幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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28 幻想少女はかく語りき

 そこは、破壊と殺戮の嵐に襲われた街だった。

 炎上する瓦礫地帯を歩くのは白い戦鬼。黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ。

 目のついた老若男女、敵味方の兵士さえ問わず、吸い尽くし、殺し、歩き続けていた。

 

 ──1944年、ワルシャワ蜂起戦。

 

 ここはその舞台であり、今や一人の吸血鬼によって蹂躙された地獄だった。

 血を浴びながら、撒き散らしながら、彼は生きる者たちを死者へと変えていく。

 一方的。圧倒的。作業的にすら映る殺戮。

 その中で、この破壊をもたらしている張本人の中には、不快感がまとわりついていた。

 

 少し前、白い従者が消えた。

 出張の類である。なにも死んだわけでもないし、彼から逃げたわけでもない。

 だが彼女のいない半年間。それは確実に鬼の内に、言いようのない飢餓感を与えていた。

 

「……クソがよ」

 

 あんな少女が恋しいとでもいうのか、己は。

 求めるのは血と闘争。勝利と蹂躙。それだけだ。

 今この時だって、渇望のままに暴れ散らかしている。街一つを薔薇の夜に変え、壊し、ズタズタにし、搾り上げる。己は狩人であり簒奪者。それを体現するのみの暴力機構。

 

 ……だというのに、微かな、僅かな引っかかり。

 そしてそれを意識するたび、白い姿が脳裏に浮かんで仕方がない。

 やはり今、一番殺したいと思う相手はアレだけだとでも言いたいのか。

 

 ──その時、傍らの建物が崩れ落ちた。

 バス程度の大きさはある倒壊物。それを、

 

「邪魔ッくせぇんだよッ!!」

 

 衝動のままに殴り飛ばす。どのような建材、重さ大きさであろうと、知ったことではない。人智を外れた身に、物理攻撃など無に等しい。そのまま建物は何十メートル先にまで姿を消した。

 

「ったく──あぁ?」

 

 その倒壊跡に。

 こちらを見上げる視線があることに、気が付く。

 

「……ぁ──」

 

 一瞬、従者かと錯覚した。

 色合いが彼女と似ていたせいだろう。事実、見上げてくるそれは、真白い長髪を持つ少女だった。

 

「あなたは……」

 

 声は違う。

 顔立ちは違う。

 年齢だってまったく違う。

 

 ただの他人の空似。この少女はそうでしかなく、故に──この街にいる人間全てを殺す腹積もりだった吸血鬼は、迷うことなくその命も刈り取ろうとして、

 

「……はあ」

 

 その直前。

 興が、削がれた。

 なんとなく。

 殺す気が、一切起きなかった。

 

 ならば長くここに留まっている理由もない。

 無視──つまり“いなかったこと”にして、その場からさっさと歩き出す。

 

「──あ、あのっ!」

 

 後ろから先の少女らしき声があったが、無視する。

 聞こえない。見えていない。さっさと消えろ。

 後ろを振り向くことなく、男は歩き続ける。

 

「ありがとう──ございました……!」

 

 何がだよ、と思ったが、頑として振り返らない。

 答えれば負けのような気がしたからだ。

 あんな獲物はここにはいなかった。そう決めつけて、断固として決意して、

 

「……、」

 

 ひらり、と軽く片手を挙げつつ、ヴィルヘルムはその場を立ち去った。

 

 

 運命は始まらない。

 一瞬の邂逅。

 お互い、名も知ることなく別れていく。

 何も与えることなく、奪うこともなく。

 

 生きる世界が違う彼らは────別々の道を歩いていく。

 

 

     ※

 

   1945年4月30日 ベルリン

 

     ※

 

 

 燃えている。

 町が、首都が、ごうごうと戦火に包まれて、赤く染まっていた。

 

 さぁさぁお待たせ、ここが本編のプロローグにして始まりの日。

 まだまだ第一話に続くためには60年ほどもあるけど、この日がなきゃあ、何もこの世界の物語は始まらない。

 

「綺麗な花火ですねー」

 

 城門の外、距離と空間を無視して広がっている景色への率直な感想を述べると、──なんか周りから視線が集中した気がした。なにかね?

