幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~ 作:時杜 境
29 学園天国
──2005年 日本 諏訪原市
四時限目のチャイムが鳴ると同時に目を覚ます。
朝からずっと待っていた念願の昼休みの到来を告げる鐘の音が、完全に私の意識を覚醒させた。
「よしきた」
教師が出ていくのを確認してから、紙袋を手にさっさと
季節は新学期。
つい昨日、新入生が入学し、少々校内は浮ついた雰囲気が漂っている。新しい空気、新しい環境、わくわくの高校生活! いいねえいいねえ、実に青春万歳。割とこの時期の学校が、私は一番面白いと思っている。言語化しえない浪漫というか、新たな出会いの予感、というヤツだ。
「とぉーう! よぅーし、一番乗り」
サクサクといつもの位置──屋上のド真ん中を陣取って、
設置してある私用テント(!?)から器具を取り出し、
携帯用ガスコンロに火を入れて、
その上に鍋を置いて、
肉を用意し、
昼間っから、しゃぶしゃぶなど堪能することとする。
食いたい時に食いたいものを食うッ! これすなわち人生の鉄則なれば──!
学園? 弁当? 購買部? 知ったことかねそんなもん!
テントは「キャンプ部」として学園に合法的に認証させて設置した代物だし、故にそこで何を行おうと、私の勝手なのだよフハハハハ────!!
いやなんで部活とか割とあっさり成立するのだねこの学園は。学生の自由権利を守りすぎだよ。伸び伸びと育てる方針にも程があるだろ。好成績さえ残せば融通が無限に利くとか、やはり流石はノベルゲーの舞台となる場所かッ!
「おっ、ラッキィ鍵空いてるぜ。早く来いよ蓮。屋上だぜ屋上、こういう所にこそ、学校の秘密兵器かなんかがな──」
「あるワケないだろ馬鹿。馬鹿だなおまえ。屋上に浪漫なんか求めたって、なぁ──」
などと。
新客、ならぬ新顔らしい、新入生丸出しの会話をしつつやってきたのは二人の男子高校生。
一人は金髪に染めていて、もう一人は──何の変哲もない、平凡を愛する健全男子である。
二人はこっちを見たまま絶句している。
そりゃそうだろう。屋上にやってきたら、謎の白髪外人美少女が、テントの前で鍋広げて昼食食ってるんだから。
まさに残念なベクトルに突っ切った運命の出会い。
これぞノベルゲーの序幕。さぁて、先輩としてリードしてやりますか。
「お。食ってく?」
パキン、と割り箸を片手で割りつつ尋ねてみる。
それに平凡男子の方は、やめようぜ、とでも言いたげに傍らの金髪友人の方を見たが。
「ご相伴に預からせていただきます」
「
真顔で、しかも丁寧語で金髪友人くんは歩み出てくる。しかも早足だった。
すたすたすた──っと近くにやってきて腰を下ろしたところで、紙皿と割り箸を与える。彼の手にはなんか買ったパンとかあるけど、いいのかそれは。しゃぶしゃぶを選ぶんだな? ならば汝、同志である!
「そっちは?」
「えっ……あ、おお……」
たじたじながら、引き寄せられるようにやってくる平凡男子。その顔は
ぐつぐつぐつぐつ。
三人、鍋を囲んで肉が煮えるのを待ち続ける。
「これ出来たよー。熱いから気をつけい」
「ど、どうも」
「これ何の肉?」
「羊。鶏。豚。タレこれね」
黙々と肉を頬張る男子二名。
うめぇなこれ、と時折感想を漏らしつつ、奇妙な空気の昼食時間は過ぎていく。
──やがて。
「いやッ、なんなんだあんたッッッ!?!?」
平凡男子による遅めのツッコミが入った。
それに私は真顔で回答する。
「レイシア・エーレンブルグ。ご覧の通り三年生さ。先輩と呼びたまえ後輩二号くん」
「二号!?」
「やりぃ。後輩一号、
「イエス、イエース。実家が嫌んなって兄様と愛の逃避行中サ。ここが最後の安息地、親戚のツテで入学して進学して大逆襲の計画を進めてる最中よ。あ、ちなみに筋金入りのブラコンだから先に引いといた方がいいぜ」
「いいや俄然やる気出てきた。あんた面白過ぎるわ。オレの高校生活始まったね」
いえーい、となんか会話のノリが合ってハイタッチ。
すげぇよ司狼、まるで長年の友人と再会したかのようだよ!!
