幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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30 平和の一幕

 ちなみに学園には隣町から登校している私である。

 

 それも当然。ここ諏訪原市(シャンバラ)に黒円卓が入る時期というのは大体決められている。そこら辺、「幻想」という特性を持つ私は、スルーして出入りしている感じだ。元からガヤという役回り、いつ、どこで行動を起こそうと、大筋に大きな変化はもたらせない。

 

 なに? 戸籍? そんなのシュピーネさんの手腕にかかれば偽造(イチコロ)よ。

 通学方法? 電車と徒競走したりしなかったり。偶にロリのファンやってるクラスメイトの自転車の後ろに乗せてもらったりね。ええ、学園のトップアイドルですとも。

 

 とはいえ、そんな本日は休日であって。

 

「やっほー。レーちゃん、遊びにきたよー」

 

「いらっしゃい。待ってたよ。ジューンブライドの準備は万全」

 

「六月は過ぎたでしょうが。私は親友んちで夏休みの宿題という戦線に援軍しに来ただけだよ」

 

 氷室玲愛の住居は、ロマネスクの建築様式をした古教会だ。この諏訪原市が興った時とほぼ同時期に建てられたという歴史のある一軒である。

 

 まぁ、言うまでもなく黒円卓の根城なんだが。

 本編が開始したら、ここがしばらく寝泊まりする場所になりそーである。

 

「ほえー。聞いてはいたけど立派だねえ」

 

「無駄に豪華で厳つくてだだっ広いだけ。レイシアはマンション住まいだっけ」

 

「うんそう。QOLとか妥協しない家柄だから、金かけてる。でも兄様の独占欲ヤバイから、敷居をまたいで踏み入る者37564(みなごろし)って感じ。ごめんねえ」

 

「いいの。お兄さんの気持ちも分かるし。こんな小っちゃカワイイ妹との愛の巣、他の誰も入れたくないよね」

 

 理解が早くて有難いよーな気もするが、玲愛も玲愛で同類の予感がする気配について。

 そんなことを思っていると。

 

「あら、その子がお友達? ()()()()()、シスターのリザよ。いつも玲愛がお世話になってるみたいね」

 

 奥から、見覚えのある美人さんが一人。

 リザさんである。彼女を見て、私も私で茶番を開始する。

 

「──、────」

 

「……レイシア?」

 

 何の反応もない私を、玲愛が不思議そうに見つめてくる。

 ふらり、と瞬間、私はその場に膝から崩れ落ちた。

 

「……許せねぇっ……この世の理はどうなってやがる……!! C、D、E……いや、Fカップだとォオ────ァア!!」

 

「えー……っと」

 

「元気出して、レイ。貧乳ロリの需要は、きっとこの先もなくならないから」

 

「なぜッ……何故こんな罪深い存在がシスターなんかやっているのだァァァ!! 狂っている! この世は狂っているぞ! 神の正気はどこにありやがるッッ……!!」

 

 割と本音も込めつつ、全力で嘆く。というかもう、八割くらいマジだった。

 こんな尼僧さんがシスター服を着るって、そりゃもう社会の風紀的にどうなんだね?

 

「えぐえぐ。どうも、永久敗北者のレイシアです。月学の三年です……えーん、玲愛ー!」

 

「よしよし、悲しい現実だけど落ち込まないで。私はレイのこと、ちゃんと好きだから」

 

「な……中々、個性的なお友達なのね……」

 

 リザさんはこっちの熱演ぶりに引いている。

 いやぁすみませんね。学園の私、ロリっ子キャラかつ貧乳コンプレックス持ちなんで。余りにも勝ち目のない現実を目の当たりにすると、発狂する裏設定があったのです。

 

 そんなこんなで玲愛の部屋へ行って、夏休みの宿題をやる。

 彼女は二年生、私は三年生なので内容はまったく違うが、お菓子をつまみながら駄弁る様子は、青春ならではの一ページであろう。

 

「町外れの教会で母子家庭かぁー。なんかそれだけ聞くと危ない気配が凄いな。防犯管理、大丈夫?」

 

「うん。それは問題ないかな。そもそもここ、あんまり人が来ないし。リザもリザで、結構やるんだよ。昔はもう一人、神父様がいたんだけど、今は国外。変態だからしばらく帰ってこなくていいけどね」

 

 憐れ、ヴァレリア・トリファ。

 溺愛も行き過ぎると当然のリアクションか。なるほど、と察したように神妙に頷くに留めておく。

 

「変態といえば、そっちの兄様もどうなの? 聞く限り、結構ギリギリな感じがしないでもないけど」

 

 ギリギリどころじゃないがね。

 六十年も一緒にいて何やってたんですか? イチャついてましたが、なにか?

