幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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03 主人と従僕

 黒円卓の皆さんとの顔合わせから数日が過ぎた。

 私は、割と普通に生きていた。

 

 というのも獣殿──ラインハルト・ハイドリヒ閣下のお眼鏡にかなったから、というのが大きいだろう。彼らの末席に座ることは未来永劫ないものの、ハイドリヒ卿の友人の影に侍る位置を確立できたようだ。

 

 私自身、あらゆる聖遺物と好相性だという特性を持つから、そういう意味でも希少性を認められたのかもしれない。

 あ、ちなみに好相性、というのは単純に、聖遺物自体の出力を上げるというか、その場にいるだけでバフがかかるような具合だ。

 

 近くにいると傷の治りが早まったり、火力がちょっと上がったり、特性が強化される、とか。

 いるだけで不吉を撒き散らす水銀とは真逆の特性。いてもいなくても不利益をもたらさない、まさに脇役中の脇役。それに黄金卿は価値を認めた。0から1に評価が上がったのだ。故にその配下たちもそのように従う。つまり水銀野郎の狙い通り、というわけだ。

 

 嬉しいような嬉しくないような。

 ともあれ、非常に光栄であるのは間違いないだろう。

 

 で。

 

「おいチビ、パン買ってこいよ」

 

「あいあい」

 

 ──私は、完全にチンピラ兄貴のパシリ役になっていた。

 三分で行ってこい、などと無茶振りかまして屋敷から締め出される。当然ながら買うための代金など貰っていない。つまり自腹で買って献上しろ、ということだ。

 

 兄貴の名をヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。

 肩まである真っ白な髪に真紅の目を持つ、黒円卓の吸血鬼である。

 

 

 ──水銀の使い魔を黒円卓のペットにしていい、と聞いて、いの一番にその扱いにノリノリになった筆頭が兄貴である。

 彼も水銀にはさんざん煮え湯を吞まされてきたのだろう。気にくわない奴のペットを好きにしていいと聞けば、嬉々として飼い主役を買って出た。

 

 使い勝手のいい子分ができるようなもんである。事実私はこの数日、ヴィルヘルム兄貴の使いっ走りに奔走していた。ハイドリヒ卿が価値を認めたとしても、それはただ「ペットとして」の価値を認めたに過ぎない。その気になれば処分していいし、使えるなら使い潰すのみ。

 

 ブラック労働とかいう次元ではない。暗黒企業である。黒円卓だけに。

 

「おいクソチビ、飯」

 

「りょうかいでーす」

 

「おいガキ、買い出し」

 

「承知しましたー」

 

「おい、これ洗っとけ」

 

「ヤヴォール~」

 

 常に殺気を放っているチンピラ兄貴だが、意外にも拳が飛んでくる機会は少ない。

 初めこそ常在戦場! 視界に入らずんば即死せよ! みたいな緊張感が漂っていたのだが、従順な従僕やっていれば特になんか理不尽的な暴力にさらされることはなかった。

 

 意外だよね。

 まあその分、理不尽な罵倒が大多数を占めてるんすけど。

 ……チンピラだから子供に甘い……とか……? そんなテンプレまで踏んでいる、のだろうか……??

 

 とはいえ、まあ、兄貴も兄貴で軍務があるんで屋敷にいる機会は少ない。軍務っつっても、なんか元犯罪者集団で構成されたよーな部隊に所属してるんで、秩序も何もない。なんで、割と気ままに帰ってきたり帰ってこなかったりだ。最近はなんかよく顔をお見掛けするけど。

 

「ヴィルヘルムの兄貴―。ご飯ですよ~」

 

「……そん呼び方やめろ。なんか気色(わり)ぃわ」

 

「はぁ。じゃあベイ中尉で」

 

 黒円卓の従僕だし、そのくらいが妥当であろう。

 先方もそれで納得したのか、呼び方論議はそこまで。二人で、もぐもぐご飯を食べる。

 ……黒円卓の人と普通に食事するって、なんか不思議な感じだ。

 

「つかてめえ、名前なんつった?」

 

「レイシアでーすよー」

 

「水銀の犬のくせしてまともかよ。面白くねぇ。イカしたモンに改名させてやろうか」

 

「どう足掻いても中尉の名前以上にカッコイイもんにはならんと思うので、遠慮します」

 

「ハン、世辞だけは口が回るな」

 

 つーか考えるのも面倒くせえからいいわ。

 こんな感じである。完全にペット。果たして幼女とすら認識されているのか定かではない。まぁ、貧相なナリだったおかげか、そういう方面で使われることがなかったのは幸いか。

 

 

「──あっロリコン」

 

「あぁ?」

 

「あ、ルサルカさん」

 

 また別の日。

 そろそろ日が暮れる頃に起きてきた中尉に連れられ、街をブラついていると赤毛の()()がこっちを指さしてきた。その服装は黒い軍服──黒円卓の制服だ。

 

 ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルム。

 黒円卓の由緒正しき、未来の幼女枠。ペットじゃない方の幼女にして魔女である。まだでっかい!