「……馬鹿な……」
そして後輩二号こと蓮はあまりの展開の速さに呆然としている。なんか俺の親友が一瞬で取られた件について、な顔である。
「あー! 二人ともここにいたー! 一緒に食べようって、言った……のに……?」
「よーっす遅いぞバカスミ。見たまえ、オレらの女神はここにいた。レイシア・エーレンブルグ大先輩だ。胸はないけど」
「フッ……永遠の14歳を自負する身だ、賞賛と受け取ろう」
言いつつ、新たにやってきた新顔ちゃんの姿を視界に認める。
茶髪の女の子だ。どこにでもいるヒロインA、な印象が強すぎる。
「えっ……え? 何? テント? 鍋? っていうか、先輩!? 小っちゃ!? 可愛いぃー!」
「おおっと」
バカスミと呼ばれた女子高生が抱き着いてくる。おお、この小動物扱い、久々の感覚。
「おい
「肉食ってく?」
「えっ……しゃぶしゃぶ!? 昼間から!? いいの!? いただきまーす!」
「……!!」
藤井蓮、ここに完全敗北。
幼馴染という自駒を一瞬にして奪われ、背水の陣の構えである。
クックック、しゃぶしゃぶという誘惑に正面から勝てる人間などこの世におらんわっ!
「あら、楽しそう……親友を放っておいて浮気なの、レイシア」
「まだ増えるのかッ!?」
更なる登場人物に、蓮が飛び上がるようにして立ち上がる。
香純から続いて入ってきたのは、
「やっほレーちゃん。私のハーレムへようこそ」
「ロリコンの集いみたい。やっぱり人類って皆ロリコンなんだね」
と言いつつ、こっちの鍋の集いにまた一名戦力が増える。同じく紙皿と割り箸という共通装備を手渡していく。
「教会っ子が肉食べて大丈夫?」
「いいのよ。私に食べてもらえない肉が可哀想でしょう」
容赦なく司狼が狙っていた一枚を巻き上げていく玲愛。いいのか、それで。
「マジで、なんなんだよあんたは……」
そう新学期から頭痛を堪えるような顔の
※
「氷室玲愛。二年生。レイシアの彼女。結婚の許可を取りたいならまず私を通してね」
「違いますが」
「あ、あたし綾瀬香純! よろしくお願いします、先輩っ!」
女性比率が高いことにより、食後は自然とその場は女子会ムード。
平凡男子を維持したい蓮は肩身が狭そうに、反して一方、司狼は面白そうにこの場を眺めている。
「やっべぇ……オレ、正直ナメてたわ
「おまえは女しか見てないだけだろ。っつーかロリコンかよ」
「屋上にテント張って鍋食ってるとこから始まる学園ストーリーだぜ!? やべえよこの学園、自由度の高さがよ。ダイナマイトとか持ち込んでもバレないんじゃないかこれ」
「断っとくがテントは合法だぞー。『キャンプ部』のな。あ、部長私で唯一部員が玲愛。はいこれ入部届」
と言って、突っ立っている新入生三人に紙を手渡す。さぁ、ここにサインするんだ。共に自由を謳歌して学園秩序なんてぶっ壊そうぜ!
「キャンプ部って……部活内容あるんすかこれ」
「あるよー? 屋上で、テント張って、良い夜空模様には天体観測して、夏には合宿でバーべキューしに行って、山遊び川遊び、水着で海に──」
「入部しますっ!」
「即断!?」
司狼が指を噛み切って血で署名をする。最近の学生にしては思い切りよすぎるぞ君。親友くんが引いてるって。
「えぇえぇ!? 司狼、入部するの!?」
「いや入部以外の選択ねーだろこれ馬鹿かおまえ。美少女二人の先輩しかいねえ理想の部活とか、逆になんでメンバー少ないんだよ!?」
「それはレイシアに皆引いてるから、だね」
「またの名を、学園のアイドルともいう」
「……おいやめとけって司狼。この人、絶対ろくなもんじゃないって! 可愛い見た目に騙されちゃヤバイ奴だって!!」
チッ、流石はツァラトゥストラ。カンが良いぜ。
まぁ別にいいですけどー? この三年間、私がどんな
「頼むよ入ってよー。私、今年で最終学年なんだぜ? 後継ぎがいないと困るっていうかさー。玲愛はこれたぶん、まともに運営しないだろうしさー」
「そう? レイシアの武勇伝、末代まで語っていく所存だけど」
「私より部の存続の心配をしてくれねぇかなぁあ──」
「えぇ……」
「蓮、どうする? 私はその、剣道があるからちょっと無理だけど……」
にこり、と遠慮がちな後輩三号──香純に笑みを返す。
「
「入りますっ!!」
「か、香純──ッ!?」
最後の砦、陥☆落。
残る最後の獲物を、司狼と共に見る。
「入ろう。入っちまおうぜ蓮。でなきゃ絶対後悔するってこれ。オレと一緒に華々しい高校生活を始めちゃおうぜ」
「なんでそんなに乗り気なんだよ、おまえ!? この謎の部活に!」
あぁ、そうか。司狼クンの異様な好感度の高さはアレか、私の近場にいると既知感が薄まるからだな。この子もあの水銀クソ野郎に人生狂わされとる被害者やなー。
「別に幽霊部員でも構わないからさー。ほら、署名署名。署名を寄越せよ。藤井れ~ん」
「う、うおおおお! い、嫌だ! 俺はロリコンにはならないッ……!!」
「お兄ちゃん☆」
最終奥義を繰り出すと蓮が吐血した。だが、まだ耐えているッ……!