 

「基本、奥手を極めたツンデレだから卒業するまでは大丈夫だと思うよ。その後は知らん。レイシアちゃんの来世にご期待ください」

 

「不安。とてつもなく不安だけど」

 

「大丈夫、いざとなったら改造スタンガンがある」

 

「兄様の方が心配になってきた」

 

 とまぁ、こんな具合で。

 ヤベー家庭事情を抱えてそうなロリ先輩ことレイシアちゃん、というキャラ設定を貫きつつ。

 ──何も知らない友人を眺めているのは、うむ。罪悪感が欠片もなく、凄く楽しかった。

 

 

     ※

 

 

「趣味が悪いわね」

 

 と、お手洗いに退席したところ、その先でリザさんと出くわした。

 浮かない表情である。まぁ、思うところがあるんだろう。

 

「こんなことをして何の意味があるの……滑稽なあの子を見るのか、そんなに楽しい?」

 

 常時人ぶってはいるが、そちらも黒円卓についてなんにも明かしてないので、言えた義理ではないはずなのだがなー。

 まぁ、彼女の偽善者っぷりは平常運転みたいなものなので素直に答えることとする。

 

「楽しいですとも。平和万歳、滑稽なところも一緒に過ごす時間も、かけがえのないものです。どんな結果であろうとも、それまであったことは無意味じゃない。そうは思いませんか?」

 

「……詭弁だわ。そんなの……」

 

「誠意は尽くしていますよ。茶番だろうと壊れてしまうものでも、本気には本気を返すのが最低限の礼儀でしょう?」

 

「っ……」

 

 なにか言いたげなリザさんだったが──拳を強く握ったまま、それ以上は何もない。自分自身も、玲愛を騙している側だという自覚はあるようだ。

 

「……もしも。もしも私がここで──あの子から離れろ、と命じたら……どうするの?」

 

「当然、従いますよ。急な転校、引っ越しは面倒ですがー」

 

「──、」

 

 リザさんはしばらく俯いたままだった。

 けれども、やがてこちらに背を向ける。

 

「……玲愛を、よろしくお願いね」

 

 それが偽善者なりの筋だとでもいうのか。

 この話は、これで終わった。

 

 

     ※

 

 

 実はさっきのやり取りを、裏で玲愛が全部聞いてましたー! な残酷なオチもなく。

 普通に勉強会は終わって、ついでにキャンプ部の今後のスケジュールまで立てて、円満な夏休みの一日を終えて。

 

 電車に乗って隣町の住処に帰り。

 陽は落ちて、夜になった。

 

「んじゃ、いただきまーす」

 

 がぶっ、と主人の首筋にかぶりつく。

 吸った血を嚥下して、魂に、存在に取り込んでいく。これによって血盟の繋がりは維持され、自己の存在が安定していくことを実感する。

 

『こんなに頻繁にくれなくても大丈夫なんですけどねえ』

 

「何かあった後じゃ遅いだろうが」

 

『はぁい』

 

 まるでどこぞの半吸血鬼の少年と吸血鬼の残りカスをなぞったような絵面。

 私たちの場合、吸血鬼から血を頂く、ただの夢の名残りでしかないのだが。

 

「ん──ふはぁ。遠慮なくちょっと多めに頂きましたー。ご馳走ですー」

 

「……美味いのか?」

 

「美味しい方がいいんですか? 私はベイ中尉の血の味だから好きですけど、良し悪しをいえば、もっとコクが欲しいかなー」

 

「いや、分かりづれぇわ」

 

 ぐりぐりと頬を撫ぜられる。にゃーん。飼い猫みたいな気持ちである。

 ……もしや、昔よりペット度が上がっていないだろうか……

 

「畜生の血で咲く薔薇の花、ね」

 

「む。私はそんなこと、一度も思ったことないんですけど」

 

「どっちが?」

 

「畜生とかいうやつですよ。ベイ中尉、もう六割ぐらい更生してきてると思うんですけど」

 

「ハッ、四割は畜生か」

 

「いいえ。そこは戦闘狂の度合いです……そりゃ人格ベースや物騒加減は昔どーりですけどね。でも中尉ホラ、降伏した相手とか見逃すようになってたじゃないですか」

 

「……あー……」

 

 この人の闘争を求める気質は一切変わっていない。ただ、そこには少しだけ以前と違う要素がある──()()()、というやつだ。

 

「私の一部を取り込んだせいか、前に見た『薔薇の夜』もちょっと効能変わってませんでした? もう何年も前ですけど」

 

「……さて、覚えてねえな」

 

「おぉい」

 

 絶対なんか裏であるぞコレー! 一体どうなっちゃってるんだ、この人!?

 

「あ、そうだ。あのー、ベイ中尉。今度ですねえ、部活活動の一環で私、遠出することになりましてぇ……」

 

「あぁ?」

 

「いえ、日帰りですよ。ただそのぉー……一つだけ問題があってぇ……」

 

「?」

 

 果たして更生してきたこの人に、一体どこまでの無茶が通るのか?

 それを確認するような出来事になりそうだなあ、と思いながら、私は用件を口にした。

 

 

「……夏の海に行くための車の運転って、やってくれます?」

 

「……はあ?」

 

 

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