 

「あの……レイシア? その、私たちの前だからって、無理にそんな事を言わなくてもいいんだよ? 戦の経験、あんまり、その、ない……でしょう?」

 

 とか、気遣いを見せてくれるのはベアトリス。

 はて。確かに私は、なんか超神秘で出来た不思議幼女のように思えるかもしれないが。

 

「そんなことはないですよ? ライプツィヒの戦い(1813年:フランス皇帝討伐戦)とか、ドイツ統一戦争(1870年:鉄血宰相式炎上商法)にも参加しましたし、ヴェルダンの戦い(1916年:史上最悪の消耗戦)も懐かしいですし。まーでも、やっぱ一番印象深いのは鉄道ですかね。初めて乗った時の感動は忘れられないなー」

 

「よ──よよよ幼女大先輩!!!?」

 

「統一っておま……」

 

 ケーニヒスベルク城でプロイセン国王(後の初代ドイツ皇帝)の戴冠式とか見たりもした。

 でも去年、そこも消し飛んじゃったんだよな。時代の流れって残酷ねー。

 

「まぁでも、大した戦歴はないです。どこでも端っこで『水銀死ね』言いながら戦ってただけなんで。ははははは」

 

「で、ででで、でも、殺し合いは好かないで……しょう?」

 

「いえ、大好きですよ? 平和も同じくらいに。殺し合いがあれば平和の眩しさを実感できるし、平和があれば殺し合いの凄惨さが引き立つ。自分の存在を維持する日常、自分の存在を賭けて戦う戦場──すなわち、()()()()()、大好きです!」

 

 笑顔で言い放つと、そこでベアトリスが膝から崩れ落ちた。

 なんか可愛い幼女、という理想を叩き壊してしまった気がする。大丈夫ですか、と助け起こす。

 

「これは確かに……」

 

「……黒円卓(あたしたち)の従僕ね……」

 

 マキナさんとルサルカから納得の声が聞こえる。

 続いてベイ中尉が呆れ顔でこっちを見ていた。

 

「あー……道理でギャンブラー気質ってわけか……」

 

「ふむ、私は見直したよ小娘。存外、気骨のある奴じゃないか」

 

 ザミエル姐さんからお褒めの言葉だ。わーい。

 

「そちらのお嬢さんが水銀の使い魔、ですか。私は──」

 

 クリストフ──トリファがそう声をかけてきた瞬間、私はベイ中尉の方に素早く引き寄せられた。

 完全に変質者から我が子を隠すような挙動だった。

 

「……ははは。随分と警戒されていますね」

 

「いや、ベイの気持ちも分かるわよ。子供好きだしねあんた。レイシア効果で、一体何人のロリコンが黒円卓に増えたのかしら」

 

「若干一名では」

 

「流石シュピーネさん、鋭い」

 

「余計なお世話だ」

 

「うんうん、レイシアちゃん可愛いもんねー」

 

 シュライバーの邪気のない笑顔。怖いので、愛想笑いしつつベイ中尉の背中によじ登るなどする。

 高くなった視点から見下ろす、燃える首都の景色もまた壮観。攻め込んできた赤軍を相手に、これから最後の大仕事だ。

 

「ねえレイシア。あなたは副首領閣下から、何か聞いてない?」

 

 問うてきたのはリザさん。首領ハイドリヒ卿と副首領・水銀による企画の仕上げとなる作戦の詳細はまだ伏せられており、その片方の使い魔という肩書きを持つ私なら何か知ってないかと思ったのだろう。

 

 ……水銀クソ野郎といえば、私のこの結末に関しては、こんな反応だった。

 

『ふ──ありえん』

『ありえん……ありえん……真人間のベイなどありえん……ありえんのだ……馬鹿な……馬鹿な……』

 

 とか唱えながら、城のホールをぐるぐる歩き回っていた。

 マジでなんなんだあいつ。

 あれも諧謔なの? 既知外だったの? どういうことなの?