 

「あんたもさぁ、こんなのやめて、あたしの子になろーよ。可愛がってあげるから」

 

 中尉の殺気を無視して、こちらに近寄るルサルカ。

 私に拒否権はない。かといって、頷く権利もない。

 黒円卓そのものが私の飼い主であり、命を握っているのだ。故にその正否を分けるのは、同じく黒円卓の席についている者たちだけで──

 

「何勝手を言いやがるマレウス。今日のこいつは俺のツレだ」

 

「じゃあ、明日は?」

 

「さぁな。気が向いたら貸してやるよ」

 

「ずるいずるーい。独り占めはナシでしょベイ。この子はあたしたちのもの。折角のあいつの使い魔よ? あんたみたいな脳筋馬鹿に預けるなんて宝の持ち腐れ以外のなんでもないわ。隅から隅まで細胞を調べ尽くして、研究して──」

 

「知らねぇよ。てめえに譲る気はねぇ」

 

 頑として中尉が突っぱねると、場の空気が張り詰める。

 周囲に人影はいないが、一触即発。なにか切っ掛けがあれば次の瞬間、殺し合いに発展しそうである。怖いので話題の方向を変えよう。

 

「ベイ中尉、お腹空いたのでなんか買ってきていいですか?」

 

「──あ?」

 

「私の所有権に関して私が口を挟める余地はないので。お二人ともご自由に話し合ってください。私はどちらでも構いませんし」

 

「……、」

 

 すぐそこまで迫っていた闘争の空気が遠のく。

 ルサルカも顎に手を当てて、観察するような目つきでこっちを見つめていた。

 

「構わないって、つまり流れに身を任せるってこと? 従僕根性は結構だけど、あなたそれ、あたしたちをナメてる?」

 

「? ナメるって何を? お二人とも、良いご主人じゃないですか。水銀とは違って、人をいきなり南極圏に置き去りにしたりなんてしないでしょう?」

 

 その言葉で完全に場が凍結した。

 冷たい風が吹き抜ける。なにか、予想外のベクトルからトラックが突っ込んできたかのような沈黙だ。

 

「……南極圏……」

 

「極寒でした」

 

「聞いてねぇよ。つかどういう状況だソレは。放し飼いってレベルじゃねえだろう」

 

「あの生ゴミはそういうところがあるんですよ。人を玩具にするのが趣味みたいな奴なのはご存じでしょう。昆虫観察の感覚で、幼女をエベレストの山頂に放り込んだりするのです。朝普通に起きたと思ったら深海だった、なんて日もありましたね」

 

「それは死んでるでしょ」

 

「生きてますよ?」

 

 再び、両者沈黙。

 水銀野郎と比べられるのは癪だが、どっちにせよ水銀よりマシだという事実にどんな反応をすればいいか分からないらしい。そこは存分に誇っていいと思うのだが。しかし魔人の一人として、奴より「マシ」ということは、“劣っている”ということにもなるのだろうか……ままならないな。

 

「なのでお家があるだけ極楽というものです。気にかけてくださる黒円卓の皆さんには頭が上がらない思いですよ、まったく」

 

「お、おお……ごめんベイ、やっぱさっきの話ナシだわ。あたし、この子を傍に置いたら殺しちゃうかもしれない」

 

「初めから交渉なんてしてねぇんだよクソババア」

 

 と、いうような感じでルサルカは去っていった。まぁ、私が提供できる笑い話は水銀関係が大半を占める。魔道の者に精通している者として、それは「己より優れた者」の自慢話を聞かされるのとなんら変わりない。引かれたのだろう。

 

「……おまえよぉ」

 

「はい?」

 

「俺に忠誠を誓ってんのか?」

 

「黒円卓の皆さんは、敬愛すべきお方だと信じていますよ。水銀クソ野郎を除いて」

 

「じゃ、俺が水銀の元に帰れっつったらどうすんだよ」

 

「……えっ」

 

 軽く絶望が襲う。

 そんなん従うしかないけど嫌ですよ!! い、嫌だー! まだベイ中尉のパシリでいたーい! 吸血鬼の使い魔とか肩書きだけでカッコイイというのにー!!

 

「冗談だ。てめえが使えなくなったら戻す、なんて半端は俺はやらねぇ。その場でぶっ殺すだけだ」

 

「あ、よかった。それならそっちの方が本望です」

 

「……はぁ」

 

 なぜか中尉は酷く疲れたように息を吐いた。

 ペットの性格に困る飼い主、とは皆こういう顔をするのかもしれない。

 

 

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