幻想偽典 ~Dies irae Rosenkavalier Kaziklu Bey~   作:時杜 境

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31 回想録:1995年 - 1

「それでねっ!! すっっっっごく、カッコよかったんだよ!!!?」

 

 大興奮の面持ちでそう体験談を語るのは、綾瀬香純。

 夏休みも半ばに入った頃。下宿するアパートの一室──蓮の部屋──にいつものように集まった幼馴染たちは、先日、「キャンプ部」の女性陣が海へ遊びに行った時の報告を受けていた。

 

「それが、レイシア先輩のお兄、さん……?」

 

「そう! そうなのそうなの! 色白でー、サングラスしててー、ちょっと怖い感じだったんだけど、アロハシャツでも超絶似合ってて!! 体格は細めなんだけど腕の筋肉ガチガチで! 元軍人だったんだって! ちょっとしか話せなかったけど、声が物凄いカッコよくて! ぶっきらぼうな感じだったけど、パラソルの下で先輩の髪を編んであげてて、もうっ……もう私は……!!」

 

「落ち着け」

 

 語ってる内にヤバイ目になってきた香純を司狼が抑える。

 こいつはあかん。

 リアルでイケメン外国人を見たせいで理性のネジがぶっ飛んでやがる。

 

「あんな兄妹が……現実にいていいのかぁ!? 美男子美少女って! この世はどうなっとんじゃーい!!」

 

 があ! と怒りと羨望の混ざった怨嗟の雄たけびをもって、香純の大暴走は区切りを迎える。

 ぜぇはぁと息切れして机に突っ伏し、半死骸のなりかけと化した幼馴染を、男二人は憐れみの目で見つめた。

 

「……うん。そのお兄さんのイケメンっぷりは分かったけど、それを俺たちに言われてもな……」

 

「ボヤ騒ぎ起こして追加の補修喰らったからなぁ。あーあ、待ちに待ってた女性陣の水着を見逃すとか、入部した意味がまるっきりねーじゃねーか」

 

「原因は司狼だけどな」

 

「乗ったのはおまえだろ?」

 

「二人の問題児っぷりは今更だけど! もう、ほんとにほんとにカッコよかったんだよ!? あ~~もう、惜しい機会逃しちゃって…………」

 

「そこで自分の水着の話題が出ない辺り、バカスミだよなぁ」

 

「なっ、なにをー!!」

 

 いつもの空気感が戻ってきたところで、蓮は「で」と声を置く。

 

「さっきから氷室先輩の話題が出てないんだけど」

 

「あ、先輩も楽しんでたよ! あはは、私と違って、レイシアのお兄さんのことはちょっと怖がってたけど。でもあれってアレかな、親友を取られたライバル視ってやつ?」

 

「「どんな水着だったんだよ」」

 

「そりゃあ白の──って、なんだその食いつきはぁ!? 私はー!?」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた香純を横に、男二人はなんとなしに思う。

 ……ちょっとそのイケメン、見てみたかったな、と。

 

 

     ※

 

 

「──それで、海に入った後はバーベキューして、私と綾瀬さんペア、レイシアの陣営に分かれてビーチバレー。……すごく強かった、レイシア。運動神経が良いことは知ってたけど、まさか一本も取らせてくれないなんて……」

 

「そ、そうなの……」

 

 教会の夕飯の席においても、同じような報告会はされていた。

 それにリザは曖昧な笑みを返すことしかできない。なにせ、内容が内容である。

 

(……レイシアはともかく……あのベイが……アロハ……)

 

 ブフッ! と吹き出しそうになるのを堪える。

 同僚として軍服姿しか見ていなかった身からすれば、想像しにくいにも程がある。

 ──と、そういえば一つ聞き忘れていた。

 

「そういえばお兄さん、なんて名前なの?」

 

「ルートヴィヒ、だったかな。本人はなんか、あんまり呼ばれたくなさそうだったけど」

 

(でしょうね……)

 

 きちんと偽名は使ったらしい。その辺の徹底ぶりは健在か。

 渋い顔が目に浮かぶ。

 

「それにあれ、重度のシスコンだね。私や綾瀬さんと、レイシアとの扱いがまるっきり違ったもの。なんか他の女には興味ない、って感じ。一途なのかな」

 

「……まあ、兄妹でも、色んな形があるし、ねぇ……?」

 

「なんか牽制されてた感じ。怖いというより、危ない。レイシアの将来が心配……」

 

 将来もどうも、とっくにあの娘は主人の手中である。

 黒円卓の従僕という立場ではあるものの、ハイドリヒ卿や副首領以外が彼女に命令する時は、ベイが受付になっている節がある。そしてそれは彼と揉めることを意味する。独占状態ではあるが、それに最後まで意を唱えていたのはベアトリスくらいだった。

 