「おいおい司狼くん……君の親友、なかなか強敵だねえ……」
「おんなじ日々を繰り返したいっつーイカレなんでね。だがもう降参すべきだぜ蓮、おまえは、この小さい大先輩からは逃げられない……!!」
「蓮! 入ろう、きっと楽しいよ!!」
「ぐ、ぐうう……ぐうううゥゥ──ッ!! お、俺は……俺は……!!」
なんかもう最終決戦みたいなシリアスフェイスだよ蓮クン。
こんなのマキナさんやルサルカが見たらどんな顔しちゃうんだよ。
「藤井くん──」
そこで現れる伏兵ッ! 氷室玲愛!!
彼女はそっと藤井蓮の背後に近付き、そして──
「……私と、部活、しよ……っ?」
「ッッが、があああぁぁぁぁぁ────!!」
そして指を噛み切って血判を押した。
正面のロリ、背後のヒロイン。
ここに、決着はもたらされたのであった────
※
「……で?」
背中を預けた頭上から低い声がする。
互いにその手には同じ型のゲームコントローラー。暗い部屋にある目の前の大画面には、レース系のゲーム画面が映っている。
「結局、男を二人引っかけたって自慢話か? 嫉妬してほしいならクソガキなんかと遊んでんじゃねーよボケ」
「はいはい、“他の男と話すくらいなら俺だけ見てろ”って訳しますよ。いーじゃないですかぁ、割と楽しいですよ学園生活。平和な時代ならではの緩い空気感とか、若い頃の漠然とした未来への不安とか? 校舎って不思議ですよ、まるで私も普通の学生になった気分になって」
「馴染み過ぎなんだよ。謳歌し過ぎだろッ! おまえの適応力はどうなってやがる。よくもまぁ、バレねえもんだ。潜入技術は褒めてやるが、絆されたりしたら承知しねえぞ」
「あーないない。いいですか中尉、友情ってのは脆く儚い故に美しいのです。ま、浮気なんてしませんからご安心を。ハイ抜いたー」
「ッ……!」
ゴール直前、ぎりぎりで一位をもぎ取って勝利する。
ケッケッケ、実戦では負けを譲るが電子ゲームでは容赦しない。仮想世界におけるプロフェッショナルをナメるなよぉ。
「三十六連勝ですねえ。さぁー、次は何で遊びます? 格ゲー? 狩りゲー? RTA?」
「……レイシア」
「はーい?」
そこでコントローラーを取り上げられた。後ろに顔を向けると、そこには口をへの字に曲げた兄様──こと、ヴィルヘルム・エーレンブルグがいる。ハーフアップにさせているそのヘアスタイルは、完全に私の趣味である。
「なんですー? “構え”モードですか? あーあー、中尉の独占欲も悪化しましたねえ」
「てめえがいないせいで昼間が暇なんだよ」
「また何に対するこじつけなんですか……ていうか昼は寝てるでしょあなた。あーもう、はいはい分かりましたよ。お好きにどーぞ。明日明後日は休みですし、存分に構って……えー、甘えさせて頂きますよっと」
「ン」
それで良し、と満足気に笑って私を横抱きにして運び出すベイ中尉。
60年も付き合うと、だいぶ分かりやすくなってきたよなぁ、私の前では……
「てめえは60年かかってもクソ生意気だよ。改心の兆しが見えやしねえ」
「悪かったですねえ。もうこれ以上の改心の余地はないんですよ」
「つまり成長の余地なしと」
「永遠の14歳なのでえ……」
なーんてまあ。
何十年経っても、いつも通りの調子、いつも通りの会話である。
些細な変化といえば? お互い、ほんの少しだけ素直になってきた、というか?
「愛してますよ、ベイ中尉」
「そうかよ、
ネ。
後編 登場人物しょーかい
藤井蓮
後輩2号。こと我らが原作主人公。
高校入学初日から日常をロリに壊される。不憫。
遊佐司狼
後輩1号。ことトリックスターの不良。蓮の幼馴染。
高校入学初日から心がぴょんぴょんしている。愉快。
原作では一年後、彼と蓮が殴り合うところから物語が始まる。
綾瀬香純
後輩3号。こと原作ヒロインの一人。蓮の幼馴染。
原作開始後は彼女の生死によってシナリオ難易度が激動する。さてどうなる。
氷室玲愛
後輩0号。こと原作ヒロインの一人。
黒円卓第六位ゾーネンキントの正統後継者。彼女がいないと黒円卓も困ってしまう。
接続章的なもの。
前編から一気に半世紀後。満を持してDiesメインキャラ、主人公陣営たちの登場よー。