 

 ま、それはともかく。

 

「聞いてませんけど、知ってます。まぁ、そこは私のような端役でなく、現場指揮官様にお聞きすべきでしょう」

 

 視線を向けたザミエル姐さんは、うむと一つ頷く。

 

「直に総統閣下が身罷られる。その時を以って状況開始だ。気を引き締めろ、この作戦に失敗は許されん」

 

「……それが本当に必要なのだと納得できれば、迷いはありませんが」

 

「なるようにしかならねえよ、ヴァルキュリア。気合い入れていこうや、なあ?」

 

「ですねえ」

 

 ベイ中尉が握った拳を手の平に叩きつける。()る気満々、といったご様子だ。この人にとって、今回の戦はお祭りのようなものである。

 

「そういう事だ。行くぞ──我らに勝利を」

 

『ジークハイル・ヴィクトーリア』

 

 魔人たちの声が唱和する。私の声ももちろん含む。

 かくして前日譚、レイシアという異分子の入った黒円卓がここに成立した。

 

 吸血鬼、その影として。従者として。

 私のヴァルハラ。その顛末を、最後まで見届けるために。

 

 

 ──来たる怒りの日へ向かって、私たちは進軍を始めたのだった。

 

 




前編戦 人物しょーかい

レイシア
 チートのロリ。ただしチート度はガチャに依存する。URカードは結晶蜘蛛と空想具現。どう考えても神座に喧嘩を売るくらいにしか使えない。基本的にご主人がいないと運命が詰む。儚いねぇ。
 元は水銀が連れて来た契約社員。ただし無期限かつ無給。株をやらせると真にチート化する。

ヴィルヘルム/ベイ中尉
 黒円卓のチンピラ。ただしロリコン化(限定対象)している。神座世界は大体性癖で運命が決まってくるので今後の活躍に期待。このあと半世紀、ロリに脳を焼かれ続けることが確定した。
 社長に殴られて入社を決めた正社員。置いてかれたロリを連れて各地の戦場に出張する。

水銀ことメルクリウス
 第四神座のサーバー管理者。諸事情あってロリを養女として拾う。一番暗躍しているが実は一番苦労しているのかもしれない。皆から嫌われている。歌劇の設営していくわよー。

ラインハルト
 水銀の親友だが、彼が何の役職についているかは知らない。仕事を手伝っている気はないが、このたび異空間に部下3人(+1人)と共に会社ごと転勤することになった。半世紀後に会おう!

エレオノーレ/ザミエル
 ラインハルトに忠誠を誓う鉄のOL。このたび一緒に転勤することになって喜んでいる。

シュライバー
 黒円卓の狂犬。チンピラと因縁がある。営業先の客は殺す。ラインハルト以外の全員が嫌い。

マキナ
 黒円卓の英雄。入社式で同僚と部署を別にされたことを根に持っている。

ベアトリス/ヴァルキュリア
 黒円卓の良心。元はエレオノーレの部下だったので転勤されて寂しい思いをする。

ルサルカ/マレウス
 マキナの同僚と顔見知りだった。社長と幹部たちがいなくなったので旅行に行くことにした。

リザ/バビロン
 社長たちの転勤計画に大きく貢献した人。しばらくゆっくり過ごすことにする。

トバルカイン
 リザの部下。死体なので喋らない。生前は鍛冶師だったらしい。

トリファ神父/クリストフ
 無断欠勤していたことがバレて怒られた。社長たちがいない間に死ぬほど働くことになる。

イザーク
 ずっと会社に引きこもっている影の実力者。母親(リザ)に生まれる前から就職先を決められていたが馴染みすぎて顔を出さなくなった。果たして台詞を喋る日は来るのか。

シュピーネさん
 黒円卓の財務大臣。この人がいなくなると全員金欠になるらしい。社長がいなくなって労働魂に火が点いたのか、極東の島国で都市開発計画を進める。半世紀後の大活躍、間違いナシ!


 というわけでイカベイ編はこれにて終幕。
 次は原作開始の一年前からスタートですわ~!
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