 リザも、水銀の使い魔という彼女の肩書きに、一線を引いていたのは否めない。

 それを押して見事手中に収めてみせたベイは、この六十年間という時間もあって、どこか変わった所もあるのかもしれない。

 

(……10年前に見かけた時も、確かにちょっと変わってた気がしたけど……どうなのかしらね)

 

 リザ・ブレンナーは思い出す。

 時を遡ること10年前──この諏訪原市で起きていた、とある事件の出来事を。

 

 

     ※

 

   1995年12月25日 諏訪原市

 

     ※

 

 

「おい、ちったぁ静かにしてくれねえかマレウス。レイシアが寝てんだよ」

 

 深夜の街中で飛ばしている(ベンツ)の中、軍歌を唱えていた同輩に苦言を呈したのはヴィルヘルムだった。

 そんな背後からの声に、ほよ? と助手席のルサルカは振り返る。しかしヴィルヘルムの近くに、白い少女の姿はどこにもない。

 

「あの子も来てるの? え、どこどこ?」

 

「どこだっていいだろ。つーか俺ゃ眠ぃんだよ、おとなしくしてろやクソが」

 

「態度わっるー。この不良。レイシアったら、どんな教育してるのかしら」

 

「ベイ中尉にしては丸くなられた方では? 以前の彼ならば、問答無用でマレウスの席を蹴り上げていたでしょうに」

 

 そう言葉を挟んだのは運転手を務めるシュピーネだった。

 言われてみれば、という所感にルサルカの目が丸くなる。

 

「あー、そうかも。なによベイ、愛を知って紳士度が上がったってわけ?」

 

「ほっとけや。それよりシュピーネ。今回の件、どう思う。なんかおかしいとは感じねえのか」

 

 あからさまな話題転換だったが、本題に切り替わった意見に、車内が同意するように静かになる。

 

「確かに。おかしな話ですねえ、この私が欠片も()()()()──ハイドリヒ卿を近くに感じない、とは。もういっそのこと、旧友二人と呑気な観光にでも行ってしまいましょうか」

 

「てめえらで行ってろよ。マジに肩透かしっつーんなら俺は帰るぞ」

 

 ベルリンの件から既に半世紀。そこが節目だと聞いていたから、彼らは今回の召集に応じてここに来た。……だというのに、時期尚早と言わんばかりに人の気配はなく、肝心のゾーネンキントもまだ幼い。ツァラトゥストラも現れていない今、ならば此度の件、疑うべき企画者といえば──

 

「面白みのない男たちねー。クリストフを舐めすぎなんじゃない? あの変態が、何の意味もなく私たちを召集すると思う?」

 

「て、いうと?」

 

「あたしたちを呼ぶ程度の遊びを提供してくれるんでしょ。しゃきっとしなさいよ、ベイ」

 

「はん、どうかね」

 

 面倒くさそうに車窓の外へ視線を投げるヴィルヘルム。

 取り繕う気もないそんな様子に、シュピーネは肩をすくめる。

 

「そんな顔をなさらず。ここまできたら期待してみては? うかうかしていたら、またしても奪われてしまいますよ、中尉」

 

「はっ、言ってろや。そもそも俺が欲しい奴はもう────、……あん?」

 

 その時、外を見ていたヴィルヘルムの嗅覚が捉えたのはなにか。

 直後、おや、とシュピーネが声を上げた。

 

「ははは、困りましたねえ。ハンドルが利きません」

 

「あらまあ。狙われてるわね。ひい、ふう……」

 

「三十人弱、小隊相当──ははははぁ、面白ぇ。さっきすれ違った()、カタギじゃねえな。匂いで分かる。いいぜ、歓迎してやろうじゃねぇか──!」

 

 瞬間──夜に銃火の声が轟いた。

 

 

     ※

 

 

 『双頭の鷲(ドッペル・アドラー)』。

 正式名称を、東方正教会特務分室。この当時、黒円卓に対して唯一まともに対抗と打倒を掲げていた組織である。

 

 10年前、黒円卓が召集され、撃退に動いた相手はこれで、同時にこの日、黒円卓の二席が空くこととなった。

 

 

「平たくいえば、術の行使が著しく下手糞になったというべきか。防という一点において、今の我々は無能です。痛覚が遮断され、再生もままならない。危機感を剥奪されたわけです。頭や胸に傷を負えば、死んでしまうでしょうねえ」

 

 教会地下。

 そこには十三席で囲んだ円卓がある。襲撃の後、今夜集まった面々は、そんな首領代行──クリストフの説明を聞いていた。

 

 半世紀前と、その神父の容貌は大きく違う。完全に肉体からして別人だ。長い金髪を後ろで一つに結んだ、柔和な笑みを張り付けた、胡散臭い雰囲気が特徴になっていた。

 

