこはベイ中尉のとこに引き取られてよかったな。

 

「ははは、君は子供と呼べる年でもあるまいに。まあ、精神年齢を除いてだが」

 

「メルクリウス超うぜえ……」

 

「メトシェラの件、ご苦労だったな。顛末は聞いたとも。ああ、君らの逢瀬は君らしか知らんが」

 

「死んでくれぇー……おまえぇ……!」

 

 顔を両手で覆う。じゃあなんでてめー知ってんだよ、って話はもう、こいつの前では愚問である。つーか知ってんなら言うな!! わざわざ!

 

「いやいや、私とて好きで娘の秘事を暴き立てたいのではない。なに、養父として、君を引き取った義務は果たさねばならないからね。まあ、老婆心というやつだ。助言をしに来たのだよ」

 

「えっ珍し」

 

 こいつの助言はどうせろくなものがないが、私にそんなことを言いにくるなど、隕石が地表に落ちるようなものだ。なんだよ。ちょっと怖いぞ。

 

「男女の交わりとは魔道において、魂魄とより深く繋がることを意味する。それに加え、おまえはベイの血を吸ったのだろう?」

 

「……?」

 

 なにが言いたいのか、やはり一言目では掴み切れない。

 もうちょいはっきり言ってくれないかね? 水を飲んでないでさ。

 

「そしてあの日……三日前。おまえは『吸血鬼』という概念総体を異能として引き当て、あろうことか同じく吸血鬼たるベイに共有、力を分配した……そんな状態でより深く繋がりを持つと、なにが起きるか考えなかったのかね?」

 

「……、」

 

 ……確かに、ベイ中尉の血を吸ってしまったことは気がかりだった。

 血盟を通じて、私の「幻想」を取り込んで、ベイ中尉の吸血鬼性に後遺症が出るんじゃないかと。そんなことを、考えなかったかといえば──……

 

「いやいや。心配するべきは主人ではない。()()()()()()()。現実の吸血鬼相手に、幻想上の吸血鬼概念を持たせるなどと……ははは、命知らずもここに極まる。そんなことをしたら、泡と消えるのは、ただでさえ存在が()()()()な君の方に決まっているだろうに」

 

「え……?」

 

「分からないかね?」

 

「すげえ嫌な予感するけど教えてくださいお父さん!?」

 

 流石に身を乗り出した。

 それに、水銀はいつものように意地の悪い顔を作って、言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魂の一部を奪われているのだよ。君は、君の世界はもう欠けている。完全ではない。不完全となった。今はまだベイの血が体内に残っているおかげで、吸血鬼幻想とのラインは維持されているようだがね」

 

「…………えと、あの。それってぇ──……その──……非常にマズイのでは」

 

「激烈にマズイ」

 

 なに考えてんの? 君もしかして馬鹿? みたいな無の笑顔で、水銀は続けた。

 

「今のおまえは卵の殻にヒビが入ったようなものだ。であれば、吸血鬼幻想を失った時、それが辿る結末は明白だろう。幻想というおまえの輪郭を、存在を維持するための楔が消えた時……レイシア。君は元の……()()()()()()に帰すだろう」

 

「つまり、それは」

 

 うむ、と水銀は一つ頷き。

 

 

「──このままだとレイシア、消えるってよ」

 

 

 これが君たちの最後の試練、分水嶺だ、とでも言うように。

 水銀によるあっけない、養子の余命宣告であった。

 

 




マキナさん
 黒円卓に強制就職させられた人。あらゆるモノを一撃で終焉(こわ)せる。
 幼女のことは従僕らしい、とは聞いているが興味ゼロ。けど会話してみて意外と親近感があったのでやや驚いた。まぁそっちはそっちで頑張っていろ、なスタンス。

シュライバー
 黒円卓の白い狂犬。あらゆる攻撃を絶対回避できる。
 幼女のことは殺してもいいペットだと思っている。こわい。
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