「それが連中がかけてきた呪いねえ。いちいち避けるってこと自体、頭からすっぽ抜けてたし。なーんか頭で危険は分かってても、心の芯には実感ないし。……けどさー、臆病で通ってるシュピーネはともかく、あんたはどうしちゃったのよベイ! 敵の攻撃を回避するなんて、猪突猛進で行くあんたらしくないじゃなーい!!」

 

 一人だけ攻撃を受けたことが悔しいのか、ルサルカは駄々をこねるように抗議する。

 それを自分の席に座り、腕組みしたヴィルヘルムは鼻で嗤っていた。

 

「鍛え方がちげぇんだよクソババ。死なねえ術に長けてんのが軍人、戦鬼の絶対条件だろうが」

 

「納得いかなーい! あんた、さてはベイじゃないわね!? 元のベイを返しなさいよー!」

 

「まぁまぁ。半世紀もあったのですし、それにベイ中尉が強くなられているのは、我々としても心強いじゃないですか。女神の寵愛を受けた男性らしい」

 

「そんなことより、今回は鷲を迎え撃つというだけなのね?」

 

 クリストフから流れを切り替えたのはリザ・ブレンナー。彼女も黒円卓の制服に身を包み、この場に集まる一人だった。

 

「ええ。今回、黄金錬成は見送られます。そも、条件がまったく揃っていませんからね」

 

「そう。なら私は退かせてもらうわよ。何の益もないし、二代目は壊れて不在。戦闘面じゃなんの役にも立たないから」

 

「分かりました。ではそのように。ならば──」

 

 と、首領代行の視線がとある人物へ向く。

 

()()()。あなたは如何しますか」

 

 その席に座っていたのは一人の青年だった。

 黒髪に、顔立ちからしてこの国の人間。──彼の名を櫻井(かい)。黒円卓第二位、トバルカインの三代目にあたる。

 

「……自分の立場くらい分かっている。はっきりさせろ、という事だろう?」

 

 決然と答えた戒に、ひゅぅ、とヴィルヘルムが口笛を吹く。続いて、かぁっこいい~、とおどけるようにルサルカも賑やかす。

 

 トバルカインは偽槍を継承する魔人だ。それも櫻井一族のみを狙い撃つ。

 戒は既に二年前、偽槍と契約しているので猶予がない。「はっきりさせる」とはそういうことで、彼が動く屍兵(トバルカイン)と成るまで幾ばくも無い──此度の戦は、まさにそれを決定付ける好機として打ってつけだ。

 

「よろしい。では現状こういうことだ。キルヒアイゼン卿は一番槍を願った。そして私もそれを許可した。しかしこうなると、予想できる展開が二つ──」

 

「単に鷲どもを叩くか、連中を生贄にスワスチカを開け始めるか」

 

 端的に回答するヴィルヘルムに、シュピーネが肩をすくめた。

 

「後者の場合、いただけませんねえ。私たちの願いが叶わなくなる」

 

「今の不完全な黄金じゃあねえ。どうするの、クリストフ」

 

「彼女の忠を試すべきでしょう。本来ありえない論理展開ですが、黒円卓に対する裏切り……その可能性に皆が気付いているのだから」

 

 キルヒアイゼン──ベアトリスが性急な真似をした理由。そんなものは一つしか考えられなかった。

 彼女と櫻井戒は剣の師弟だ。黒円卓の面々ほどではないにしても、付き合い長ければ、正義感を持つあの娘が今回、どのような思惑で動いているかは自ずと察しがつく。

 

 タイムリミットが近い(カイン)のため、戦乙女(ヴァルキュリア)は戦へ向かったのだ。

 

「そういう事かい。ま、気張れや色男。俺はもう行かせてもらうぜ。待ってなクリストフ、すぐに首を持ってきてやるからよ」

 

 十分な情報は得た、とヴィルヘルムが席を立つ。

 ──それに、ルサルカが小首を傾げた。

 

「あれ、いいのベイ? あんただってヴァルキュリアに用がないわけじゃないでしょーに」

 

 それは黒円卓の黎明期を知る者ならば当然の疑問。

 ヴィルヘルムはかつて、ベアトリスと矛を交えたものの、決着がついていない。その当時も「取り逃がした」のだ。であれば、今回こそが最後のチャンスだと嬉々として狙うのが、このカズィクル・ベイという男だと皆が思っていた────が。

 

「略奪愛はもう趣味じゃねえ。俺は一途なんだよ」

 

 ──それが男にとって、どれほどの変化なのか。

 たかが半世紀。けれど半世紀。

 軽く片手を挙げて立ち去っていく、確実に何かが変わった吸血鬼の背を、一同は取り残されたように見送っていた。

 

 

「ベ……ベイが……ベイがおかしくなったぁ──ッ!!」

 

 

 ルサルカの上げた嘆きの声は、戒以外のメンバーの心情を、見事に言い表していた。

 

 

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